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痛快都市伝説 the Reverse  作者: 玄瑞
第二章
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交易

 十月の三連休前の金曜日、俺も準備をさせられた。

 怪奇現象に対する準備のはずだが、その内容はデジタルビデオカメラを貸してくれと友人に頼むことだ。ブログに動画を埋め込みしろ、という指示を受けている。普通のビデオカメラで撮れるのだろうか。ただの旅行記の準備にしか思えない。

 翌日、その友人宅の玄関でカメラを受け取った。

「そや、旅行やったな。えーなあ。宇宙人騒動ものうなったし、何かおもろいこと起きへんかなあ……」

 お前はテレビでも見てろよ。

「まあええわ。ほな久坂、壊さんように気ぃつけてな。家族旅行みてもしゃーないし、動画は見せんでもええで。ぶっさいくな彼女でもおったら、珍道中が見られるかもしれんのになあー」

 俺と同じく、ぶっさいくな彼女もいない友人がドアを閉めた。

 俺の隣に立っている少女が哀れむように言う。

「知らぬがホトケとはこのことね。私の姿が見えていたら、『なんでお前だけこないムチャクチャかわいい彼女がおるんやあああーーーっっっ』と勘違いしながら百八十デシベルの大音声だいおんじょうを響かせて、近所から村八分を受けていたことでしょう」

 奴なら言いそうだ。

 歩きながら、カメラが正常に動作するか確かめる。

「左斜め四十五度から撮ってねー、いちばん綺麗に映るから」

 俺の左側を歩く少女が要求した。

「無理言うな」

 右から撮影する。

「右からだとオードリー・ヘプバーンと竹井エミと青井ユウを足してで割ったレベルなんだけどな~」

「カスガとワカバヤシとタケイとアオイを足して五で割ったんだな」

 撮影機器のディスプレイは壁の他に何も映していない。

 録画したものをすぐに再生する。

『無理言うな』

『カスガとワカバヤシとタケイとアオイを足して五で割ったんだな』

 耳慣れない男の声だけが聞こえてくる。録音した自分の声を聞くのは、少し気恥ずかしい。内容が意味不明なのも痛い。

 結局のところ、カメラに異常は見当たらなかった。

 これなら珍道中の証拠は残らないだろう。ブログに載せても仕方がない気もするが……。

 データを消去しながら俺が呟く。

「さて、何か食って帰るか」

 昼飯を食っていない。

「では中華料理にしましょう。近くにゴージャスな行きつけのお店があります」

「ゴージャス?」

 そんな店があったかな、と思いつつ歩くこと数分。その店に到達した。ラーメンと餃子のチェーン店だった。

 ピークを少し過ぎているとはいえ土曜日の昼、店は盛況だ。店員同士の掛け声が乱れ飛ぶ。

「お一人様ですねー! いてます。こちらへどうぞー!」

 店員にカウンター席に案内された。

「あ。私は立ち食いかあ……」

 素晴らしいゴージャスぶりだ。

 席に着く。

 左隣に座っているおっさんは、耳にイヤフォンをつけている。おっさんの前には飲みかけのビール瓶とグラス、食いかけの餃子と皿、そして競馬新聞がある。右隣に座っている大学生ぐらいの歳の男は、スマートフォンでパズルゲームに興じている。この店とよく調和している客たちだ。バイトでない限り、女の子が一人で来るような店ではない。

 伝説少女ナギーは俺とおっさんの間に立って、左腕をテーブルの上に乗せている。

 カメラが入っているので、俺は鞄を膝の上に置いている。盗難と置き忘れを防ぐためだ。ナギーはカウンターテーブルの下の棚に自分の鞄を入れた。

「先に頼んで。私は後から特注でするから」

「特注? 特盛りかなんかか。あ、店員さーん。ラーメンひとつーっ」

 炒飯も頼んで炭水化物のフルコースといきたかったが、予算が足りない。

 ああ、もう一品、あの中華丼欲しいなあ、いやあっちの麻婆豆腐も捨てがたい、などと厨房の様子を眺めていると、あることに気がついた。

 一人だけ店員の様子がおかしい。

 細い目つきの、年齢不詳の男だ。彼だけが他の店員をすり抜けて作業している。結った長髪を背中に垂らして、つばのない丸くカラフルな帽子をかぶっている。鼻の下にはくるくるヒゲがある。

「マスター! こっちー!」

 ナギーが彼に呼びかけた。彼が近づいてくる。

「いらっしゃいアルー」

 話し方もおかしい。

 カウンターテーブルに左拳で頬杖をついた状態で、ナギーが言う。

「いつものやつ」

「了解したアル。そっちのおにーさん、初めてアルね。ワタシ中国人アル。ご注文は?」

 俺が見えていることに気がついていたらしい。

「注文済みよ」

 ナギーが俺の代わりに答えた。

「残念アルね。中国四千年の伝統あるらーめんを味わって頂けないとは」

 右手を左の袖に、左手を右の袖に突っ込んで、怪しい店員が言った。

「この人も都市伝説よ」

 俺に向かってナギーがわざわざ説明した。言わなくてもわかる。すぐにわかる。

 俺が注文していたラーメンが来た。

 その横で、都市伝説の店員がナギーに向かって言う。

「アー、お客さん、そろそろツケを払っていただきたいアルが……」

 無銭飲食してたのかよ。

 ナギーが手帳のようなものを学生カバンから取り出した。そこから紙を一枚ちぎって、何か書き込んでいる。

「これでOK?」

「謝謝。おカネ歓迎、コブシのーさんきゅーネ」

 気になったので口を挟む。右隣の客はこちらに背を向けている。

「それ何?」

「小切手」

「本当はカネもってたのか」

「『ノーリスク・ハイリターン』の投資口座があるから。元手は地面に開けた穴から出てきた『埋蔵金』。でも都市伝説相手にしか使えないよ」

「『絶対に倒産しない銀行』で換金するアルヨ」

 怪しい店員さん、わざわざ補足しなくていいよ。

 ラーメン食おう。俺のは普通の店員が作った、普通のラーメンだ。ウマすぎる話は関係ない。

 俺が普通のラーメンを食い始めてすぐ、四千年来のラーメンが運ばれてきた。他の店員や客は、謎のラーメンにも無反応。見えていないらしい。

 どんなものか見てみる。

 スープの色が真っ赤だ。噂に聞く四川省の激辛料理とは、こんなのだろうか。

 具はチャーシュー、ネギ、モヤシ……とここまでは普通だが、ゆで卵が多い。五個分が入っている。半分にしたもので数えれば、十個。なぜだろう。

「ねえ、箸とって」

「ほれ」

 割り箸を一本渡した。

「容器ごと」

「なぜ」

「一本じゃ足りないの」

 一本で十分だと思うのだが。

 あ、さてはこれか。容器に『持ち帰らないで下さい』と書かれた貼り紙がしてある。普通の箸が買えないから、持って帰ってるのか。

 髪をポニーテールにまとめてから、ナギーが両手を合わせた。

「それではイタダキます」

 うまいのかな。

 ナギーが麺を掬い上げる。トマトか人参が練りこまれているんじゃないかと思わせる、赤みがかった麺だ。そして、つるんっと啜って、言った。

「これが一番ね。ツバメの巣はヒドかったんだから。泥とワラがお皿にてんこ盛り。あれは本物でないと……」

 異世界といえども、うまい話ばかりではないらしい。

 三回ほど麺を啜ったところで、ナギーが新しい箸を容器から取り出した。今まで使っていた箸は見当たらない。

「落としたのか」

「う~ん……そうとも言えます」

 曖昧な答えだ。

 床を確認したが、箸は落ちていなかった。鞄に入れたのだろうか。

 それぞれ食事を続ける。

 ナギーが器を持ってスープを飲んだ。それから、また割り箸を容器から取り出した。

「またかよ」

「特製ラーメンだもの」

 よくわからない答えだ。

 その後もナギーはどんどん新しい箸を取り出して、使っていった。七、八本は使っていて、それがことごとく器に突っ込まれている。持ち帰りではなかったようだ。

「いちいち使い捨てとは贅沢だな」

「フレンチでもナイフとフォークをいっぱい使うでしょ。豪華な中華料理で使ってもいいじゃない」

「環境に優しくないな」

 俺が食べ終わった。箸を器の上に並べ置く。三分くらい経って、ナギーも食べ終わった。

 怪しい店員が、四千年来ラーメンの器を片付ける。

「ア、お客さん、また全部残してるアルね」

「それ苦手なの」

 嫌いな具が入っていたらしい。

「しょうがないアルね。いいアル。また『人面犬』の餌にするアルよ」

「どんなペットだよ……」

 怪しい店員に聞こえたらしい。彼が言う。

「ペットじゃないアル。家畜アルよ。美味しいアルね」

 あれを食うのか。

 ん……待てよ。

「特製ラーメンのスープとチャーシューってまさか……」

「それはちゃんとトリガラと豚アルから、心配しないでヨロシ」

 人面鳥と人面豚じゃないだろうな。

「さて、そろそろ出ましょう」

「そうだな」

 荷物を持って席を立つ。

「謝謝。またのご来店をー!」

「ありがとうございましたー!」

 怪しい店員を横目に見つつ、自分の勘定を済ませる。彼は特製ラーメンの器に残っていたらしいメンマを、四、五切れまとめて口に放り込んでいる。

「メンマ嫌いだったのか」

「うん。あれはちょっとねー」

 店を後にした。



 日曜日の早朝に起こされるというのは、気分のいいものじゃない。

 しかも二週続けて朝食を用意させられる。

 おまけに弁当まで作らされるとは。

「パンの連打ってきついな」

 台所で、マーガリンを塗った食パンにレタスとハムを乗せる作業をしながら言った。工程はまだいくつも残っている。

「小麦は素晴らしい食材です。あなたはアメリカの農家の方々の苦労が分かってません。スプリンクラーで水撒きして、無人飛行機で農薬を散布して、おっきな機械でぎゅいーんと自動作業して体を酷使……あれ? してない?」

 朝からトーストを二枚も食った奴が、追加のパンをこちらに持ってきた。

「カナダかもしれないぞ。オーストラリアという線もあるな」

 国産とは思っていない。昨日の帰りに、最も安いのを厳選して買ってきたのだから。

 ぐだぐだと会話と作業を続けること約十分、サンドイッチが完成した。

 着替えも洗顔も済んでいる。歯磨きも食事も『大』も終えている。後はナップザックを持って出発だ。

「ふぁ~、早いのねえ……」

 お袋が起きてやってきた。

「サッカーの試合は早いって言ったじゃないか。あ、帰りも遅くなるから。勝ったら祝勝会、負けたら次への激励会」

 もちろん嘘だ。

「友達思いになったものねえ」

 神よ、偽りの友情で親を騙す不孝者をお許しください。罰は遠足気分で戦いに赴くあいつに。

「ハンカチとティッシュは入れましたか~? 忘れ物がなければ出撃です!」

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