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色あせた世界に咲く花:顔、貸します ~記憶を返す少女の歌~赫映 ~無貌の神がくれた色彩~  作者: 「大和 尚羅夢」小花羅夢一生推し


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開演

夜明け前の闇が、東京の空を深い藍色に染めていた。

旧国立競技場の10万の座席は、すでに埋まりきっていた。座るのは、ほぼ全員が重度のCPDS患者。首には政府配布の情感共鳴受信器が下がり、無数の小さなLEDが薄暗闇の中で無機質に点滅している。人々の顔は一様に灰色で、表情に乏しい。ただ、目だけが、かすかな期待と不安で、ステージを見つめている。

場外にはさらに数十万の観衆。巨大スクリーンが設置され、世界中からのメディアカメラがズームを調整している。放送関係者の声が飛び交う。

「全球中継、視聴者数推定…20億人突破!」

「情感増幅器、最終調整完了!」

「スカイツリー周辺の107光柱、確認! これは…何の演出ですか?」

夜明け前の空に浮かぶ107本の光の柱は、確かに計画外だった。が、プロデューサーたちは、これを「純心会協力のスペシャル演出」と説明し、慌てて番組に組み込んだ。

ステージは簡素そのもの。中央のマイクスタンド。背後には巨大なスクリーン。が、今日は、スクリーンに何も映らない。もんろの顔そのものが、最大の映像になる。

場内の照明が、ゆっくりと落ちていく。

10万人のざわめきが、一気に静寂に変わる。無数の息づかいだけが、競技場に満ちる。

スポットライトが、一つ、ステージ中央を照らす。

光の円の中に、誰もいない。

そして、一瞬の間。

現れた。

白い簡素なドレス。長い黒髪。そして、顔。

透明な膜に覆われた、その顔は、最初はぼんやりとしていた。が、スポットライトを浴びるにつれ、その奥に渦巻く無数の色と光が、鮮明に浮かび上がってくる。

金色の裂け目。無数の色の染み。藍、紅、紫、緑、橙…。それらが、絶え間なく流動し、混ざり合い、分離する。まるで、万華鏡を覗き込んだかのようだ。しかし、その中心には、確かな輪郭がある。目、鼻、口。それらも微かに揺らめいているが、紛れもなく「顔」の形を保っている。

観客席から、かすかな息をのむ声が漏れる。

もんろは、ゆっくりとマイクスタンドに近づく。足音は聞こえない。彼女の体が、ほとんど重量を感じさせないからだ。透明な膜の下で、彼女の顔の光の模様が、より激しく動き始める。

彼女がマイクの前に立つ。深く息を吸い込む。その胸の動きさえ、かすかだ。

そして、口を開く。


最初の言葉は、声ではなかった。

無数のささやきが、マイクを通して、増幅器を通して、競技場中に、世界中に響き渡った。老いも若きも、男も女も、様々な時代の言葉遣いで、様々な方言で、しかし一つの意思を持って。

『け、さ…おかえし…に…きました…』

『今日は…返しに…参りました…』

『わたし…かえしに…きた…』

107の声。107人の巫女たちの声が、もんろを通して、同時に、しかし調和して語りかける。

観客席で、人々の顔がわずかに動く。誰の声か、わからない。が、どこかで聞いたような、懐かしいような…。

もんろ自身の唇が動く。今度は、彼女自身の声で。しかし、その声には、107の声の残響が重なっている。

「今日は…お返しに、来ました」

声は、澄んでいて、静かだ。しかし、競技場の隅々に、しっかりと届く。

彼女は、そっと自分の胸に手を当てる。透明な膜の下で、心臓の位置が微かに光る。

「お借りしていた…たくさんの顔を」

その言葉と同時、彼女の顔の万華鏡が、急激に変化する。無数の色の渦が、一瞬で無数の顔の断片へと変わる。老人の皺、子供の笑窪、若い女性の切れ長の目、兵士の傷跡…。それらが、0.1秒ごとに切り替わり、流れていく。

観客席から、驚きの叫び声が上がる。

「あれ…! おばあちゃん…?」

「…僕? あれ、子供の頃の僕?」

「…お父さん…お父さんの若い時の顔…」

人々は、もんろの顔に、自分たちが忘れかけていた、あるいは完全に失っていた大切な人の顔が、瞬時に浮かび上がっては消えるのを見る。それは、単なる似顔絵ではない。表情、感情、その一瞬の生きている証が、くっきりと映し出される。

もんろは、その反応を静かに見つめ、続ける。

「たくさんの色を」

今度は、彼女の顔から、無数の色の粒が飛び散るように広がる。赤、青、黄、緑…。それらは物理的な光ではない。観客の胸の受信器を通して、直接、脳裏に焼き付けられるような色の記憶だ。

ある老婆が、突然、涙を流す。

「…ひまわりの…色…うちの庭の…ひまわりの…」

隣の男性は、自分の手のひらを見つめている。

「…この傷…自転車で転んだ時…血の色…赤かった…」

もんろの目を閉じる。長いまつげの下から、金色の涙が一粒、こぼれ落ちる。

「たくさんの…思い出を」

彼女が、ポケットから、小さな真っ赤な物体を取り出す。イチゴだ。あの夜、彼がくれたもの。最後の一粒。

彼女は、それをそっとマイクスタンドの上に置く。そして、指先でそっと触れる。

イチゴが、かすかな金色の光に包まれ、ほのかに輝く光の粒へと変わり、風に乗って散っていく。甘酸っぱい香りの記憶と共に。

彼女は、観客席を見渡す。10万の、色を失い、しかし今、かすかな光を取り戻しつつある瞳を見つめる。

「どうか…」

彼女の声が、初めてかすかに震える。

「…ちゃんと…受け取ってください」


沈黙。

深い、深い沈黙が競技場を覆う。世界中の画面の前で、20億人が息をのむ。

そして、もんろが、再び深く息を吸い込む。目を閉じる。

音楽が、かすかに流れ始める。それは、彼女の代表曲『心做し』のイントロ…ではなく、もっと古い、琴と笛の調べだ。107人の巫女たちの時代の、祈りの音楽の断片が、現代のアレンジに織り込まれている。

もんろが、口を開く。歌い始める。

最初の一節は、『心做し』の歌詞。が、旋律は全く違う。よりゆったりと、哀切に満ちている。そして、所々に、別の歌の断片が混ざる。戦国の子守唄、飢饉の祈り、雪国のわらべ歌…。

彼女の顔が、歌に合わせてさらに変化する。透明な膜の下で、顔の内部が光の脈絡のように浮かび上がる。無数の細い光の線が、彼女の顔の中を流れ、交差し、集まり、また散る。それは、神経のようにも、川の流れのようにも見える。彼女の中を流れる、無数の記憶の経路だ。

歌が進むにつれ、彼女の体の透明度が増していく。最初は微かだったが、第一番が終わる頃には、彼女のドレスの柄が、後ろのスクリーンを通してかすかに見えるほどだ。30%ほど透明になっている。

観客席では、静かな泣き声が広がっている。

「お母さん…お母さんの顔…思い出した…」

少年が、隣に座る母親(顔は灰色だが)の手を握りしめ、涙を流す。

「あの日…公園で…一緒に転んで…笑った…」

世界中の、無数の家々で、病院で、施設で。CPDS患者たちが、テレビ画面やスマートフォンを見つめ、静かに涙を流す。灰色の世界に、ぽつり、ぽつりと、色が戻り始める。ほんの少しだけ。茶色の瞳。ピンクの頬。金髪の一筋。

管制室では、碇大佐がもんろの生体データを見つめている。混沌度:99%。情感出力、限界突破目前。彼の手が、能面化装置の緊急起動スイッチにかかっている。

私の手にも、緊急停止リモコン。汗で濡れている。

ステージ上でもんろが、第一曲を終える。深くお辞儀をする。その体は、より一層透明になっている。スポットライトが、彼女の体をほとんど透過し、床に影を作らない。

彼女は、ゆっくりと顔を上げ、微笑んだ。その笑顔は、透明な膜を通して、かすかに金色に輝いている。

「では…二曲目」

彼女の声は、かすれている。が、確かだ。

「これは…ある漁師さんから、借りた…海の歌です」

彼女の顔の万華鏡が、深い藍色と白い泡の模様へと変わる。そして、口を開く──。

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