第四章①『開戦』
“ダイロビ”の宣誓から三日後。
“エイリーシティ”のレーダーは、近海に展開する“ダイロビ”の大部隊が前進を開始したことを知らせた。
「反応、大小その数は一○○○を越えます!」
「防衛ミサイル! 八割が撃墜されました!」
「残り二割も防がれました! 前面に展開した“氣士”によるものです!」
「敵艦隊は健在のまま! なおも、こちらに接近中!」
オペレーターからの、それらの報告を聞いて、“エイリーカンパニー”本社ビル司令室の奥に座るリネットは、その席の背もたれから背中を軽く離す。
隣には、イサムが控えていた。
「あくまで、“ダイロビ”式に堂々と戦おうということか」
リネットの呟きに、イサムが答えた。
「まぁ、撃ち合いするつもりなら、あんな数のSVは必要ないからな。“氣士”もざっと見て五○人ってところか」
「こちらの“氣士”は?」
イサムは、不思議そうに眉をひそめた。
「リストは渡しただろ。見てないのか? 俺を含めて二五人だ」
「お前から見て、使えるのは何人だ? という意味だ」
一瞬だけ、視線を上に移してイサムは考え込んだ。
「そういう意味なら、俺を含めて一五人だ。残りは“氣士”認定を受けたばかりのやつらで、前線に出したら死ぬだろうな。いや、正確には前線で“ダイロビ”の“氣士”に遭遇したら、だが」
「それで兄弟たちへの“借り”とはしたくない」
言葉の意味を理解して、イサムは頷いた。いくら新人でも“氣士”は“氣士”。死んでしまえば――強制ではないが――膨大な慰謝料を支払わなければならない。また、ことあるごとにそれらの社長に対し恩着せがましい行動や言動を行う隙を与えることになる。
“敵の敵は味方”、そんな関係なのだ。“カンパニーズ”の社長同士とは。
「分かってる。せいぜい殺さないようにするさ。んで、リネット。勝ち目は?」
「相手を撃滅するのが勝利ならば、我々は勝てない。だが、時間稼ぎがわれらの勝利なのだ。私の義兄が“ダイロビ”と交渉中だ。他の兄弟たちも動いている。三日では間に合わなかったが、いま少し持ちこたえれば」
イサムは、再びアゴを上下させた。
「承知した。俺も戦場に出るよ。せいぜい敵の注目が集まるように努力するさ」
「あと……奴は使えるのか?」
リネットの問いかけに対し、イサムの返答には間があった。
それは、躊躇だったのかもしれない。
“奴”とは、数日前にシティから無断でSVを持ち出し、“ダイロビ”の氣士と無断で一戦を交えた人物のことだ。現在は、その行動の責任を問われ、“カンパニーズ”本社の独房に収監されている。
やがて、イサムは表情を険しくして口を開く。
「これ以上なくな。あんなにやる気のある姿は見た事が無い。戦場に出せば“ダイロビ”どもを躊躇うことなく無残に蹴散らすだろう」
「ならば連れていけ。取って置いておく余裕はあるまい」
しかし、イサムはすぐにその場から動かない。
リネットも、それを咎めない。
やがて、イサムは重そうに口を開いた。
「俺には不満も無い、不信も無い。俺はお前の騎士で“氣士”、剣で、駒だ。それはこの先ずっと変わらない。ただ残念だよ。せめてもっと早くに教えてくれれば、あいつらがこうならないようにうまくやれたと思う」
問いかけは、ただの呟きとなったようだ。
リネットはもう何も話さないと判断して、イサムは黙ってその場を退出しようとする。
「知られずに済むなら、そのままにしたかった」
弱い言葉だった。だが、出口の扉の前で足を止めたイサムには確実に届いた。
「分かってるよ。お前は昔から優しい子だからな。……行ってくるよ」
返事をしても、リネットはこちらを見ない。ただ真っすぐに視線を前に向けていた。
「展開図を正面モニターへ回せ! 敵が二次防衛ラインを超えてからは私が直接指揮をする!」
その言葉を背後に聞いて、イサムは戦場へ向かった。
○●○
警報のブザー。緊急を示す赤い光が視界を染める。
目の前には、横たわる男がいた。金色の刺繍を施された軍服を着ている。しかし、黒色のはずの布地は、赤く染まっていた。
警報の光のせいだけはない。
この場所には、生きている人間は二人の男女だけ。その内の一人は虫の息だった。
君は無事か? ケガは無いか? ならば君だけでも逃げてくれ。
男は――彼は、自分が死にかけているくせに、そんな言葉を繰り返す。
なぜそんなことを言うのか、と理解に苦しむ。
生涯仕え、生涯愛し、生涯守ると誓ったのは自分の方のはずなのに。
生きた二人を乗せた輸送機は、一気に高度を下げて地上へと落ちていった。
○●○
(夢の中とはいえ何年ぶりだろうか、あの人の顔を見るのは……)
目を覚ますと、そこには見知った顔があった。
ミリアリア・ダイロビの最も親しい女性である騎士将サラサ。彼女が心配そうな表情のままこちらをのぞいていた。
「調子はどう? うなされていたようだけど……」
割り当てられた水中揚陸艦“サラマンドラ”の高級士官室。そのベッドの上。
自分が眠っていたのだと気づくのは、そんなに難しくなかった。
「わざわざ、起こしにきてくださったのですか?」
ベッドから背を離しながらそう尋ねると、サラサは表情を穏やかにした。
「まだ寝ぼけているのね。あなたの体の様子を見に来ると言ってあったでしょう」
思い出して、承知する。ミリアリアは黙って上着を脱ぎ、肌をあらわにした背中をサラサに向けた。
サラサの家――ガス家は、“ダイロビ王国”でも古くから“ダイロビ柔錬鉄”の研究をしている。特に、同家は“氣兵装”“氣障壁”を展開する際に、意思を“ダイロビ柔錬鉄”に伝えるために発する特殊な伝達信号――“氣”の研究に関しては第一人者だ。
その中でもサラサは、自分の“氣”を他者に流し込んで、対象に“氣”の乱れがあればそれを修正し、良好にする術に長けている。
ミリアリアの背中に、サラサは手を触れた。
冷たい感触は無かった。そういえば、昔から訓練のために常に“氣”を体に素早く巡らしている関係で、体温は高めだと言っていたのを思い出した。
体の中にお湯が注ぎ込まれるような感覚がする。他者の“氣”が自分の中に入り込んでいる証拠だ。
やがて、サラサは残念そうに首を振った。
「やはりダメね、肉体欠損の補完のために取り込んだ他者の“氣兵装”が完全にあなたに癒着しているわ。摘出は専用の機関でなければ。それでも、完全に元に戻せるかはわからないけど……」
ミリアリアは平坦に応じる。
「そうですか」
言い方が気に入らなかったのだろう。サラサは少しムッとしたようだった。
「そうですか、ってあなたね。摘出手術は容易ではないわよ。下手をすれば運動機能に一生の障害が残るリスクもある。他者の“氣兵装”を損傷した骨や肉体に代用するっていう理論は昔からあったし、私も研究はしてた。でもそれは自身の“氣兵装”での話。“氣士”に長年使用された“氣兵装”なんて、言ってしまえばその“氣士”の肉体の一部よ。それを取り込むのは他人の臓器を移植するようなもの。よくもまぁ事前の検査もしないでそんな無謀なことをする気になったわね」
「自然だと思います。それをしなければ、私は二年前に死んでいましたから」
ミリアリアの言葉を聞いて、サラサは、いったんは言葉を飲み込んだ。そのあと、彼女は唇を開いて、一度ため息をつき、話題を変えた。
「……感じるところで、他に体に異常は?」
それに対し、ミリアリアは思ったことを口にした。
「戦闘に問題ありません」
今度こそ、本当にサラサは呆れたようだった。
「戦闘に、ってあなたこの体でまた出撃するつもり? 数日前に、“カンパニーズ”の“氣士”と戦って、その後に倒れて高熱にうなされたのを忘れたの?」
サラサは、語尾を強めた。
「理解が浅いようだからもう一度言っておくけど。いまのあなたは、奇跡的に他者の“氣兵装”を拒絶反応がすくない状態で維持できているだけ。誰のものか知らないけれど、あなたが体に取り込んだ他者の“氣兵装”を錬成して活性化させれば、拒絶反応が強くなり、最悪死ぬわよ」
口を閉じたまま自分の前のシーツに視線を落としていると、ミリアリアの背に当たる手が一つから二つになった。
「本当に、なぜこんなになるまで放っておいたの……」
気遣いが感じられる声だった。ミリィは、そんな姉のような存在に感謝をした。
「説明したとおり、“エイリーシティ”に侵入し、母国“ダイロビ”のために“カンパニーズ”の情報収集を続けるためです。この髪は目立ちますし、さらにこんなのを医療機関に見せれば“氣士”だというのはすぐにバレてしまいますので」
と、ミリアリアは自身の緑色の長髪を手で撫でた。
「……本当にそうなの?」
その問いに、ミリアリアは何度目かの無言で応じた。
「あなたを、ようやく見つけて連れ戻そうとしたとき、狼狽と暴れかたが尋常じゃなかった。長年付き合った私を、まるで見知らぬ暴漢でも見るような目で抵抗した……」
サラサは、疑惑の視線と、心配そうな感情を混ぜ込んだような複雑な表情を浮かべた。
「二年ぶりの再会でしたし、髪を短くされていたので姉さまだと気づきませんでした」
「容姿はともかく、私の“氣兵装”も見間違えたと言うのですか? あなたほどの“氣士”が」
言い返された言葉に、ミリアリアは口を閉じた。
そんなミリアリアを真っすぐに見据え、サラサはさらに問いかけた。
「ねぇ、ミリアリア。私は、あなたを助けたのよね?」
ミリアリアが応じるまでの間に、割って入るものがあった。
部屋への通信を知らせる電子音だった。ミリアリアは、傍のスイッチに触れた。
『ミリアリア様。ゲオルグ様がお呼びです』
とだけ告げる、一方的な音声が届く。
予想した通信だったので、ミリアリアは素直に頷いた。むしろ、サラサの方が慌てた。
「ゲオルグ様が? ゲオルグ様がなぜ……?」
「私が面会を希望しました」
上着を羽織り直し、ミリアリアは告げた。サラサは驚きを隠せないようだった。
「私の義弟なのです。それに私が仕える“ダイロビ”の国王代理でもあります。ここ数日は私の体調が悪かったので遠慮しましたが、この場に来られたのなら、こちらからあいさつにお伺いするのが筋ではありませんか」
「……では、私も同行しましょう」
「すでに戦端も開かれております。サラサお姉さまはそろそろネス大佐の下に戻らねばならないのでは? それに、ゲオルグ様に関しては単独での謁見を希望しましたので」
「そもそも、なぜ二人きりでの謁見なんて!」
困惑したサラサの声。ここまで大きな声を出すのも珍しい。それだけ気にかけてもらっている、ということだろう。
ミリアリアは答えない。着替えを終えて、部屋の出口へと足を向ける。
「ミリアリア! あなた、まさか分かっていないわけではないでしょうね! ゲオルグ様は、いえゲオルグは――」
「サラサ姉さま。それ以上はお止めください」
出口の扉の前で足を止めて、ミリアリアは告げた。
「盗聴の可能性もあります。大望の前なのでしょう?」
うっ、とした声を出しながら。サラサは言葉を飲み込んだ。
ミリアリアはこの部屋では始めて、ほほ笑みを浮かべ、それをサラサに向けた。
「サラサお姉さま。戦いしか知らず、孤独を友とした私に、親身に接してくれた女性では唯一の人。久しぶりにお会いできて、うれしかったです」
それ以上は、かける言葉が見つからなかったのか、部屋から退出するミリアリアをサラサは黙って見送った。
○●○
黒を基盤とした礼服まま、ミリアリアは、“ダイロビ王国軍”城塞戦艦“プルート”の謁見の間を抜け、幾重のセキュリティを抜けて最後の廊下を歩く。
“氣”というのはまだまだ解明されていない謎が多い。しかし、サラサに救い出され、取り込んだ他者の“氣兵装”の影響で澱んでいたといわれる体内の“氣”が、彼女によって改善された途端、過去のことを思い出し始めた。
いや、思い出したというよりは、生まれてから今まで身体で体験してきたものが、“氣”の巡りが伴ったことにより繋がった、という感じだ。
一説には、人の記憶というのは脳ではなく、体のそれ以外の部分で賄われていると言われているが、もしかしたらそれが関係あるのかもしれない、とミリアリアは考えたりした。
「まぁ、どうでもいいことです」
頭を振る。経緯はどうあれ、自分がやらなければいけないことは思い出せた。
サラサは罪悪感を感じているようだが、それは見当違いというものだ。
彼女に対しては、感謝の気持ちしか無い。
そんなに長くない通路だ。やがて、一つの扉の前にたどり着く。
(まずは、一つ目)
そう心で呟きながら、ミリアリアは目の前の扉をたたいた。




