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痛快都市伝説 the Reverse  作者: 玄瑞
第一章
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回遊

 早退した日の翌朝、トーストをコーヒーで食道の奥へ流し込んでから家を発った。

 例の十字路で、例の少女が待っていた。

 伝説の少女は俺の姿を見つけると、にこやかな表情で手を振ってきた。

「最初からそうしてくれていれば」

 近づいてから、俺はしみじみと小声でそう言った。

「こんな平凡なのは伝説じゃないんだから、しょーがないの」

 そこからは何も話さずに、学校まで二人で歩いた。

 校門を抜けると、昨日と同じく騒がしい。

 野球部の連中が今日もやっている。着替えは終わっていて制服姿だ。

「何も盗られてへんかったじゃないすか!」

「見間違えとったんですよ先輩」

「いや、確かに……おかしいな。すまん」

「しっかりしてくださいよ~」

「追い打ちかけんといてくれ。穴あったら入りたいわ」

「ほな、あの穴に」

 野球部の練習場は凄いな。そんなものまであるのか。どんな穴だろう。

「ほら、さっさと行くよー」

 伝説少女が腕を引っ張る。

 教室に入って席に着くと、級友が話かけてくる。教室の中をさっと見回すと、話の輪は他に幾つもできている。気のせいか、いつもより多く感じる。

「やっぱり宇宙人が来とるらしいな。地球侵略の準備やな、気をつけへんと」

「どう気をつけるんだよ」

「遠隔操作されないようにするんや。傘と帽子にアルミホイルつければ跳ね返せるやろ」

「アホくせー……」

「熱き友情にもとづく忠告を信じんのか。そうか、久坂おまえ、じつはニセモノなんやな! 昨日のあのときに入れ替わりか! 本物はすでに宇宙船に連行されて解剖済み……。こらやばい」

 笑いながら、本物のバカがニセモノの俺の前から走り去っていった。

 なんといっても、遠隔操作など存在しない。すぐ近くから操作しているのだから。

「お前、昨日なんか悪いことでもしでかしたのか」

 振り返って呟いた。

「悪いことなんかしてないよー。邪悪な妖怪みたいにいうのは良くないな~。もちろん火星人でも金星人でもありません」

「学校の妖怪そのものに見えるんだが。七不思議とかの一つだろ。『ナギー』だから七番目ぐらいのマイナーなやつだな、きっと」

「違います。学校の七不思議でもありません。そんな狭いところに閉じこもっている私ではありません。第一、ここのはもう倒してしまいました」

「倒した?」

 そう、と伝説少女ナギーが反応したところで、俺は手を少し上げて話を制した。教師が来たのだ。

 ふて腐れながらナギーが文句を垂れる。

「ちょっと不便ねー。授業が始まると話できないし」

 それは普通だ。

「休み時間で話しても、一人で喋ってるアタマおかしい人に見られるだけだよね……。このままだと伝説にふさわしい思い出にならないなあ。どうしようか……」

 思案を続けるナギーを放っておいて、授業を受けることにした。少しでもまともな一日にしておきたい。

 やがて、思案顔のまま壁をすり抜けてナギーが出て行った。そのまま一時間目が終わった。

 クラス中の奴が、筆記具と教科書とノート、さらに資料集を持って次々と教室から出て行く。二時間目の生物を受けるために、別棟の理科室に移動しなければならないからだ。生物教師は実にめんどくさいことをさせてくれる。当然ながら、俺も移動しなくてはならない。

 だが、これはこれでいいのかもしれない。あいつは置いていこう。これで次の時間もしばらく平和だ。

 渡り廊下を通って別棟に移り、二階と三階をつなぐ階段をのぼる。やはりこの学校は建物も設備も古い。前には見なかったヒビが階段にできている。

 そのとき、カッカッカッカッと床を叩くようにして誰かが歩いてくる音がした。

 音源は上方にある。

 見上げると、音楽の教師が眉間にしわを寄せながら降りてくる。

「まったくっ! アタマにくるわね、ほんっとに!」

 俺のことは目に入っていない。ぶつかりそうになったので、よけた。音楽教師はすれ違ったあと、廊下の壁にどん、と蹴りを入れて歩き去った。その音で振り返った女子生徒二人が、顔を寄せあって話をしている。

「あのオバサン、なんであんなキレとるん?」

「さあ」

 あいつが何かやらかしたのか。しかし音楽室は四階だ。出て行ってそんなに時間が経っていないから、何かできるとも思えないが……。

 理科室に着いた。二時間目が始まる。

 が、様子が少しおかしい。軽口は叩くものの、たいていの時は落ち着いていて理性的ともいえる生物教師の機嫌が、妙に悪い。いつもはひたいの拡張をからかわれても怒らないほどなのに。

 これもあいつのせいなのか?

 いや、職員会議かなんかで、何かあったのかもしれない。あいつが第一候補で、教師間トラブルが第二候補だ。どっちが先でもどうでもいいことだけれど。とにかく、とばっちりを受けないようにやり過ごそう。

 冗談ひとつ飛ばさずに、二時間ドラマの主役刑事みたいな目つきを終始保って、生物教師が授業を終わらせた。

 別棟のトイレに立ち寄ってから教室に戻ると、ナギーが俺の座席に座って待っていた。机の上にはノートが広げられている。全体の半ばほどのページで、未使用の部分だ。何か思いついたらしい。

「書くもの出して。赤のペンがいいなー」

 赤ボールペンを渡そうとした。

「勝手にペンが動いたら怪しまれるから、自分で書いて。これから私がいうとーりに」

 ナギーが席を立ち、俺が座った。何を書かせるんだ?

「じゃー始めましょう! 『伝説専用』よ。でん・せつ・せん・よう。漢字でおっきく上のほうに」

 何だそりゃ。一応、書いた。

「それでは説明します。襟を正して、目を輝かせて、胸をときめかせて、息を荒げ……これは要りません。とにかく拝聴するように」

 事務的に処理しよう。

「えー、これからのあなたの質問と、私への返答は、そのノートに書くように。いわゆる筆談です。わかるよね?」

 わかる。頷いた。ただ、納得のいかないところがある。

 黒のシャープペンシルに持ち替えて書く。カモフラージュとして、教科書と問題集も出して広げておいた。

『オレの負担ばかり大きくてワリに合わない』

「う~ん、残念。あきらめましょう。私も書いて、ポルターガイスト男として有名人になりたいの? でもそれ、私じゃなくてあなたが伝説になっちゃうから協力したくないなあ」

 超能力者として有名人というのは魅力的かもしれない、と一瞬思ったが、すぐに考え直した。自分の生殺与奪の権がこの正体不明の奴に完全に握られてしまう。

 再び書く。

『メモで十分、ノートは大げさ』

「後から読み返せるようにするためです。思い出のノート。感傷に浸るにはうってつけ。溜まったらちゃんと証拠になるように、でっかくサインしてあげるから」

 浸ってたまるか。

『オレはまともな学校生活を送れるんだろうな?』

「だから、あらかじめ厄介ごとになりそーなのを始末してあげたんじゃない」

『やっかいごと?』

 お前以上の、という語句は省略した。

「七不思議よ。言わなかったかな。見たかったの?」

 首を軽く横に振った。わざわざ夜中に学校に来たくない。

『そんなの本当にあるのか?』

「どこにでも出没するよ、アレ。私よりずっと有名だし。シンクロしやすくて、しかも真夜中の学校にいる人なんて少ししかいないから、出くわさないだけ。霊能力関係者は七不思議なんてアリキタリすぎるもの、相手にもネタにもしなくなってる」

 どこまでが本当なのか判断つかないな。

「まあ、私はこのギョーカイじゃ駆け出し、じゃなくて期待の超新星だから、腕慣らしというか、トレーニングというか、それも兼ねてるかな~」

 超新星って、生まれたばかりの星という意味じゃないというのをどこかで聞いたが。いちいち書くことでもないか。

『一体何をやっ』

 途中で書くのをやめて塗りつぶしたが、遅かった。

「えへへー。聞きたいんだ~」

 わざわざ正面に回りこんできた。

『すわれ。前が見えない。読めるか?』

「はいはい。座りますよ~。この向きでも読めますよ~」

 ナギーがしゃがんだ。机の上に重ねて置いた両手の甲に、あごを乗せる姿勢になった。

「もういいよね。それでは始めましょう!」

 終わっても一向に構わない。

「最初にやったのは、ピアノ。ちょっとめんどくさかったなー。録音して動画サイトに上げて晒し者に。言うことだけはご立派なヒョーロンカ様がたのコメントをプリントして貼り付けね。そんなので大人しくなるんだから、チキンハートだと思わない?」

 それはやったと言わない。虐殺と言う。

『早いな。そんな時間あったのか』

「一週間前にやってきたときから手を打っていたのです。抜かりはありません。ここをわたし用のプチパワースポットとして認定したのは、ピアノの音がきっかけです」

 なんだか執念深いな。そんなに前からいたのかよ。

「で次はえーと、肖像画。バッハとモーツァルトがじろじろ見てくるの。見とれるのはいいとして、ずっとだと気持ち悪いよね? だから超至近距離で差し向かいにして、仲良くにらめっこして貰いました。二人とも視線が高速で泳いで面白かったんだから。あれはぜひ見ておくべきでしょう! でも、今頃あっち方面に走ってるかも……」

 どこまで真に受けていいものか。

『歩く人体模型は』

「アタマをカチ割っておしまい」

 二時間目を思い出す。本当に歩いたのか? どうなんだろう。動かぬ模型を叩いただけかもしれない。

『教材を壊すなよ』

「えー? ちょっとくらい、いいんじゃないかなあ。元々顔面が割れているんだし」

 さっさと次へいこう。

『十三段の階段』

「階段ってどんなのだっけ。ああダルマ落としにした奴ね。スコーンと。あれどこまで飛んでったのかな」

 まず自分の頭のネジを探しに行け。

『校庭を走る二宮金次郎像 ここには像ないから無し?』

「あの男の子? いたよ。重そうだったから代わりに薪を背負ってあげた。あんまり重くなかったなー。走り回って遊んでたら驚いてた。寒いからキャンプファイヤーにしていいかって聞いたら、泣きながら土下座された」

 どこから迷い込んできたんだ尊徳。前を見て歩け。

 あと二つか、何が残ってたかな。

 記憶を探っていると、ナギーが間の抜けたことを言った。

「そして最後の一つは……ん?」

 シャープペンシルをナギーの口元で振って話を遮った。

『おい、二つだ』

「二つ? 探し回ったけどそれで全部だったよ。ピアノ、肖像画、人体模型、階段、銅像、トイレ、……六個。あれ、おかしいな」

『やっぱり七つめはお前だろ』

「そんなはずないよ~。肖像画を二つに分けるのかな?」

『まず六つめをきいておこう。便器から出てくる手。これは?』

 これが六つめならば、我が眼前の怪奇は七不思議ではない。

「うん、出てきた出てきた。私と握手したいという気持ちはわかるんだけど、便器からだとねー。足でガシガシ押し込んでお引取り願ったんだけど、しつこいの。他の部屋に出てきて呼んでくるんだよー。ちょっと腹立ったから、上の隙間から飛び越えてそのまま本体にジャンプキック。とどめもきっちりと」

『それは別物だ。トイレには二つある』

「別物?」

『一番有名なやつ トイレの花子さん』

「トイレの……あっ! あれが花子さん……。ちょっぴり・・・・・悪いことしちゃったかな~。その、ただのうっとーしい妖怪かと思って……」

 聞くのが怖い。怪談とは別の意味で。

『とどめって一体何を?』

「丸めて下水に流した。洗剤もガンガンかけちゃった……」

 これを極悪非道と呼ばずして何と呼ぼう。

『うむ、これで結論が出た。都市伝説ナギーは新種の邪悪な妖怪と。俺の命運は尽きた』

「ホントに首絞めるよー、寝てるときに。睡眠時無呼吸症候群と診断されて、誰にも怪しまれません。洗剤はすり抜けたんだし、トイレは綺麗になったんだから文句言わないの」

 突っ込みを入れるべくさらに書こうとしたとき、別の声がした。

「久坂ー。聞こえとるかー? 随分と熱心やな。ほな、この問題、前で解いてもらおか」

「はい?」

 しまった、とっくに始まっていたのか。カモフラージュも裏目に出たようだ。

 黒板の前にまで歩いて出たものの、数式を前にして動けなくなった。

 脳味噌の準備態勢が整っていない。整っていても解けないかも、などと考えている場合ではない。

「えーと」

「マサヒロー。こっちー」

 首をひねっていると、左から馴れ馴れしく俺の名前を呼ぶ声がした。そちらを向くと、ナギーが窓のそばにいる教師のすぐ横に立っていた。教師用のテキストを横から覗き込んでいる。

「んー、これね、おんなじ。解説もあり、と。助けてあげるから妖怪扱いはやめること。わかった?」

 このさい仕方ない。黒板に向かい直して強くうなずく。

「ゆっくり言うから聞き逃さないよーに。二エックスの三乗、足す、三エックス二乗の……」

 確認しながら少しずつ字を書き足してゆく。

「あ、このマークはインテグラル、だよね。最後に習ったところ。それの上のほうが……」

 解説部分が少ないので、不自然にならないように自分でも必死で考える。

 しばらくしてようやく書き終えた。

「ほう、意外とやりおるな。少し遅いがお手本どおりといったとこやな。戻ってええぞ」

 そうですね、お手本どおりですから。

 ほっと一息ついたとき、ナギーが腕を伸ばしてVサインを突き出した。

 カンニングで何やってんだ。

「返事は?」

 右拳を握って親指を上に立てた。座っている奴らが笑いながら言う。

「何キメとるんやお前は」

「冷蔵庫に頭ぶつけてバカ治ったん?」

「こじらせたんちゃうかー」

 別の形で恥を掻いただけの気もする。ウケが取れた分、ましなのだろうか。

 自席に戻って座ると、晴れやかな笑顔が無駄に眩しい少女が話しかけてきた。

「一致団結して困難に立ち向かう。伝説の礎となるサワヤカな思い出がひとつできました。気分はどう?」

『ビミョー』

と、ノートに大きく書いてやった。

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