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痛快都市伝説 the Reverse  作者: 玄瑞
第一章
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対流

 朝、部屋に鳴り響く音楽によって眠りから覚めた。

 ぼんやりとした視界の中、壊れたはずのオーディオが机の上で作動しているのが見えた。昨日までは黒かった機体が、今朝は赤みを帯びている。光学ディスクから読み取られた楽曲は、『タイマー』作動時に聴いていた曲と同じ歌手が歌っているものだ。

「おはよう! 眠れる森の美女が起こしに来ましたよ~」

 俺は寝ぼけ眼をこすって、朝一からボケをかます美女に目を移した。

「今日は日曜だ。起こさなくても……」

「一緒に朝ごはんを食べるのです。まあ、何ということでしょう! 素晴らしいルームサービスではありませんか」

 俺とは逆のハイテンションだ。

「俺が用意するんだったら素晴らしくはない……。ところであれはどうやってリフォームしたんだ」

 ゆっくりとオーディオを指差して言った。

「『電化製品は叩けば直る』のよ」

 ああ、そういえばこいつは俺の体を手刀で刺して治したんだったな……。愚問だった。

 適当に相槌を打ってから洗面所に行った。

 寝癖のついた黒髪と、男前でもない顔が鏡に映る。さっさと他のカッコイイ奴に取り憑きに行けばいいものを。物好きな美女もいるものだ。覗き見で負ったトラウマが根深いのかもしれない。

 顔を洗って台所に移動した。

 食パンを二枚取り出してオーブントースターに入れていると、ダイニングで親父と一緒に食事中だったお袋が声をかけてきた。平和な食卓だ。

「あら、今日は二枚も食べるの。珍しい」

「なぜか最近よく腹が減るんだ。それから、部屋でゆっくり食うよ……」

「高校生ならそれぐらい入るのは当たり前だろう」

 親父がレタスをフォークで刺しながら、のんびりと言った。たまにはいいことを言う。父親たるもの、そうでなくては。

 二人から見えないように皿を二枚重ねにする。それからグラスとカップを用意して、カップにはコーヒーを、グラスには牛乳を入れた。焼きあがったパンを皿に移し、冷蔵庫からリンゴジャムを取り出して準備が整った。これらを盆に載せて、自室に戻る。

 隅に立てかけていた小さなテーブルが、部屋の中央に移動していた。畳んであった四つの脚で立っている。その横で正座している自称・森の美女ナギーが目を輝かせて言う。

「お待ちしておりました」

 テーブルの上に盆を置いてからドアを閉めた。

 俺はナギーの向かい側に座った。いまだにオーディオから音楽が流れているが、音量は小さくなっている。

「食パンでよかったんだよな」

「そうです。これは?」

 グラスとカップを見て尋ねてきた。

「好きなのを選んでくれ」

「それじゃー半分ずつ。平等に分け合いましょう」

「半分? どうやって?」

「先にあなたが牛乳を半分飲んでから、グラスにコーヒーを半分移せばいいのです。うん、完璧」

 なるほど。

 いや待て、これは罠かもしれない。

「む、牛乳を飲んでる時に笑わせようという魂胆だな。小学生レベルの手に二度もひっかかる俺ではない」

「この距離で差し向かいだと自爆……。すり抜けるとはいえ、そんなことはやりません」

「それなら遠慮なく」

 グラスを右手に立ち上がり、仁王立ちして左手を腰に当て、首を少し上方に傾けて牛乳を喉に流し込んだ。これぞ王道。

 半分を一気に飲んで、ふーっと、深く息をついた。

「ぷっ。ちょ、ちょっと何それー」

 けたたましく笑いながら、ナギーが苦しそうに尋ねてきた。

「何って、これが牛乳の正しい飲み方じゃないか。知らないのか」

 本当は瓶詰めを全部飲み干すのが正しい。

「いきなりだとびっくりするでしょー。お風呂あがりにするものだとばっかり……」

 図らずも逆襲に成功したようだ。

 グラスをテーブルに置いてから再び座る。

「それでコーヒーはどうする? まぜるか? それともブラック?」

「はー、はー。このままグラスに注いで。どぼどぼと」

 ゆっくりとコーヒーをカップからグラスに移した。グラスの中で、乳白色の液体が茶色に染まってゆく。牛乳が多いので濃くはならない。

「では頂きます」

 丁寧に手を合わせてナギーが言った。つられて俺も同じようにした。

 リンゴジャムを塗りたくったトーストを二人でそれぞれ齧っていると、ナギーが言い出した。

「おいしいねー」

 簡単な朝食を食べるその姿は、なぜかとても嬉しそうに見えた。

 俺には、慣れた味でしかない朝食だ。

 ただ、水をさす気にはなれなかった。

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