第8話 フラグ
「……どうして…人を殺すの…」
見渡す限りの草原に、その白い少女は立っていた。
彼女のつけている花の髪飾りが優しい風に吹かれ、ヒラヒラと揺れる。
辺りには彼女以外誰もいない。
そう、ここは最果ての無人の草原なのだ。
――モイラ
私はその名前で呼ばれていた気がする。
記憶が曖昧で、何が何なのかはさっぱりだ。
ただ一つ言えるのは…あの子が生きていたということ。
「コリン=クライド……」
あの子は…たやすく人を殺せる子なんかじゃなかったはず…
一体どうして…
「何も知らないのは貴方じゃないのかしら?モイラ」
「…っ!?」
頭に突如として響いてきたその声。
少し低めな、でも幼さの残る女の子の声だった。
モイラはその声に聞き覚えがあった。
その声はまるで自分が喋っているかと勘違いするほど同じトーンだったのだ。
「…私の、声…?」
「違うわよ。…まあ、無理もないわよね。んじゃ、そろそろ出てきてあげる」
「わっ…!?」
モイラの目の前に、赤い物体が現れた。
その物体はみるみるうちに人の形になっていき、一人の少女に変化した。
モイラと同じ背格好。
色だけはモイラとは違い、全体的に赤い。
首からさげたペンダントは、まるで血塗られたかのように真っ赤な十字架の形をしていた。
「声も…背格好も…私と同じ…」
「……探していたのよ、モイラ…」
その少女はモイラとは正反対に、赤い光を纏っていた。
そしてモイラを見てうっとりと目を細めた。
モイラは狂気じみたその少女に身震いした。
「…私は貴方を知らない」
「それはきっと記憶喪失よ。あの時のショックが大きかったから…ふふ」
モイラは首を傾げる。
この少女が何をいっているのかさっぱりわからなかったから。
「貴方は…一体なんなの」
「モイラの同類よ。……そうだ、これなら思い出せるかな?」
「……なに」
「さっき、フラン族の体をかりてコリン=クライドと戦ったわ」
「……っ!?なんで貴方がコリン=クライドの名前を…!」
「だめかー…。でも、私は嬉しい…モイラに会えて良かった…」
「…っ!?なに、して…んっ……!」
少女は立ち尽くしていたモイラを押し倒し、唇を重ね合わせた。
間髪入れない少女の行動に、モイラはされるがままだった。
――――――――――――――
「………っ!」
椅子に座って書類の整理をしていたリリン。
彼女は突然何かに弾かれたように椅子から立ち上がった。
「…!?」
瞬間、彼女の目の前にまるで走馬灯のように映像が流れた。
「……なんだ…?」
赤い…赤い…光…
それは…赤い…悪魔…?
「……コリン達が心配だ…念のためだな」
リリンが呼び鈴を鳴らすと、三人のラケーターが入ってきた。
「リリン様、お呼びしましたか?」
「ああ…任務だ」
―――――――――――――――
夢を見ているのだろう。
ここはあまりに現実味がない。
前と同じだ。
だから、この感覚も慣れた。
「………」
目の前に少女がいる気がする。
はっきりと断定は出来ない。
前のように、モザイクがかかっているからだ。
だが、その少女は前にみた女の子とは別人のようだ。
見えなくとも、色や雰囲気でわかるのだ。
……ああ、もう夢から覚めるようだ…
「………」
コリンはパチリと目が覚めた。
隣にはローリィとハルが気持ちよさそうに眠っていた。
「……疲れているのか、私は…」
「誰が疲れているだってー!?」
「…うわ、起きた…」
「…ん…おはようございます」
「ハルも起きたか…おはよう」
「おぉ、もう太陽も起き始めた時間!そろそろ出発しますか!」
「そうですね。…その前に準備をしていきましょう。寝癖を整えて…顔を洗って…ご飯を食べて…出発はそれからです!」
「しっかりしているな、ハルは…」
――――――――――――
一方こちら、高台に登って望遠鏡を覗いている三人がそこにはいた。
「本当にあの家から出てくるのですの?サリー」
「はいです!…あっ、ほらほら出てきたです!」
「…リリン様の言っていたサークル族のコリン=クライドというのはあれか…」
「まあ、トライ族もいらっしゃる!…ぜひお手合わせしたいですわ」
「…!そうだ、いいこと考えたですよ!」