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痛快都市伝説 the Reverse  作者: 玄瑞
第二章
15/44

出帆

 秋雨とコンクリートの匂いに対抗するかのように、磯の薫りと生臭い匂いが微かに漂う。

 漁は朝早くから行われるものだと思っていた。

 しかし、この港の漁船は何隻も係留されたままになっている。

 天候のせいらしい。打ち寄せる波の音は、瀬戸内海で聞いたことのあるものより激しく感じられる。

 アニーを先頭にして係留バースの上を進む。

 彼女は左手に傘、右手に携帯電話を持って通話しながら歩いている。風呂敷包みは代わりに俺が持っている。電話の相手は、少し前に立ち寄った漁協事務所の人だ。

 アニーが通話を終わらせ、電話を片付けた。

「この船ですわね」

 一隻の船に近づく。

 甲板上のやや後ろ寄りに、船室がある。一階に相当する部分が休んだり食事したりする部屋で、二階に相当する部分が操舵室だ。舷、船室ともに白い外装で、漁船にしては清潔な印象。長さは二十メートルほどだろうか。学校のプールにすっぽり収まりそうだ。

「何か用かい」

 船上にいる中年の男が声をかけてきた。

 レインコートのような生地の、エプロンと一体になっているズボンを身に着けている。長靴も履いており、一目で漁師とわかる。

「陰陽寮から派遣されてきた者です。渡会わたらいです」

「ああ、渡会さんとこのお嬢さんか。電動の綺麗なトイレが要るのってそういうことかあ」

「よろしくお願いいたしますわ」

 傘を片手に持って、アニーが軽くお辞儀をする。

「や、これはどうもご丁寧に。こちらこそ」

 男もお辞儀を返した。

 男はそれから言葉を続けたが、表情は明るくない。

「でもねえ、わざわざ来てくれたのはいいんだけど、今あれとは別にちょっと荒れててねえ。出せないんだよ」

「持ち直しますか?」

「二、三時間ぐらいかなあ。でも最近は天気も変わりやすくて、はっきり言えないな」

 漁師の男が、ナギーと俺を順に見てゆく。さすがに陰陽師にツテがあるだけのことはあって、この人も見えるようだ。

「そっちのお嬢さんとお兄さんは?」

「わたくしの助手と、助手の助手ですわ」

「ふうーん」

 男は納得したようだ。その一方、納得していない者達もいる。

「ちょっとー。どういうことー?」

「俺が格下過ぎるな。まあ格下なんだけど」

「では後ほど伺いますわ」

 俺たちの声には耳を貸さず、アニーは漁師の男にそう言ってから、携帯電話を再び取り出した。男は船室に歩いていった。

 通話を開始される前に尋ねる。

「アニー、きみ結構偉いの?」

「わたくしは陰陽道流派・『渡会流沈霊式道(わたらいりゅうちんれいしきどう)』の第四十七代後継者ですの」

 チンレイシキドウ。珍礼? それとも珍例? 珍例色道……。気になるが、問い質すことはしない。外れだと気まずいし、当たりなら嫌すぎる。

「名家というか名門というか、そんな感じの家元、いや師範かな?」

「そのようなものと考えていただいて結構です。……すみません、その話は後のお楽しみにしておいてくださいね」

 アニーが通話を始めた。

 俺はナギーと一緒に彼女のそばから離れた。二人で港を眺めながら少し歩く。

「まったく、助手だなんて失礼ね。自分から足を運んで頼んできたくせに」

 腕を組んで、頬を少し膨らませている。

「二、三時間かあ。帰りが遅くなるねー」

「ちょっとまずいな」

 腕時計を見る。午前十時半を過ぎたところだ。午後一時に出港、午後四時に帰港と仮定して、ここから帰りに三時間半かかるとすれば、家に着くのは夜七時半か。海の都市伝説を始末するのに時間がかかれば、より帰宅が遅くなる。

 沖を見つめてナギーが呟く。

「うーん。これぐらいならどうにかいけそう。待ったからといって本当に良くなるかわからないって言ってたし……」

「おい遭難は嫌だぞ」

「道具があればだいじょーぶ。どこかに……。さっきの船見てこよ」

 ナギーは船の方に走って戻っていった。

 ゆっくり歩いて後を追う。走ると滑って転びそうだ。雨がやむ気配は無い。

「……ええ、時間がかかりそうですの……。……ではまたあらためて連絡いたします」

「こっちー」

 ナギーが船の上から叫んだ。

「さあ、乗って乗って。ひょいひょいと」

「お前の船じゃないだろ」

「おじさんの許可は貰いました」

 船に乗りこむ。

 漁具は見当たらない。漁船ではなく釣り船のようだ。

 船の後方に当たる向きにある出入り口から、船室に入る。

 船室一階部分は、前後に区切られていた。

 前部キャビン内に入り、靴を脱いで座った。椅子はなく、マットが敷いてある。天井が低いからだ。室内には、小さなテーブル、電子レンジ、ポットがある。他には大きな段ボール箱が四つ置いてある。

「どうするんだ。今からここで待つのか」

「私にいい考えがあります」

 そう言うと、ニヤリと笑った。

 悪巧わるだくみの顔だ。

 ろくでもないことを思いついたに違いない。

 電話での用が済んだらしく、アニーも乗り込んできた。

「まだ早いですわよ。ここは少し揺れますわ。どこかのお店の方が宜しいんじゃなくて?」

「いえいえ、戦場に慣れておくに越したことはありません。それに、クルーズは最初から最後までじっくりと楽しむものです。心残りがないように、とことおぉーん、しゃぶりつくして、味わいつくして見せます。半端はいけません」

「心残り……。はあ……、仕方のない人ですわね」

「魚くさい船でクルーズかよ」

 漁師の男はエンジンの点検をすると言っていた。ドアも閉めているので聞かれる心配はない。

 船室の前面と両側面には窓がある。両側面の窓はスライド式で開閉できる。俺はその窓をいったん開けて空の様子を窺い、雨が降り続いているのを確認して、閉めなおした。

 それから狭い船室でぼんやりと過ごす。

 二分ぐらい経って、ナギーが口を開いた。

「やっぱりつまんない……」

「だから言ったじゃぁありませんか」

 呆れ果てた面持ちでアニーが咎めた。

 それに構わず、組んだ両手を後頭部に当てて壁にもたれかかりながら、ナギーが言う。

「あ~あ。ホタルイカとか見たかったな~。海いっぱいに青い光が浮かんで綺麗なの。こー、何匹も何匹も、じゃなくって、何十匹も何百匹も集まって、幻想的に照らすの」

「何を馬鹿なことを。ホタルイカは富山あたりです。ここの名産がカニだというのは常識です。それにイカは一杯、二杯と数えるんですのよ。無教養な人はこれだから困りますわね」

「え~。そうなのー? じゃあ魚は? 一匹、二匹じゃないの?」

「一、二尾、三尾です。カレイの場合は一枚、二枚、三枚です」

「へぇ~」

 俺が感心して相槌を打った。

「海苔は一枚、二枚、でいいんだよね」

「多いときには、一じょう、二帖と単位が変わります」

「知らなかった」

「他の海草は?」

「よくわかりませんわね。沖縄の海葡萄うみぶどうなら一房、二房、でしょう。地上の草なら一株、二株、三株……」

「カブ……。野菜はどうかなあ」

「種類が多いので一概には。果物なら、一、二顆、三顆。果物のくだにページです」

「すげー」

「飲み物は? お茶とか。これは一杯、二杯、だよね」 

「入れ物次第です。一椀、二椀や、一封、二封の場合もありますわ」

「おぉー」

「へー。わかったところで、動物に戻ります。イルカは?」

「一頭、二頭、三頭。まだやらせるんですの?」

 うんざりしているようだ。

「もうちょっと。羊は?」

「羊はもちろん一匹、二匹、三び……」

「隙ありっ!!!」

 ナギーがすばやく片手でアニーの両目を覆った。その手からは赤い光が放たれている。

「うっ……?」

 アニーの体が傾く。崩れ落ちるところを、ナギーが抱えて支えた。それから船室の床にゆっくりと降ろした。

「成功ね。都市伝説『羊を数えると眠くなる』っと。でもベッドの中じゃないから効き目が弱いかな? さっさとやりましょう!」

 誘導尋問を決められて寝息を立てるアニーを眼下に、ナギーが拳を高く突き出して意気を揚げている。

「やるって何を? 昼寝?」

「そんな時間はありません。まずそれを着せて」

 ナギーが指差した先には、フードつきのカッパがある。何をする気だ?

「まあいいけど……」

 アニーにカッパを着せる。羽織の上からだが、構わないか。面倒だし、寒いし。

 その間にナギーは船室を出て行き、ロープを手にしてすぐに戻ってきた。係留用のロープだ。

「外したのか」

「もう一つありました。予備じゃないかな。あ、フードをしっかりかぶせて」

 フードをかぶせる。すると、ナギーがロープでアニーの体を縛り始めた。

「えーと、ここを通して、それからうーんと、こう、ここを……」

「何をやってるんだ、何を」

「いいから、いいから。気にしない、気にしない」

 気になる。縛り方が。SMプレイのときにでも使いそうな縛り方だ。胸を強調するような感じの。そう、この縛り方は胸を強調するはず……なんだが。

「どこでそんなもん覚えたんだ」

「列車の中。前に読んでた特集を、復習していたのです。京都から天気よくなかったし」

「計画的犯行かよ」

 だが、SM縛りと天気に何の関係があるのだろう。

「あとはここを結んで、よし、うまく出来たね」

 上手く出来てどうする。

「運びますよ~。抱えて」

 激しく疑問に思いながらも担ぎ上げる。

 今の俺の姿、怪しすぎるんだが。警官に見つかったら即逮捕だ。

 ナギーはドアの外に出るとすぐに、アニーを縛っているロープの端を持ったまま、軽快な動作で船室の屋上に飛び乗った。そこに取り付けられている金属製のパイプに、ロープの余りの部分を結びつけている。

「もう放してもいいよー」

 カッパを着た少女が吊るし上げられた状態になった。

「ちょっとちょっと! 何をやっているんだ」

 さすがに漁師の男が異変に気づいてやってきた。

 全く動じることなく、ナギーが言う。

「ご心配なく。渡会センセーが、『これこそがオンミョージュツの極意、人柱ですわっ。わたくし自らの力を使うことで、最大の成果が得られるのですっ』と言ってましたから。現在瞑想中です」

 嘘八百だ。

「ホントかい?」

 半信半疑といった様子で男が尋ねてくる。

「間違いありません。渡会センセーがそうおっしゃってました。ね?」

 同意を求めてきた。何気に拳を握りしめて、こちらに照準を合わせている。

「そ、そうです。そうおっしゃっていました……」

「ふう~ん……お!?」

 突然、船に陽の光が差してきた。雲に隙間が出来ている。しかも、この船の周囲だけ波が穏やかになっている。

 嘘だとばっかり思っていたのに、まさか本当に効果があるとは! 人柱すげー。

「どうやら本当みたいだな」

「じゃあ、出してください」

「ああいいよ。任せてくれ」

 男は係留ロープを外してから、操舵室へと歩いていった。

 それからしばらくして、波とは別の振動が船体に加わった。船が進み出す。

 防波堤を横に見ながら、俺が言う。

「いよいよか」

「そうだね……」

 ナギーはキョロキョロと辺りの海を見回している。

「やっぱり雨が心配か?」

 この船の周囲以外は荒れ模様だ。

「ううん。まあ、大丈夫よね。それじゃー、クルージングを楽しみましょう!」

 航海が始まった。

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