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痛快都市伝説 the Reverse  作者: 玄瑞
第一章
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 その日、伝説少女ナギーが帰って来たのは夜十一時過ぎだった。

 使っていないベッドがある隣の部屋で寝てもらった。着替えや風呂はどうしているのかわからないが、特に知る必要もない。

 その翌朝も、待ち伏せ場所の下見とやらに出かけた。道なんて沢山あるんだから、無駄のようにも思える。

 学校での犯人探しに巻き込まれないために早々と俺が学校から帰宅したときも、ナギーは家にいなかった。

 帰って来たのは夕方だった。パソコンでインターネットを使わせてくれと言うので、貸してやった。なぜか下水道の情報を集めていた。

 その翌日、すなわち土曜日である今日は、昼過ぎに帰って来た。

 手応えがあったらしい。片手でガッツポーズをして言う。

「目星はつけました。これから仕留めに行きます。一緒に来る?」

 どうしたものか迷ったが、行くことにした。

 変質者であっても、ナギーを見ることのできる奴だ。現実世界に帰るために、何か参考になることがあるかもしれない。

 エレベーターで一階に降りる。

 ドアが開くと、青い作業着を着た男の姿が俺の目に映った。真正面で俺の少し前方、天井よりやや低い位置を見上げている。男は俺に気づくと、横に移動した。

 ホールに進むと、管理人が挨拶してきた。

「こんにちは」

「こんにちは。どうかしたんですか」

「いやね、ここんとこエレベーターの調子が良おないんで、見てもらってるんですわ」

「どこもおかしゅうないですよ。うちは手ェ抜いたりしてませんて」

 作業着の男が管理人に言った。

「そーですかー。ランプが勝手に点いて上がっていったらしいんやけど……。ただの押し間違えを見間違えたんかなー……」

 このマンションは、すでにワケあり物件になりつつある。

「私だけのときは階段にしないとまずそーね」

 ワケあり物件のワケ・・が俺に言った。頷く。エレベーターに異常はないだろう。

 二人の男を背にして歩道に出た。

 一緒に道を歩く。頭上には晴れ渡った秋の空が広がっている。

「遠いのか」

 通行人がいないときを見計らって言った。

「それほどでも」

 十五分ほど歩いた。その間、来るのはどんな奴なのか尋ねた。よくあるタイプのサイズが大きい奴、という答えだった。並サイズなら、マンションが多いところにはこの手のが大体いる、とも。

「ここよ」

 ナギーが立ち止まった。

 十階建て以上のマンションが並んでいる住宅街を貫く、二車線道路の歩道だ。

 歩道の道幅は二メートル以上あるだろう。電柱は見当たらない。街路樹の間隔は広く、街灯の柱は細い。

 これでは、身を隠せそうな場所がない。植え込みに潜むのだろうか。

「結構見通しがいいぞ。違うんじゃないか」

「見通しは関係ないよ。下からだから。そこ見て」

 ナギーがマンホールを指差した。

 ……ここから出てくるのかよストーカー。どんな趣味だ。

「さて、と。熱を出して、都市伝説力もある程度出しておけば釣れるでしょう」

 熱とか伝説力とか、どういうことだ?

「普通の人間じゃないのか。いやストーカーだから普通じゃないのは当たり前だった……。お前みたいなタイプの男版か?」

「見ればすぐにわかります。危ないからずっと後ろにいてね」

 言われたとおりに、十メートルぐらい後方に退いた。

 ナギーはマンホールから一メートルほど離れたところに立って、伸ばした右腕をホールの蓋に向けている。肱のところから指先までが赤く薄い光を放っている。

 十分ほど経過した。

 ナギーが首をかしげている。近づいて声をかけることにした。

「まだなのか」

「おかしいなあ」

 いいかげんだなと思ったときに、それが出た。

 反対側の歩道にある、マンホールのある場所から。

 それはやや丸みを帯びた逆三角形の頭を地面から突き出して、こちらを睨んでいる。頭の大きさは自動車並み。異様だ。

 先端で二つに分かれている舌が、口の隙間から絶えず出入りしている。

 手足はなく、腹這いで進む。

 赤、黄、黒、白の四色で毒々しく彩られた胴体は、ぶっとく、長く、うろこつき。胴回りがマンホールの円より一回り大きい。

 この変温動物は車道に侵入し、とぐろを巻いて二車線を占拠した。

 しかし、自動車はこの動物に激突することなく、雲の中を飛ぶ飛行機のように通過していった。どうやら、頭も体もマンホールの壁や蓋をすり抜けて出てきたらしい。

「おい、こいつだろ……? 早く倒してくれ……」

 後ずさりしつつ、俺が大蛇を指差した。

 ナギーが振り返って呟く。

「ずれてた……」

 蛇は五メートルほど先で鎌首をもたげている。頭がマンション二階の高さにある。今にも飛び掛かってきそうだ。

 しかし、ナギーがそれより先に相手に飛び掛かった。

 左足で地面を蹴り、低く跳躍する。

 ナギーは蛇の右方――蛇にとっては左方に当たる――二メートルほどに着地し、すぐに右足で地面を蹴った。

 次の着地点は蛇の太い胴体の上だった。踏まれた前後の部分がわずかに跳ね上がる。

 続いて、右拳が打ち込まれた。

 破砕音が車道を走った。

 蛇がビクッと身を震わせる。背骨を砕いたようだ。

「ねえ! ヘビの心臓ってどこだっけ!」

「知るか!」

「じゃー適当に」

 胴体を何箇所も連打した。

 目と牙をむいた蛇がのたうち回る。

 このままケリがつくのかと思ったが、そうもいかない。

 胴体を痛めつけられた大蛇が、反撃態勢に入った。長大な体躯でナギーを中心に円を描き、締めつけにかかる。

 が、締まらない。

 ボコン、ボコン、ボコン、ボコン、と押し広げられた。

 大蛇が、シャーッともグギェーとも聞こえる不明瞭な悲鳴を、クソ長い喉の奥から搾り出した。

「そろそろトドメね」

 余裕に満ちたナギーの声が聞こえる。姿は蛇の胴体の陰にあって、よく見えない。

 大蛇も抵抗を試みる。

 円の中心に向けた頭を高く持ち上げ、大きく口を開ける。長い牙に唾液が滴る。

 噛みつきにいった。

 その頭が到達するよりも早く、ナギーが中心から真上に飛び出した。

「とおっ!」

 勢いよく、ナギーが上から両足で蛇の頭を真下に蹴り飛ばした。

 蛇の頭がとぐろの中心部に消えると同時に、何かが折れる音と、何かが潰れる音がした。想像したくない。

 とぐろの真ん中に着地し、何か・・に立ち乗りしているナギーが言う。

「見るー?」

「見たくない」

「遠慮しないで」

 ナギーの姿が消えた。

 替わりに、大蛇の頭が逆さになってその位置に現れた。

 大蛇は、折れた牙を咥えたまま動かない。下顎したあごが二つに割れている。

 大蛇の頭を担いで歩いてくるナギーに話しかける。

「見せるなって言っただろ。大体、そのバケモノは何なんだ。幽霊か」

「半分幽霊で、半分は都市伝説。これは都市伝説『下水道で巨大化した元ペット』ね」

 ナギーが蛇の頭部を投げ捨てた。

 大蛇の体が崩れてゆく。それは無数の赤い粒子に変わり、空中に散って、消え去った。

「今まで、こんな危険なのがうろついていたんだな」

「あの大きさだと、他の幽霊や都市伝説をエサにしてたのかな? ペットを捨てる人多いから」

「人間は食べないんだな」

「元飼い主の人はやられてるかも……。入浴中にお風呂の排水口からいきなり出てきて、ガブッと丸呑み……」

 しまった。聞くんじゃなかった。

 それに、幽霊や妖怪がこの他にも……。

 二体目のモノノケを目の当たりにした以上、もはや法螺話とは思えなくなった。

 俺は、この世界で無事に生きていけるのだろうか。

 不安だ。

「さあ、いつまでも怖がっていないで、我が家に帰りましょう」

「そうだな」

 照り返しが穏やかになった舗道の上、盛りを過ぎた街路樹の葉の下を、二人で歩いた。

 巨大爬虫類を素手で倒すレディをエスコートだ。

 異世界生活の終わりが見えない週末になった。

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