撃沈
二段式ロケットが海上から発射された。
下段は、海上を走ってやってきた物の怪少女。上段は、その少女の両肩に乗っている陰陽師少女。分離した各鬼体は大小二つの放物線をそれぞれ描いて、海賊船の甲板に騒々しく着弾した。対艦ミサイルと呼ぶべきだったかもしれない。
「やっと終わりか」
口から感想が漏れた。
残る敵は、現在戦闘中の一隻だけになっている。
俺は今、操舵室から窓越しに戦場を眺めている。敵の数が減って余裕ができたので、ビデオカメラでの撮影にも挑戦したが、これは失敗に終わった。セーラー服姿の女子高生がひとり空中を走り回って奇異な動きをしている、という映像になった。わけのわからないCGとみなされるのがオチだろう。
「あと残ってんのはあれか、コーラの始末……。めんどくせえな」
機材の配線をしている漁師のオッサンが愚痴をこぼした。
こぼしたのではなく、自分たちでぶちまけたコーラのボトルが十本。残りは二本。弾切れを免れることができてよかった。
隣接する海賊船からの喚声は、大きさがこれまでの二倍以上、聞こえている時間が二分の一以下になった。数体始末しておいた上に二人がかりだから、早い。
「申し訳ありません。危険な目にあわせてしまいましたわね」
陰陽師少女がタラップを渡ってこの釣り船に戻り、大き目の声で言った。彼女は船室には入らず、甲板上にいる。空のペットボトルを拾って手に持っている。
「まあ、一応武器があったから助かったけれど……できれば、ゴツいウォーターガンもあればよかったな」
それなら一本分を自分に誤射することはなかった。
「大きな水鉄砲のことですか? それですと、一見してすぐに武器と分かりますから、相手が警戒しますわね。最悪の場合、大砲の弾をどんどん当てられて船が消えてなくなるか、もしくは上半身が消えてなくなることに……」
「それもそうだな……。大砲があるなら、銃持った相手にわざわざ近寄らないよな。船の体当たりを繰り返してくるかもしれないし……。無理言っちゃたかな?」
「いいえ、貴方が恐縮なさることはありません。ナギーがもう少ししっかりしてくれていれば。いえ……彼女に頼んだのはわたくしでしたわね……」
「まあ、無事なんだから気にしねえよ、なあ兄ちゃん」
オッサンが口を挟んだ。
「そうですね。俺も、もう気にしないよ」
大海原に出て、器の小さいことを言うのもみっともない。ここは海の男と一緒にでかく構えよう。まさに気宇壮大、豪放磊落、ええと、他にそれっぽい四字熟語は……。
などと小さいことを考えていたら、目前の窓が激しく緑に光った。キィィィーーーンッと、甲高い音が操舵室の中で反響する。
その音が収まると、何かの破裂音がいくつも聞こえた。海賊船からだ。
「ごめーん! 討ち漏らしたーっ」
物の怪少女ナギーが叫んだ。船をぶつけられたときには悪かった機嫌が、直っている。ぶつけてきた連中をボコボコにして、気が晴れたのだろう。
「さっきから何をやっているんですか、貴女はっ!」
「意外と速いんだよー! そっちに行ったからねー!」
何かの影が見えてすぐに、頭上方向からダンッと音がした。屋上に敵が飛び乗ったらしい。
あの骸骨がこっちに来た?
といっても、今ならどうということもない。陰陽師アニーがあっさりと始末するだろう。
「あら!? 意外と重装備ですわね。一時退避です」
あっさりと逃げた。
ちょっと待て。
やっぱり文句を言おうとしたときに、前側の窓が激しくノックされた。
窓を叩いているのは拳骨ではなく、木の塊。結界による緑色の閃光の中で、太い棒のような武器が窓枠の上方向から現れては、同じ方向に消える。屋上に乗った敵が振り下ろしているのか。
刀相手に楽勝なんだから、棍棒相手に苦戦しないでくれ。
黒い金属製の筒が柄になっている棍棒に……。ん?
前甲板に逃げていたアニーが、左右に不規則に跳びながら向かってきた。ボトルは投げ捨てたらしく、替わりに札を持っている。視線は屋上を向いている。
乾いた破裂音――銃声が二つ、立て続けに起きた。
一発が甲板に穴を開けた。もう一発はアニーの前方約五十センチの空間で、緑色の光にはじかれた。床材が壊れる音は、敵の攻撃がはじかれた時の音よりやや鈍い。
「渡会流・ローリングソバットッ!」
銃弾を防いだ際にスピードが落ちたものの、アニーが飛び上がりながら後ろ回し蹴りを放った。
命中しなかった。
ジャンプしてかわした敵が、こちらに背中を向け床に膝をついた格好で、前甲板に着地していた。
敵が立ち上がり、振り向く。
奴の服装はブーツにコート、それから船長仕様の黒い眼帯と、黒い三角帽。これは他の船のものと同じようだ。他の連中との違いは大きく二つ。
一つは、骸骨のくせに顔の下半分が黒いひげで覆われていること。長さは揃ってなく、硬そうな印象だ。そのひげの下に埋もれた口には、葉巻がある。
もう一つは武器。
手には銃身の長い銃。腰にはピストルとそのホルダーがあり、サーベルも佩いている。
また、他にも武器を多数所持している。所持している場所は……肋骨の隙間。銃やら剣やらが、数え切れないほど刺さっている。あれで動けるのか。
「あいつ、出世したんだなあ……」
何を言ってるんだオッサン。知り合いか。
「Damn the toy of this fuck'n islands! You must have done it, too!」
奴が長銃を構えた。銃口は操舵室を向いている。
発砲した。
これまでと同様、閃光と同時に甲高い音が響いた。だが、嫌な音もした。ひびが入った音だ。
奴が再び構える。
「隙ありいいいっ!」
この船の前方、すなわち奴の後方に当たる海からナギーがジャンプして飛び出し、殴りかかった。
最後の海賊船長はとっさに振り返り、銃身を盾代わりにして拳を防いだ。
銃が粉々になって吹っ飛ぶ。
それでも奴はすかさず体勢を立て直し、サーベルを抜刀した。
ナギーに斬りかかる。
ナギーはハイジャンプしてかわし、キャビンのすぐ横に着地した。
「わたら……う」
アニーは攻撃しようとしていたが、敵がサーベルを持っていない側の手で拳銃を構えたので、中断した。
銃撃がまたも行われる。
ナギーは跳んでかわし、アニーは札で防ぎ、残りの俺達は結界に隠れる……のだが、頼みの防御壁がやばい。弾丸をはじいた時の色が、薄くなっている気がする。
「もうすぐ破られます。張りなおさないといけませんわ……」
「結界が破れたら」
俺が尋ねた。
「もちろん蜂の巣」
ナギーが答えた。
「壁で止まるよな。床に当たるんだから」
「透過モード切替できるよ、きっと」
「それなら今度は体をすり抜ける」
「たぶん霊体で止まります。あ、抉りながら貫くかも。こんな感じで、ギュルギュルギュルッ、と」
立てた人差し指をぐるぐる回しながら、ナギーが余計なところを力説した。
「肉体じゃないから痛くないよな? 神経通ってないはず」
「電気信号がなくても、霊気信号で伝わってゲキツーです。魂からの叫び声が出るでしょう!」
この無神経野郎、他人事だと思って。
「ナギー、喋ってないで攻めなさいっ。わたくしが結界を補強しますっ」
敵と睨み合ったまま、アニーが叫んだ。
「しょうがないなあ」
ナギーが銃撃をかわしつつ、敵に向かっていく。
弾切れとなった拳銃を投げ捨てた敵に、パンチを放った。サーベルを砕いたが、敵はすぐに自身の体から新たな得物を抜き出した。
今度は長銃だ。近距離から撃った。
ナギーは相手の攻撃を高くジャンプしてかわし、頭上から蹴りで反撃する。しかし、敵はダッシュしてかわした。
かわすときの動きが大きいためか、ナギーの反撃は相手に見えやすいようだ。倒すには時間がかかりそうだった。
流れ弾が時々飛んでくる。
全て結界が防いでいるのだが、受けるたびにピシッと音がするので心許ない。修復しては壊されている状態だ。連射されたら、補強が間に合わないように思えた。
「援護射撃するか」
オッサンが呟いた。
「そう……ですね」
俺も同意見だ。
「危険です。おやめになった方がよろしいですわ」
呪文の詠唱を止めたアニーが諫めた。彼女は窓から船室に入っていた。窓は俺とナギーが話している間に、オッサンが開けた。
「後ろに回られたらまずいし」
俺がアニーに言った。
「後ろ?」
「ドアがもう破られちまってるんだ」
オッサンが言った。
「え!? そうなんですの?」
「ということで、総攻撃に決定だ。兄ちゃん、準備」
「了解」
オッサンと二人、後部キャビンで例のコーラ砲の準備をする。最後の二本を、二人で一本ずつ使うことになった。
準備をしながら、ふと考え直す。
今いる奴は、他の連中より動きが速い。かわされそうだ。ソフトキャンディを詰め込んで構える間に、距離を置かれるかもしれない。主力二人を援護できるほどの牽制になるのだろうか。
「どうした。チャチャッとやっちまおう」
どうする? 時間が迫る。時間……。ああ、あれを使うか。
「おいどこへ」
「念のために、もう一つ仕掛けをします」
前部キャビンに行き、あるものを手にして戻った。
「遊んでる場合じゃないぜ」
「遊びませんよ。ロープは?」
「ロープ? あそこだ」
後甲板にあった。アニーを縛り上げたものだ。そのロープで、あるものを中身入りペットボトルに縛りつけにかかる。
「何だいそりゃあ」
「武器ですよ。いや凶器か。いまいち……」
結び目が緩い。
「何やりたいのかわからんが、俺がやろう」
おっさんが固く縛りつけた。ロープ付きのボトルにキャンディを一気に放り込んで、全速力で蓋を閉める。暴発シーンが脳裡をよぎるため、この瞬間は緊張させられる。
「本当にやりますのね?」
アニーがやってきて尋ねた。オッサンと俺が同時に頷く。
「よし行くぞ」
三人で後ろのドアから出て、二手に分かれる。左舷側をアニーが、右舷側を俺とオッサンが進む。
海賊船長とナギーは、なおも前甲板で戦闘中だ。
敵は船の後方を、ナギーは前方を向いて対峙している。
敵である黒ヒゲの海賊船長は右手に剣を持ち、左腕に長銃を抱えている。肋骨の武器は減っている。十数本は刺さっていたと思われる武器庫には、現在六本ほどがある。いや、正確には四挺と二本か。
ナギーの呼吸音が大きい。連戦でバテているのか。敵のほうは……肺が無いから、呼吸では分からない。
敵が発砲した。
ナギーが屈んでかわした。銃弾が結界に当たり、パキィィィーーーンと高い音を鳴らす。薄くなっていた防護壁が割れる。緑色の霊気が飛び散った。
「今ですっ」
アニーが反対側から飛び出した。
「渡会流・エルボー!」
肱撃ちが銃に当たった。敵の武器が一つ、海上に飛んで、消えた。
「そこだと濡れるぜ、お嬢さん!」
オッサンが炭酸飲料の銃で発砲する。
海賊船長とアニーが左右に分かれて、コーラをかわした。予想通り敵は素早く、コーラ砲は当たらない。
「逃がしませんっ!」
ナギーが左舷に避けた敵に殴りかかる。しかし、相手が二本の剣を左右の手にそれぞれ持って振り回すので、近づけなかった。
よし、俺の出番だ。
コーラのボトルをお見舞いだ。我がフルパワーの攻撃を喰らうがいい!
「うりゃー!」
ボトルを投げた。
ボトルはナギーの背中をすり抜けて飛び、敵の足下に落ちた。
「ちょっと何それ! あ」
敵がボトルを踏みつける。
「HAHAHA! What is this? Boy」
「おい兄ちゃん!?」
「ロープに……?」
「アニー! アレを仕掛けて! 十秒後よ!」
ナギーが右手を引いて構え、黒ヒゲの海賊船長も二本の剣を構えた。
少女の美声が、犠牲となる機械に向けて放たれる。
「『タイマー』、カウントゼロ!」
中古の携帯ゲーム機が、爆発した。
ペットボトルがその道連れにされて、破裂する。
「Time bomb!?」
敵の足下から、ソフトキャンディ入りコーラが勢いよく飛び散る。敵はとっさに両腕で顔を覆った。これで視界が遮られた。剣も使えない。
「これなら!」
機を逃がさず、アニーが一気に近づいた。相手の両足首を掴み、逆手に持ち替えながらひっくり返す。そのままジャンプして船室の屋上に乗り、そこからさらに高くジャンプした。敵が剣を手放し、それが甲板に落ちた。
「あれは!?」
「必殺技よ!」
「どんな技?」
「これから言うでしょう!」
それもそうだ。
相手の胴体を背中側から自分の両腕で抱え、自分の両腿で相手の頭を挟み込む。アニーはこの状態で空中にとどまり、高速で前転を始めた。アニーの体が白い気を、海賊船長の体が黒い気をまとって、渦を巻く。
「すげえな……」
「人間業じゃないな、あれ」
「人外扱いってひどいねー。人外技だけど」
「で、技の名は」
答えは空中からだ。
「いきますわよ! 渡会流、縦回転・陰陽スクリューパイルドライバーですっ!」
「長いな」
俺が言った。
「でもこれで勝ちだぜ。パイルドライバーだからな。パイル……」
オッサンが言った。
その通り、これで勝ちだ。
何しろこの技は、轟音とともに甲板を豪快にぶち抜き、この船もろとも相手の頭を叩き割る必殺の――。
……。
「パイルドライバあーっ!?」
「こっちで!?」
二人で叫んだものの、それで技が止まるわけでもない。
新たに緑色の火の玉が三つ浮かび、渦に取り込まれたところで、回転が止まった。
落ちてはこない。
床めがけて、高速で突っ込んでくる。
――大きくない衝撃が、船を襲った。
船が揺れる。
船上では、黒髭を生やした海賊船長が脳天を割られていた。真下に回り込んだナギーのアッパーカットで。
頭蓋骨が粉になって消える。
パイルドライバーの態勢に固められたままの残りの部分は、赤い粒子に変わった。
だがこれまでと異なり、空中に溶けていかない。
ナギーの右拳からエメラルドグリーンの閃光が走り、粒子がそこに吸い込まれた。吸い込んだときに一瞬、ナギーの体が赤く光ったように見えた。
技をかけた相手が消滅したアニーは、バク宙を一回決めて甲板に着地した。
「カウントするまでもありません。K.O.ですわね」
「今のは……力を吸収したのか。そんなのできるのか」
「私一人じゃ無理ね。オンミョージュツが要る」
「都市伝説を浄化することにおいて最も有効な術式、『沈霊』ですわ。霊を沈める術、『水に沈める』のと同じ字で、『沈める』です。本来の使い方とは違いますが」
そう書くのか。
霊を沈める……海には沈めなかったな。浄化……まさか便所で流す極悪非道なやつが本来の……?
「うん、ちゃんと馴染んでる。パワーアップ完了ね」
ナギーが空拳を何度も打った。
その拳を当てるべき相手は、この場所にはもう誰もいなくなっていた。