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痛快都市伝説 the Reverse  作者: 玄瑞
第二章
14/44

水難

 組み合わされた金属の棒が、幽霊列車の前方から迫る。

「も~、チキンなんだからー。サンダーバードがそんなに怖いのー?」

 高速道路を走る車並みの速度で、集電装置パンタグラフがソファーとそれに座る二人の少女をすり抜けた。俺の足下には、幽霊列車の床と特急電車の屋上がある。こちらが追い抜いている。

「な、何をバカな。俺は景色を見ているだけだ。いやあ、今日の琵琶湖は実に綺麗だな」

 窓に張り付いたまま答えた。

「そっちは山側」

「それに曇っていますわよ」

 話している間に、サンダーバードの屋上は足下から消えていた。

 清水寺を出発して山林を駆け抜け、京都のトンネル出口のところで線路に降り立ってからの加速は、とどまるところを知らない。山中にあった天文台らしき建物はすでに遥か後方となり、その姿を見ることはもうできない。追い抜いた列車の姿も、あっという間に小さくなった。

「ローラーコースターのようでなかなか面白いですわ」

「最初だけだよー。あとは平坦。つまんないよねー」

 高速で室内中央を流れるケーブルを間にはさんで、二人はのどかに話し合っている。架線とそれを吊り下げるはりで首を飛ばされそうな二階と、他の列車の中を真後ろから突っ切ることになる一階。どっちがましなんだろう。

 アナウンスが流れる。

『本日モコノ列車ヲゴ利用イタダキアリガトウゴザイマス。エー、次ノ停車駅ハー、東尋坊ー東尋坊ー。ナオ、コノ列車ハ日本海経由下リ、清水寺発、網走刑務所行キ、とわいらいと・へるず・すーぱーえくすぷれす一号……停車駅ハ……』

「トワイライトってどういう意味だったかなあ」

 ナギーが尋ねた。

 陰陽師アニーが答える。

黎明れいめいか、黄昏たそがれのことです。簡単に言えば、日の出前と夕方のことですわね」

「時間ずれてるよね」

「もっと象徴的な意味なのでしょうね。枕詞まくらことばに『人生の』がつくのかもしれません。死に時と、生まれ変わる前……」

『……八甲田山、……夕張炭鉱、旭川、終着網走刑務所トナリマス。いたこヘオ取リ憑キニナル方ヘハ、とわいらいと・へるず・すーぱーえくすぷれす三号、恐山行キガゴザイマス。コチラモ是非ゴ利用クダサイ』

 早く降りたい。時速二百キロを超えていそうだから、早く着くはずだ。

 ソファーに座って踏ん張る。

 カーブのGがきつい。これではくつろげない。在来線で無茶するんじゃねー。

 十分ぐらいしてから、車掌が階段を上ってきた。

「二階建テぱのらまびゅーノ見晴ラシト乗リ心地ハドウデスカ?」

「よくねーよ。ぶつからないとわかってても怖い」

「ゴ安心ヲ。コノ列車ニハ『幽霊列車』ノ他ニモ、都市伝説『自分ダケハ大丈夫』ノチカラガ線路ヲ伝ッテ常ニ流レ込ンデキマス。ソレニゴクワズカデスガ、『コノクニノ鉄道ハ絶対ニ安全』モ加ワッテイマス。透過ハ切レマセン。ドウゾゴユックリ、オクツロギ下サイ」

 安全は神話じゃないのか? 伝説だと格下げ?

「あ、また来るよ」

 また追い抜きかよ。これは慣れねーな。

「あと何分だ」

 パンタグラフをやり過ごしてから尋ねた。

「次ノ駅デシタラ、四十分ホドニナリマス。トコロデ、オ飲ミ物ハゴ入用デショウカ?」

「要りませんわ」

 俺とナギーも首を横に振る。飲み物はこぼれまくるだろう。返事を聞くと、車掌は去っていった。

 借りてきたデジタルビデオカメラをナップザックから取り出す。

 それから少しの間、琵琶湖と湖岸の風景を撮影した。この列車の壁や窓などは映らない。

 トンネル入口が近づいてくるのが見えた。

 これも撮影する。しかし、すぐに画面が真っ黒になった。トンネル内に入ったからだ。

 中止して片付ける。

「琵琶湖はもう見えませんわね。ここからはトンネルも多いですし……。退屈じゃあ、ありませんこと?」

 猫撫で声を発して、アニーが様子をうかがってきた。

「俺は大丈夫。こいつを持ってきた」

 携帯ゲーム機をナップザックから取り出す。

 ここでは架空世界に身をゆだねていたい。アニーが何をするつもりなのかは知らないが、オカルト体験なら、この先いくらでもできるのだ。ノイローゼにならないために、今の内に気分を紛らわせておこう。

「私はこれ」

 ナギーは鞄から雑誌を取り出した。ゴシップ満載の大衆週刊誌だ。しかも男用。当然、エロ記事とエログラビアがある。

「何でそんなものが」

「拾った」

「きたねー」

「一番きれいなのを選んだから大丈夫だよー?」

「中身がきれいじゃないだろ」

「そうですわよ。そんないかがわしいものよりも、こう、もっと有意義な話をお聞きになりたいとは思いません?」

 右人差し指を立てて横に振りながら、ナギーが言う。

「チッチッチ。あなた方は誤解しています。これこそがきたるべき戦いに備えての準備です。こーいう本を見ると、都市伝説力がみなぎってくるのです。アヤしさこそ活力」

「それは変態がいうことだ」

 アホの相手はやってられない。イヤフォンをつけて外界からの情報を遮断だ。

「あ、ちょっと。これからとてもいいお話を――」

「あれもう何度も聞いたからいいよ。はいこれ。オバサン用の」

「オバ……? 誰がオバサンですって?」

 高級住宅街のおばさんみたいな話し方の少女と、おっさん雑誌を読む少女が口喧嘩を始めたようだ。

 早くも仲間割れとは、先が思いやられる。

 ゲームスタートしよう。

 BGMが二人の声を掻き消した。


 列車の速度がかなり落ちてきた。

 新幹線から快速電車になったぐらいだろう。すれ違った電車の色をはっきり確認できた。上半分が白く、下半分が青く塗られていた。長さは正確にはわからない。一両か二両。いかにもローカル線、という印象だった。

 斜め向かいのソファーで女性週刊誌を読んでいたアニーが、面を上げて言う。

「そろそろ着きますわね」

 ゲーム機をナップザックに片付けて俺が尋ねる。

「今度の停車駅は? ……鉄道の駅じゃないよな」

 幽霊列車は、ローカル線の終点を突破して車道の上を走っている。前方の車道には赤い線が二本引かれている。電気を使っていなくても、幽霊路面電車というのだろうか。逃げる甲虫を追いかけて捕食するムカデかゲジゲジのように、列車の一階部分が次々と自動車を吸い込んでいく。

 進行方向左手側に日本海を見ながら、列車は海岸沿いの道路を疾走し続ける。駅でなければ、名所に停まるということだった。だが、有名な岩場にはなかなか到着しない。

「あれ? 岩場じゃないのか」

「岩場は強い霊気が乱れ飛んでいて、霊的にも不安定ですもの」

「近くに都市伝説スポットがあります」

 速度をさらに落として列車が橋を渡る。橋の幅は狭く、車体から生えている無数の触手がはみ出している。落ちそうで怖い。歩いている人に向かって思いきり突っ込んでいるのも怖い。前方にあるのは、森が茂っている島だ。

 橋を渡ると、今度は右手に海を見ながら列車が反時計回りに島を周回する。砂や岩でできた海岸の上を這い回ったり、低木も高木もすり抜けて小道を無理やり進んだりするこの乗り物は、もはや路面電車ですらない。

 さらに速度が落ちた。

 車内アナウンスが流れる。

『マモナク到着致シマス。オ降リノ際ハ夜道ニオ気ヲツケクダサイ』

 時刻は午前十時だ。

「降りますよ~」

 島の森の中で下車する。

 森は薄暗く、人気ひとけは無い。列車を降りると体が赤くなったが、すぐに元の色に戻った。切符はいつの間にか消えていた。

「少し冷えますわね」

 小雨が降っている。

 俺は折り畳み傘を持ってきていたので、濡れる心配はない。

 アニーは濡れていない場所を選んで、風呂敷包みの結び目を解いた。薄紫色の服が見える。女物の羽織だ。彼女はそれを着ると、結び直した風呂敷包みの底についた土を手で払った。

 持ってきていた蛇の目傘を差しながらアニーが言う。

「港へ行かないといけませんが……ここでは車に乗れませんわね」

「この島の港?」

 俺が尋ねた。

「別の場所ですわ。橋を渡りましょう」

 森を抜け、石段を降りて、橋にたどり着いた。

「あ! あれだよ、あれー。ここの都市伝説だと、あそこからこの島に死体が流れて来るんだよー」

 朱色の欄干に寄ってナギーが叫んだ。長く赤い髪が風に揺れて、わずかに広がる。

 ナギーが指差した方角に、四角いキノコのような白いタワーが立っている。その下に見えるのが例の崖のようだ。死体は見当たらない。

 三人で横に並んで橋の上を歩く。徒歩だと結構長い。

「う~ん……」

 ナギーが突如うなり出した。

「ねえ、私も傘に入れてよー」

「貴女は濡れないでしょう?」

 アニーの和傘に入ろうとしたが、素気無く断られた。

「私だけ雨が直撃して、しかもすり抜けるの、なんかカッコ悪い。水がぜんぜん滴らない女みたい」

 少し勢いの強くなった雨が、二つの傘と海面とナギーの足下の路面を叩いている。傘の縁から、大粒の雫が落ちた。

「その通りなんじゃないか?」

「本気を出せば受けられます」

 ムッとした顔でナギーが反発した。

「でもわざと濡れてもミジメに見えるし。風は音を聞くついでに受けるだけなんだけど……。とゆーことで、こっちの傘に入ります。レディーファーストです」

 ナギーが俺の傘を引き寄せた。小さい折り畳み傘に、互いが三分の二ぐらいずつ入る格好になった。

「俺が滴りすぎになるだろ」

「文句を言ってはいけません。相々傘なんだからありがたく思いなさい」

 あまりありがたくない。

 傍からみたら、俺がすごく間抜けなポーズで傘を差しているように見えるはず。

『半身を 雨に打たれて エア彼女』

 すぐ近くで女の子が同じ方向に歩いていることが、みっともなさに拍車をかける。

「あら、お熱いこと」

 雨に濡れて冷たいんだが。

 橋の上にいるのは、俺達の他に一人いるだけ。白い服を着た髪の長い女の人が傘を差して歩いている。歩く方向は同じでこちらが後方なので、顔は見えない。

 橋を渡り終えると、アニーが風呂敷包みの隙間から器用に携帯電話を取り出した。

「どこにかけるの?」

「タクシー会社です。番号は登録済みですわ」

「あれ? でももう来たよ」

 前方から一台のタクシーが走ってくるのが見えた。タイヤが水しぶきを散らしている。

「ここだよー」

 ナギーが傘から飛び出し、手を大きく振りながら大声で叫んだ。

「お前の姿は見えないって……ん?」

 意外なことに、タクシーがスピードを落とした。こちらにゆっくりと近づいてくる。だが最初の予想通り、俺達の前には止まらなかった。少し前方にいた女の人の前で止まった。橋の上にいた人だ。

 ナギーが駆け出した。

 女の人に話しかける。俺とアニーもそこに向かう。

「すいませーん。どこまで行くんですかー?」

「若杉町まで……」

 女の人が答えた。見えている・・・・・。俺と同じようなシンクロ体質なのだろうか。

「若杉町……。福井市ですわね。申し訳ありませんが、相乗りさせていただいても宜しいでしょうか? わたくし達は港で降ります。少し寄り道になると思いますが……もちろん、そこまでの料金はわたくしが支払います」

 アニーが頼み込んだ。福井の地理に詳しいようだ。

 女の人が頷く。

 この人は何だか顔色が悪い。病院で降りるんだろうか。

 タクシーのドアが開いた。運転手が話しかけてくる。白髪の混ざった、五十から六十ぐらいの歳の男だ。

四人・・ですか。一人は助手席ですね」

 この人も見えてるのか。意外といるものだな。

「じゃあ俺が前に。男は俺一人だし」

 白い服の女の人は後部座席の右端に座った。乗り込むや否や、窓の外を眺めながらブツブツ何かを呟いている。

 後部座席中央にアニー、同じく左端にナギーが座った。

 シートベルトを着けているのは運転手と俺とアニーの三人。ナギーは手で持って、着けたフリをしている。運転手の真後ろにいる白服女性は、着けていない。

 行き先を聞くと、運転手はすぐに発車させた。

「みんなでドライブって楽しいねー」

「遊びに行くのではありませんのよ」

 ワイパーがフロントガラス外側に付いた水滴を払いのける。スリップを警戒しているためか、速度はそれほど出ていない。時間がかかりそうだ。

 運転手が観光案内を始めた。後ろの女子高生二人は大人しく聞いているようだが、俺は興味が無いので聞いていない。白服女性も同様らしい。うつむいたまま動かない。

 天候のせいもあって、街を見ていても面白くない。

 仕方なく、信号で止まるたびに、すれ違う車に乗っている人や通行人を眺める。

 ――こちらを見る人のほとんどが、怪訝な表情か、意外なものを見たという表情をしていた。

 この車に何かあるのか。

 いやまあ、一人は物の怪なんだが。残りも、霊能力者が一人と心霊体質が三人。

 ……心霊体質が多いな。オカルト専門の陰陽師はともかく、シンクロしやすい人間が自然と三人も集まるのは考えにくい。俺はこちらの世界に来てからの約二週間、この場にいる者以外に、ナギーが見える人間には会っていないのだ。

 少し季節外れだけど、『あれ』かもしれない。通過した場所のこともあるし。

 後部座席中央に女の子が一人、助手席に男が一人――。どこか変な乗り方だ。このタクシーを見る人々には、そのように見えているのだろう。

「えーと……」

 前部座席の間からわずかに身を乗り出し、後ろの様子を見る。

「知らないほうがいいことって、あるよねー」

「そうですわね。雅弘さん、そうしていると運転の邪魔になりませんこと? お喋りで・・・・事故の元になってはいけませんわ」

「あ、ああそうだな」

「お客さん、事故は起こしませんよ。私は運転手やって三十年なんですよ。こっちに来てからだって無事故無違反です」

 事故という言葉に、運転手が反応した。

「こっちに来てから?」

 ナギーが尋ねた。

一昨年おととしの春に越してきたんですよ。いやね、前は観光バスでやってたんですがね。リストラされてしまいまして。今ぐらいの季節かなあ。雨の日に、同僚がでかい事故やらかしちゃって。そんときから会社の評判が悪くなっちまったんです。いい迷惑ですよ。雨は怖いですねぇ」

 運転手はその後しばらく、身の上話を語り続けた。俺は中身をよく聞いていない。安全運転の三十一年目突入を祈っていた。

 港に着いた。ドアが開く。

「お客さんがた、忘れ物はありませんか?」

「無いな」

 最初に降りた俺が答えた。

「こっちも無いよ」

 ナギーが続いた。

「まだ全員降りてないだろ」

 アニーが料金を支払っている。俺は傘を持って後部ドアの前で待っている。

 後部座席の下には、水滴が溜まっている。

 傘から落ちたものだ。交差点の右左折やカーブのたびに広がっており、後部の床全体に散らばっている。

 和傘を広げてアニーが言う。

「さて、行きますわよ」

 これで高校生三人組が全員路面に降り立った。

 ドアが閉まる。

 そして、お金を払う乗客を乗せないまま、タクシーは後部座席に女の人を乗せて走り去っていった。

 ご苦労様です。

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