補講ゲーム
感想も気兼ねなくどうぞ
暑い、それは暑い真夏日のことだった。テスト期間で高校が早めに終わった私は友達の秋美とお昼をどこかで食べようという話になった。
私は女子高生らしく近所に新しくできたカフェにでも寄って軽食で済ませようと提案したのだが、秋美は駅前にできたラーメン屋がおいしいなどとのたまっていた。
まるで男であるかのような豪胆な意見である。
「仮にも女子高生だよ、私たち!?真昼間から煙くて狭いラーメン屋に行こうなんて、だから彼氏の一人もできないんだよ」
至極真っ当な意見のつもりだったのだが、
「甘いねー、優衣ちゃんいつまで平安時代の大和撫子気分?今はもうセックスフリーの時代よ。いつまでも男っぽい女っぽいで行動制限してるからいつまで経っても甘ちゃんなんだよー」
と、まるで私の意見は通らないのだ。確かに女らしさに拘るのは少々詰まらなかったかもだけど、少なくともセッ○スなどと恥ずかしげもなく昼間から公言するほどあけっぴろげなのはそれ、フリー過ぎじゃない?
「花も恥らう年頃だよ?」
「今の花は可愛ければ男の前でも恥らうわよ。女だけの特権と違うから」
俗に言う男の娘ですよね、それ。でも、秋美が主張を曲げないのはいつものことだから、別段気にもかけなかった。秋美はこれでも聡明な頭脳を有していて、私はちょっと頭が上がらない事例が多々あるのだ。
特に、テスト前には……
「いいよ、じゃあ今日のお昼はラーメンね……」
「うん!」
でも、私が納得しないと決して強制はしないのが彼女の良い所だ。
想像した通りカウンター席しか存在しない狭いラーメン屋に入ると、私たちは一番奥の二つの席に腰掛けた。まだあまり有名になっていないのか、それとも秋美の見立てが失敗してるのか知らないが、店内はガラガラだった。私たちの他には男性が一人しかいない。
「チャーシュー麺。チャーシュー抜きで」
という秋美の謎の注文をなんとかスルーして、私は無難に醤油ラーメンを注文した。
「はいよ!チャーシュー麺チャーシュー抜き、醤油ラーメン一丁!」
厨房の奥に呼びかけるおじさんも別段戸惑った風もない。え、なに?これ普通のことなの?肉嫌いの母親が、たまに我が家で肉のない肉じゃがを作るけど、私はそれを肉じゃがとは意地でも呼ばないことにしてるよ?
私が狐につままれたような顔をしてたらしいせいか、秋美がドヤ顔で謎の補足をしてくれた。
「だから優衣ちゃんは甘いんだって」
何が?何が?
「じゃあ優衣ちゃんのための補講を今しようか」
とこれまた謎の親切を働かせた秋美に、私は胡乱な目を向けずにはいられなかった。
「なにするの」
私が訪ねると、秋美は黙って私たちの目の前にある水の入った二つの容器を指差した。水はそこからセルフサービスでコップに注ぐらしく、一つながりのカウンターに容器は等間隔で置かれていた。ほとんどの容器に満タンまで水が入っている。
私たちの手の届く範囲には二つある。両方とも勿論満タンまで水が入っているが、片方にはとても大きな氷が入っていてもう片方には入っていない。男性客の手の届く範囲にも容器は二つありこの店で唯一水が消費されていた。片方は3分の1程度に水の量が減っており、もう一つは微妙に、8分の1程度減っている。どちらも氷は入っているが、ほとんど飲まれていないらしき容器の氷の方が大きい。他の容器は小さな氷が入っているもの、大きめの氷が入っているもの、まちまちだがいずれも氷の入っていない容器はない。
「これ、どっちが冷たいと思う?」
唐突に聞かれた質問に、私はほとんど反射で答えた。どっちと言うのは、目の前に置かれた大きな氷の入った容器と氷のない容器。
「そんなの、氷が入っている方に決まってるじゃん」
すると、秋美は大きくため息をついた。これだから最近の若者は……とでも言い出しそうな雰囲気だ。
さすがに私もむっとした。
「何よ、普通そうでしょ」
「じゃあ飲んでみる?」
秋美が二つコップを取り、それぞれにでかい氷の入った容器の水と、氷のない容器の水を注いでくれた。
結果は……氷のない容器の方が冷たかった。
「どう?」
秋美は水を飲んだ私の表情から、私の答えが外れだったことを読み取ったらしい。ちょっと得意げだ。
私は不満に鼻を鳴らした。
「わかるわけないじゃない」
「よく考えればわかるわよ」
確かに、秋美は氷のない容器の方がつめたいとわかっていたらしい。でも、容器には作りの問題からか水滴すら付いていないのだ。分からない。
「いい、この席には私たち以外お客が座ってなかったのよ。水が減ってなかったからね。だからこの店はずっとガラガラだった。氷の入っていた方は多分今さっき変えられたばかりだわ。氷が大きいから。多分放置してて温まってしまったらしいから取り替えたんでしょうね」
「じゃあ新しい水の方が冷たいに決まってるじゃん」
秋美は首を振った。
「水道から注がれる水が冷たいとは限らないわ。特に真夏はね。夏にも必ず冷水を流すのはお金もかかるし」
「飲食店なら当然じゃない?」
「その道理は必ずしも当てはまらないわ。ここは個人経営の小さなお店よ。法を犯さない限りは必ずしも飲食店のルールに則るわけじゃない。大型チェーン店なら煙くて狭いわけないでしょ」
私の店に対する不満を覚えていたらしい。
「でも、新しく汲まれた水が冷たくないなんてどうして分かるのよ」
「それは向こうの男性客が証明してるわ。いい?大きい氷は新しく汲まれた証拠。そして氷が大きいほうは男の人が一杯飲んだ分しか減ってないじゃない。逆に氷が小さい方が良く飲まれてる。手間は大して変わらないのにここまで容器をえり好みする理由は水の温度しかあり得ないわよ。まして一杯飲んで辞めるなんて」
「じゃあ、この氷のない水がそこそこ冷たかったのは?もしかしたら長時間放置されてたやつかも?」
「それはないわ。だって、カウンターのおじさんは暇してたはずだもの。職務怠慢のクソ野郎じゃなきゃ流石に気付くわよ。それに、大きい氷と共に新しく水が替えられた時、こっちは水が替えられなかったってことは、その時はまだ氷があったはずよ。そんなに長い時間氷なしで存在したわけじゃない」
秋美は時々言葉遣いが悪い……
「大きい氷はね、入れた瞬間にはぜんぜん効果を表さないんだよ、バラ氷と違って」
知ってる……はずだった。
「はいよ、醤油ラーメン、チャーシュー麺チャーシュー抜きお待ち!」
その時、おじさんがラーメンを運んできた。どうやら補講の時間は終わりらしい。
「じゃあ、そのラーメンにも意味があるの?」
敗者である私が恨みがましく隣を見つめると、秋美はにっこり微笑んでこう言った。
「推理してみたら?」
その言葉で、私はリベンジマッチを志した。
醤油ラーメンの値段は400円。対してチャーシュー麺は460円。醤油とチャーシューの違いは単にチャーシューの枚数だ。2枚から5枚に増えただけ。3枚では60円、一枚20円となる。
チャーシューを抜くことでその分の値段が引かれるなら、一枚20×5=100円引かれることになり、値段は醤油ラーメン360円となる。なんと驚き、チャーシューを抜くだけで40円安い醤油ラーメンが食べれる寸法だ。
今度こそ合っているだろうと、得意げの笑みでこのことを言った。
が、答えは
「ぶっぶー。外れ」
暢気にラーメンをずるずるとすすりながらにこやかに言われるのだからますます私の立つ瀬がない。今度はちゃんと考えたのに。
「そんな仕組みなわけないじゃない、値段は引かれません。と言うかそれなら醤油ラーメンチャーシュー抜きで済むわよ」
「じゃあ、なんでチャーシュー麺でわざわざチャーシュー抜きにしたのよ」
もう最高に不機嫌な私に返ってきた答えはこうだった。
「そんなの、言ってみたかったからに決まってるじゃない」