ストック
蒼衣さん(http://mypage.syosetu.com/119015/)の恋愛短編企画「Last Love Story」投稿作品です。
凍った豆腐を投げつけろ
投げつけろ
Woo Woo
氷が溶ければミステリー
まぬけなミステリー
「変な歌」
赤信号の点滅する夜の静寂。カーステレオから流れているのは、自称シンガーソングライターの想介が作った曲だ。ミニアルバム「世間体」に収められている一曲。その名も「完全犯罪をしよう」。
こんなヘンテコな歌が売れるはずもないのに、ご飯だけはたくさん食べるので、想介はいつも貧乏だった。頭も悪いし、どんくさくって…。本当にロクでもない男。
でも他人を和ませることにかけては超一流だったと思う。少なくとも、間抜けな彼の言動に、私はいつも癒されていたのだった。
二年前、彼は突然、私の前からいなくなった。遠くへ、行ってしまった。
それからの日々に息苦しさを覚えて、ときどき空いた助手席を眺めたりして、ああ、やっぱり好きだったのだな、などと自分の情けなさに気付いた。陳腐な表現だが、心にぽっかり穴が開いてしまったような心地である。
私は大きく溜め息を吐き出し、ハンドルを切る。
「今日、聴いちゃおうかなー」
彼が残していった楽曲のことだ。二人で過ごすことの叶わない何かの記念日に、あるいは、心底嫌なことがあって『限界』な日に、私はそれらの中から未聴の曲を一つ選び、聴くことにしている。クリスマスのイルミネーションを横目に、都会の喧噪に弄ばれた今日の私。条件は揃っていた。
想介の作る歌詞は、後期の作品に近づいても、相変わらず変なものばかりで、どんなにつらい現実もばかばかしくなるくらい、私に呆れ笑いをもたらす。CDの中に閉じ込められた彼の声は、いつまでも変わらない。まるで等身大の彼を呼び寄せる魔法のアイテムだ。
でも、アイテムは消費される。『マッチ売りの少女』がマッチを灯すように。
もちろん、歌はマッチよりは長持ちするかもしれないけれど。大切な、ストックだ。
「私、どうなるんだろう」
ストックが尽きた後のことを考えると複雑だ。絵本の背表紙を閉じた後のように、今を終わりにして、新しい朝を生きていくのだろうか? ずっと同じ曲の中にとどまることなんて、きっとできない。けれど、違う音楽を聴く私なんて、別人と云わずに何なのだろう。
「やっぱり、好き、だったんだなぁ」
私は自嘲気味に云う。気付くと涙が零れている。
「聴こう」
私は、決めた。
選択肢はなかった。寒くて、淋しくて、どうしようもなかったのだ。
底冷えするアパートの廊下を抜け、コートを着たままの姿で部屋を横切っていく。
パステルカラーに彩ったお気に入りの家具たちも、今はただの物体でしかない。
オーディオコンポの隣に重ねられた白いCDたち。太いマジックペンで書かれた「LAST LOVE STORY」に指を彷徨わせる。最後に残ったのはその一枚。
「今回のは、ちょっとだけ頑張ったかな」
などと話していた想介のことを思い出す。いつになく誇らしげに、真面目そうな顔。私の知らない彼の想いが、このCDには格別に詰まっているような気がした。
だから、聴いてしまうのが怖かった。本当に、全てが変わってしまう気がして。
「でも、今夜、聴くよ」
私は自分に言い聞かせるように口にし、再生ボタンを押した。胸の奥が震える。しゃっくりの詰まったような感覚。白い息を吐き出して、想う。この曲を聴き終ったとき、私は想介の事をもっと好きになるだろう。
CDの回転が加速していく。
ほんの少しだけ待つと、ゆったりとしたアコースティックギターのイントロが私を包み込んだ。ああ、ラストソングだ……。
私はヘッドフォンに手のひらを重ねる。想介の息遣いを耳に押し付ける。ほっとする、素朴な声。
ずっと前から、思っていたんだ。
ふふ、泣かせに来てるわね。などと泣き笑いしながら、私は瞼を閉じた。
しかし次の言葉で、私は相変わらずの彼のセンスに脱帽させられるのだった。
みみたぶ、大きいよね。
私は苦情のメールを打ち始めた。灼熱の国でクリスマスを迎えた彼に宛てて。
END
このような小恥ずかしい作品をお読みいただき、ありがとうございました。
皆様も楽しい年末をお過ごしください。