プロローグ
彼女が寝室に戻ると、異変が起きていた。
ベッドの上では彼が眠っている。
だが安らかに、ではない。
逆だ。
息は荒く、シーツは強く握られ、額には汗をにじませ、体は震え、今にも暴れだしそうだ。
――ごめんなさい。
その歪んだ表情と苦痛の呻きのような謝罪を聞くと、少しだけとはいえ離れてしまったことを後悔する。
(また昔の夢を……)
彼女は早足でベッドに戻る。すぐに寄り添うように横になると、彼の頭を優しく抱きかかえて柔らかく撫でる。
彼はすがるように彼女の体に手を回し、強く力を込めてきた。
「あっ、痛――」
彼の指が、背中に食い込む。
思わず小さく呻いてしまう。
だが拒否はしない。逃れようともしない。ただ彼女は受け入れた。
やがて、彼は寝息を立てて、再び深い眠りに入っていった。
背中の痛みも引いていく。
「大丈夫。大丈夫ですよ」
なにが大丈夫なのか分からない。
しかし、彼女はそうやって自身の言葉と、ぬくもりを与え続けた。
そうしなければ、彼が壊れてしまうことを知っていた。
「何も心配しないで、お休みなさい」
そうしなければ、この幸せな時間も終わってしまうことを知っていた。
二年前に戦場で出会ってから、いや、拾われてからずっと一緒に過ごしてきた。
それ以前の記憶は無い。
自分が知っている世界の中には、常に彼がいた。
彼がいてくれたおかげで、自分は生きてこれた。
だから彼女は、
「私は、ずっと傍にいますから」
彼のためならば、きっと何でもできた。