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痛快都市伝説 the Reverse  作者: 玄瑞
プロローグ
1/44

嵐の前の嵐

※この物語は都市伝説です。実在の人物、地名、団体、商品、歴史、自然法則等とは、一切関係ありません。

「よひっ。タヒミンフぶぁっふぃりひょっ!」

という、落ち着きと愛嬌のバランスがとれた質の声……らしきものが十字路の右から聞こえた。

 そちらを向くと、何かを咥えた制服ブレザー姿の女の子が迫ってくる。

 その子の身長と移動距離に対して、足の回転数がひどく少ない。走るというより、低い姿勢で跳んで来る感じだ。

 目が合った。

 真っ直ぐに俺の瞳の中央を捉えている。距離は五メートルほど、時間は一秒に満たない。

 彼女はすぐに視界から消えた。

 それと同時に、俺の右脇腹に強い衝撃が走る。

 体があっという間もなく宙に浮く。

 俺は空中で横倒しに十回転サルコウ・スピンを決めて、背中から着地した。頭もしたたかに打った。技術点三〇〇、減点二。

 自分の姿は見えてないし、サルコウが何なのかよく知らないけど、そんなところだろう。

 地面と少し赤みがかった空が目前で切り替わること、約二十回。回転数は合っているはずだ。点数の基準は知らない。適当だ。あってたまるかこんなものに。

 朦朧とした意識の中で目に映った腕の時計は、午後五時三十分を示している。

 これが俺の死亡時刻だ。



 ……視界が鮮明になってきた。

 ここは天国か地獄か三途の川か。

 前を見ると、地面が左に、空が右にある。地面には学生カバンが貼り付いている。教科書とノートがぶら下がっている。すなわちここは地上。

 よし、まだ生きてる。

 でもいてえええええええ。動けん。しかも吐き気が。

「グボッ」

 血を吐いた。

 よかったゲロじゃなくて。いや良くない。内臓を傷めすぎだ。腰の激痛も治まらない。女の子とぶつかった箇所は痺れていて、被害の程度がわからない。

 女物の靴が目前に現れた。

 ヒールが高くなっていない、学生用のものだ。そこからは途中までが靴下に包まれた白く細い足が伸びている。この人物に言うべきことは一つしかない。

「救急車、救急車を頼む……」

 やっとのことでこれを言った。

 だが返答が無い。通りがかりに事故現場に遭遇して、気が動転しているのだろうか。

 視線を移して靴の主の顔を見上げると――。

 食事中だった。サンドイッチ……にしては奇妙な、二つ切りにも四つ切りにもしていない、耳のついた食パンをかじっている。しかも食パンの四辺にはすべて齧ったあとがついていて、耳はボロボロだ。

 顔は……よく見えない。頭を起こしているのは苦痛だ。ただ、どうにか見ることができた二重瞼の目には覚えがあった。ぶつかってきた少女のものだ。間違いない。これだけの衝撃のはずなのに、コイツはなぜ無事なんだ――?

 少女は、廊下で走っていたら花瓶にぶつかり、それを落として割ってしまった、という目つきで俺を眺めている。重傷者を見ているものとはとても思えない。誰かを呼びに行ったり携帯電話を取り出したりする素振りは無い。どういうことなんだ。

 やがて少女は小さくなった食パンを頬張り、一気に飲み込んでから、口を開いた。

「しょうがないなあ。治してあげるからじっとして」

 少女は俺の側にかがむと、その体のどこにあるのかわからない強い力で、手刀を鋭く俺の右脇腹に刺し込んだ。

 ……トドメかよ! 深い傷から真っ赤なせんけ……じゃないな。ドス黒い血が大量に吹き出していく。いや待て、俺は何を余裕で脳内実況しているんだ。死にそうなのに。

 少女が再び口を開く。

「もういいでしょ。起きなさい」

 気軽な口調だ。

「起きれるかっ!」

 俺は怒りのあまり、立ち上がって怒鳴った。

 ……治っている。

 傷口はどこにも見当たらない。痛みも痺れも無い。怪我は幻覚だったのか? だがあの痛みは妙に生々しかった。地面に血痕もある。俺のもののはずだが……。

「ふっ。これが都市伝説『汎用性瀉血はんようせいしゃけつ』。どんな・・・病気や怪我も、『悪い血』と一緒に追い出せばイチコロ。何度も使えないのが欠点ね。次は死ぬから気をつけて」

 余裕綽々で、わけのわからないことを言う。

「トシデン半妖精射ケツ……? それはともかく、気をつけるのはお前の方だ! 急に飛び出して来て! ……いや、あのときの目は……。お前、狙ってやっただろ!?」

「もっと血の気を抜いた方がよかったかなあ。偶然よ、偶然。た・ま・た・ま」

 よく言えば人懐っこい、悪く言えば馴れ馴れしい感じで、少女が少し下から顔を近づけて言った。俺の身長が百七十一だから、この少女の身長は百五十七、いや八センチぐらいだろうか。愛らしい顔立ちなのだが、反省の色が全く無いので腹が立つ。悪戯っぽさすらある。

「うそくせーな。本当はスリかひったくりじゃないのか」

 教科書とノートとその他の物を拾って鞄に押し込む。今のところ、財布も時計――安物だけど――も無事のようだ。

「ケチな犯罪者扱いとは失礼ねー。それも古くさそーな手口の。もう一度言うからね」

 そう言いながら、この少女は右拳を腰に引いて構えた。なぜ構える?

「た」

 言葉と同時に、拳が地面に打ち下ろされた。重低音とともに敷石が砕け散って、歩道に陥没ができた。

「ま」

 同様の陥没が、一撃目の陥没の隣に出来あがった。

「た」

 もう考えたくない。怖い。不可解だ。

「ま」

 最後の一撃は地面を打たず、俺の顔面めがけて飛んできて、鼻先一センチで止まった。

「わかった?」

 無邪気におっしゃる。

「はい、よくわかりましたっ。縮み上がるぐらいに! タマタマですよね!?」

 つまり、やっぱりというか、俺はずっと続けて夢を見ているんだな。悪夢なのがとっても残念。リアルすぎなのがさらに残念。誰か起こして。

「うんうん、そのとーり。それじゃ復習。あなたは『登校中に食パンを咥えて走ってきた美少女と、偶然ぶつかった』。オーケー?」

 秋の夕陽を浴びて輝く赤毛でロングの髪を風になびかせて、少女が寝言を言った。寝ているのは俺のはずだが。とにかく、登校中と、食パンと、美少女と、偶然ぶつかったという箇所に問題がある。要するに、ほぼ全部。

「異議ありっ」

「異議は却下しますっ……といいたいけれど、あえて聞いてあげましょう! 私は寛容だから。この拳に誓ってもいいよ」

 右拳で左の手の平を軽く叩きつつ、少女が宣言した。異議事項が三つ増えた気がする。それとも四つかな?

「えーとまずは……と。今は下校中なんだけど」

「これから登校すればいいじゃない」

 何を言っているんだ。だが、本能がコイツには逆らうなと告げている。

「なぜ食パンを?」

「それが都市伝説だから」

 また増えた。

「美少女って?」

「もちろん、わ・た・し。事実を簡潔かつ客観的に述べた的確な表現です」

 それはそうだが、問題はそこじゃない。

「自分で言うの?」

「ではあなたが言いなさい」

 偶然……はヤバい。顔面に穴が開く。

「なんであの食パン、ボロボロだったんだ?」

「だってなかなかアタリが来ないんだもの。朝からやってたのに」

「朝からかよ。何人ったんだ。それに何だアタリって」

「波長がバッチリ合う人のことよ。シンクロに成功すれば私の姿も見えるし、声も聞こえるの。あなたの方から私に触るのは無理だけど。ちなみにあなたは合格、祝ってあげます。オメデトー!」

 波長って……。

 やっぱりデンパさんか。さて、逃げる準備でもしよう。本当は目を覚ましたい。

「えー、どうもアリガトー! それじゃ、用事があるのでこのへんで。またどこかでお会いしましょう」

「待って! 名前は?」

「名乗るほどのものじゃ……」

「明日もやろうかな~。学校の場所はわかってるし~、顔も覚えてるから~、明日は朝夕二回、ピンポイントで『偶然』スマッシュヒットしちゃうかもな~」

「久坂雅弘ですっ。ものすごくお手柔らかにおねがいしますっ」

 俺は悪魔に名を売った。

「いえいえ、こちらこそ~」

 少女が俺の両手を取って、自分の両手で包み込んだ。

 う……悪魔の誘惑か。手の外側からでも十分伝わるこの柔らかさと温かさ。内柔外剛の極みだ、この手は。

「私は、え……っと、ナギーって呼んでね」

「ナギー? 変な名前だな。渾名?」

「伝説の名前よ。海に関係があるの」

 ナギー。海。凪のことか。女の子の名前ならありうるな。伝説の名前というほどのものじゃないけど。

「へぇ~」

 適当に相槌を打っておく。そろそろ、また切り出せるかな?

「じゃ、また明日会いましょう。ナギーさん」

「そうね。明日また会えるしね。詳しいことはそのときに。あと呼び捨てでいいよ」

 大丈夫、明日からはこの夢は見ない。永久にさようならだ。ごきげんよう。

「えーそれならさよーなら。ナギー」

「バイバ~イ」

 俺は手を振ってから、いつもの通学路を歩き出した。俺のほかには誰もいなかった。

 そしてしばらくしてから、『ナギー』が追ってきていないかを確認した。

 気配はどこにもない。

 遠くの舗道に、直径五十センチほどの陥没孔が三つあるだけだ。

 ああ、なんだかひどく疲れた。

 早く家に帰って、ベッドの中で目を覚まそう。

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