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痛快都市伝説 the Reverse  作者: 玄瑞
第二章
18/44

撃沈

 二段式ロケットが海上から発射された。

 下段は、海上を走ってやってきた物の怪少女。上段は、その少女の両肩に乗っている陰陽師少女。分離した各鬼体は大小二つの放物線をそれぞれ描いて、海賊船の甲板に騒々しく着弾した。対艦ミサイルと呼ぶべきだったかもしれない。

「やっと終わりか」

 口から感想が漏れた。

 残る敵は、現在戦闘中の一隻だけになっている。

 俺は今、操舵室から窓越しに戦場を眺めている。敵の数が減って余裕ができたので、ビデオカメラでの撮影にも挑戦したが、これは失敗に終わった。セーラー服姿の女子高生がひとり空中を走り回って奇異な動きをしている、という映像になった。わけのわからないCGとみなされるのがオチだろう。

「あと残ってんのはあれか、コーラの始末……。めんどくせえな」

 機材の配線をしている漁師のオッサンが愚痴をこぼした。

 こぼしたのではなく、自分たちでぶちまけたコーラのボトルが十本。残りは二本。弾切れを免れることができてよかった。

 隣接する海賊船からの喚声は、大きさがこれまでの二倍以上、聞こえている時間が二分の一以下になった。数体始末しておいた上に二人がかりだから、早い。

「申し訳ありません。危険な目にあわせてしまいましたわね」

 陰陽師少女がタラップを渡ってこの釣り船に戻り、大き目の声で言った。彼女は船室には入らず、甲板上にいる。空のペットボトルを拾って手に持っている。

「まあ、一応武器があったから助かったけれど……できれば、ゴツいウォーターガンもあればよかったな」

 それなら一本分を自分に誤射することはなかった。

「大きな水鉄砲のことですか? それですと、一見してすぐに武器と分かりますから、相手が警戒しますわね。最悪の場合、大砲の弾をどんどん当てられて船が消えてなくなるか、もしくは上半身が消えてなくなることに……」

「それもそうだな……。大砲があるなら、銃持った相手にわざわざ近寄らないよな。船の体当たりを繰り返してくるかもしれないし……。無理言っちゃたかな?」

「いいえ、貴方が恐縮なさることはありません。ナギーがもう少ししっかりしてくれていれば。いえ……彼女に頼んだのはわたくしでしたわね……」

「まあ、無事なんだから気にしねえよ、なあ兄ちゃん」

 オッサンが口を挟んだ。

「そうですね。俺も、もう気にしないよ」

 大海原に出て、器の小さいことを言うのもみっともない。ここは海の男と一緒にでかく構えよう。まさに気宇きう壮大、豪放磊落らいらく、ええと、他にそれっぽい四字熟語は……。

 などと小さいことを考えていたら、目前の窓が激しく緑に光った。キィィィーーーンッと、甲高い音が操舵室の中で反響する。

 その音が収まると、何かの破裂音がいくつも聞こえた。海賊船からだ。

「ごめーん! 討ち漏らしたーっ」

 物の怪少女ナギーが叫んだ。船をぶつけられたときには悪かった機嫌が、直っている。ぶつけてきた連中をボコボコにして、気が晴れたのだろう。

「さっきから何をやっているんですか、貴女はっ!」

「意外と速いんだよー! そっちに行ったからねー!」

 何かの影が見えてすぐに、頭上方向からダンッと音がした。屋上に敵が飛び乗ったらしい。

 あの骸骨がこっちに来た?

 といっても、今ならどうということもない。陰陽師アニーがあっさりと始末するだろう。

「あら!? 意外と重装備ですわね。一時退避です」

 あっさりと逃げた。

 ちょっと待て。

 やっぱり文句を言おうとしたときに、前側の窓が激しくノックされた。

 窓を叩いているのは拳骨ではなく、木の塊。結界による緑色の閃光の中で、太い棒のような武器が窓枠の上方向から現れては、同じ方向に消える。屋上に乗った敵が振り下ろしているのか。

 刀相手に楽勝なんだから、棍棒相手に苦戦しないでくれ。

 黒い金属製の筒が柄になっている棍棒に……。ん?

 前甲板に逃げていたアニーが、左右に不規則に跳びながら向かってきた。ボトルは投げ捨てたらしく、替わりに札を持っている。視線は屋上を向いている。

 乾いた破裂音――銃声が二つ、立て続けに起きた。

 一発が甲板に穴を開けた。もう一発はアニーの前方約五十センチの空間で、緑色の光にはじかれた。床材が壊れる音は、敵の攻撃がはじかれた時の音よりやや鈍い。

「渡会流・ローリングソバットッ!」

 銃弾を防いだ際にスピードが落ちたものの、アニーが飛び上がりながら後ろ回し蹴りを放った。

 命中しなかった。

 ジャンプしてかわした敵が、こちらに背中を向け床に膝をついた格好で、前甲板に着地していた。

 敵が立ち上がり、振り向く。

 奴の服装はブーツにコート、それから船長仕様の黒い眼帯と、黒い三角帽。これは他の船のものと同じようだ。他の連中との違いは大きく二つ。

 一つは、骸骨のくせに顔の下半分が黒いひげで覆われていること。長さは揃ってなく、硬そうな印象だ。そのひげの下に埋もれた口には、葉巻がある。

 もう一つは武器。

 手には銃身の長い銃。腰にはピストルとそのホルダーがあり、サーベルも佩いている。

 また、他にも武器を多数所持している。所持している場所は……肋骨の隙間。銃やら剣やらが、数え切れないほど刺さっている。あれで動けるのか。

「あいつ、出世したんだなあ……」

 何を言ってるんだオッサン。知り合いか。

「Damn the toy of this fuck'n islands! You must have done it, too!」

 奴が長銃を構えた。銃口は操舵室を向いている。

 発砲した。

 これまでと同様、閃光と同時に甲高い音が響いた。だが、嫌な音もした。ひびが入った音だ。

 奴が再び構える。

「隙ありいいいっ!」

 この船の前方、すなわち奴の後方に当たる海からナギーがジャンプして飛び出し、殴りかかった。

 最後の海賊船長はとっさに振り返り、銃身を盾代わりにして拳を防いだ。

 銃が粉々になって吹っ飛ぶ。

 それでも奴はすかさず体勢を立て直し、サーベルを抜刀した。

 ナギーに斬りかかる。

 ナギーはハイジャンプしてかわし、キャビンのすぐ横に着地した。

「わたら……う」

 アニーは攻撃しようとしていたが、敵がサーベルを持っていない側の手で拳銃を構えたので、中断した。

 銃撃がまたも行われる。

 ナギーは跳んでかわし、アニーは札で防ぎ、残りの俺達は結界に隠れる……のだが、頼みの防御壁がやばい。弾丸をはじいた時の色が、薄くなっている気がする。

「もうすぐ破られます。張りなおさないといけませんわ……」

「結界が破れたら」

 俺が尋ねた。

「もちろん蜂の巣」

 ナギーが答えた。

「壁で止まるよな。床に当たるんだから」

「透過モード切替できるよ、きっと」

「それなら今度は体をすり抜ける」

「たぶん霊体で止まります。あ、えぐりながら貫くかも。こんな感じで、ギュルギュルギュルッ、と」

 立てた人差し指をぐるぐる回しながら、ナギーが余計なところを力説した。

「肉体じゃないから痛くないよな? 神経通ってないはず」

「電気信号がなくても、霊気信号で伝わってゲキツーです。魂からの叫び声が出るでしょう!」

 この無神経野郎、他人事だと思って。

「ナギー、喋ってないで攻めなさいっ。わたくしが結界を補強しますっ」

 敵と睨み合ったまま、アニーが叫んだ。

「しょうがないなあ」

 ナギーが銃撃をかわしつつ、敵に向かっていく。

 弾切れとなった拳銃を投げ捨てた敵に、パンチを放った。サーベルを砕いたが、敵はすぐに自身の体から新たな得物を抜き出した。

 今度は長銃だ。近距離から撃った。

 ナギーは相手の攻撃を高くジャンプしてかわし、頭上から蹴りで反撃する。しかし、敵はダッシュしてかわした。

 かわすときの動きが大きいためか、ナギーの反撃は相手に見えやすいようだ。倒すには時間がかかりそうだった。

 流れ弾が時々飛んでくる。

 全て結界が防いでいるのだが、受けるたびにピシッと音がするので心許こころもとない。修復しては壊されている状態だ。連射されたら、補強が間に合わないように思えた。

「援護射撃するか」

 オッサンが呟いた。

「そう……ですね」

 俺も同意見だ。

「危険です。おやめになった方がよろしいですわ」

 呪文の詠唱を止めたアニーがいさめた。彼女は窓から船室に入っていた。窓は俺とナギーが話している間に、オッサンが開けた。

「後ろに回られたらまずいし」

 俺がアニーに言った。

「後ろ?」

「ドアがもう破られちまってるんだ」

 オッサンが言った。

「え!? そうなんですの?」

「ということで、総攻撃に決定だ。兄ちゃん、準備」

「了解」

 オッサンと二人、後部キャビンで例のコーラ砲の準備をする。最後の二本を、二人で一本ずつ使うことになった。

 準備をしながら、ふと考え直す。

 今いる奴は、他の連中より動きが速い。かわされそうだ。ソフトキャンディを詰め込んで構える間に、距離を置かれるかもしれない。主力二人を援護できるほどの牽制になるのだろうか。

「どうした。チャチャッとやっちまおう」

 どうする? 時間が迫る。時間……。ああ、あれを使うか。

「おいどこへ」

「念のために、もう一つ仕掛けをします」

 前部キャビンに行き、あるものを手にして戻った。

「遊んでる場合じゃないぜ」

「遊びませんよ。ロープは?」

「ロープ? あそこだ」

 後甲板にあった。アニーを縛り上げたものだ。そのロープで、あるもの・・・・を中身入りペットボトルに縛りつけにかかる。

「何だいそりゃあ」

「武器ですよ。いや凶器か。いまいち……」

 結び目が緩い。

「何やりたいのかわからんが、俺がやろう」

 おっさんが固く縛りつけた。ロープ付きのボトルにキャンディを一気に放り込んで、全速力で蓋を閉める。暴発シーンが脳裡をよぎるため、この瞬間は緊張させられる。

「本当にやりますのね?」

 アニーがやってきて尋ねた。オッサンと俺が同時に頷く。

「よし行くぞ」

 三人で後ろのドアから出て、二手に分かれる。左舷側をアニーが、右舷側を俺とオッサンが進む。

 海賊船長とナギーは、なおも前甲板で戦闘中だ。

 敵は船の後方を、ナギーは前方を向いて対峙している。

 敵である黒ヒゲの海賊船長は右手に剣を持ち、左腕に長銃を抱えている。肋骨の武器は減っている。十数本は刺さっていたと思われる武器庫には、現在六本ほどがある。いや、正確には四挺と二本か。

 ナギーの呼吸音が大きい。連戦でバテているのか。敵のほうは……肺が無いから、呼吸では分からない。

 敵が発砲した。

 ナギーが屈んでかわした。銃弾が結界に当たり、パキィィィーーーンと高い音を鳴らす。薄くなっていた防護壁が割れる。緑色の霊気が飛び散った。

「今ですっ」

 アニーが反対側から飛び出した。

渡会わたらい流・エルボー!」

 肱撃ちが銃に当たった。敵の武器が一つ、海上に飛んで、消えた。

「そこだと濡れるぜ、お嬢さん!」

 オッサンが炭酸飲料の銃で発砲する。

 海賊船長とアニーが左右に分かれて、コーラをかわした。予想通り敵は素早く、コーラ砲は当たらない。

「逃がしませんっ!」

 ナギーが左舷に避けた敵に殴りかかる。しかし、相手が二本の剣を左右の手にそれぞれ持って振り回すので、近づけなかった。

 よし、俺の出番だ。

 コーラのボトルをお見舞いだ。我がフルパワーの攻撃を喰らうがいい!

「うりゃー!」

 ボトルを投げた・・・

 ボトルはナギーの背中をすり抜けて飛び、敵の足下に落ちた。

「ちょっと何それ! あ」

 敵がボトルを踏みつける。

「HAHAHA! What is this? Boy」

「おい兄ちゃん!?」

「ロープに……?」

「アニー! アレを仕掛けて! 十秒後よ!」

 ナギーが右手を引いて構え、黒ヒゲの海賊船長も二本の剣を構えた。

 少女の美声が、犠牲となる機械に向けて放たれる。

「『タイマー』、カウントゼロ!」

 中古の携帯ゲーム機が、爆発した。

 ペットボトルがその道連れにされて、破裂する。

「Time bomb!?」

 敵の足下から、ソフトキャンディ入りコーラが勢いよく飛び散る。敵はとっさに両腕で顔を覆った。これで視界が遮られた。剣も使えない。

「これなら!」

 機を逃がさず、アニーが一気に近づいた。相手の両足首を掴み、逆手に持ち替えながらひっくり返す。そのままジャンプして船室の屋上に乗り、そこからさらに高くジャンプした。敵が剣を手放し、それが甲板に落ちた。

「あれは!?」

「必殺技よ!」

「どんな技?」

「これから言うでしょう!」

 それもそうだ。

 相手の胴体を背中側から自分の両腕で抱え、自分の両腿で相手の頭を挟み込む。アニーはこの状態で空中にとどまり、高速で前転を始めた。アニーの体が白い気を、海賊船長の体が黒い気をまとって、渦を巻く。

「すげえな……」

「人間業じゃないな、あれ」

「人外扱いってひどいねー。人外技だけど」

「で、技の名は」

 答えは空中からだ。

「いきますわよ! 渡会わたらい流、縦回転・陰陽スクリューパイルドライバーですっ!」

「長いな」

 俺が言った。

「でもこれで勝ちだぜ。パイルドライバーだからな。パイル……」

 オッサンが言った。

 その通り、これで勝ちだ。

 何しろこの技は、轟音とともに甲板を豪快にぶち抜き、この船もろとも相手の頭を叩き割る必殺の――。

 ……。

「パイルドライバあーっ!?」

「こっちで!?」

 二人で叫んだものの、それで技が止まるわけでもない。

 新たに緑色の火の玉が三つ浮かび、渦に取り込まれたところで、回転が止まった。

 落ちてはこない。

 床めがけて、高速で突っ込んでくる。

 ――大きくない・・・・・衝撃が、船を襲った。

 船が揺れる。

 船上では、黒髭を生やした海賊船長が脳天を割られていた。真下に回り込んだナギーのアッパーカットで。

 頭蓋骨が粉になって消える。

 パイルドライバーの態勢に固められたままの残りの部分は、赤い粒子に変わった。

 だがこれまでと異なり、空中に溶けていかない。

 ナギーの右拳からエメラルドグリーンの閃光が走り、粒子がそこに吸い込まれた。吸い込んだときに一瞬、ナギーの体が赤く光ったように見えた。

 技をかけた相手が消滅したアニーは、バク宙を一回決めて甲板に着地した。

「カウントするまでもありません。K.O.ですわね」

「今のは……力を吸収したのか。そんなのできるのか」

「私一人じゃ無理ね。オンミョージュツが要る」

「都市伝説を浄化することにおいて最も有効な術式、『沈霊ちんれい』ですわ。霊を沈める術、『水に沈める』のと同じ字で、『沈める』です。本来の使い方とは違いますが」

 そう書くのか。

 霊を沈める……海には沈めなかったな。浄化……まさか便所で流す極悪非道なやつが本来の……?

「うん、ちゃんと馴染なじんでる。パワーアップ完了ね」

 ナギーが空拳を何度も打った。

 その拳を当てるべき相手は、この場所にはもう誰もいなくなっていた。

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