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痛快都市伝説 the Reverse  作者: 玄瑞
第一章
8/44

海猫

 帰宅した。

「ただいま」

 俺が言った。

「ただいま」

 少女が言った。

「ああ、お帰り」

 廊下で親父が答えた。屁をこきながら。

 ヒゲ面でヨレヨレのパジャマを着た親父は、そのままトイレの中へと去った。これまでのデータによると、大腸菌排出作業にとりかかる可能性が高い。

「お前は何も見なかった。何も聞こえなかった。そうだよな?」

「はいそうです。私は何も見ていませんし、何も聞こえませんでした」

 二人で俺の部屋に入った。

 謎の伝説少女の姿と声を、両親は認識できない。

「警戒心ゼロの他人の家って魔窟よねー……」

 伝説少女ナギーがベッドに腰掛けて呟いた。

「もっとすごいものを見てきたようなセリフだな」

「言いたくもないし、思い出したくもありません。覗き見はよくないことだと思います。精神衛生上……。百年の恋も、百分の一秒で消し飛ぶ破壊力があります……」

 目が空虚になっている。道徳上ではないのか。

「今までに俺を覗き見たりはしてないよな?」

 デスク付属の椅子に座りながら尋ねた。

 ナギーの目に、怪しさに満ちた光が甦る。

「してないよ~。……見られたらまずいことをしてたのね。どんなことなのかなあ~?」

 精神を病んだ悪魔の笑みを浮かべている。

「知らなくていい。知らなくていいんだ」

「今はいないけど、通りすがりの浮遊霊なんかが見てたりして。死んだら自分でもやってみるといーよ。他人の恥ずかしいシーンに過去の自分を重ね合わせて七転八倒、死んでからさらに悶絶死すること間違いなし」

 俺の部屋に魔王がいる。

「ぐっ、秘密の行為のはずが実は公開処刑だったとは! ぐううう。生きてる間に悶絶死しそうだ。そこをどいてくれ……。いや、誰もが通る道だ。きっと理解してくれている、そうに違いない」

「だといーねー」

 小悪魔レベルに戻った。

 今がチャンスだ。考えるんだ、俺。

 ええとそうだ、この異世界に来る前のことなら幽霊は知らないはずだ。こっちにしかいないはずだから。こっちに来てからは、違う、こっちに来てからも、やましいことはしていない――よし、これで理性を保てるな。

「おや? 壊れちゃったかな」

「壊れるか。俺は品行方正、謹厳実直だ。後ろ暗いことなど何もない。完全復活のためにお茶でも飲んで、気分を落ち着かせよう」

「コーヒー?」

「紅茶だ。要るのか?」

「別にいいよ」

 ダイニングの棚のところへ行くと、お袋が話しかけてきた。

「ねえ、雅弘。あなた大丈夫? 最近ひとり言が多いみたいよ」

「え? ああ、電話だよ、電話。最近友達がよくかけてくるんだよ」

「あらそう、それならいいわ」

 ティーバッグと砂糖を入れたカップにお湯を注ぎ込んでいると、両親の会話が聞こえてくる。データからの予測は外れていたようだ。

「ねえお父さん。むこうの空き部屋、隙間風が入るみたいなの。シーツが動くのよ。今度見てくれない?」

「ああ、そのうちにな。欠陥住宅とはまた面倒な……」

 新聞を読みながら気だるそうに答える親父を尻目に、ダイニングを後にした。

 自分の部屋に戻ると、ナギーが肩を伸ばしたり屈伸をしたりしている。

 熱い紅茶に息を吹きかけて冷ましながら、俺が尋ねた。

「何してんだ」

「トレーニングの準備よ」

 そういえば、パワーアップしてモンスターワールドの世界大会へ行くという話だった。

 だが、こんな部屋で何ができるのか。あるのはベッドと机、それに本棚とCDラジカセ、ノートパソコンぐらいしかない。服はクローゼットの中だ。

「ここでするのかよ」

「ここで十分です」

 部屋がひどいことにならないか心配だったが、見てみることにした。拳の秘密が明らかになるかもしれない。対策を見つけるヒントになれば……。紅茶を少しずつ口に入れながら目を凝らし、観察態勢に入る。

 ナギーが両拳をそれぞれ腰の左右で構え、真剣な面持ちで息を吸い込む。

 そして耳を疑う元気な掛け声とともに、その息を吐き出した。

「スマイルはゼロ円」

 紅茶が気管に入った。

「ゴホッ、ゴホッ。飲んでるときを狙うんじゃねー!」

 両手をすばやく腰の前で綺麗に重ね合わせて、にかーっと作り物の笑顔を俺に向けるおまけつきだった。首に微妙な角度をつけて、それっぽく仕上げている。

 机の上に被害が出た。紅い液体が飛び散っている。

「これは練習です。イタズラではありません」

 ナギーは真顔に戻ってそう言うと、再び同じ構えから次の文句を繰り出した。

「当店ではお持ち帰りはメニューに含まれておりません」

 それなら俺の部屋でやるな。

「俺を笑わせる練習だな」

「ステキな笑顔は練習のタマモノ。フライアテンダントもしている基本メニューです。ポテトはいかがですか~?」

「いらねーよ」

 ポテトより雑巾だ。机一面を拭いたのでティッシュの消費量が多くなってしまった。

「まったく、何のパワーを上げてるんだか」

「営業力、じゃなくて都市伝説力。トレーニングなら何だっていーの」

 都市伝説力なるアヤしい力は、アヤしいトレーニング方法で鍛えられるようだ。

「ランニングや腹筋みたいなまともなやつを外でやってくれないか。こっちの腹筋が鍛えられそうだ」

「肉体が無いのに筋トレで鍛えてもしょーがないよ~。つまんないし。いくらやってもマッチョにならないのはメリットだけど」

 まあ、まともに筋トレする妖怪権化はいねーよな。

「テレビや雑誌広告で宣伝してる怪しいトレーニング器具は使わないのか。あれなら都市伝説っぽい」

「あれはマジメにとことんやってれば効果が出てきます。だから都市伝説力は大して上がりません。都市伝説力を上げやすいのは、『仕事でもなくクラブ活動もしていないのに、トレーニングを継続すること』です。ほとんどの人は三日坊主になったり、明日から本気を出したりします。大リーグボール養成ギプスは例外ね。あれ欲しいけど、巨人の星の位置がわからない……」

 女なのに、なんでそんな昔の野球アニメのこと知ってんだ。

「お笑いグランプリなのか、武術大会なのか、それとも魔球で戦うスポーツトーナメントなのか、どれなんだよ」

 野球はやめて欲しい。仲間が少なくとも八人いることになる。サッカーだと十人以上。『ゆかいな仲間たち』にはお目にかかりたくない。

 不満げな顔でナギーが言う。

「おかしいよー、ミスコンが最初に出てくるのが当然じゃないかなあ。んーと、最終目標は全部門制覇です」

「全部門っていくつあるんだ」

「さあ」

 すっとぼけた口調だ。実にいいかげんだ。

「もっと変なトレーニングがありそうだな」

「いえいえそれほどでも~」

「褒めてない」

「コホン。わかってます。次はちゃんとしたトレーニングですから、しっかりと聞くように」

「聞く?」

 今度は構えなかった。足を肩幅に広げて、両手を後ろで組んでいる。

 ナギーが口を開いた。

「ア・エ・イ・ウ・エ・オ・ア・オ。カ・ケ・キ・ク・ケ・コ・カ・コ。サ・セ・シ・ス・セ・ソ・サ・ソ。タ・テ・チ・ツ・テ・ト・タ・ト。ナ・ネ・ニ・ヌ・ネ・ノ・ナ・ノ。ハ・ヘ・ヒ・フ・ヘ・ホ・ハ・ホ。マ・メ・ミ・ム・メ・モ・マ・モ。ヤ・エ・イ・ユ・エ・ヨ・ヤ・ヨ。ラ・レ・リ・ル・レ・ロ・ラ・ロ。ワ・エ・イ・ウ・エ・オ・ワ・オ。ガ・ゲ・ギ・グ・ゲ・ゴ・ガ・ゴ。ザ・ゼ・ジ・ズ・ゼ・ゾ・ザ・ゾ。ダ・デ・ヂ・ヅ・デ・ド・ダ・ド。バ・ベ・ビ・ブ・ベ・ボ・バ・ボ。パ・ペ・ピ・プ・ペ・ポ・パ・ポ。一セット目完了」

 長い。

「発声練習かよ。カラオケ部門まであるのか」

「伝説は歯切れよく語り、意味深に語られないといけません。一緒にやる?」

「やらん」

 俺の声だけ周りに聞こえてしまう。

 その後も、ナギーは一人で発声練習を続けた。

「ア・エ・イ・ウ・エ・オ・ア・オ。……バ・ベ・ビ・ブ・ベ・ボ・バ・ボ。パ・ペ・ピ・プ・ペ・ポ・パ・ポ。二セット目完了。ア・エ・イ・ウ・エ・オ・ア・オ。カ……」

「いつまでやるんだ」

「最低十セットかな。できれば二十」

 多い。

「うるせー……」

 ヘッドフォンつけよう。こいつの単調な声よりは、音楽のほうがいい。

 五年以上前に買ったCDラジカセを机の上に持ってきて、ROCAという歌手のファーストアルバムをセットする。

 頭部の両側で音楽が鳴り出した。

 ついでに、図書館から借りてきた小説と漫画を本棚から取り出して読むことにした。

「じ…… うな…… じゅうろ…… じゅうご……」

 まだ聞こえる。

 くそ、声デカすぎだ。

 でも、声の質がどこか違う気がする。無機質な感じだ。

 よく聞くと、声はヘッドフォンの中から出ているようだ。しかし歌手の声とも違う。

 声がよりはっきりしてきた。

「10、9、8、7、6」

 カウントダウン?

「4、3、2、1、ゼロ」

 ボンッと小さな爆発音がして、オーディオ本体から煙が上がった。耳元でも火花が散った。

「な、何だ!?」

 慌ててヘッドフォンを外した。

 いつの間にか発声練習をやめていたナギーが、右手の人差し指を上に向けて左右に振りながら言う。

「チッチッチ。甘い。中古のオーディオなんかで私の美声をさえぎれるなんて思わないでねー。古い家電なら、『タイマー』はいつでも作動できるんだから」

 なんだよ『タイマー』って。

 理不尽な力だ。余裕の笑みで言われるから余計にムカつくぞ。

 CDが割れていないかを確認した。無事のようだ。

「ちょっと、今の音何なの?」

 お袋が聞きつけてやってきた。ドア越しに話しかけてくる。

「あー、いや何でもない。動画だよ動画。音量調整しくじっただけだって」

「気をつけなさいよ。苦情が来たらどうするの……」

 足音が遠ざかっていった。

 近所から苦情が来る前に、同居人にまたも苦情を言わなくてはならない。

「まったく、そこまでつき合わせるなよ。オーディオぶっ壊してまですることか」

「えー。だって寂しいじゃない、一人で黙々とやるの。せっかく聞こえる相手が見つかったのに」

「ぜんぜん黙々としてないぞ」

「黙ってやるタイプのもあるって。いずれ見せてあげます。今は、この続きをやります」

 結局、延々と聞かされる羽目になった。

 俺は美声のために犠牲になったのだ。頭の中であえいうえおあおが鳴り止まない。あえいうえおあおあえいうえおあおあえいうえおあおおおおおお。

 ひとり達成感に浸ってナギーが言う。

「今日は実戦もあったことだし、この辺で勘弁してあげましょう!」

「実戦と何の関係があるんだ……」

「バトルは呼吸が大事です。フクシキ呼吸ね。コオオオオッ」

「その前のスマイルは?」

「魅了すれば戦わずして勝てます」

「それで勝ったことがあるのか」

「あなたが最初です。オメデトー!」

「……そういうことにしておこう。これからどうするんだ」

「とにかく情報収集です。明日からは、ここから近い順に心霊スポットを訪ねていきます」

「心霊スポットって、幽霊に用があるのかよ」

「うんまあ、いろいろ。話を聞いたり、技を教えてもらったり、パワーアップさせてもらったり。話が通じない相手とは、拳で語り合うことで有意義な時間が過ごせます。あ、ネット接続よろしくー」

 変なことばかり教えていないか、幽霊。

 俺はこのまま部屋にいても有意義な時間を過ごせそうにないので、夕刊を取りに行くことにした。無線LANでネット接続をしてから部屋を後にする。一階にある郵便受けに向かった。

 数分後、夕刊とチラシとダイレクトメールを手に、自宅のある四階にエレベーターで戻った。

 すると、家の扉の前に見慣れぬ生き物がいた。

 黒猫だ。

 頭から尻尾の先まで二十センチぐらいしかないから、子猫だろう。このマンションは猫を飼ってはいけないという規則だったはずだが。

 黒い子猫は、その場を動こうとしない。俺が近づいても逃げ出さない。

 俺は、紙の束を片手で持って、空いているもう一方の手で猫を退かそうとした。

 手が子猫の体の中を通過した。

 何度やっても当たらない。子猫の体の中で手を握ったり開いたりしても、何も掴めない。

 不吉だ。

 俺は死期が近いのか。いや、実はすでに一回死んでいるのかもしれない。いま俺の部屋に居る少女にられたのだ……。

 子猫に構わず、扉を開けた。子猫は開く扉もすり抜けて佇んでいる。俺が家の中に入ると、子猫が後を憑いてきた。

「おかえりー」

 部屋の中では俺を死の淵に送り込んだ少女が待っていた。

「ただいまー、……じゃねーよ。こいつはお友達か?」

 足下にいる子猫を俺が指差す。

「違うよ。使い魔」

 座ったままで少女が答えた。

「使い魔って、お前の?」

「私は魔女ではありません」

「じゃあ死神だな」

「もう、早く言ってくれればよかったのに。そんなに死にたかったなんて思わなかったなー」

 練習の成果である精巧なスマイルを顔にこしらえつつ、拳からパキポキと音を鳴らせている。

「いえ、天使様の間違いでした」

「わかればよろしい」

 眩い人工の光をたたえる円い蛍光灯を頭上高くに浮かべて、天使様が当然のように頷く。そして黒く小さな聖獣に呼びかけた。

「ねー、おかーさんは?」

 子猫が部屋の入口に首を振り向けた。五秒ほど経ってから、子猫よりもずっと大きい黒猫が、閉じているドアをすり抜けて入ってきた。赤い封筒をくわえている。

 親猫は少女ナギーの前に封筒を置き、替わりに子猫をくわえて部屋を出て行った。

 ナギーが赤い封筒の端を破り、その中から小さな白い封筒を取り出す。カーペットの上に置かれた赤い封筒は徐々に輪郭がぼやけていき、やがて霧状になって散っていった。

 ナギーに尋ねる。

「何だそれ」

「手紙に決まってるでしょ。さっきのは都市伝説『黒猫メール便』。子猫が受け取り主の居場所を探して、それから親猫が手紙を持って子猫を追いかけるの。どこまでも」

「そんなのがあるのか。異世界も色々とあるもんだな……。誰からの?」

「私が出したの。ダメだったみたいね。戻ってきちゃった」

 残念そうだ。

「どこまでも追いかけるんじゃなかったのか」

「うーん、先に倒されちゃったのよ。きっと」

 手紙をそそくさとポケットに入れながら、ナギーが答えた。

「先に倒すって何のことだ」

「これはその、挑戦状だから。悪い妖怪や悪い都市伝説を戦って倒すの。強くなるには実戦が一番。何事もそうでしょ、ね?」

「それは何ともいえねーけど……。いちいちそんなもの送るのかよ」

「マナーに小うるさい知り合いがいるんだもの」

 そんな幽霊もいるんだな。

「ふーん。で、倒したのって誰?」

「うーんと、広島県の都市伝説よ。手ごろな練習相手になりそーだったんだけどなー、あれ」

 複数人に狙われる哀れな被害者の悲惨な末路は、聞くまでもない。そっとしておいてやろう。

「倒された側じゃなくて、倒した側」

「そーそー! そっちのはスゴイのよー!」

 口調が熱を帯びてきた。

「都市伝説世界のシリアルキラーとか呼ばれてて、戦う相手の命を磨り減らすことが第一のモットーなんだって」

 お前のことだろ。

「第二のモットーは、ネバーギブアップ。でもこれ、戦う相手のほうに要求するって話よ。死ぬまで攻撃、容赦なし」

 やっぱりお前のことだろ。

「戦い方は……原形がなくなるまで拳で殴るのは有名らしいけど、他にも髪の毛を高速で振り回してカッターにするとか、ボウリングの玉やカーリングの石みたいに相手を遠くまで投げ飛ばしてビルや山にぶつけるとか。怖いよねー」

 どうみてもお前のことだな。拳とか。

「あと、弱点なのか最終兵器なのかは分からないけど、頭のてっぺんに手榴弾のピンみたいなものが隠れてて、それを引っこ抜くと大爆発するっていう噂も」

「自己紹介はもういいよ」

「別人です。戦い方は参考にしました」

 俺としては参考にしないで欲しかった。

「で、まだ続きがあるのよ。『《原点》と《理無き輪廻》を司る二連星』から来たっていう、ネコ型宇宙人をペットにしてる」

「何か大勢いそうだな、宇宙人」

「うん、宇宙人は都市伝説の基本」

 どんな基本だ。

「でね、猫といっても、メール便みたいなカワイイものじゃないみたいなの。二足歩行して他の宇宙人と交信するのはフツーなんだけど、頭が前後逆向きになって胴体にくっついてるの。猫背でも空を見上げやすいからなんだって。交信中はそのヘンな首が上下左右にガクガク動いたり、目がイッちゃってたりするとか。でも、それだと前が見えなくて歩けないと思うでしょ? 違うんだなー」

 ナギーが喋り続ける。

「移動するときにはね、まず首が三百六十度回転するの、何回も。グルグルグルグルーっと。車のモーターみたいな感じで、母星からのエネルギーをチャージするんだって。目から赤い光を出して、覆面パトカーのサイレンみたいに首が回転して、体はその逆回りに回転」

「首が千切れるだろ……」

「そうだよねー。だからたまに失敗するんだって。そのときは、謎の液体が首からぶしゅーっと飛び散るの。赤い血じゃないのは当然。でも死にません。赤いコードで再接続」

 宇宙人恐るべし。

 話はさらに続く。

「まあ、普段は成功するみたいだけど。それで首が千切れずに無事光が消えるところまでいけば、変身完了」

「何に」

「宇宙生物『G』」

「何の略だ」

「足が六本で触角が生えてる、あの黒いアレ」

「アレか……」

「あ、そうそう、宇宙エネルギーキャッチ用の頭は猫のままなんだよー。まあ、それはともかく、頭の向きはバッチリで、脚も増えて、これで移動の準備が完了。あとはご主人様を乗せて、巨大ワニくらいの大きさで道路を走っていくだけ。カサカサカサカサーっと。もちろん、生命力はレベルGプラスオメガ。移動途中で電車に轢かれても、ひょっこり起き上がって元気にお空をレッツゴー。しかも増殖。轢かれて二つに切れたそれぞれが再生して、二体になるのです」

 ちょっと見てみたい気もするが、怖い。

「そんな化け物どもには遭いたくねーな……。お前は会ったことあんの?」

「無いよ」

「遇ったらどうするんだ?」

「どうしよ。超速で……逃げよーかなー。忙しいし、準備不足だし」

「全部門制覇は遠いな」

「物事には段階があります。今はその時ではありません。勝つべくして勝つというのが、孫子のヘーホーです」

 己も知らず、相手も知らないように見えるのは気のせいか。

「さて、おじさん雑誌に載っていそうな話はやめて、検索作業に戻ります」

 自分から孫子を持ち出したくせに。

 俺は夕刊をリビングに持って行くことにした。ただしその前に、テレビ欄と四コマ漫画には目を通しておく。記事を読むことはほとんどない。

 リビングで親父に夕刊を手渡した。お袋は台所で夕食の準備をしている。煮物に使う醤油と出汁の香りが漂う。チラシとダイレクトメールをリビングのテーブルの上に置いてから自室の前まで戻ってきたときには、さらに生姜のニオイが加わった。

 ドアを開けた際、部屋を出る前には食い入るようにパソコンの画面を見ていたナギーが、そのニオイに反応した。俺の方に振り向いて言う。

「この匂い、家庭の味って感じよねー。家族みんなでごはんって、いいよねー……」

 羨ましげな、かつどこか寂しげな視線を送ってきた。

「我が家の夕食に食い入りたいと?」

「そうじゃないよ。平和な食卓を乱すつもりはありません。よく味わってください」

「お前は帰らないのか?」

「まだ帰れないの」

 そう呟きながら、ナギーはモニタの方に向き直った。

 父親と喧嘩でもして家出してきたからなのだろうか。

 詮索はしないことにした。

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