第三章②『白銀のサーヴァント』
“ダイロビ”軍の水中揚陸艦“サラマンドラ”と“トライゼン”。
すでに“エイリーシティ”に察知されても構わなくなったこの二隻は、シティより百キロ程離れた海域で海底から上昇し、無人の小島に接舷していた。
「いまは喪に服すと言って、それにふさわしい服装に着替えております」
“トライゼン”の上級通信室。膝を床に付けて頭を垂れているのは、そう発言したネスと、その副官のサラサ。最後にネスの同僚のバランである。
『喪に服す? まさか兄上のためにか? あれから二年は経っているというのに……』
正面には、モニターが備え付けられていた。
映し出されているのは、一○代中盤ぐらいの少年だ。
「われらが同胞として復帰してから日は浅く、その心境は個人としても女性としても共感できるところがございます。ゲオルグ様」
と、サラサが応じる。
ダイロビ王国国王代理――ゲオルグ・ダイロビは、煌びやかでゆったりとした服装の上にある、その端正な顔を不満げに歪めた。
感情がすぐに表に出る、そんな人物だった。
『そうか、そうだな。まぁいい。宣言の前に話はしたしな。彼女は――“義姉上”は私の先ほどの晴れ舞台を見ていてくれただろうか?』
「はい。それは、私と一緒に」
ゲオルグの閉じられた口元が、うれしそうに広がった。
『そうか。そうであればいい。では、私もじきに諸君らと合流する』
「本当に、こちらにいらしゃるのですか? “エイリーシティ”の制裁に関しましては、我らにお任せいただければ……」
『義姉上を守ることは、私が兄から託された責務だよ。直接迎えに行きたいと考えておる。それに、わが“ダイロビ”に対する“カンパニーズ”の中途半端な対応にいい加減に腹も据えかねていた。この辺りで、今後の方針を考えてもらう機会を与えてもよいだろう』
「御意」
『引き続き、不届きな“エイリーシティ”の監視を頼むぞ。それが終わり、本国に帰国すればパレードだ。主役はもちろん義姉上だが、そなたたちにも喝采が浴びせられよう』
三人は、同時に頭を深く下げた。
『勲章も考えておる。楽しみにしているがよい』
モニターから光が消える。
間を置いて立ち上がる三人の中、ひとりが深いため息を吐いた。
「どうしたバラン?」
ネスに問われたバランは、しばし同僚を睨みつけると、
「礼は言わねぇぞ。むしろ、俺は騙された」
「結果的にそうなった」
ネスは詫びない。そういう態度は、バランが嫌うことを知っていた。
その考えに気づいてか、バランは視線を軟化させた。
「いろいろと混乱している。まさか、あの方が生きておられたとはな。どう考えてもそういう状況ではなかったと聞いていたが」
「今回の件に関しては、あの方の自発的な行動だった。ダイロビのだれもあずかり知らぬことだ」
「ネス。お前は知っていたのか?」
「だれにも、と言っただろ。分かったのはつい最近で、見つけ出したのはサラサだ。彼女はずっと行方を探していたからな。それでも、確信があったわけではなかった」
「サラサ殿が? なぜ?」
言いかけて、バランは思い起こす。
「あの方とサラサ殿はハイスクールの先輩後輩でしたな」
サラサが浅く頷いた。
「出会ったとき、私はハイスクールでしたが、彼女はミドルスクールでした。ハイスクールの成績優秀者は、ミドルスクールの成績優秀者に指導を行う授業がありましたので、その時からの付き合いです。個人的にも仲良くしておりました」
「それで、あの事件後に行方の捜索を……ネスの下についたのは、氣士将としての職務から逃れるためだったのですか?」
「そういう意図が全く無いといえばウソになりますが、私がネス様の下についたのは、単純に愛慕からです」
「サラサ。ムズ痒いよ」
ネスの呟きに、サラサは頭を下げた。
「失礼いたしました」
「けっ!」
バランがうんざりとした様子で、二人から顔を逸らす。
その時、警報が鳴り響いた。
「何事か?」
サラサが声を張ると同時に、目の前のモニターに再び光がともる。
映ったのは、若い女性だった。“トライゼン”艦橋のオペレーターの一人だ。
『接近するSVの反応。“エイリーシティ”からです』
三人に薄い緊張が巡った。
「三日の猶予が尽きる前に戦闘を仕掛けて来たのか。数は?」
少なくとも“ダイロビ”上層部に、“カンパニーズ”経由で外交圧力をかけてくるだろうと思っていたのもあり、行動の突然さにサラサは若干の驚きを覚えた。
『一機です。距離五○キロ。海面スレスレを飛行、いや航行? とにかく高速で近づいてきます』
「一機だと……接触までの時間は?」
『時速はキロで言えば四○○。接触までは七分程』
「速度四○○キロ……」
明らかに、通常のSVの移動速度ではない。
『迎撃はどうなさいますか?』
階級はサラサの方が上だが、この場の指揮権はネスにある。彼女は指示を仰ごうとネスに顔を向けた。
「それならば、取り戻しにきたのだろう」
サラサの主は、そのようなことを呟いて、
「速度から考えて、おそらくそいつは“氣士”だ。私が出よう」
と告げて、彼女をさらに驚かせた。
水中揚陸艦“サラマンドラ”と“トライゼン”は、隠密行動に特化した戦艦であるため、武装は少ない。敵が“氣士”であれば、迎え撃てるような装備はない。
サラサ、バラン、そしてネス専用の“氣士”用SVを除いては。
なお、撤退という選択肢は彼らには無かった。これから攻め込もうと考えている勢力、しかも戦力的にも劣る相手に“初戦”で逃げるような撤退をしたのでは士気にも関わる。
「お待ちください。ネス様がわざわざお出になることはないでしょう。私が……」
それ以上のサラサの言葉を、ネスは視線で制した。
「君こそわざわざ出る必要は無いだろう“騎士将”殿。それに君は戻って来たばかりじゃないか」
「そんな言い方。意地が悪うございます」
「冗談だ。しかし君は階級が上、バラン殿は同じとはいえ年長、残る“氣士”は私だけだ。筋から言っても、私の役回りではないかな?」
「それでも、ネス様……」
心配そうなサラサに、ネスは笑みを向けた。
「男が出撃すると言ってるんだサラサ。顔を立ててくれ。それに、ここ最近は内勤が多くて運動不足だからね。たまには体を動かさなければ鈍ってしまう」
「相変わらず、常にそばに置く直属氣士を増やさないんだな。まぁ、騎士将クラスを三人も従えていれば十分か」
バランの言葉に、ネスは鼻を鳴らして、
「直属“氣士”はサラサで十分だし。私に忠誠を誓ってくれている本国の二人も身に余る。それに、これ以上は自国民に嫉妬で殺されかねない」
「ぬかせ」
バランは呆れて、指示を出せる艦橋に戻るために、部屋を出て行く。
残されたネスは、モニターに映るオペレーターに声を張った。
「“サラマンドラ”に戻る。私の“ケッツアー”を準備せよ。接近する敵を迎撃する」
ネスが指示を出し終わると同時に、モニターにもうひとつの画面が開かれた。
『その役目は、私が請け負いましょう』
現れたのは女性だった。
彼女は、黒い軍服――ダイロビ軍人の葬儀などで着用されるものを着込んでいた。一般の士官ならば皆支給されるものだ。しかし、服の中央に施された金色の刺繍は、ダイロビ内でも限られた者――王族の一員にしか許されないものだった。
○●○
「あの艦だ」
“エイリーシティ”のレーダー室の職員を脅して場所を特定。警備が強化された“エルフィオン”格納庫を避けて、学園で訓練に使われている“先行量産型ガイスト(氣士仕様)”を強奪。さらにリネットとイサムには内緒で設えていた港の倉庫から、シティから出ていかなければいけない状況など、いざという時に使うつもりだった、弾道ミサイルを改良したロケットブースターを腕部に担ぎ、下部に“氣障壁”を展開して、サーフィンのような姿勢で海面を高速で移動していた。
警告の電磁音が鳴る。
(またか……)
コクピット内で、赤い文字が表示されたモニターに目をやる。
「右脚部第一二関節の機能低下、二六関節もか……これでは一回の戦闘が限界か」
“氣士”専用機である“エルフィオン”や、アルカム用にチューンアップされた、任務で使用する紫の“ガイスト”ならばともかく、量産の訓練用改修機では、この高速移動の負担が大きすぎるようだ。
どちらにせよ学園の授業や街での作戦行動中に少しずつ横領してきた“ダイロビ柔錬鉄”も、一回の戦闘分しか無い。
「いいさ、どちらにせよ二回目は無い」
ミリィを救う。
それだけを考える。
彼女には、これからも傍にいてほしい。
自分の抱える悲しみも喜びも受け入れてくれる人。
すがるものを見つけた。その心地よさを、安心感と喜びを知ってしまった。
もう、彼女無しでは生きていけない。
だからこそ、自分の命に変えても救い出す。
「無事でいてくれよ。ミリィ……」
『こちらの艦に接近中のSVに告げる。止まれ。これは警告だ。こちらには、そちらを迎撃する用意がある』
オープンで通信が入る。目的の艦艇からだ。
聞き覚えのあるような声だと思ったが、明確に思い当たるものは無かった。
『繰り返す。私は、この艦の艦長であるダイロビ軍のネス・ポンド大佐だ。警告する。貴殿は自身のしている意味が分かって――』
「警告する」
遮るように、アルカムは言った。
「乗員は身近な何かにつかまっていろ」
以後、通信を切る。
意識する。
“氣障壁”を機体の前面に螺旋状に展開。
さらに、移動用弾道ミサイルの先端を上空へ向けた。
“ガイスト”は、空に向かい、ぐんぐんと上昇する。
しばらくして、移動用弾道ミサイルのスイッチを切り、先端を下――ダイロビ軍の水中揚陸艦に向ける。
ミサイルを再噴射。重力の力も借りて“ガイスト”は高速で落下し始めた。
一○トンを超える鋼鉄の塊が、である。
“氣障壁クラッシュ”
“氣士”の中でも、“氣障壁”の扱いに、特に長けた者だけが使用できる攻防一体の技。
前方に“氣兵装”並の練度の、鋭利に形作った“氣障壁”を展開し、そのまま体ごと敵にぶつかる。
狙うは、ダイロビ製水陸両用“ザトゥルン級”の前方寄りに位置する機関部。
この艦艇の構造と人が配備されている位置は知っている。頭に叩き込まれている。
二年前、この類の艦艇の撃墜優先度は非常に高かった。そのため、どこを攻撃すれば、行動不能にさせれるのかを把握しておく必要があった。
(沈めない程度に損害を与えたあと、直接乗り込んでミリィを助ける)
両腕の移動用弾道ミサイルは手放す。
加速は成った。装甲を破るには十分だ。
敵の紫の装甲がどんどん迫ってくる。
その時、艦艇の上部装甲が素早く左右へと割れた。
一機のSVがいた。手に持った剣を身構え、迎撃する態勢を取る。シルエットは細身だ。
(“氣士”用SV? だが、間に合うものかよ!)
すでに、防げる落下速度ではない。例え目の前の敵が“氣士”用SVで、“氣障壁”で防ごうとしても、衝撃で“氣障壁”ごと粉砕できる。“氣兵装”で“氣障壁”を貫こうとしてきても、この速度ならば貫かれる前に“氣障壁”が敵に激突するだろう。
構わず、アルカムはそのまま“いった”。
しかし、アルカムの展開した“氣障壁”が艦艇の装甲に触れることは無かった。
一筋の光の軌跡が奔る。
バランスを崩し、何度も回転して、そして巨大なものが水柱を作りながら海に落ちる。
落ちたのは自分の“ガイスト”であることはすぐに分からなかった。
考える前に、アルカムの体に染み付いた、訓練された上下感覚が反応して、機体を立て直す。幸い、落ちた場所は海の深さもそれほどなかった。さらにこれも無意識にだが、自機を守るために“氣障壁”の全ての能力を機体の防御に回したのも功を奏した。
通常なら、機体が四散してもおかしくないぐらいの衝撃で海面に叩きつけられたのだが、なんとか機体は戦闘可能な程度のダメージで抑えられていた。
前方を見たアルカムの視界に、まるで何事もなかったかのようにたたずむターゲットの艦艇がある。
ここで、気づかされた。
「無傷? 逸らされたのか? まさか。そんな馬鹿な」
想定外のことに、声が震えた。
艦艇の装甲の上に仁王立つ、白銀のSV。細身のシルエットからは“氣士”専用SVであることが伺える。その手には、“ダイロビ”のSVの標準装備である“ヒートソード”が握られていた。
アルカムは目を見開く。
「“ヒートソード”? “氣兵装”でなく? 高速で降下する“氣障壁”の突撃だぞ。たかが“ヒートソード”でいなせるわけが……」
“氣兵装クラッシュ”は、今まで一二の戦艦と、防衛に立ちふさがった七の氣士用SVを“氣障壁”ごと屠ってきた必殺の技。
いくら、純粋に設計された氣士用SVじゃない機体で繰り出し、速度と威力が通常より劣っていたにしても、
「見切ったというのか、初見の僕の技を、軌道を、タイミングを……」
そうでなければ、高速で迫る一○トンの塊の軌道を逸らせない。
また、少しでもタイミングと、振るう“ヒートソード”の角度を間違えようものなら、艦艇ごと破壊される。
凄まじい腕前と、度胸だ。
特に、技量だけで言えばアルカムの姉以上かもしれない。
『“カンパニーズ”のSVよ』
“白銀のSV”からスピーカーで流れてくる音声だ。
『私は、“ダイロビ”の剣にして障壁』
アルカムは、その場で立ち尽くしていた。
元来、アルカムはどっしり身構えて戦うタイプではない。奇襲、速攻と手数の多い両手の戦斧やスピードを駆使して、相手の視界から外れ、かく乱を意識しながら足を使い、攻撃の機会を狙うのが本来のスタイルだ。
しかし、アルカムはこのときばかりは動かない。
隙がない。
いくら軽快な動きが得意だとしても、想定した行動の先が全て防がれ、さばかれ、反撃を喰らうイメージしか描けないのでは動けない。無駄な動きはしないし、できない。
そういう風に、本能に染み込んでいる。
(こんな感覚、そしてプレッシャーを受けるのは、いつ以来か……)
アルカムは油断なく相手を見る。
ヒートソードの切っ先が、艦艇の装甲をたたく。ちょうど、“白銀のSV”から、見下ろされる形になる。
『尊大で、かつ愚かな地球のSVよ』
高い声だ。女性だ。
『私はミリアリア・ダイロビ。私がいる限り、わが夫の愛する“ダイロビ”の国民を傷つけることは叶わぬ。そして、許さぬとしれ』
“ダイロビ”、と。
かつて存在した星の名であり、かつそこを支配した王族の名を、彼女は口にした。