表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

銀河鉄道の業務日記

作者: 各務あおい

銀河鉄道の夜の二次創作作品です。

読んでいなくても特に問題は無いと思います。

原作:銀河鉄道の夜  宮沢賢治


○月△日

 みなさんこんにちは。私は何を隠そう、宇宙を渡る世界で唯一の汽車です。銀河に敷かれた普通の人には見えないレール、それをどこまでも走るのが私の仕事です。いつから走っていたのかはよく覚えていませんが、こんな文章で日記を書くのにも慣れるくらいの年月です。

 誰を乗せて、どこへ行くのか。それは私にもわかりません。あるときは一人の大学士を、またある時は一人の鳥捕りをのせて走ります。あるときはわし座のアルタイルまで、またある時ははくちょう座のアルビレオまでを走ります。戻ることはありません。毎回行ったっきりの運行です。元の場所に戻ることがあったなら、それは何かの夢でしょう。

 毎日何度もただひたすらに天上へ向かうだけの運行スケジュールですが、退屈はありません。毎回乗ってくるお客様が違います。それに合わせて毎回ルートも変わります。退屈はありません。

 そうそう、今日は特に面白いことがありました。今日のお客様は、二人の少年と一組の姉弟、それに一人の青年でした。姉弟と青年は、もちろん彼らは彼らでとても興味深い身の上だったのですが、それは後ほどとさせて頂きまして、ここで語りたいのは一番初めに銀河ステーションで乗ってきた二人の少年のことです。そうですね、何から書けば良いのでしょう。せっかくだから二人が私に乗ってきたところから書かせていただきましょうか。


 彼らが私に乗ってきたのは、銀河ステーション。ここで私に乗車する予定だったのは、一人でした。その人の名はカムパネルラ。優しい心根の持ち主だったようで、溺れた同級生を助けた結果、私への乗車券を手にしたようです。

 彼が乗車したのを同僚の車掌さんが確認すると、私は出発しました。今日のルートは、白鳥の停車場、鷲の停車場を経由してのサウザンクロス行きです。サウザンクロス行きとは言っても、そこで終着なわけではありません。なにせ私は真の天上にまでだって行く汽車なのです。終着駅など無く、どこまでも、どこまでだって行くのです。

 しかし、発車してみると、なんだか様子が変だったのです。私が乗車を確認したのはカムパネルラ一人きりだったのに、いつの間にか一人の少年が私に乗車していました。名前をジョバンニというようでした。ジョバンニも自分が何故私に乗っているのかはよく分からないようでした。私が乗車を確認できなかったのは不思議でしたが、彼を降車させることはしませんでした。なぜなら、私に乗ることはその権利がない限り、どうしても出来ないのです。乗車している時点で、私が彼を運ぶのは問題がないことでした。

 白鳥の停車場に着くと、彼らは二十分の停車時間を利用して、駅の周りを見に私を一旦降りました。その間のことは私には分かりませんが、きっと近くで化石調査をしている大学士のところには行ったでしょう。彼は私がこちらがわへ運んできてからも、その探究心が収まることは無く、天上へは終ぞ上らずに研究に没頭しています。もちろんここへ来た時の切符は持ったままのようなので、行く気になれば、直ぐに天上への道へと戻ることが出来るでしょう。私にはそれがいつになるか見当がつきません。

 戻ってきた後の二人はその前と比べて、特に変わりないように見えました。彼らの今まで居た世界とは中々に違って見える世界だと思うのですが、そのことをあるがままに受け入れていました。しばらくして、彼らに話しかける者がありました。鳥捕りです。彼も、先の大学士と同じで、こちらがわへ来てからも、元々やっていた商売を中々止めることが出来ずに居ました。ここへ来る前は、安く買って高く売る、いわゆる卸問屋と言われる商売だったようですが、なにせここでは何かを作っている人なんてほとんどいません。自分で鳥を捕るようになったのです。彼と話して、二人はやっと幾分か疑問に思ったようでした。鳥という生き物さえ、ここと彼らの元いた世界では当たり前のように違う者なのでした。

 話を弾ませる彼らのもとに、車掌さんが切符の確認に行きました。これも本当は必要のない、いわゆる儀礼的な仕事でしたが、私達には大事なことでした。そこで、例の彼、ジョバンニが見せた切符で私は合点がいきました。なるほど、彼が乗ってきても私には分からないはずです。彼は本当なら天上に行くのに私に乗る必要すら無かったのです。

 鷲の停車場で鳥捕りが降りて行くと、次に乗り込んだのは、一組の姉弟と一人の青年でした。彼らのここに来た理由を聞いているうちに、カムパネルラはもちろん、ジョバンニもここがどういうところであるのかを、正しく判断したように思います。ただ、彼が自分がどういう状況にあるのかを考察していたのかまでは私には分かりませんでした。ただ分かるのは、彼はこの時には、まだそのことに気付いていなかったということです。彼がまだ私に乗っていたのがその証拠です。

 彼らは、色々なことを話しました。苹果のこと、鳥のこと、大きな高原や川のこと。話している最中の、ジョバンニの寂しそうな顔は、私には忘れられません。彼は、自分が今ここにいる誰とも違う存在であることさえ、感じていたような気がしてなりません。

 私は、サウザンクロスでジョバンニとカムパネルラ以外のお客様が全て降りたことを確認しました。普通、私に乗った人はここまでで降ります。ここから天上までは自分の力でいかなければ意味が無いのです。しかし、ジョバンニは違います。彼はどこまで乗っていたとしても、どこへ行こうとも自由なのです。

 私はまた、発車しました。次の停車場は決まっていません。ここからは、お客様がいなくなるまで、彼らの行きたいように行き、止まりたいところで止まるまでです。

 ここで、私と車掌さんは、少し失念していました。カンパネルラです。彼の切符は、どこまでの乗車になっていたのだろう。彼は天上へと向かうサウザンクロスで降車しなくてよかったのだろうか。しかしそのことは、カムパネルラ自身が、なにより分かっていたことのようでした。彼は、少しの間、その幼馴染と二人で話すためだけに残っていたのでした。サウザンクロスがまだ見えているところ、ならばそこへ行くのは、少しの造作もないことでしょう。カムパネルラはその一番の友人との会話を終えて、母の元へと行きました。

 私の本来の仕事は、ここまでです。あとはジョバンニだけが、私に残ったお客様でした。ですが、そのジョバンニも、友が消えたことで、自分の状況と、友の行った先の本当のことを理解したのでした。分かってしまえば、彼はここには居られません。理解していないことこそ、この世界で在るための唯一つの条件でした。


 彼が去って、私と車掌さんの、今日の仕事は終りました。彼のように、紛れて乗車するお客様は、非常に珍しいのです。今日は特別楽しい日となりました。きっと車掌さんもそう言うでしょう。

 あ、そういえば、もう一組のお客様方の話をまだしていませんね。ですが、これ以上は次の運行に支障が出てしまいそうです。申し訳ありませんが、今日はここで筆を置くことと致します。

※この作品は某学校の文学の課題として提出したものです。

 特定されても担当教員に報告されないようお願い申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ