第三章④『第一王子の妻』
“エイリーシティ”近海の小島では、SV同士の戦闘が始まっていた。
“ダイロビ”製のSV用“ヒートソード”の切っ先の光。本来、一つしかないはずのそれは、連続の突きにより、まるで横殴りの雨粒のごとく無数にきらめいてアルカムに迫る。
(速い!)
後退しながら距離を取る。生粋の“氣士”用SVではないこの訓練用“ガイスト”では、上半身のみの動きで相手の剣撃を逃れるなんて器用な事はできない。
単純な後進が一番の回避方法。しかし、前後進の速度も、文字通り跳躍できる相手の方が速い。
これだけの性能差。本来であれば、とうの昔に、細切れにされていてもおかしくはない。
“白銀のSV”からの、横振りと見せかけて、手元にて軌道を変えられた振り下ろしの斬撃。
「だめだ!」
目では追えている。だが機体がついて来ない。
金属同士がぶつかる甲高い音。
“ガイスト”の“氣障壁”に、“白銀のSV”の“ヒートソード”が弾かれる。
距離を空けて対峙。
一挙一動を見落とさないように睨みつけながら、アルカムは黙考する。
(……強い)
そう評価し、アルカムは相手の“氣士”に思いを巡らせた。
(先ほど“ダイロビ”と名乗ったな。“ダイロビ”は王族の名前だが、本当にそうなのか? それに女の声だった……何者だ?)
一口に王族といっても、数は多く存在する。“ダイロビ”の名を持つ者だけでも五○人はいるのではないだろうか。
(ミリアリア・ダイロビ、だったな。どこかで聞いたような気がするが……)
ここで思考は中断。“ヒートソード”の鋭い突きを繰り出されてアルカムは距離を取る。
だが相手は、予測より更に踏み込んだ。
(さっきより速い!? 手を抜いていたのか!)
反応が間に合わず“氣障壁”を展開して防ぐ。すぐに距離を取って逃げた。
「くそっ、くると分かっていてもかわせないなんて!」
“氣士”への疑問を締め出す。今は違うことを考えているようなそんな余裕はない。
なぜか敵は――“氣士”用SVは、“氣兵装”ではなく通常武装の“ヒートソード”だけで攻めてくるから救われているが、それだけだ。
アルカムは、確認のために“一二・七ミリ頭部ガトリングガン”を発射。銃弾は、敵SVに展開された“氣障壁”に防がれ、火花が散る。
“氣障壁”を展開した以上、“氣士”用SVに普通のパイロットが搭乗しているのでは、という甘い希望は無くなった。
(やはり“氣士”か。どうする、どうする……)
アルカムは、“ダイロビ柔錬鉄”の残量を確認した。
(一二%……)
焦燥が積み重なる。
“氣障壁”は、機体に補充している“ダイロビ柔錬鉄”が無くなれば展開ができなくなる。特に、“氣障壁”の常時展開が最も“ダイロビ柔錬鉄”を消費する。もともと、アルカムの“ガイスト”は少しずつ横領してためてきた分を積み込んでいるだけで、正式な補給を受けていない。そのため最初から搭載していた量自体も少ない。
このままではそう遠くない内に“ダイロビ柔錬鉄”が尽きてしまう。
敵は、明らかに“エース”だ。“氣障壁”が無ければ、おそらく数分も対抗できない。
(“氣士”としての技量以上に、機体性能が違いすぎる)
こちらは訓練機で、相手は生粋の“氣士”用SV。しかも奇襲は防がれて、完全な正面戦闘を強いられている。
通常ならば、撤退をする状況だ。事実、感情を排したアルカムの判断や経験は、撤退を進言し続ける。
(彼女のいる艦がすぐそこにあるのに、そんなことができるか!)
逃げはありえない。
斬撃は、間断なく繰り出された。いくつかはかわしきれずに、“気障壁”で防ぐ。
残量一○%。
「ちっくしょぉぉぉ!」
埒があかない。アルカムは意を決して機体を全速で前進させる。
どういう理由か分からないが、相手が“氣士”ならば、“氣兵装”で攻撃をしてこれば、この戦闘は終わる。“氣士”用SVの高度な機動によって繰り出される“氣兵装”をアルカムに防ぎ続ける術は無いのだ。
しかし、相手はなぜかそれをしてこない。
(ならば、こちらの“ダイロビ柔錬鉄”が残っているうちに勝負を仕掛ける!)
“氣障壁”をまとっての愚直な直進。腕部には“カンパニーズ”のSVに標準装備されている近接格闘兵器“エネルギーナイフ”――通称“Eナイフ”を携える。
低い電子音が鳴り、柄から発生したプラズマが光を帯びて刃となる。
それを、“白銀のSV”へ向けて斬りかける。しかし、工夫も無いその攻撃は“ヒートソード”でやすやすと防がれる。
そのままの勢いで、アルカムは前進を続け、腕を最低限に広げてラグビーのタックルのように“白銀のSV”を捕らえようとした。
だが、敵は甘くなかった。
アルカムは接近していた上に、さらに抱きつこうと肉薄していた。それなのに、敵SVは機体の関節のしなりや捻りを最大限活用してアルカムの“ガイスト”とのわずかな隙間を利用し、“ガイスト”の左肩部に“ヒートソード”を切りつけた。
“ガイスト”の装甲は溶解して切断される。“ヒートソード”の刃が腕の駆動部と胸部装甲、及び、それに伴うフレームを含めた左半身の内部機構を破壊した。
中破。アルカムの目の前のモニターに、自機の危機的状況を知らせる表示が並ぶ。コクピットも、警告の光で真っ赤に染まる。
「……かかったな」
そんな中、アルカムの口元には笑みが浮かんだ。
「お前ほどの腕前があれば、この距離でも切りつけてくると思ったよ。でも、“ヒートソード”では、大きなダメージは与えられても、致命傷は無理だ」
アルカムが念じると、切り裂かれた“ガイスト”の装甲の表面を覆うように“氣障壁”が展開された。
『!?』
“ヒートソード”は、ふたをされたような形になって抜けない。
“白銀のSV”は、“電気信号リンクシステム”で動いているのだろう。操縦者の、驚きからくる身じろぎを反映してか、機体が微細に揺れた。
アルカムは、操縦桿に付けられているトリガーを引く。“ガイスト”の“一二・七ミリ頭部ガトリングガン”が“白銀のSV”へ火を噴いた。
当然、“白銀のSV”は“氣障壁”で防ぐ。
(もらった!)
更に狙い通りだ。一度展開した“氣障壁”を素早く解除はできても、数秒は“氣兵装”を錬成できない。
つまり、少なくとも数秒間は、アルカムの“氣兵装”を防げる術が、相手には無くなったということだ。
“ガイスト”のまだ動く右腕部を振り上げる。次に、“ヒートソード”を捕らえていた“氣障壁”を解除する。続けて、“氣兵装”の速攻切換錬成――“クイックチェンジ”を行う。
一秒もたたず、“氣兵装”――戦斧の慣れた重さを操縦桿ごしに感じる。
“ヒートソード”は“ガイスト”に埋め込まれたまま、まだ抜かれていない。
アルカムは、渾身の戦斧を振り下ろした。狙いは、人間で言う背骨部分のフレーム。ここさえ断ち切ってしまえば、“氣士”用SVは動けない。また、“氣士”用SVは“氣障壁”の展開を前提としている上に、機動性を優先して装甲を最低限にしているため、純粋な防御力は通常のSVと比べると極端に低い。
この“白銀のSV”もそれは変わらないのだろう。先ほどの“ガイスト”からの“一二・七ミリ頭部ガトリングガン”を、“氣障壁”で防いだのがその証拠だ。
だが、アルカムの“氣兵装”は敵の装甲を切り裂くことはなかった。
一拍を置いて、戦斧を握ったままの“ガイスト”の左腕が地面に落ちるのを、アルカムは視界に収めた。
「!?」
今度は、アルカムが驚きで身じろぎする番だった。
「“クイックチェンジ”、だと?」
一秒も経たずに“氣障壁”と“氣兵装”を切り替えて速攻で錬成する技――“クイックチェンジ”。
アルカムの扱える“クイックチェンジ”は、適切な修練である程度まで取得することはできるが、一瞬での切り替えとなると、生まれ持ったある種の才能的要素が必要である。
それが扱えるのはアルカムと、そのアルカムの同じ才能を持ち、かつ“白い庭”での訓練プログラムが先行していた姉だけだ。
しかし、“白銀のSV”は、“氣障壁”を瞬時に“氣兵装”へ切り替えた。
つまり、“ヒートソード”を捨てて、“クイックチェンジ”で“氣兵装”を錬成し、こちらの腕を切り落としたのだ。
アルカムは、目の前の出来事に思考が追いつかず動きを止めてしまう。
相手は、その隙を見逃さない。
あっという間に、その“氣兵装”で残りの腕と両足を両断されて、アルカムの機体である“ガイスト”は、だるまのようになる。
その際も、アルカムの視線は一点へと釘付けになっていた。
敵の“氣兵装”は、アルカムにとって非常に見覚えのあるものだったのだ。
「馬鹿な、そんな馬鹿な……」
グレートソード。いや、サイズ的にはロングソードか。
大きさこそ違えど、その装飾から形状にいたるまでそれは、かつてアルカムが姉と呼んで慕った女性――“クレハ・ユキシロ”が愛用していた“氣兵装”だった。
“氣兵装”の装飾や形状は個人の趣味や思考が強く反映される。よって、本人が強く憧れる武器が、昔のテレビのヒーローが使っていた等、広く知れ渡ったものであれば、似たような“氣兵装”を持つ“氣士”がいてもおかしくはない。しかし、それはあくまで似ている、というレベルで、全く同じという訳ではない。
そもそも、幾度、幾千、幾万と、身近で見てきた“氣兵装”を、見間違えるわけは無い。
断言できる。
サイズこそ違うが、姉の“氣兵装”だ。
しかし、姉は死んだ。目の前で死んだ。もうこの世にはいない。
ならば、姉の“氣兵装”を扱っているこのSVの“氣士”は何者なのだ?
振動。胴体だけになった“ガイスト”が地面に落ちた。
それでも気にせず、いや振動にすら気づきもせずに、アルカムは“白銀のSV”を見つめていた。
『興が削がれた』
外部スピーカー越しの音声。
アルカムは目を見開いた。
こちらを見下ろしていた“白銀のSV”の腹部にあるコックピットハッチがゆっくりと開き始めたのだ。
反射的に、アルカムは自身のコックピットハッチを開く。そして、すぐに身を乗り出す。
“彼女”は、シートから身を起こし、ハッチの先端まで歩くと、こちらを見下ろした。
アルカムの五メートル程上で、少女の緑色の長髪が、風に揺らめいていた。整った顔立ち、丸みを帯びた瞳、透明感のある白い肌。黒い礼服のようなものを身につけている。その胸には豪華な金の刺繍が施されていた。
こちらも、アルカムが見間違えるはずが無かった。
二年間。一緒に暮らしてきた。
トラウマに苦しんでいたときも、仕事をせずに生活が苦しくて食べ物が無かったときも、彼女はいつも自分を、明るい笑顔で支えてくれた。
彼女がいたからこそ、今まで生きてこれた。
だからこそ、アルカムは命を賭けてここに来たのだ。
「ミリィ、なのか……?」
存在を認識すると、反射で言葉が漏れた。
返答は、淡々とした口調だった。
「名乗ったでしょう。私はミリアリア・ダイロビ。ミリィなどという名前ではない」
アルカムは、体中の血液の循環速度があがったように感じた。
「君を見間違えなどしないよ! どうしてそんな格好をしているんだ? 脅されているのか? いや、その前に、なんで君がその“氣兵装”を持っている? なんで君が、クレハ姉さんの“氣兵装”を持っているんだ!?」
感情が昂ぶりがそのまま表現されたようなアルカムの口調、それに当てつけるかのように、あくまでミリィは単調に応じる。
「前半は、私には関係の無いことなので返答しかねる。だが後半の問いには答えよう」
そう言って彼女は、先程まで“白銀のSV”に持たせていた“氣兵装”と全く同じものを手元に出現させた。
姉であるクレハの、グレートソードの小さいサイズ。
「これは、二年前、私が“統一軍”の“氣士”より奪ったものだ。」
「奪っ、た?」
息を絞り出すように呟いた。
意味するものを、アルカムは理解していた。しかし、それを認めたがらない自分がいた。認めてしまえば、次に何を行動してしまうか分からない。
次に、ミリアリアと名乗った王族は、明確な口調で告げた。
「殺した、ということだ」
聞いた途端、アルカムの頭の中は真っ白になった。
足腰の力が抜けて、情けなく尻餅を付く。
その様子を、少女は鋭いまなざしで見下ろしていた。
「再度、名乗りをあげよう。私は、元“ダイロビ王国”第一王子トリスタン・ダイロビの妻。ミリアリア・ダイロビ」
ミリアリアと名乗った少女は、ロングソードの切っ先で、足元のコックピットハッチをたたく。
「ダイロビの敵を切り払う者。つまり、貴様の敵だ。“カンパニーズ”の“氣士”アルカム・ユーロよ」
アルカムは返答できず。座ったまま、ただ口を空けてたたずむだけだった。