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聖女と殿下の異世界事件簿

聖女の救助は何か違った

作者: 百地おもち
掲載日:2026/08/11

残酷な表現が含まれます。平気な方以外は、作品情報で注意書を確認してください。

 麗らかな春の朝、聖女ローレルは聖ファウラ教会リリカル王国支部の中庭で、信徒たちと草むしりをしていた。


 七年に及ぶ人魔大戦に勝利したローレルは、故郷のリリカル王国へ帰還した後、社会奉仕に身を捧げるつもりでいた。だが、身を粉にして働くつもりの聖女に対し、これからは平和な暮らしを楽しんで欲しいと周囲から乞われている。

 手持ち無沙汰の聖女は、教会の労役を手伝うことにした。過酷な戦場に身を置いていた彼女は、体を動かしているほうが落ち着くのだ。


「お庭が綺麗になっていくのは、いいものですね」

「聖女様は手際がよろしいです」

「本当ですか? 皆さんとお喋りしながら草を刈るのは、とても楽しいですよ。うふふ」


 手巾で額の汗を拭い、積み上げた雑草の前で明るく笑う。信徒から褒められて、嬉しそうに頬を上気させた。そんな彼女の体が、ふっとふらついた。


「あら……目眩が……」


 ゆっくり地面へ倒れた聖女は、そのまま意識を失った。


「聖女様!」

「ローレル様!」


 神託は、夢という形でローレルへもたらされた。



 継ぎ目の無い石の道と、見慣れない建物が並ぶ未知の町。車輪のついた不思議な乗り物が、牛馬に頼らず走行していた。そんな異国の町並みを、十代半ばの少女たちが楽しげに歩いていた。

 皆、同じ服を着ている。修道女見習いか、学生だろうか。やがて、右目の下に黒子がある少女が、仲間たちに手を振ると、一人だけ進路を変えた。


 茶色がかった黒髪を揺らして歩む、可憐な少女。ローレルにとって知らない物ばかりの夢だったが、穏やかな日常風景だと伝わってくる。


 ――――異国の娘さんよ、幾久しく健やかであれ!


 少女時代、戦場に駆り出され悪魔軍との戦闘に明け暮れた聖女は、他愛ない日常がかけがえのないものだと知っている。眠れる聖女は、少女へ祝福を送ろうとした。

 その時だ、少女の足元に召喚魔法陣が出現し、春の木漏れ日に似た優しい夢が、悪夢へと一変したのは。


 悲鳴を上げて、魔法陣へ引きずりこまれる少女。わけも分からず連れてこられた異なる世界。

 しかし、未知の場所に恐怖する少女とは違って、聖女ローレルは玉座の奥に掲げられたタペストリーの紋章を知っていた。あれは、リリカル王国から西方に位置する大国・クズリア王国の紋章に違いない。

 異世界の少女は、ローレルたちの世界へ連れて来られたのである。


 ――――これは、もしや誘拐では?


 ローレルの脳裏に嫌な考えが浮かんだ。この世界には確かに、召喚魔法が存在する。しかし、本人の意志を省みない強制召喚は禁じられているはずだ。自力で帰るのが難しい異世界召喚は、特に制限されている。

 ただし、空間転移魔法といった日常的に使われる魔法と同一体系にあり、強制停止をかけると他の魔法に影響が出るため、禁忌魔法に認定できない。各国の法律で罰則を設けたり、魔法学校の倫理の授業で教えたりするなど、良心頼りの側面が強かった。


 クズリア王国の権力者たちが、怯える少女を取り囲む。


『よくぞ参られた聖女殿。あなたは、我が国を救う使命をもって降臨された』

『せ、聖女って何ですか? あなたたちは誰ですか? お願いします、私を家に帰して下さい……』

『余はクズリア王。恭順を示し、与えられた使命を果たすのだ!』


 なんと首謀者は国王であった。さらに、三人の王子と宰相、宮廷魔法使い、騎士団まで関与していた。

 恐怖し、泣きじゃくり、帰して欲しいと少女は懇願する。しかし、彼らは少女の願いを、我が儘のように軽く扱った。宰相は呆れ顔で溜め息をつき、耳を貸す様子はなかった。


『あなたは聖女なのです。聖女として召喚されたからには、我々を救済する義務がある』


 異世界から渡った少女は、氏神の神威(かむい)を帯びていた。元の世界が、連れ去られる彼女を守ろうとした抵抗の名残である。強制召喚魔法は異世界の力ごと、少女をこの世界へむしりとったのだ。


 魔界から暗黒門が出現した時、世界に穢れと淀みが撒き散らされた。暗黒門は聖女ローレルが命がけで破壊したが、この世界には未だ復興の課題が残されている。

 各国では聖職者と協力し、少しずつ浄化作業を進めている状態だ。クズリア王は、手っ取り早く国内の浄化を進めようと、神の力を纏う異世界の少女を誘拐したのである。


 国王は言う。


『働きによっては、王子たちの妾姫にしてやってもよい。卑しい出自の小娘には、破格の待遇であろう。光栄に思うがよい』


 王子たちは言う。


『照れているのかな、可愛い聖女よ。さあ、笑って。愛嬌を欠いた女人など、路傍の石と変わらぬものさ』


 宰相が、宮廷魔法使いが、騎士団長が、泣き言を止めるよう少女に言った。侍女や召し使いたちさえ、何故心を開かないのかと、したり顔で少女を嗜めた。

 犯罪者たちは禁止された異世界召喚魔法に手をそめたばかりか、誘拐した少女に圧をかけ、無理矢理クズリアで働かせた。取り囲んで責め立てて、少女の認知を揺るがしていく。


『聖女様が救って下さらなければ、大勢の者が苦しみます』

『苦しむ我らを、お見捨てになるおつもりか!』

『冷たいではありませんか。どうか、一欠片でも良心がおありなら浄化の力をお貸しください』


 ローレルは、犯罪者たちが並べたてる『聖女』という言葉に困惑した。この世界の聖女は、神が選定する。例外として、教会が社会貢献の実績がある聖職者へ聖人・聖女の称号を与える場合はあるが、適当に選んで良いものではない。クズリア王国に、聖女の任命権限など無いはずだ。


 誘拐、監禁、強制労働、聖女詐欺。


 愛らしい娘さんの日常を、ウキウキと楽しく見守っていたはずが、どんどん酷いことになってきた。


 まだ幼さの残る少女は、ローレルが人魔大戦へ参戦したくらいの年齢だろう。あの頃の苦悩と恐怖がよみがえる。

 聖女ローレルを支えたのは、神への信仰心だ。そして、その信仰心はいつだって、愛する世界を守りたいという願いと結びついていた。


 縁もゆかりも無い世界を救う義務など、どんな人間にもありはしない。正当性を欠いた義務を押し付けられた、寄る辺ない少女の悲哀。彼女の心中を想うと、ローレルの胸は締め付けられた。


 夢は最後に、これから起きる未来を見せてくれた。まだ確定していないが、放置すれば必ず現実になる地獄のような光景を。


 露骨になってくる王子たちの誘惑に、危険を感じて怯える少女。彼女が部屋にいる間は、ドアに外側から施錠されており、脱出はできそうにない。

 悲劇の夜、侵入者たちが彼女の寝室へやってきた。彼女は寝室のドアノブへ、椅子の背もたれを噛ませていた。せめて、簡易バリケードで身を守ろうと試みたのだ。しかし、呆気なく椅子は壊された。


 せめてもの抵抗を嘲笑った侵入者たちは、少女からあらゆるものを奪いとった。夢も希望も尊厳も。

 抵抗する気力を失くした少女は、浄化作業に酷使された。挙げ句、体を壊して病を患うと、役に立たなくなった彼女は、路傍へあっさり捨てられる。元からそこにあった石ころのように。


 絶望の底で、少女は内なる神威を呪いへと変質させた。クズリア王国を滅亡させる哀しい異形に成り果てる。


 王族から平民まで悉くを滅ぼしても、恐ろしい化物の喪失は埋まらず、憎悪は尽きない。この世界の全てへ復讐するべく、大地を腐らせていく異形に、対峙するのは聖女ローレルだ。


 ローレルは、異形へ引導を渡す。世界を救うため、泣いて詫びながら、地獄を味わった少女を討たねばならない。ローレルの放った光魔法に焼かれて哀しい化物が崩れていく。その巨大な眼球の近くには、小さな黒子がついていた。




 寝台の上で、ローレルが悲鳴をあげた。


「いけません! いけません! おやめなさい、あなたたち! なんと愚かな! ああ、ああ……そんな……娘さんがぁ……」


 ローレルが跳ね起きると、日付が変わり、すでに翌朝になっていた。悪夢の終わりに、神託を授けられている。


 神はローレルへ託された。

 ただ一人で、為すべきことを為すように、と。


 権力者が関与した凶悪事件が白日のもとに晒されるのは、大抵、手遅れになってからである。発覚した時には、被害者が悲惨な目に合わされた後で、命を落とすか、心身ともに癒えぬ傷を負わされている。

 しかし、今回は惨劇の前に、聖女ローレルへ委ねられた。悲惨な未来を回避するために奔走するか、少女が異形と化してから終止符を打つのかを。


 涙と鼻水でグシャグシャの顔で、聖女は言った。


「被害者が心配です。()く救助せねばッ!」


 こうして彼女は、異世界美少女誘拐事件の早期解決に乗り出した。


 

 □

 

 

 身支度を整えて、さっそく出発しようとしたローレルへ、筋骨隆々とした信徒たちがずらりと並び、一斉に膝をついた。


「聖女様、聖海兵大隊をお連れ下さい」

「我ら聖特殊工作部隊も、地の果てまでお供いたします」


 王国軍より高い軍事力に定評がある、聖ファウラ教会リリカル王国支部の面々が申し出た。

 神より使命を授けられ、魔界から出現した暗黒門を激戦の果てに破壊した、ガチものの聖女ローレルの信徒である。

 頼もしい死兵……いや信徒たちへ、聖女はそっとかぶりを振った。


「お控えなさい。もう戦は終わりました。軍勢を引き連れて、どうしようというのです。わたくしは、一人で救助に参ります」

「どうぞ、お考え直しを! 御身を危険に晒すわけにはいきません!」

「神は、わたくし一人で事を為せとの思し召しです。慈悲深き神々が、乗り越えられぬ試練をお与えになるでしょうか」

「そんな……」


 身を案じる信徒たちをなだめ、ローレルは教会を後にした。

 一方、教会側から届いた報せに、アベル王太子殿下は白目を剥いた。


「とめっ、とめとめ止めるんだっ! 戦場に身を置いていたとはいえ、聖女殿は妙齢の女性だぞっ! たった一人で、そんな危険な場所に行かせられるかっ! 今すぐ、お止めしろぉっ!!」


 時すでに遅く、殿下が取り乱していた頃、聖女は転移魔法で目的地に到着済みだ。決意に満ちた眼差しで、クズリア城を見上げていた。




 クズリア王国を訪問したローレルは、大広間へ通された。儚げにたたずむ聖女を、王子たちと宰相が涼しい顔で眺めている。騎士団と宮廷魔法使いたちが厳重に配備され、王族と重臣の警護にあたっていた。


 国王は傲慢な笑みを浮かべ、玉座から聖女を睥睨(へいげい)する。


「これはこれは聖女殿。余に如何様(いかよう)な……」

「『死 神 の (グリムリーパー・)収 穫(ハーベスト)』ッ!」


 聖女の背後から、大広間の天井を埋め尽くすほど巨大な腕がぬるりと出現した。岩石を思わせる銀色の大鎚を握りしめている。

 聖なる広範囲殲滅魔法により腕だけ顕現した死神が大鎚を振り下ろし、城に張り巡らされた魔法障壁を、ちり紙より簡単にぶち抜いた。


「ギャアァー!!」


 そのまま生身のアレコレを叩き潰して、悪の巣窟を赤く清めていく。幾度も幾度も、大槌は容赦なく振り下ろされた。城壁や床に損傷はない。クズリア王族を始め、城内の人間だけが麦穂のように刈り取られたのである。


 こうして、クズリア城での収穫を終えると、死神は大鎚とともに消えていった。城内に残されたのは、王族から末端の召し使いにいたるまで、原型に問題があり人数をカウントできなくなったクズリア側の皆さんだ。ちょっと形容できない状態となった大広間で、生存者はローレル一人きりだった。


「あなた方へ赦しは乞いますまい。最速で解決するには、こうするしかありませんでした。わたくしに咎あらば、いずれ神々がお裁きになられるでしょう。どうぞ、安らかにお眠り下さい」


 鎮魂の祈りと黙祷を捧げる。サッと顔を上げた聖女はカーペットの上を移動した。ぬかるんだ草地のような音がしたが、気にしている場合ではない。一度地下へ立ち寄ってから目的の小部屋へ向かう。


「急がねばッ……急がねばッ……」


 聖女は入城と同時に探知魔法で少女を発見していた。この部屋だけは、防御結界で保護していたのだ。

 施錠された鉄扉を飴のように千切って開け放つ。内側からドアノブに背もたれを噛ませていた椅子が、部屋の奥まで吹っ飛んだ。

 監禁されていた唯一の生存者は、現れた聖女に感涙していた。


「あば、あばばば」

「大変でしたね、娘さん」


 怪力からは想像できない、たおやかなローレルの姿に少女が目を丸くする。


「あ、あの、お姉さんは……?」

「わたくしは、聖女ローレル。クズリア王国とは無関係な、リリカル王国の聖ファウラ教会に所属する者です。あなたの苦境を知り、救助に参りました」

「ほ、本当ですか?」

「はい。さ、娘さん、まずはこちらをお持ちなさい」


 いきなり重たい布袋を渡された少女は、中を確認して仰け反った。宝石が散りばめられた盃や黄金の壺が、雑に詰め込まれている。


「財宝!? いただけません!」

「慰謝料ですよ。もう持ち主はおりませんから、お気になさらず」

「え……」

「元の世界へお送りしましょう。帰還魔法陣、展開!」


 城内で唯一、濡れていない小部屋の床へ、光り輝く魔法陣が浮かび上がる。


「私、あの人たちから……元の世界へは二度と戻れないと言われたんです。お父さんとお母さんに……友達に……もう会えないんだって……」


 少女の唇が震えている。これまで受けた数々の仕打ちが、彼女を苦しめているようだった。ローレルは、清らかに澄んだ瞳で真っ直ぐ少女を見つめて、キッパリ真実を口にする。


「それは偽りですよ、娘さん。召喚と帰還は対なる魔法ですもの、ちゃんと存じておりますわ。拉致された直後の場所へお送りできますから、ご両親やお友達と問題なく再会できますよ」

「あっ、ありがとう、お姉さん! よかったぁ……嬉しいよぉ……ほんとに帰れるんだぁ……」


 安堵と喜びで落涙し、身を震わせる少女に胸打たれ、聖女もまた滂沱の涙を流した。


 少女の苦悩と望郷の念を、夢を通じて理解している。さっき引き千切ったドアを塞いでいた、あの椅子を知っていた。簡易バリケードが壊されて、人面獣心の輩が三人、この部屋へやってくるはずだったのだ。

 本格的な地獄が始まり、少女の尊厳が踏みにじられる夜。おそらく、それは今夜だった。


 万感の思いで、ローレルは力強く胸を叩いた。


「お任せくださいッ! わたくしッ、聖女ローレルの命に誓ってッ、必ず貴女をおうちへ帰して差し上げますともッ!!」


 こうして殲滅五秒、地下宝物庫の物色に二十分、見送り六分で誘拐事件は解決した。一つの王朝が滅んだものの、少女は無事に家へ帰った。

 彼女が宿した浄化の力も、本来の世界へ戻ったことで、異界の神の御許へ緩やかに還っていくだろう。



 リリカル王国で、両親と共に報告を受けたアベル王太子殿下は、無言で執務室から引き上げた。まぶたを揉んで廊下を歩く。ふと足を止めた殿下は、晴天の空を窓から見上げた。


「……救助とは」


 アベル殿下は、真顔でそう呟いたと、侍従長の業務日誌に記されている。


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― 新着の感想 ―
殲滅5秒❗広範囲べちべち魔法すごっ❗ もぐら叩きの要領ですかな。無敵ですね聖女様。 少女のいた部屋以外は濡れていた…うわぁ まあ、これくらいの表現ならよろしいんじゃないでしょうか。 マイルド化する前は…
圧倒的、救助である!
救助とは?  迅速に、救えるうちに、被害者の保護と再犯防止、ならびに被害の拡大防止、ですよね完璧ですさすがですスッキリです。 クズ王国になったらダメよ、という素晴らしい抑止力もありますね、鍛え抜かれ…
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