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色あせた世界に咲く花:顔、貸します ~記憶を返す少女の歌~赫映 ~無貌の神がくれた色彩~  作者: 「大和 尚羅夢」小花羅夢一生推し


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残り三日

コンサート本番を三日後に控え、東京は異様な熱気に包まれていた。

政府発表による「世紀の癒やしコンサート」のニュースは、国営メディアを通じて繰り返し流されていた。画面には、もんろの美しい(しかし明らかに加工された)ポートレートと、感動的なBGM。「千年の悲願を継ぐ最後の巫女、赫映もんろ。自らの命を懸け、百万人の『色』を取り戻す」。彼女は、完全に自己犠牲の聖女として包装され、商品化されていた。

全国の重症CPDS患者への「招待状」と共に、小さなデバイスが配布され始めた。情感共鳴受信器。首から下げるペンダント型で、コンサート中にもんろの歌声の情感を「効率よく受信」するためのものだと説明されていた。しかし、内部を解析した純心会残存メンバーからの密告によれば、それは受信器というより、情感負債の転送増幅器だった。もんろが患者たちから症状(失われかけた記憶)を吸い取るプロセスを、強制的に加速・効率化する装置。患者たちは、自分が「癒やされる」ために装置をつけていると思い込まされている。

コンサート会場である旧国立競技場の地下では、科学者と技術者のチームが、最終準備に追われていた。巨大なステージの真下には、剥離器の大型化・強化版と、最新式の能面化装置が設置されている。コンサートのクライマックス、もんろの情感出力がピークに達した瞬間、彼女をその場で能面化する計画だ。生きたまま、意識を持った状態で。碇大佐は、それを「情感の流出を完全に封じた、最も効率的な永久保存」と称していた。


移動実験車両『ラボ・ゼロ』の中でもんろは、静かに窓の外を見つめていた。

彼女の混沌度は、訓練の影響で92%まで上昇していた。顔の裂け目は深く、所々からかすかな虹色の光が漏れている。が、彼女の表情は驚くほど落ち着いていた。全てを悟り、受け入れた者の静けさ。

碇大佐が、ブースのインターホンを通じて通告した。

「コンサートまでの三日間、特別な訓練は行わない。情感出力を無駄に使わせず、本番に集中させるためだ。ただし、外部との接触は一切認めない。情緒の安定を保つため、静養に努めよ」

その言葉を聞き、もんろがかすかに口を開いた。

「…お願いが、あります」

碇大佐の眉が動いた。「何だ?」

もんろは、ゆっくりと、一つずつ数えるように言った。

「一つ…本物の、『色のついた』食べ物を、食べてみたいです」

「二つ…生きている動物に、触れてみたいです」

「三つ…私じゃない誰かが歌う、歌を、聴いてみたいです」

その願い事の、子供じみた純粋さに、碇大佐は一瞬、面食らったような表情を見せた。そして、すぐに冷淡に首を振る。

「馬鹿な。そんなわがまま、聞けるか。お前は国家の重要資産だ。無駄な情感の乱れを起こすような行為は、一切許可しない」

もんろは、うつむいた。が、その時、私が口を挟んだ。

「大佐、それは違うと思います」

碇大佐の鋭い視線が私に向けられる。

「…何がだ?」

「もんろの情緒が安定していることは、出力の安定性に直結します」 私は、できるだけ事務的な口調で説得を試みた。「彼女は今、深い諦念と覚悟の状態にある。しかし、それはある種の『感情の麻痺』でもある。もし、彼女が純粋な喜びや驚き、共感といった、ポジティブな情感を少しでも体験できれば、本番での情感出力の『質』と『コントロール』が向上する可能性があります。特に、『返還』を目的とする今回のコンサートでは、情感の『方向性』が重要です。憎しみや絶望ではなく、慈しみや感謝の情感を込められれば、成功率は上がるでしょう」

私は、科学者らしくデータを引用した。

「記録によれば、彼女が過去に自発的な情感(例:スカイツリーでのハミング)を示した際、周囲の環境に微小ながら物理的影響(色の一時的回復)がありました。これは、彼女の情感が『世界を修復する方向』に働く可能性を示唆しています。訓練で無理矢理出力を上げるのではなく、彼女自身の内側から湧き上がる健全な情感を引き出す方が、効率的かもしれません」

私の言葉は、半分はでたらめだった。が、碇大佐のような合理主義者には、データと効率性に訴えるのが一番だ。彼は、もんろのデータと私の言葉を天秤にかけているようだった。そして、不機嫌そうにうなずいた。

「…よかろう。ただし、条件がある。全て、完全な監視下で、最小限の時間で行う。外部との接触は一切なし。また、実験データとして全て記録する」

もんろの目が、かすかに輝いた。


最初の願い:色のついた食べ物。

施設の屋上(高い柵に囲まれ、完全に監視カメラと衛兵に覆われた空間)に、もんろと私は連れて行かれた。彼女は、相変わらず簡素な白衣姿だ。外の空気を深く吸い込む。灰色の東京の空気だが、それでも「外」の空気だ。

私は、許可を得て、こっそりと隠し持っていた一粒のイチゴを取り出した。真っ赤で、つやつやしている。監視カメラの死角で、急いでもんろに渡す。

もんろは、その小さな赤い実を、息をのんで見つめた。触る。つぶつぶとした感触。そっと鼻に近づけ、かすかな甘酸っぱい香りをかぐ。

「…食べていいですか?」

「ああ。ただし、一粒だけだ。監視されている」

もんろは、うなずき、イチゴをそっと口に運ぶ。小さくかじる。

瞬間、彼女の目が大きく見開かれた。

「…!」

彼女は、口を動かし、味わう。そして、ゆっくりと飲み込む。

「…甘い…」 彼女の声は、驚きに満ちている。「…そして、ちょっと…酸っぱい…」

彼女は、自分の指先を見つめる。イチゴの汁が、少しついている。赤い。

「…これが…『赤』の…味…?」

彼女は、その赤いしずくを、じっと見つめていた。そして、そっと、その指で、自分の頬の裂け目の一つを、なぞった。赤い汁が、かすかに金色の光を帯びた裂け目に染み込む。それは、血のようにも、宝石のインクのようにも見えた。

「…温かいみたい…」 もんろが、夢見るように呟く。「…赤って…」

監視カメラが、彼女の微細な表情と生体データを記録している。情感出力に、かすかだが明らかなプラスの揺らぎが生じている。


二つ目の願い:生きている動物。

願いが叶うかどうかわからなかった。が、奇跡的に、一匹の野良猫が、屋上の柵の隙間からひょっこりと現れた。茶トラの、痩せた成猫だ。警戒しながらも、人間の気配に好奇心をそそられているようだった。

もんろは、猫を見つめ、息をのんだ。彼女は、ゆっくりと、ひざまずく。そして、震える手を差し伸ばす。

猫は、しばらくもんろを見つめていた。そして、小心心に、すりすりと近づき、彼女の指先に、そっと鼻先をこすりつけた。

もんろの体が、小さく震えた。

「…あ…」

猫は、もんろの手のひらに、頭をこすりつけ始める。ゴロゴロという、かすかな音が聞こえる。

もんろの目に、涙がにじむ。しかし、それは悲しみの涙ではない。深い感動の涙だ。

「…暖かい…」 彼女の声は、かすれている。「…生きて…いるんだ…」

彼女は、そっと猫の首筋をなでる。毛の柔らかさ、体温、そして、その小さな体の奥で感じられる、確かな生命の鼓動。

猫は、しばらくもんろに甘え、やがて飽きたように、くるりと向きを変え、来た隙間へと消えていった。

もんろは、その手のひらを、じっと見つめていた。そこには、猫の温もりが、まだ残っているようだった。


三つ目の願い:自分以外の誰かの歌。

私は、スマートフォンを取り出し(これも監視下だが、許可を得ている)、一曲の古い童謡を選んだ。『赤とんぼ』。懐かしい、哀愁を帯びた旋律。

スピーカーから、かすかだが澄んだ歌声が流れ出す。もんろは、目を閉じ、一心に耳を傾ける。

歌は、夕焼けと赤とんぼ、そして懐かしい人の思い出を歌っている。もんろには、赤とんぼの色も、夕焼けの色も、見えない。しかし、その歌に込められた、切ないまでの郷愁と慈愛が、彼女の心に、まっすぐに響いていく。

彼女の頬を、涙が伝う。今度は、静かに、とめどなく。

歌が終わると、もんろは、長い間、目を閉じたままだった。そして、ゆっくりと目を開ける。

「…誰かが…」 彼女の声は、涙に濡れている。「…誰かのために…歌っている…」

彼女は、そっと自分の胸に手を当てる。

「それが…こんなに…切ないことだなんて…知りませんでした…」

彼女は、歌うことが、人を癒やすための「役割」でしかなかった。しかし、この歌は、癒やしのためではない。ただ、懐かしさや悲しみ、愛おしさを、分かち合うために歌われている。その純粋な「表現」としての歌に、彼女は深く打たれた。


三つの願いを終え、もんろはブースに戻された。

科学者たちが、記録されたデータを熱心に分析している。そして、驚くべき発見があった。

もんろの混沌度が、92%から89%へと、明らかに低下していた。それだけでない。顔の深い裂け目が、修復され始めているのだ。といっても、裂け目が消えるわけではない。その割れ目を、かすかな金色の光の筋が、丁寧に縁取るように走り、つなぎ止めている。まるで、割れた陶器を金で継ぐ金継ぎのようだ。

しかも、情感出力の潜在的最大値は、むしろ上昇していた。安定性と出力が、同時に向上しているという、矛盾したデータ。

科学者たちは、首をかしげて議論する。

「これは…感情の『充足』が、器の安定性を高めている?」

「ポジティブな情感体験が、内部の記憶の衝突を緩和したのか?」

「金の光…あれは、彼女自身の情感の『治癒』プロセスか?」

碇大佐は、データを見つめ、何かを考え込んでいる。もんろの変化が、計画にどのような影響を与えるか、計算しているのだ。

ブースの中でもんろは、静かに横たわっている。彼女の顔には、金色の細い光の筋が無数に走り、割れた宝石のようにきらめいている。表情は、深い安らぎに満ちている。彼女は、目を閉じたまま、そっと自分の唇に触れる。イチゴの甘酸っぱい味の記憶を、反芻しているようだ。

夜、監視が一番緩む時間帯。もんろが、かすかな声で私を呼んだ。

「…尚さん」

私は、ブースの窓に近づく。

「ああ」

もんろは、目を開け、私を見つめる。その瞳は、金色の光を帯び、驚くほど澄んでいた。

「…あのイチゴ…」 彼女は、かすかに微笑んだ。「…もう一度、食べたいです」

一呼吸。

「…今度は…一緒に…」

その言葉に、私は胸が熱くなった。喉が詰まる。こらえていた涙が、こぼれそうになる。

私は、うなずくしかできなかった。頷くことしか。

もんろは、満足そうに目を閉じた。金色の光の筋が、彼女の顔を優しく照らし出す。

コンサートまで、あと二日。

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