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第三章①『譲れないもの』

 “ダイロビ軍”の水中揚陸艦“トライゼン”。

 艦内の細い通路を、バラン大佐はいつものように肩を大きく揺らしてではなく、小さく遅い動作で歩いていた。

 やがて、彼はあるところで立ち止まり、舌打ちをした。

 それは、目の前の人物に浴びせたものだった。


「おい、乗船を許可した覚えはねぇぞ」


 言葉を投げかけられたネス大佐は、何も答えず、壁を背にしてたたずんでいた。

 しばらく睨んでいたバランだったが、やがて彼は苦笑を浮かべて、


「もっとも、もう構わんがな。その権限もじきに無くなる」

「そうはならんさ」


 と、ここでネスは口を開いた。その言葉を、バランはうっとしそうに手で払う。


「慰めはやめろ。母国の意思に反して進攻を行い、揚陸艇を二隻も沈没。さらに貴重な“氣士”を三人も失ったんだ。俺が軍人を続けられるかも怪しい」


 バランは視線を外し、ネスの傍を早足で通り過ぎようとした。


「別に慰めではないさ。貴公は、立派に陽動の務めを果たされた」

「あぁん?」


 予想外の言葉だったのだろう。怪訝な表情を浮かべ、不規則な息を漏らしながら、バランは振り返る。

 バランに近寄って、ネスは自身より広い肩にその手を置いた。


「もっと胸を張れ。我らは第一級の戦果をあげたのだ」

「何を言ってんだ、お前……」

「通信室には私も付き合う。報告は私がしよう。貴公は後ろで立っていればいいよ。任せてくれ」


   ○●○


「なんだよ、それ……」


 本社地下の格納庫に“エルフィオン”を戻し、通された“エイリーカンパニー”本社ビル内の一室。

 室内には、アルカム、イサム、リネットの三人が集まっていた。


「なんなんだよそれはっ! なんでミリィが!?」


 アルカムは、困惑をそのまま声に表した。

 ミリィが“ダイロビ”にさらわれた。

 命をかけて戦い、帰ってきた戦士に対して、これ以上の仕打ちがあるものか。


「おそらく私と間違えられたのだろう。司令室にいる若い女性などそうはいないからな」


 リネットのその言葉を聞いて、傍のイサムが怪訝な表情を浮かべた。

 アルカムの表情が、鋭いものへと変わっていく。


「相手が“騎士将”で、不意に攻められたのだとしても、あまりにも腑抜けすぎる! いったい、あなたは何をしていたんだ!」

「落ち着けバカ! “氣士”の力を発動したまま、リネットに飛びかかろうとすんな!」


 イサムが割り込んで、アルカムの前進を止める。

 無意識に“氣士”の力を発動し、荒い足取りでリネットに近づいていたようだ。


「だって……だってさ!」


 だが、“氣士”の力を発動していないイサムに、いまのアルカムは止められない。イサムは両肩を掴まれて、壁に背中をぶつけられた。


「うおっ!? ってこいつ。気持ちは分かるが、少し落ち着け!」

「くっそぉぉぉぉぉ!」


 再度イサムを壁に押し付けて、その勢いを利用するように踵を返す。

 イサムは苦しそうに息を吐きだし、うなだれた。


「おい、どこへ行く!?」


 呼び止めたのはリネットだ。アルカムは言葉を吐き捨てた。


「決まってる! ミリィを助けに行きます! 敵の位置は“エルフィオン”へ送ってください!」

「なっ!? このバカ! 許さんぞ! お前はわが都市の数少ない“氣士”なのだ。すでにこちらの人数がバレた以上、敵はこちらが“氣士”を二人抱えていることを想定して攻めてくる! そうなればイサムだけでは対応できない! お前にはここにいてもらうぞ!」


 アルカムは、止まらない。


「おいっ! 聞いているのかアルカム!? まずは、“カンパニーズ”本社経由で、正式な外交ルートを通じ、抗議を行うから――」

「知ったことか!」


 足を止めたアルカムから、これ以上ない大きな声が出た。

 しかし、リネットも負けじと声を張る。


「許さんぞ! その肩に三○○万人の命が乗っていることを忘れるな!」


 その言葉に、アルカムの感情はこれ以上なく波打った。

 身勝手なことばかり言いやがる。と、心の根底から歪みの声が漏れ出す。


「知ったことかと言った!」


 力いっぱい叩きつけた拳は、傍の壁を歪ませて大きな音を立てる。最大の肺活を駆使した声も、部屋に響き渡った。

 しかし、アルカムの感情は収まらない。


「三○○万人だか、三億人だか関係ない! 僕が守りたいのは、いつだってひとりだ! ひとりなんだよ!」


 発言の内容もあるだろうが、気迫にも押されてだろう、リネットは口をつぐんだ。

 アルカムは、再び体を出口に向ける。しかし、歩き出しはできなかった。


「イサム……」


 目を細める。

 前に、戦闘態勢の気配を漂わせる同僚がいた。


「女の子に怒鳴るなよ大馬鹿野郎。あと、ここから先には行かせねぇよ。この街に再び攻めさせるきっかけにもなりかねんしな」


 止める気だ。それが、無性に腹立たしくて、アルカムは奥歯を軋ませた。


「よくもそんなことが言えるな。君だって……」


 強く、拳は握り締められる。


「逆の立場ならこうするだろ!?  すぐに助けに向かうだろうに!」


 ぶつけられた感情を、イサムは涼やかな顔で受け止めた。


「ああ。でも、お前だって逆の立場なら止めるだろ? 俺たちにとってはいつも通りさ」


 この瞬間。互いは説得が不可能だと悟った。

 手元に意識を集中する。

 瞬時に、アルカムの胸元に隠していた“ダイロビ柔連鉄”製のペンダントが形状を変えて、二丁の蒼い戦斧となり、手元におさまる。

 イサムは、それを眺めて尖ったアゴを上げた。

 “氣士”が“氣士”に対して“氣兵装”を出し、構える。それは、相手の“氣障壁”を貫いてでも相手を傷つけるという意思の表れだ。


「それでしか止まらんというなら、仕方ないな」


 次の瞬間、イサムの腕輪も形を変えて、“氣兵裝”――洋式の白い槍となる。

 彼は、覚めるような華麗な軌跡を描きながら槍を振り回し、刃先をアルカムへ向ける。

 しばらく、視線だけがぶつかり合う。

 言葉は、交わさない。

 唇を動かす、ということに意識など割く余裕などない。

 それほどまでに、お互いは、お互いの腕前を認め合っていた。

 二人の重心が前へ、踏み出された左足へと移動していく。

 達人同士が作り出す張りつめた空気に気圧されてか、リネットは制止の言葉も出せない。

 伸ばされた糸が限界を超えて今にもプツンと切れるような、そんなきっかけが今にも起ころうとした。

 刹那。


「リネット社長!」


 スーツ姿の社員が転がる勢いで部屋へと飛び込んできた。

 それだけでは、すでに戦闘体勢の二人の集中は途切れない。

 しかし、次の言葉は別だった。


「“ダイロビ”の国王が、演説を! わが都市を糾弾するような内容の演説を行っております!」


 三人は、飛び込んできた男の顔をまじまじと見つめた。


   ○●○


 親愛なる“ダイロビ王国”の国民と、協力関係にある地球人の諸君。“ダイロビ”王代理のゲオルグ・ダイロビである。

 この度、我が“ダイロビ王国”とは同盟関係である“カンパニーズ”の一中立都市“エイリーシティ”が、“統一政府”との軍事的な強い協力関係にあることが明らかとなった。

 “カンパニーズ”は中立勢力であることを前提に、わが“ダイロビ王国”とは同盟を結んでいる。

 この知らせが本当なのであれば、われは、わが“ダイロビ王国”とその協力関係にある地球人の諸君の身と富の安全に対する責任を持つ者として看過はできない。よって、わがゲオルグ・ダイロビは、“ダイロビ王国”と、協力してくれる地球人諸君を代表し、以下を“エイリーシティ”の責任者に要求するものである。

 一つ、わが軍の査察調査を抵抗なく受け入れること。

 二つ、査察調査期間は二ヶ月を設け、これを了承すること。

 三つ、査察期間中の軍事権を“カンパニーズ”の“オースティンカンパニー”へ移管すること。

 返答は三日後まで待つ。もしそれまでに返答がない場合は、この嫌疑を肯定したとみなし、“エイリーシティ”をわが敵対勢力である“統一政府”と同等の対処対象とみなす。明確には、“エイリーカンパニー”への進攻を開始する準備がある。そう認識してほしい。

 なお、これは“カンパニーズ”に対してではなく、“エイリーシティ”単独に対しての布告であることを重ねて告げる。

 この選択がわが亡き父ハインリヒ、兄トリスタンの意思に沿ったものであることを願う。


   ○●○


『諸君らの万感な賛同に感謝を』


 人払いをした一室。リネット、イサム、アルカムの三人は前方を凝視する。

 テレビ画面の向こう側では、色白で長髪の若いダイロビ王代理が、歓声と拍手に包まれて、それに応じている様子が移されていた。

 次に切り替わった画面では、先ほどの“エルフィオン”と“ビッグオーガ”の戦闘の映像が、“ビッグオーガ”の部分をうまく切り取られて流される。

 専門家と称する者たちが、肩のアーマーの部分や、腕部マニピュレーターの構造が、“統一軍”の使用するものと酷似しているので、兵器開発の面でも協力関係が進んでいるなど、もっともらしい発言をしていた。


「……イサム。なぜ、テレビの前に立つ」

「怒りのあまり、お前が画面を殴りかねんなぁ、と思って」

「それは、私が小等部の時の話だろ」


 リネットは、イサムに対して腕を左右に振り、テレビの前からどけと伝える。

 従って、イサムは横に数歩移動した。


「それにしても“ダイロビ”のバカ殿め。穏健派の父親と兄貴が死んでからやりたい放題だな。なにが“統一軍”との強い軍事的協力関係だ。“エルフィオン”が“統一軍”製のSVと似てるから技術協力関係にあるとの一点張りって、それを言うなら、“ダイロビ”とも技術的協力関係にあることになるだろうに。共有部品なんていくらでもあるぞ」


 とボヤく。続けて、


「とは言っても、“エルフィオン”に関しては、アルカムの存在を秘匿する意味もあって、“カンパニーズ”本社にも黙って開発してたからな。“エルフィオン”が“カンパニーズ”オリジナルであることを証明できる“エイリーシティ”以外の勢力は無いときた。さてさて、どうするよリネットちゃん」


 リネットは、テレビ画面に視線を送りつつ、


「素直に受けるつもりはない。“オースティンカンパニー”に軍事権を譲るというのも同様だ。ここで名前が出てくるということは、すでに“オースティンカンパニー”も“オースティンシティ”も“ダイロビ”側の勢力下に置かれたと考えていいだろう」

「オースティンってのは、どんなやつだっけ?」

「……覚えてないのか?」

「そりゃあ、前年の“カンパニーズ”の全体会議に出たとき、連れ添ってほとんどの君の兄妹にはあいさつ程度はしたけど、なんせ百人以上いたしな。全員は覚えてない。主に男は覚えてない。あっ、日本支店の子がかわいかったのは覚えてる」

「……まぁ、オースティンは男だけどな。もう一度訊くが、本当に覚えてないのか?」

「さすがに覚えてないって。“氣士”だって、記憶力を高めたりはできないしな」


 リネットはため息を一つ漏らし、呟くように言った。


「全体会議の、終了後の、ダンスパーティーの、“騎士”同士の大喧嘩」


 イサムは、はっとして、


「ああ、思い出した。リネットちゃんに言い寄ってきたキザ野郎か。あいつの“騎士”もいけ好かなかったな。ダブルで俺のリネットちゃんにナンパしてきてさ」

「だからって、あいつの“騎士”を病院送りにするのはやりすぎたな。おそらく、それが原因で精神的に攻め落とされたのだろう。傍に“氣士”がいないのは、常に暗殺の危機に直面するのと同じだからな。その時の恐怖心は、私にはよく分かる」


 リネットの視線が、どこか遠くを見つめた。その先は、おそらく距離的なものではなく時間的なもの――過去へ向けたものだろう。

 イサムは、バツが悪そうに沈黙したあと、


「その……悪かったよ」


 出戻りとしては、つらいところだった。一生、言われるだろうとは覚悟している。


「別に、謝って欲しいわけじゃない。捨てられて得られるものもあるしな」


 イサムは、ただ無言となるしかなかった。無言で受け続けるとも決めていた。


「……話が逸れたな。仕切り直そう」


 リネットの提案を、イサムはありがたく了承する。


「分かった。で、これからどうする?」

「行動が極端すぎる。何か裏があるはずだ。それが分からなければ、こちらの行動が決められん」


 イサムの眉が、米粒の幅ほどではあるが一度だけ上下する。


「行動の有無が論理的に証明できない場合、それは、感情による行動である可能性が高い。これは俺のマイハニーの言葉だったと思うけど?」


 聞こえているはずのリネットが返事をしない。マイハニーについてもツッコミは無し。

 とある、イサムの中の疑惑が強まる。


「なぁ、リネット。お前さ、妙に落ち着いてないか?」


 このとき、“ダイロビ”に戦線布告まがいの事をされ、義理の兄であるオースティンの勢力が、すでに“ダイロビ”の手に落ていると判明しても、顔色一つ変えなかったリネットの表情が微細に変化した。

 少なくとも、イサムにはそう見えた。


「これからどうしようか、と考えてるだけだ」


 そっけない口調での返事が帰ってくる。

 イサムは、しばらく迷ってから、


「もしかして分かってるんじゃないのか? 今回のこの訳わからん“ダイロビ”の一連の行動の意味が。ミリィちゃんが狙われた理由なんかも」


 肯定もなければ、否定もない。

 待っても返答がないので、イサムは肩をすくめた。


「俺は構わんよ。何があろうが、何も話されなかろうがリネットの命令に従い、尽くすだけだからな。でも、このままじゃあ、アルカムは厳しい。暴走一歩手前だ。なぁ、そうだろアルカ――」


 振り返った先にいるはずの、銀髪の友人の姿は無い。

 この部屋の入口の扉は、前後に動くとともに、金具の軋む音を立てていた。


「……と、まぁ、こういうことになる」

「いや、お前。冷静に見てないで止めにいけ!」

「いいけどさ。でも、さっきと同じく下手をすれば殺し合いになるぜ。止めるにしても、あいつを説得するためにミリィちゃんに関しては、分かってることは教えて欲しいな。アルカムは混乱してたからおかしいと思わなかったのかもしれんが、髪の色だって違うんだ。お前と間違えてミリィちゃんがさらわれたなんて、普通はありえんだろう」


 イサムはリネットに向き直る。


「なにより、お前は言ったよな。“敵の狙いは、ミリィだった”って――」

「殺さずに、連れ戻してこい。以上だ」

「……いつもいつも一番難しい事をおっしゃる。わがマスターは」


 しぶしぶ、といった感を出しながらイサムは出入り口へと歩き出す。


「で、連れ戻せたとしていつまで制止すればいいんだ? 牢にぶち込んどくにしても限界があるぞ」

「そんなに先じゃない。期限にもある通り、せいぜい三日だ。あと腐っても親会社なんだ。“カンパニーズ”本社に相談するさ。圧力ぐらいはかけてくれるだろう。ここがみすみす“ダイロビ”に奪われて喜ぶやつは“カンパニーズ”にはまだ少ないだろうしな」

「分かった」

「アルカムに関しては、細部の対応は任せる。“エルフィオン”に関しては、出撃させないように格納庫の責任者に指示を出しておいた。頼むぞ」

「マスターと美人の頼みは断らない。つまりは了解」


 イサムは、駆け足で部屋を後にした。

 一人だけ残された部屋の中で。


「……まったく、昔から気付いて欲しくないことには鋭い」


 彼女は、再び一瞬だけ遠くに視線を移したあと、部屋を後にした。

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