貧乏男爵令嬢に転生した私が、元ギャルの幼馴染の現代用語を解説したら、第二王子が暴走し始めました
『貧乏男爵令嬢に転生した私が、元ギャルの幼馴染の現代用語を解説したら、第二王子が暴走し始めました ~社畜編~』
私の名前は、フローリア・ベルネット。
貧乏男爵家の令嬢だ。
ただし、一つだけ秘密がある。
私は、前世の記憶を持っているのだ。
前世では、日本という国で暮らす、ごく普通の女子高校生だった。
黒髪に眼鏡という地味な見た目で、勉強ばかりしていた。
そんな私には、幼馴染がいた。
明るい茶髪に派手な化粧。
勉強は大嫌いで、いつも自由奔放。
いわゆる、ギャルというやつだ。
そして、どういうわけか。
その幼馴染まで、この世界に転生していた。
現在の名前は、カトリーナ・グランヴェール。
名門侯爵家の令嬢で、なんと第二王子ラインハルト殿下の婚約者である。
……ちなみに。
私は貧乏男爵令嬢。
カトリーナは侯爵令嬢で、王子の婚約者。
この身分の差については、再会したときに散々自慢された。
まあ、それはいい。
問題は、カトリーナが前世の言葉をまったく直す気がないことだ。
この世界にはスマホもインターネットも存在しない。
当然、現代日本の言葉など通じるはずがない。
それなのに、カトリーナは平然と使う。
そして、意味を尋ねられると、決まってこう言うのだ。
「えー、フローリアなら分かるっしょ!」
……分かるよ。
分かるけど!
どうして私が説明しなきゃいけないの!?
しかも、厄介なことに。
ラインハルト殿下は、とても真面目な方だった。
分からない言葉があれば、必ず意味を尋ねる。
そして、私が苦し紛れに説明すると、なぜか真剣に受け止めてしまうのだ。
……お願いだから、適当に聞き流してください。
そんなある日のこと。
私は、ラインハルト殿下から王宮へ呼び出された。
理由は、もちろん。
カトリーナである。
◇ ◇ ◇
王宮の執務室。
大きな机には、書類が山のように積まれていた。
その向こうで、第二王子ラインハルト殿下が難しい顔をしている。
一方。
部屋の隅に置かれた豪華なソファには、カトリーナが寝そべっていた。
「フローリア、やっほー!」
……やっほー、じゃない。
侯爵令嬢が、王子の執務室で何をしているのだろう。
「すまないな、フローリア。わざわざ呼び出してしまって。」
「いえ、殿下。それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「実は、カトリーナが訳の分からないことを言うのだ。」
……またですか。
「えー? 別に変なこと言ってないし!」
カトリーナがソファに寝そべったまま口を挟んだ。
「たださ、ラインハルトに遊びに行こうって誘ったんだけど、いつも仕事があるって断るじゃん?」
「……ああ。」
「だから、マジ社畜じゃんって言っただけなんだけど!」
……ぶっ!
私は危うく吹き出しそうになった。
「ところが、社畜とは何だと尋ねても、カトリーナは説明してくれなくてな。」
「だって、社畜は社畜じゃん!」
「……それでは分からないだろう。」
「えー、フローリアなら分かるっしょ!」
……来た。
いつもの丸投げである。
「フローリア。君は、社畜という言葉を知っているのか?」
「えっ? 私ですか?」
「ああ。カトリーナは、君なら分かると言っている。」
「…………。」
……知っています。
もちろん、知っていますとも。
でも、説明できるわけがないでしょう!
王子様に向かって、会社の家畜みたいな意味です、なんて!
「……コホン。」
私は小さく咳払いをした。
「社畜とは……古い時代に使われていた、名誉ある称号の一つです。」
「……称号?」
殿下が身を乗り出した。
「はい。自らの使命に誇りを持ち、国や民のために身を粉にして働く者に与えられる、尊敬の言葉だとか。」
「……何と!」
殿下の目が輝いた。
「そのような素晴らしい称号があったのか!」
「え、ええ。確か……。」
「では、私は社畜と呼ばれるにふさわしい人間だろうか?」
「……それは、もう。」
毎日夜遅くまで働いていらっしゃるのだから。
……本来の意味でも、間違ってはいない。
「おお!」
殿下は嬉しそうに立ち上がった。
「カトリーナ! 君は私の働きぶりを認めてくれていたのだな!」
「え? あー、うん! そんな感じ!」
……違うでしょ!
「フローリア。では、社畜になるためには、何が必要なのだ?」
「えっ?」
……そこまで聞きます!?
「そ、そうですね……。与えられた仕事から逃げず、どんな困難にも立ち向かう強い精神でしょうか。」
「なるほど! 騎士道にも通じる考え方だな!」
……騎士道!?
「そして、民のためならば、自らの休息さえ惜しまない献身の心……。」
「素晴らしい!」
殿下は拳を握った。
「私は、必ずや立派な社畜になってみせる!」
「りょ!」
カトリーナがソファの上から親指を立てた。
……何を了承してるの!?
「そうだ! これは部下たちにも、立派な社畜を目指してもらわねばいかんな!」
……ええっ!?
「明日の朝議で、皆に伝えることにしよう!」
「お待ちください、殿下!」
「どうした、フローリア?」
「い、いえ! その、社畜というのは、誰でもなれるものではなく……!」
「もちろんだ! だからこそ、皆で努力する価値がある!」
……ダメだ。
完全に逆効果だ。
「カトリーナ。君もそう思うだろう?」
「えー、いいんじゃね? みんな社畜になれば!」
……あなたが言い出したんでしょうが!
◇ ◇ ◇
翌朝。
私は再び、王宮へ呼び出されていた。
昨日の一件について、何か確認したいことでもあるのだろうか。
そう思っていたのだけれど。
案内されたのは、王宮の大広間だった。
そこには、大勢の文官たちが整列していた。
……えっ?
何、この状況。
正面には、ラインハルト殿下が立っている。
そして、その隣には。
「フローリア、こっちこっち!」
……カトリーナ。
どうしてあなたまでいるの。
「皆、よく集まってくれた!」
ラインハルト殿下の声が、大広間に響き渡った。
「今日は、私から皆に伝えたいことがある!」
文官たちが、一斉に姿勢を正す。
「昨日、私は素晴らしい言葉を知った!」
……嫌な予感しかしない。
「それは、かつて使命に生きた者たちに与えられた、名誉ある称号だ!」
……お願い。
やめて。
「自らの仕事に誇りを持ち、国と民のために尽くす者!」
……殿下。
「その者たちを、人はこう呼ぶ!」
……言わないで!
「社畜、と!」
…………。
大広間が静まり返った。
当然だ。
誰も聞いたことがない言葉なのだから。
しかし、ラインハルト殿下は堂々と胸を張った。
「私は、立派な社畜を目指す!」
……ああ。
言ってしまった。
「そして、皆にも立派な社畜を目指してもらいたい!」
文官たちが顔を見合わせた。
やがて、一人の年配の文官が進み出る。
「殿下。その社畜という称号は、我々のような者でも目指せるのでしょうか?」
「もちろんだ!」
殿下は力強く頷いた。
「身分も出自も関係ない! 己の使命に誇りを持つ者ならば、誰もが目指せる!」
「……何と素晴らしい!」
年配の文官が感激したように頭を下げた。
「この身、王国のために捧げる所存でございます!」
「うむ! 共に立派な社畜となろう!」
「はっ!」
……待って。
どうしてそうなるの。
すると、周囲の文官たちも次々に声を上げ始めた。
「私も社畜を目指します!」
「私もです!」
「殿下! どうか我々を立派な社畜へとお導きください!」
……誰か。
誰か止めて。
「皆の者!」
ラインハルト殿下が、右手を高く掲げた。
「私と共に、立派な社畜を目指してくれ!」
「「「はい!!」」」
大広間に、力強い返事が響き渡った。
……こうして。
王宮に、社畜が大量発生してしまった。
隣では、カトリーナが楽しそうに笑っている。
「やば! ラインハルト、マジ社畜の王じゃん!」
……お願いだから。
これ以上、余計なことを言わないで!
すると、ラインハルト殿下がこちらを振り返った。
「フローリア!」
「は、はい!」
「君のおかげで、素晴らしい目標を得ることができた。本当に感謝している!」
「い、いえ……。」
「これからも、分からないことがあれば君に相談してよいだろうか?」
「えっ?」
……ちょっと待って。
それって、また呼び出されるということ?
「フローリアなら分かるっしょ!」
カトリーナが満面の笑みで言った。
……あなたは少し黙ってて!
「頼りにしているぞ、フローリア!」
ラインハルト殿下も、爽やかな笑顔を向けてくる。
「…………。」
……どうしてこうなったのだろう。
私は、ただの貧乏男爵令嬢なのに。
これからも、分からない言葉があるたびに王宮へ呼び出されるのだろうか。
……あれ?
もしかして、私が一番社畜に近いのでは?
……この国、本当に大丈夫なのかしら。
――おしまい――
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
元ギャルの幼馴染と、何事にも大真面目な王子殿下。
二人に振り回されるフローリアの受難は、まだまだ続くかもしれません(笑)。
今後も「推し活」など、現代の言葉が異世界で思わぬ騒動を巻き起こす短編を投稿する予定です。
また、ほかにも異世界恋愛やコメディの短編を投稿しています。
長編では、料理好きの令嬢と食レポが壮大すぎる公爵様の恋愛物語や、少年たちの冒険を描いた王道ファンタジー『七星を廻る物語』も連載しています。
気になる作品がありましたら、ぜひ作者ページから覗いていただけると嬉しいです。
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これからもよろしくお願いいたします。




