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痛快都市伝説 the Reverse  作者: 玄瑞
第一章
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漁網

 休日にもかかわらず、しかも部活動でもないのに、制服に身を包んだ少女がわが家を発った。

 彼女が仁王立ちしながら左手を腰にあて、右手に持ったグラスの中のコーヒー牛乳を一気飲みした十分後のことだ。

 その三時間後に、俺は部屋の白い壁にもたれかかりつつ、借り出し中の小説を読了した。

 残暑はすでに過去の物となり、少し開けた窓の外では、厚みを失った白い雲が浮かんでいる。そのはるか下方から、自動車のエンジン音が時々聞こえる。

 血しぶきが舞い、死体が転がる架空世界に思いを馳せることを邪魔するものは何も無い。そのような日曜日の午前ではあったが、本の感想は「刺激がない」の一言に尽きる。事実は小説よりも奇なり、だ。

 その日の午後は、読み終えた本を図書館へ返却しに行った。図書館では心理学関連や占い関連、さらには宗教関連の棚を見て回ったが、除霊や魔術の方法を記した書物は見つからなかった。魑魅魍魎への対抗手段を探す努力は、ここでは徒労に終わった。

 結局、何も借りずに家に帰った。死後の世界の体験記と称している本も参考資料にならないだろう。ここは異世界ではあっても、生前の世界なのだから。

 夜、伝説少女ナギーが帰って来た。

 ドアを開けずに音もなく部屋に入ってくるので、心臓に悪い。

 浮かばれない幽霊と意気投合したのか、浮かない顔をしている。俺が横にいることに気がついていないらしく、誰もいない正面方向に呟いた。

「なかなか見つからない。間に合わないかも……」

「何が見つからなくて間に合わないって?」

「うわっ! おどかさないでよ~」

 百鬼夜行の一員のくせに、生身の人間に驚いている。ナギーは俺の質問には答えずに、う~ん、と唸りながら俺のベッドに寝転んだ。そのまま天井を見つめながら押し黙っている。

「探し方を……」

 再び呟いた。

「何を探すって?」

「え? あ、うーんと、推薦人。冬の大会に出るのに必要なのよ。もうすぐなんだけどな~」

 そう言った後、ナギーはしばらくノートパソコンを眺めていた。


 翌朝、ダイニングでトーストを食った。

 皿に二枚乗っているうちの一枚だ。羨ましげな目でナギーが見てくるので、なかなか飯――パンだけど――がうまい。

 俺は実に人が悪い。

 だが、後が怖い。両親に見られない角度で、椅子の後ろから残る一枚を手渡すことにした。

 俺は実に気が小さい。

 ナギーは床に正座して、噛み締めるようにゆっくりと食べていた。

 その後、俺は一人で登校した。ナギーは別の心霊スポットに出かけてくると言っていた。なぜか別れ際に俺の顔をまじまじと見ていた。

 きわめて平凡な月曜日の学校生活を終えて帰宅すると、玄関でナギーが待っていた。

「お帰りー! 待っていたんだよ~」

 右手を振りながら、とても嬉しそうな声で言った。左手は鞄を持っている。

「今日は早いな」

「予想通りの収穫が得られました」

「ふーん。それはよかったな」

 投げやりに答えながら、飲み物を探しに冷蔵庫がある台所へ向かう。

「それで、今日は頼みがあります」

「頼み?」

 何やら面倒なことになりそうだな。乗り気がしない。

 ナギーが自身の鞄の中を探りながら言う。

「仕事の依頼です。大会出場の推薦を得るために必要です」

「報酬は?」

「素晴らしい笑顔でお支払いしましょう」

 ゼロ円じゃねーか。

 ペットボトル入りの炭酸飲料をグラスに注ぐ。水位の上昇はグラス半分の高さで止まった。

「嫌だと言ったら?」

「あなたに災難が訪れます」

「またコブシかよ」

 近づいてきたナギーが後ろ手に組んだ状態で、下から俺の顔を見上げる。

「チカラづくばかりではありません。例えば、私はキミの重大な秘密を知っている。バラされたくなければ、指示に従いたまえ」

 手を変えてきたか。

「秘密? そんなのねえよ」

 俺はそっぽを向いて答えた。

 ナギーが背中に隠し持っていたらしきものを前に出すのが、横目に見えた。

「ではこれは何かね? このお姉さん達がしていることについて、キミの見解を聞きたい」

 わたくしの見解と致しましては、十八歳未満の者は購入できないとされる商品でありますが、青少年の性向に反することなく円滑に性的知識の獲得および技術習得を促すという効果にかんがみて、少量の保持および長きに渡らない時間内の鑑賞を認められるべきであると思います。また、質問者が押収した資料に出演する女性に関しましては、全てわが国の法律に基づく成人であり、わが国の伝統ある、ある種の文化の一端を担う人材として、その行為には一定の理解を示すことが必要であると存じます。なお、口述は時間の都合上、省略いたします。

「くっ……。よく見つけたな」

「ふっふっふ。ショホ的な推理だよ、雅弘くん。手当たりしだいに捜索しただけさ」

 推理してねえ。

「何をやらせる気だ」

 俺との間合いを取ってから、ナギーが右腕を小さく振りかぶる。

「キミを『都市伝説ナギー』の広報担当にニンメイする。ジレイをありがたく受け取りなさい」

 左手を腰に当て、右手でビシッと俺を指差した。押収された証拠物件が床に落ちている。ちゃんと管理してくれ。

「悪事をやらせてから口止めじゃないのか」

 証拠物件を回収しながら尋ねた。

「それなら家宅捜索をするまでもありません。並の悪事なら私一人のほうが簡単です。口封じも簡単。証拠を残す暇も与えずに、顔に風穴をあければいいだけでしょ?」

 それはむしろ口が広がって証拠が残る。

「広報って、俺が怪しまれるか、俺が有名人になるかのいずれかだって、自分で言ってなかったか」

「それは、あなたが直接しゃべるからそーなるの」

「喋らずにってことは……ネットか?」

「そのとーり。私は人知れず消えるわけにはいかないの。語られてこそ伝説、人から人に伝わってこそ伝説。しかもキロク文献に残れば消えにくい。そして現代の都市伝説に相応しい記録は、インターネットのログ。そうでしょ?」

「まあ、それはそうだ」

 そう答えてから、俺は置いてあるグラスを手にとって口をつけた。炭酸の泡の刺激と甘味が、口の中を満たしてゆく。

「そこであなたの出番。あることないこと、名を変え手を変え口調を変えて、私のことを美化……でなくて、ありのまま・・・・・を吹聴して回るのよ」

 『ありのまま』を言う時だけ、目にやたらと力が入っていて語気が強い。言いたいことは伝わる。

「つまり、俺に工作員をやれと」

「も~、やだなあ~、そんな人聞きの悪い。工作員じゃなくて語り部。か・た・り・べ。吟遊詩人でもいいかなー? ホメロスのオデュッセイアのように、私をホメまくるの。そう、ロマンティックに、耽美に、凛々りりしく、可憐に、清らかに……」

 特殊諜報機関の幹部が、ウットリと別世界に旅立っている。

「ホメロスってそんなんだったか? ああ、そういえば誰かの額をブチ割って飛び出してくる、喧嘩っ早い怪力の女神様がいたよな。あれでいいのか。よし、よくわかった」

「……現代のアテナ様に対して口の利き方がなってません! 鉄拳制裁で神罰です! 執行猶予をあげますから、その間に悔い改めなさい」

 現代のアテナ様は自分で殴ったりしないはず。美少年集団に殴らせると思う。

「以後気をつけます」

 女神様に頭を下げた。

「もっと気の利いた懺悔をいえないのかな~。頼りない吟遊詩人ね」

 頼れる工作員になりたくはない。

 飲料を飲み干し、グラスを流しに置いてから両手の指を組んで嘆願する。

「ではこの未熟な吟遊詩人めに、見目みめうるわしき女神様から啓示を授けたまえ。……もっと具体的なやり方を。懺悔でなく広報の仕方を」

「ではまず、私専用のウェブページを作り上げましょう。基本です」

「専用ページ……。まさか、ホームページを一からデザインしろだなんて言わないよな?」

「いえいえ、そんなことは言いません。作るのは自己紹介用のページじゃないからねー。伝説とは自分で語るものではありません。他人に語ってもらうものです」

「自分で語ってただろ……」

 美しさ云々が特にひどい。

「ゴホン。その反省を生かしての配慮です。で、他人に語ってもらうといっても、あなた一人では説得力にも話題性にも欠けます。だから不特定多数に話してもらいましょう。それでこそ都市伝説だよね」

「話してもらうって、お前のこと知ってる奴なんて他にいるのか? 最初は俺だけだろ?」

「言ったでしょ。手を変え名を変え口調を変えて、ありのままを、って」

「複数人を演じても、すぐにバレるぞ」

「最初だけだから、だいじょーぶ。それに掲示板を使うときには、まず私に似ている美少女幽霊とか美少女都市伝説の話をしてもらうのです。木を隠す森を先に準備しておくという作戦ね。大勢の中に紛れてしまえばわかりません。そして、さりげなあ~く、夢と希望と愛と勇気とロマンと冒険とスリルとサスペンスとインテリジェンスとユーモアに溢れたあなたの体験談を混ぜればオーケー。これで自然と『都市伝説ナギー』のイメージが確立されていきます」

 便乗商法か。セコい作戦だな。体験談は盛りすぎだ。

「自分のサイトの掲示板でなくていいんだな」

「そう。あと、食パンとか赤い髪とかは、いきなりバラさないこと。高校生とか、長い髪とか、話し方とか、地味~なところから持ち出して、後から尾ひれがつくようにします。目撃場所と目撃日時は細かく言うこと。他の人が書き込むときも同様に細かく話すように、うまく誘導しましょう。リアリティと胡散臭さのバランスが大事なのです」

 胡散臭いって自分で言うな。

「うちの住所も細かく言えと?」

「そこはうまくボカして構いません」

 まあ当然だな。

「話題に困ったら、私が指示を出します。好きな服や食べ物を教えるから、それで話を続けて。とにかくノリと勢いを維持できれば、他の人も釣られて話すでしょう」

 本当に釣れるのかよ。

「それから次に、ブログやSNSを利用します。私じゃなくて、あなたのアカウント。掲示板にはない機能を使ってプロモーション」

 これは割と普通……なのかな?

「で、ここまできたら、いったん最終段階に備えて情報整理。書き込みやコメントを分類して、テキストファイルや表計算用ファイルにまとめておきましょう。日時・アドレス・内容をきっちりと。容量があればローカル保存。ポイントは、『ナギー』の名前にこだわらないこと。その都市伝説や幽霊に私と似たようなところがあれば、どんどん記録・保存していきましょう。都市伝説は常に名前を呼ばれるわけではありません。『あのカワイイ子』『謎の美少女N』『思わず見とれてしまった女子高生』『ミス都市伝説』など、色々なケースが考えられます」

 その例、全部同じケースに見えるんだが。

「そして最終段階。集めたコメントやレスやブックマークを独立したページにまとめて、概要を書いて、晴れてメジャー昇格。wikiなんかがもっともらしい上に参照もしやすくてちょうどいいかな? メジャーになることで都市伝説力流入も増えて、一石二鳥ね」

 何が一石二鳥だ。うぜーぞ目立ちたがり屋。

「まとめサイトって呼ばれてるやつの管理人もしろと」

 めんどくさい仕事が増えてゆく。

「まあ、そーいうことになるねー。さあ、女神様に祝福してもらうために頑張って」

「推薦が無いのはマイナーだからじゃなくて、普段の心掛けが……いや、なんでもない」

 小さくゲップをしてから自室に向かう。

 ドアを開けると、室内は惨憺たる有様だった。

 机の引き出しとクローゼットの戸は開けっ放し。机上には引き出しに入れてあったものが山積みだ。ベッドは敷布団がめくれている。本棚の本は全て抜き取られて、床に散らかっている。

「空き巣だな」

 後ろを憑いてきたファントムシーフが犯人だ。

「家宅捜索です」

「令状も段ボール箱も無いくせに。ちゃんと片付けておけよ」

 振り返って犯人に言った。

「細かいな~。このさい『A型』と診断します」

 怪盗ナギーが俺の背中を叩いた。

 すぐに俺の体が赤い光を放ち出した。慌てて右の手の平を見ると、光は血管の形に沿って生じている。太陽に透かしてみなくても、真っ赤すぎる血潮が流れていることが判る。

「なんじゃこりゃあーーー!」

 太陽に吠えてみた。

 テレビの特集から推し量ると、昭和は捨て身の熱血ギャグの時代だったらしい。

「実際にギョーシューハンノーが出たりはしないから安全です。さあ整理整頓のはじまりです! どうぞ!」

 部屋の中を紹介するように、ナギーが手の平を上にして腕を室内に向けて突き出した。

 やっぱり俺がするのかよ。

 とはいえ、部屋の散らかり具合が無茶苦茶に気になる。血がたぎってくる感じだ。

 もうどうにもとまらない。

 自分で片付けることにした。俺はB型なのだが。

 ベッドの布団を敷きなおし、クローゼットの中を整えて戸を閉める。机の引き出しに俺が手を掛けたところで、ナギーが言った。

「私も手伝いましょう! 早く広報をしてもらわないと」

 それなら自分で全部やれ。

 俺は机の引き出しの中に物を順に並べていく。意外と手間がかかる。ナギーは本を本棚に……入れていない。ベッドにもたれかかって、一冊の漫画を読んでいる。俺が小学生の時に買ってもらった古本だ。

「手伝うんじゃないのか」

「ちょっと待ってて。最終回だけ読むから」

「俺のベッドと漫画でトコトンくつろぐ気かい」

「もう、うるさいなあ。せっかく懐かしき思い出を共有しようとしているのに。この漫画にも書いてあるじゃない。マサヒロのモノはナギーのモノ、ナギーのモノもナギーのモノ」

 読んでいる漫画を指差しながら、ナギーが有名な暴言を吐いた。

「お前はゴーダタケシか! さっさと大長編伝説になって根性直せよな!」

 ん? ツッコミは入れたけど、何か違和感が残る。

 ……まあいいか。

 片付けの続きに取りかかる。

 今のうちに、現代のビーナスに関する資料を隠そう。自称・現代のアテナに再び目をつけられないようにしなくては。CD-Rでダミーを作っておこう。

「そういうことだったのね……。少し不思議な感じ……」

 漫画を読み終えた偽アテナ・ナギーも、呟きながら作業を始めた。入れる順番は適当で、元の位置とは異なっている。しかし気にならない。いつのまにか俺の体の発光は止まっていた。

 片づけが終わった。

「では作戦を決行しましょう! アテナ様が授けたんだから、作戦名はもちろん『トロイの木馬』です!」

 女神様が名付けた。

 我が家に常駐し、一般人には見ることができず、駆除する方法もわからず、在住インストールしているアプリケーションを勝手に動かす、女子高生に偽装中の女神様。そのプログラムに従い、パソコンを起動させる。

 嫌な名前だ。


 都市伝説の少女は外でトレーニングをしてくると言って部屋を出て行った。

 その間に山びこ知恵袋とヒューマンパワー検索で質問をし、砂嵐チャンネルでスレッドを一つ立てる。それから都市伝説を『呟く』ためのアカウントを一つ取得した。窓の外からは発声練習の声が聞こえてくる。

 自分の書き込みによって出現した、『美少女幽霊について熱く語るスレ』という表示をぼんやりと眺める。

 この文字列が醸し出す間抜けさは、ある種の哲学的な気分を俺に生じさせた。

 俺が生きている意味って何だろう。

 人生って何だろう。

 思索に耽っていると、伝説少女ナギーが窓をすり抜けて飛び込んできた。しゃがんだ状態で背中越しに左手で右手首を掴むという、奇妙な姿勢を保ったままで。

「できたー?」

 進捗状況を尋ねてきた。

「そんなところから入ってくるなよ。ここは四階だぞ……。最初はこんなもんだろう」

 画面を親指で指し示しつつ、答えた。

 ナギーが近づいて覗く。

「私は幽霊じゃないけど、まあいいでしょう。都市伝説は正確さより話題性が大事。ブログも一つ用意しといてねー」

 ねぎらいの言葉を発することなく、ナギーは画面から離れ、しゃがんだまま跳躍して窓から飛び出していった。

 窓の外を見ると、無事に着地できたらしい。同じ姿勢のままこちらを見上げている。俺が見ていることに気づくと、笑いながら片手を振った。それからまた手を後ろで組んで、しゃがんだままジャンプする。今度は窓枠を外れて、窓の下の壁をすり抜けてきた。

「あ、ずれちゃった」

「やっぱり幽霊だよな……?」

「だから幽霊じゃないって。幽霊なら飛べるでしょ? こうやって、わざわざジャンプ力を鍛えたりしません」

「それでジャンプ力が上がるのか? そんなもん見たこと無いぞ。陸上部の奴も、バレー部の奴もしていない」

「生身の人間なら体を痛めるだけだもの。これは都市伝説『ウサギ跳び』。都市伝説的には効果的なトレーニングです」

 言い終えると、また飛び出していった。

 物の怪なら効果的なのはわかったが、ウサギ跳びと呼ぶ理由がわからない。巨大なノミが跳ねているみたいだ。いずれ俺の血を吸うのかもしれない。体がかゆくなってきた。

 パソコンのモニタに目を移す。

 画面は変わっていない。更新ボタンをクリックしても、『2get』の文字と書き込み日時が加わっただけだった。

 しばらく放置することにした。

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