第三章③『臨時会議』
“エイリーカンパニー”本社ビル。その最上階に存在する特別会議室。
『もう、大体のメンバーはそろったんじゃないのか?』
ここは、“カンパニーズ”の中で“社長”という役職を与えられている者だけが入室できる場所だった。
これから開催されるのは、その者たちだけが参加を許されている会議だ。
特別会議室の広さはワンルームマンションの部屋程度。広さこそ大したことは無いが、内装は、少し異様だった。
入口を除き、それ以外のスペースを埋め尽くすように無数のモニターが設えられている。
数は、全部で一○八。その中で人の姿があるものは九八。
一○代前半と思われる少女もいれば、二○後半程に見える青年の姿もある。
髪の色や肌の色に至るまで統一感はなくバラバラ。明らかにダイロビ人であると思われる、緑色の髪をした青年もいた。
全員、“カンパニーズ”の代表者に世界中から集められて英才教育を受けた養子たちである。養子自体は一○○○人程いるが、ここに集まっているのはその中から選び抜かれ、一つのシティと会社を任された者たちだった。
よって、兄弟ではあるが血のつながりは無い。
『定刻になった。そろそろ始めよう』
『それにしても出席率が九割を超えるのは久しぶりだな。父上の葬儀後の後継者選定会議以来じゃないか?』
『それだけ、“おおごと”ってことさ。しかし、下手を打ったなリネット。まずはお前の釈明から聞きたいね』
『そんな弾劾裁判みたいな言い方はやめたらどう? ここはそういうのじゃなくて、これから“カンパニーズ”として、どうしていくかを決める場でしょ。少なくとも、私はそう認識しているのだけれど』
『同意はするが。弾劾裁判の実施には賛成だ。もっとも、対象はリネットではないが』
『その点は私も同意だ。そうだろ“オースティン”』
九○対以上の視線の先に、話題となった人物――ヨーロッパ方面“オースティンシティ”の統治者にして“オースティンカンパニー”の社長である、アルバート・オースティンの姿があった。
ダイロビ国王代理の“エイリーシティ”に対する要求宣言の際に、“エイリーシティ”軍事権の移管先対象として、名があがった者である。
映像の彼は、一○代後半の美少年で、涼しげな表情を浮かべていた。
兄弟たちにここまで敵意を向けられてもそういう態度が取れるということは、兄弟たち以上の力を持つ“そういう後ろ盾”――ダイロビの後ろ盾を得たということなのだろう。
『心外だな。俺は今でも諸兄らの仲間のつもりだが』
悠然と放ったその言葉には、当然だが反発が起きた。
『よくもまぁ、ぬけぬけと!』
『長年の、“カンパニーズ”の中立の思想を汚しておいて』
『金を積まれたか? どちらにせよ、われらに相談もなく勝手なことをしたものだ。それとも、相談の暇もないほどあっさりとビビって両手をあげたのか?』
オースティンは鼻を鳴らし、
『何度も言わせるな。私は裏切ってもいないし、脅しに屈してもしない。むしろ、仲介役となって、“エイリーシティ”がすぐに攻められるのを防いでいる事実を見たまえよ。それに、他人のことが言える人間がこの場には何人いるのかな? なんなら、私から追求してもいいのだぞ』
無数の舌打ちが漏れる。オースティンは構わない。ただ、その顔をリネットへと向ける。
『リネット。ホットラインを無視するなんてひどいじゃないか』
根拠のない自信に溢れた態度。
リネットは、惰性に近い動きで彼を見た。
なんというか、面倒になった。すでに仲間内からも敵意の視線を向けられる男である。これからの関係というものに気を使う必要もない。
もともと、未練もない。
「オースティン」
『何だい?』
期待を込めた声であるように、リネットは感じた。
ホットラインを無視したのは、その内容が分かっていたからだ。
ダイロビへの服従の勧め。
裏切り者への嫌悪感とか、そういうものはない。虚無感にも似た空気が体の中に充満していくのを感じる。
「私の“氣士”であり騎士、イサム・フロラインを知っているな」
『……それが何か?』
露骨に嫌な顔をする。
さすがに、一度病院送りにされた相手なだけあって、反応は悪い。
リネットは、足を組み。肘掛に置いた腕の先の拳を、頬に当てた。
「昨日の晩、その男が私の部屋に珍しいワインが手に入ったと言って持ってきた。まぁ、珍しい事じゃない。そして、酒を飲みながら談笑し、翌朝、イサムは私の部屋に付いている浴室でシャワーを浴びて仕事に戻っていった」
リネットは髪をかきあげた。こういう女性らしいしぐさは親友の方がうまかった。自分には自信がないので、果たしてそういう風に見えるかどうかだけが不安だった。
「珍しい事じゃない。この意味が分かるな?」
オースティンの表情が、呆然としたものから真っ赤なものへと変わった。
『あ、あんな男の、どこが……』
「お前よりかは、全然マシなのでな」
この言葉だけは心の底から思ってた。
『後悔するぞ。リネット……』
オースティンは、まるで仇でも見るような目をリネットに向けた。それを最後に、彼はこの場から“退出”した。
ウィンドウの一つが消えた後、含んだ笑い声がいくつか重なって響く。
『ウソが下手だな』
兄妹たちの一人が呟く。その声にも小さな笑いが混ざっていた。
「精進します」
『精進ときたか、面白いなお前は』
『実際に、さっさとくっつけば?』
『あ~、それ賛成だわ。うちの“氣士”にも声かけてくるからねー彼。何人かなびきそうなんで勘弁して欲しいし』
『オースティンのことは昔から気に入らなかった。少し胸がスーとはした』
『しっかし、あんなのは、なんとやらは盲目になってないと通じないだろうな。ってか、よく信じたな』
『オースティンだって気付いているさ。しかし、男ってものは惚れた女にああゆう言い方をされること自体が屈辱なんだよ』
そんな声が他からも溢れる。
もっとも、それらはまだリネットと交友が深い類の兄弟たちであり、大抵のメンバーは無表情にことの成り行きを見守っていただけだった。
「すまない。私的なやりとりに付き合わせた。本題に入ろう」
そうリネットが言葉を置くと、場は沈黙に包まれた。
今回の、会議の招集をかけたのはリネットだ。“カンパニーズ”の“代表会義”は大きく分けて二つある。ひとつは定期的に開催される“定例会義”、そしてもう一つは社長という役職を持つ者が招集をかける“臨時会義”である。
“臨時会議”は招集をかけたものが議長を務めることになっている。それが気に入らない人間はそもそも参加を拒否する。
よって、この場の社長たちは全員、“臨時会議”に招集をかけ、議長であるリネットの発言をおとなしく聞く体勢に入った。
「今回の“ダイロビ”からの宣言。ここ数年“ダイロビ”と“カンパニーズ”自体の関係が悪化していた背景や、その他の経緯はどうあれ、そうさせる隙を与えたのは事実。その結果、諸兄らに迷惑をかけることになったことをまずはお詫びする」
各社長は、無言で応じた。
「だが、今回の“ダイロビ”の宣言は、わが“カンパニーズ”の中立主権の理念に反するものである。私はすくなくとも“エイリーシティ”と“エイリーカンパニー”を背負うものとして、徹底抵抗の構えで望む所存だ」
画面に映る社長達の表情に、薄い緊張の膜が幾重にも張り巡らされた。
注がれる視線が鋭さを増す。リネットの腕に置いた指先に自然と力がこもる。
「この判断についての是非は問わない。申し訳ないが、聞くつもりもない。ただ諸兄らには援軍の派遣をお願いしたい」
一斉にザワついた。
『これはまた……』
『強情だ強情だと思っていたが』
『外交という解決は無しか?』
当然の質問に対し、リネットは答えた。
「それは、すでに本社に依頼をしていることは諸君らに伝達済みだろう。期待はしているが、最悪のパターンを想定し、戦力の確保に動いておかねばならない」
『統一軍にも、介入させてはどうか? 時間が稼げるのでは?』
提示された意見に、リネットは首を横に振る。
「それでは、今度は“統一軍”に隙を見せることになる。ゆくゆくは今回の対象が“ダイロビ”から“統一政府”に代わるだけだ。困難は自身で解決してこそ、対等な地位である認識を与えられる。それが、“カンパニーズ”を守ることに繋がる」
『氣士SV三。SVは一七。合計二○機。さらに輸送戦艦を出そう』
その言葉に、今度は場の一同が固まった。
『聞こえなかったかな。私のシティからは、氣士SV三、SVは一七、合計二○機に輸送戦艦を出す』
そう発言をしたのは、この場で一番年齢が上の“社長”だった。
“カンパニーズ”内において、“社長”の役職に就いている者に上下関係はない。しかし、通常の家庭の兄弟のように、力関係と年齢に比例するやんわりでありながらも決定的な上下の関係というのは存在する。
先ほど発言をした人物は、そんな上下関係の中でも最上位の存在だった。
各都市の保有する戦力は、平均で氣士二人にSVは二○~三○機程度。発言をした人物の都市は“カンパニーズ”内でも最大の戦力を誇っているが、それでも提示した数は多い。
『第一の提案はそれで。ただ、正確に派遣する量は残りの兄妹たちの意見にもよる』
そして、その最大の戦力を保持する人物が、暗にリネットを支持すると言ったのだ。
『……氣士一。しかしSVは七の合計八機』
『氣士一、SVは三だ。うちもいま“ダイロビ”と揉めているんだ。これ以上の援軍は出せない』
『こちらは、“統一軍”との小競り合いも多くなっている。同じく一:三が限界だ』
『氣士は出せない。SVもだ。その代わり、輸送艦と潜水戦艦を提供する』
その他、次々と援軍の提案が寄せられた。
中には、無言でその場から“退出”した社長たちもいたが、最終的には七割以上の社長から援軍の約束を取り付けた。
会義終了後。ほとんどのモニターの光が消えて、薄暗くなった空間の中。ひとりの人物だけが最後まで残っていた。
『とりあえず、防衛には十分ではないのかな』
「ありがとうございます。マルセイユ兄さま」
最大の援軍を約束し、他の兄妹たちにもそれを促した男――マルセイユ・カルマンは、口元を緩めながらも油断ない視線を、リネットに浴びせ続ける。
リネットは、それを感じて気持ち背筋を伸ばす。
『君の理念は、わが“カンパニーズ”の根幹を成すものだ。だからこそ、それを公言している君を、われわれが見捨てることはできない。それだけのことさ』
経緯はどうあれ、今回“ダイロビ”が“カンパニーズ”に行った宣言は、“カンパニーズ”の“中立”である立場と、それ以上にその理念を侵害するものだ。一枚岩ではなく、多数の指導者がやんわりと集まって共同体を成している現在の“カンパニーズ”においては、その“中立”こそが多数の社長をつなげている鎖であり柱だった。それを崩されれば無数の戦力の集合体でもある“シティ”と“カンパニー”は、“ダイロビ”と“統一軍”にとって容易な侵略対象となることは目に見えて明らかである。
彼らは自衛のためにも、リネットが“中立”をうたう以上、協力せざるを得なかったのだ。
『それはそうと、外交交渉の件だが』
「はい。一応本社に通すのが筋ですので、そのように」
『なるほど。しかし、父上が亡くなられ、権力抗争の渦にある本社では、行動の早さも質も期待できないだろう。私にも任せてもらえないか?』
リネットは素直に頷いた。もともとそれをお願いするために、会議終了後の面談を希望したのだ。
「わかりました。お願いします」
『かわいい妹の頼みだ。頑張ろう。それに、リネット。最後に言っておく』
柔和なマルセイユの表情が、真剣なものへと変わった。
『全員、素直に退出した。しかし、何人かのそれは作為的というのは気づいているね?』
きた、とリネットは心の中で身構えた。
「はい」
『皆、質問を私に託したのだ。イサム君以外の氣士の秘匿に関しては、まぁ、どの兄弟たちも似たようなものだからね。これについては、私もなにも言うつもりは無い。だが、“彼女”についてはどう責任をとるつもりだ?』
“彼女”という単語が出てきた。しかし、それを詰問されることは想定済みだ。
リネットは、事前に用意していた言葉を出そうとした。
――私たちは、お互いが初めての親友ですね。
ふと頭によぎった言葉があった。
「攫われたダイロビ人の少女に関しましては、救出に鋭意努力いたします。その件に関しては私の街の住人でもありますので」
次の瞬間、思考とは関係のない言葉が出ていた。
リネットは内心でハッとした。自分の底から現れた、得体のしれない何かに乗り移られたかのような。
(い、いま。私は何を言った?)
自身の心臓がこれ以上なく鼓動していくのを感じる。してしまったことへの困惑は大きい。しかし、それを表情には出さないようにする。
無音の時間が続く中、マルセイユの瞳が細められた。
『……まぁ、いいよ。そういう事にしておこう。どうやら“ダイロビ”側も素直に発表するつもりもないみたいだしね。だけど』
マルセイユは、再度その油断ない瞳で義妹を見据えた。
『相手の主張の仕方によっては、私でもお前を庇いきれない。そして、私はこの社長たちの長兄として、“カンパニーズ”を守るために最も良い選択をしなければならない責任があると考えている。この言葉の意味が分かるね?』
「……はい」
『私に、それをさせないでくれよ。リネット・エイリー』
画像の光が消えて、部屋全体の暗度が増す。
一○秒後。
誰もいなくなった空間で、リネットは息を大きく吐き出し、頭を下げた。
冷たい汗が流れ出してくる。
(何をした? 私は今、何をした?)
自問する。
続いて吐き気。手のひらを口へと持っていき、嗚咽を漏らす。
緊張から一気に解放された反動が、ひどく苦しい。
(あの人の兄弟たちへの発言次第では、この街は滅びる。にも関わらず私は……)
想定した答えは、彼女の正体を明かし、彼女との思い出は捨て、そして潜入犯として仕立て上げ、“カンパニーズ”、ひいては“エイリーシティ”の正当性のありかたを示せる手段をマルセイユに相談する。
そのはずだった。しかし、口から出たのはあくまで“彼女”のこの街での居場所を残すもの。
マルセイユは、呆れただろうか?
先ほどの話しぶりでは、彼女については全てを理解しているようであった。
にも関わらず、情に傾いた自分を見て、彼はどう感じたのだろうか。どういう判断を決めたのだろうか?
「私は、親友を守ってしまったのか。街を危険にさらして……」
常に可能性の高い方ばかりを選ぶのが統治者の正しいあり方ではない。しかし、事前に取り決めていた事柄を直前に、感情のおもむくままに変えてしまうのは、
「弱いな。そして……私は、やはり統治者としてはあまりにも」
自分を抱えて、椅子の上にうずくまる。こんな弱々しい姿はだれにも見せられない。見せた瞬間、仲間も、家族も、そして自分を生涯守り続けると約束したはずの男さえ、目の前からいなくなってしまった。
強くあれ。それこそがリネット・エイリーに求められる唯一。
彼女は、心でそう何度も繰り返すと、やがて力強く席を立ち、その部屋を後にした。