怪物になろう 1
「人って、ほんの些細なことで、おかしくなったりするんだよね!」
「じゃあ、怪物は? 怪物って、どんな感じなの?」
僕は少し考えてから答えた。
「怒っているときとか……それから、悲しいときかな」
「えっ、そう聞かれると……ちょっと考えないとね」
彼女はベッドの頭側に身を伏せた。
仮面の下の表情は見えない。それでも、本当に考えているらしいことだけは伝わってきた。
「人間の言葉で言うなら、私たち怪物は通行人なんだよ。通行人には表情がないから、怒ったりもしない」
彼女は立ち上がった。
歩き回る足音が、窓の外で降り続ける雨音と、少しずつ重なっていく。
「たとえ通行人でも、嬉しくなったり、悲しくなったりはするんじゃない?」
僕は窓際の壁にもたれ、床に座っていた。視線だけが、あちこちへ動き回る彼女を追いかけていく。
彼女は足を止めた。
「えっ……もしかして、勘違いしてない?」
「私が言ってる『表情がない』っていうのは、君から見た場合の話だよ」
彼女はそう言って、こちらを見た。
「さっきの話にも繋がるけど、君たち人間にとって、怪物は決められた通行人なんだよ。君は、道を通り過ぎていく人の表情を気にしたことがある?」
返事がないのを見て、彼女はまた歩き出した。
「通り過ぎる人には特徴がない。君の頭の中にも、一瞬だけ残って、それで終わり」
僕は彼女の言葉について考えていた。
巫女服にも似た衣装。その一部にある白が、視界の中でゆっくりとぼやけていく。
人はいつだって、自分の頭の中にすでにあるものを信じてしまう。
僕もまた、怪物という存在を、通行人という認識から切り離したつもりでいた。
「気にしていないからって、存在しないわけじゃないだろ」
僕は小さな声で言った。
「だから、僕は君を覚えておくよ。僕は……怪物の表情だって、ちゃんと気になるから」
もし、これだけ長い時間を一緒に過ごしているのに、彼女の感情を感じ取ることすらできないのなら。
それは、あまりにも寂しいことじゃないだろうか。
だからこれは、僕にとって、とても大切なことだった。
けれど、彼女には聞こえていなかった。
……いや、たとえ聞こえていたとしても。
あの怪物はひどく忘れっぽいから、聞いたところで、きっとすぐに忘れてしまうのだろう。
僕は振り返り、窓を押し開けた。
外の雨はまだ、木窓の縁を叩き続けている。
どこか奇妙な音を立てながら。
僕はまったく気づいていなかった。
すぐそばに、怪物が立っていたことに。
仮面をつけているというのに、見た者なら誰もが一目でわかるほど、彼女は笑っていた。
「ふふっ……本当に、優しい人だね」
この物語は 2019 年、2020 年、私が高校生だった頃に書き始めたものです




