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痛快都市伝説 the Reverse  作者: 玄瑞
第一章
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 朝、トーストを食って学校へ向かった。

 あの少女に最初に会った日から数えて、三回目の朝だ。

 十字路に少女の姿はなかった。

 授業中にも出現しなかった。飽きたのかもしれない。

 休み時間には、生物教師の命を受けていた自然科学部員たちが備品紛失事件と教材損壊事件の解明と称して珍説を述べたらしく、隣のクラスから来ていた野球部員と演劇部員が「な、なんやってー!!!」と応じていた。

 そういえば、野球部の騒ぎもあいつが関わっていたんだろうか。まあ野球の話はしなかったし、どうでもいいか、そんなこと。

「犬や子供にやらせたんやない。ワイヤーや鏡を使つこうたトリックでもあらへん。ぜんぶ宇宙人の仕業や! イタズラやのうて、ガチの侵略準備やぞ!」

という我が友人の話は、もっとどうでもいい。適当に放っておこう。

 バカ騒ぎをする連中から距離をとってやり過ごし、一日が半分以上すぎて帰途につく。

 そのとき、器物損壊事件の犯人が姿を現した。

 校門で待ち構えていた。腕を組んで睨みつけてくる。

「そこのボンクラ男子高校生! レディーをエスコートしないで置いて行くなんて無礼千万です! 反省しなさい」

 だらしなく寝ていたくせに。

「出るのは明日にしてくれ。できれば明後日、いや来週を希望」

 声のボリュームを抑えて話しかけた。

「来週って、あと四日もあるじゃない。週末を女の子と過ごせる絶好の機会を見逃すのは、ありえません。心にも無いことをいうのはやめましょう」

「カタストロフな意味でのシュウマツは遠慮します」

「殻に閉じこもっていてはいけません。今までの自分を壊して生まれ変わるチャンスです」

 少女が拳を握り締めて語った。

「物理的に壊すつもりなのか? それで用件は」

 消え入りそうな細い声で少女に尋ねた。校門を通り抜ける他の生徒の視線が気になる。

「エスコートのやり直し」

 そんなことでわざわざ待っているとは。暇な奴だ。

 例の十字路まで一緒に歩いた。昨日までと違い、少女は鞄を持っている。

「よし、任務完了だ。じゃあな」

「まだです」

「ここだっただろ?」

「今日は別」

「ふーん」

 次の分かれ道まで一緒に歩いた。

「ここか」

「まだ先」

 これを延々と繰り返した。我が自宅があるマンションの一階ホールまで来た。

「どこまでついて来るんだ」

「ここまで来たら、おうちに招待しようという発想になるんじゃないかなあ。健全な男子だったら。それともアッチ方面?」

「不健全な女子は招待したくないな」

「私は純真だよ? つまり招待しないということは、あなたが拉致して連れ込んだということになります。あ、表札発見。住所確認しました。すでに侵入可能ですが、あえて怪文書作成準備に入ります」

 金属製の郵便受けを指差して少女が言った。不健全きわまりない。

「えー、ウェルカムトゥーマイホーム」

 我が安息の地はいずこにあるのだろうか。

 自宅に侵入されてしまった。自室への侵入を防ぐために、リビングへ誘導する。

 俺が鞄を床に置いた。少女はテーブルの上に自分の鞄を置いた。

「家族は?」

 室内を見回しながら伝説少女が尋ねてくる。

「親は二人とも仕事」

「きょうだいは?」

「別居」

「好都合ね」

「普通ならな。それで何しにきたんだ」

「学校だと不便なので、こちらで活動することにしました。あなたが挙動不審に見られずに済む、いいアイデアです」

「学校が平穏なのはいいんだが……。こちらで活動って、毎日来る気か?」

「まさか~。そんなめんどくさいことしないよー。もっといい方法があるんだし」

 嫌な予感がする。 

「いい方法って?」

「しばらく泊めてくれないかな~、ここに。部屋余ってるよね?」

 時計の秒針だけが音を立てる。無言のまま十二秒が経過した。

「何だって?」

「キョテンがあると便利だし、他の人はきっと見えも聞こえもしないでしょーし。もちろんタダでとはいいません。私が大事にしている食パンを、特別にプレゼントいたしましょう!」

「安い家賃だ……。大体食パンなんてどこに」

「ここしかないでしょ」

 少女が、四角い食物が入った透明な袋を鞄の中から取り出した。直方体をいびつにした形状となっている袋には、値引きのシールが貼られている。家賃がさらに下落した。

「食えるのか、それ」

「もちろん。人間でもちゃんと食べられます」

 手渡された。

「そうじゃなくて、消費期限が過ぎてる」

 袋から取り出してじっくりと調べてみる。カビは生えていないが、乾燥しきっていて固い。生で食う気は全くしないし、焼いても美味くないだろう。

「文句があるなら得意技を見せてあげましょう。素晴らしいフカカチです」

 またも殴りの脅しかよ、と思ったが違っていた。

 少女は食パンを俺の手から奪うと、台所へ向かった。許可もなく調理器具と調味料を並べだした。冷蔵庫の中まで物色している。

「人の家を荒らすな」

「そんなに大げさなものではありません。黙って見ていましょう。でも驚嘆の嵐を発することをとめはしません」

 黙って見ていることにする。

「まな板、フライパン、菜箸さいばし、お皿、マーガリン、砂糖。この缶は天ぷら油ね。キッチンペーパーってどこかなー」

 引き出しを片っ端から調べて回っている。俺には何がどこに入っているのか、よくわからない。

「あった。これでよし、かな。あ、そーだ」

 胸ポケットから何かを取り出した。それを右手で持って、左手で長く赤い髪をかき上げる。髪の毛がポニーテールにまとめられた。ヘアゴムだったらしい。

 少し思案してから手を洗い、左手でまな板の上の食パンを押さえて少女が言う。

「では始めます。華麗なる包丁サバキをご覧ください」

 右手には何も持っていない。得意技は寝言なのだろうか。

 次の瞬間、少女が右の手刀をパンに当ててゆっくりと引いた。小麦の塊が正確に二等分された。

「うお……、これは……」

 断面は乱れていないし、まな板も切れていない。

 これは見事な技だ。

 頚動脈と手首をいつでも素早くカットできる、超便利道具。

「すごいでしょー。感激に浸ってください。感涙はペーパーで拭き取れます」

 確かに落涙ものだ。新たな脅しの手段が身に沁みる。

「一気にやるよー」

 五枚あった食パンが、次々に四つ切に分断されていった。耳も切り落とされた。ああ、俺の耳も容易たやすく切り落とせるということか。

 次に、少女は油をフライパンに注ぎ、耳のついていないパン切れを次々と揚げ始めた。

「強火でサッと仕上げる、と。キツネ色が目安……このぐらいかな」

 油をよく切ってから、ペーパーの上に乗せた。パン切れからしみ出た油が紙に吸い取られていく。パン切れを全部揚げたところで少女が火を止めた。

「あとは砂糖をじゃんじゃんまぶして……よし、出来上がり。次は耳」

 耳もそのまま揚げるのかと思ったが、予想が外れた。油を缶に戻している。

 油入りの缶を片付けると、少女は皿に移したマーガリンの塊に右人差し指の腹を当てた。

 マーガリンが見る見るうちに溶け出した。一昨日の病魔技のようだ。そこに左手で砂糖を加えながらかき混ぜる。砂糖が右手の指に触れるたびに、甘い臭いが漂ってくる。

「こんなところかな」

 そう言うと、切り取ったパンの耳を皿に入れた。軽くえてから取り出し、フライパンに移す。これを繰り返した。

「あとは炒めるだけ。おてがる逆ヘルシーフードの完成はすぐそこです。甘美な味わいのもと、高カロリーを純粋にお楽しみください」

 そういえば、聞いたことがある。

『スウィートホーム』なる、甘美な印象のタイトルを持つ映画が存在することを。その劇中では、登場人物がマーガリンのように体を溶かされたり、斧やスパナで頭をカチ割られたり……。

 考えないことにしよう。


 数分後、調理が終わった。

 食パン五枚分だけあって、完成品は山の如く盛られている。

「片付けているから先に・・食べといてー。冷めると味が落ちるよー」

 自分も食う気らしい。家賃……はそのままだ。一人で食える量じゃない。冷める上にメタボの元だから、親父もお袋も食わないだろう。

 食べ物が乗っている皿を運ぶ。

 香ばしい薫りの元が、キッチンからダイニングテーブルに移動する。

 椅子に座り、炒めたパンの耳を右手でつまみ上げて、齧った。カリッとした歯応えの後に、パンの粉と甘味が口の中に広がる。なかなかいける、悪くない。

 やっとまともな夢を見れた、いや、まともな異世界体験ができた。

 女の子が自分の家で料理する――現実世界でも、夢や異世界でも、こうでなくてはならない。女の子が物の怪であったり、背後霊であったり、ロケット弾のようなタックルをかましたり、コブシで道路を砕いたり、常識がなかったりしてはいけないんだ。もちろん、スウィートホームであってはならない。

 俺が二十本の内の三本を胃に収めたところで、少女が向かいの席に着いた。髪型は元に戻っている。

「それではイタダきます。んー、おいしい。成功ね」

 疑問が生じた。

「『成功』って得意技じゃなかったのかよ」

「ブランクがあるんだもの。食パンをゲットするのも大変なんだから。二つ目いきます」

 少女が愚痴をこぼしつつ揚げパンを右手で口に運ぶ。

「そういえば、このパンはどこで手に入れたんだ。盗品か?」

 だとしたら後味が悪くなる。

「悪事に手を染めたりする私ではありません。涙ぐましい努力の末に、かき集めた小銭で買いました。レジは通してないけど」

 少女がうつむいて左手で目を覆った。しかし食べるのを全く中断しないので、ウソ泣きなのがすぐわかる。ごくん、とオヤツがあっさり喉を通過した。

「自販機のつり銭の取り忘れとか、道に落ちてるのとか、拾ってたのか」

「三つ目突入……。あなたの言うとーりです……」

 答えるや否や齧りつく。ペースが早い。このままでは全て食われてしまう。

 俺も揚げパンに手を伸ばした。炒めた耳よりジューシーな食感だ。

「食費はどうするんだ」

 金がなくてこの食欲だと不安だ。餓鬼とか貧乏神とかが正体だとは思えないが、家計へのダメージはやめてもらいたい。

「基本的に食べ物も飲み物も要りません。幽霊じゃないから、線香も要りません。都市伝説力の自然流入が全てです。食パンはう~ん、サプリメントみたいなものかな? 伝説がらみだと血肉になるの。四つ目確保です」

 口の中が油っぽくなったので、インスタントコーヒーを淹れることにした。

 いったんリビングに行き、そこにあるティッシュ箱をダイニングに持ってくる。手をよく拭いてからコーヒーの壜を棚から取り出した。その間に、伝説少女が四つ目を平らげた。

「その伝説力とかいうの、何なんだ。聞いたこと無いな。ところでコーヒーいるか?」

「うん」

 インスタントコーヒーを二杯淹れた。

「続き食うか……まだ結構あるな。晩飯少しでいいな」

 テーブルの上には、お袋が書き残したメモがある。熱いコーヒーをゆっくり飲みながら確認する。

『雅弘へ。今日も帰りが遅くなります。夕食はいつものように適当に食べておいて下さい。母より』

と書かれている。週に三、四回は目にする、見慣れた文面だ。日付けのところだけ書き換えてある。

 細長いオヤツを片手に、伝説少女が覗き込む。

「ふんふん。どーやら私が役に立ったみたいね。どう? これなら部屋を借りてもいいでしょ。一人寂しい食事をしなくてすみます」

 言いながら少女はオヤツを両手で折った。

 言い終わると、リスのように口をせわしなく動かして、一気に食べてしまった。食べているときは、目つきまでリスに似ている。

「うーん。それはそれでいいんだが、ここが幽霊が出没するヤバイ物件に見られそうだしな……どうしよう」

「カワイソーな女の子を助けることを躊躇ためらってはダメです。ね、おねがい」

 俺がカップを置いた瞬間に、少女が手を伸ばした。両手で俺の左手を握ってくる。

 駄目だ、この手には勝てない。

 キャバクラ通いのオッサンでもないのに、こんな甘い手にやられるとは。汚れていなかった左手が砂糖まみれになるだけでなく、油っぽくもなるのが痛い。拭いてからにしてくれ。

「あ、ああ、そうだな。でも転校生だとか言ってたのに、いきなり住み着くのおかしいよなあ……」

「だいじょーぶ。聞くところによると、都市伝説は他にもあります。『血のつながっていない義理の妹が、何の連絡もなしに突然やってくる。しかもカワイイ』とか、『田舎でもないのに美少女の幼なじみとずっと同じ学校に通ってる。そのうえ男の幼なじみより一緒にいる時間が長い』とか」

 砂糖を指からこすり落としてから、人差し指を立ててポーズを決めながら言った。

 このポーズはクセらしい。

 美少女を自称するのも、悪いクセらしい。都市伝説云々はよくわからないが、話の中の『カワイイ美少女』がおそらくこの伝説少女自身を指していることだけは、わかる。

「妹でも幼なじみでもないだろ」

「ノンノンノー。こういうことなの。実はあなたは生まれて間もなく人攫いにさらわれて、それから捨てられて、狼に育てられたの。その後、子供を失ったあなたのご両親は光る竹の中から女の赤ちゃんを取り出して、大事に育てた。それが私。御曹司五人からプロポーズされるレベルのかわいさなのは、言わなくてもわかるよね。幸運なことに、あなたは小学校に上がる年齢の頃に、親元に帰ることができた。そして二人は一緒に暮らすことになったの。でも月からお迎えが来て、女の子は去っていきました。あなたはそのとき満月を見たせいで狼に変身していたので、記憶がありません。やがて容姿端麗に成長した少女は地球に降臨して、人狼である義理の兄と涙の再会を果たすことになったのです。どう、これでつじつまが合ってるでしょ? 問題ナシ」

 問題しかない。

「デタラメすぎるだろ。それに、前に言ってたこと……海だったな、それとは何の関係も無いな。もう少しましなことを言わないと」

「も~。月には地球みたいな大量の海水がないだけで、海も水もあります。凍っているけど。お迎えは舟です。七夕に織姫さまと彦星さまを天の川で橋渡しするのがあるでしょ? アレの大きいヴァージョンです。地球に近づいてからは牛車ぎっしゃに乗り換えです。ナギーのナはタナバタ、ナナガツのナ。ギは牛車のギ、義妹のギ。もうわかったよね?」

 モーモー言うところを見ると、自分で引っ張ってきたのかもしれない。

「モウどうでもいいよ。勝手にしてくれ。追い出す方法も無いし」

「よかった、交渉成立ね。それじゃーよろしく」

 右手を差し出してきた。

 俺もゆっくりと右手を差し出した。その手を握られた。

 右手も油っぽくなったが、悪い気はしない。

 少し動悸がする。

 コーヒーに含まれるカフェインの作用だと思うことにした。

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