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「金勘定など下賤」と蔑む義母と義姉へ。あなた方の優雅な生活、全て私の『汚れた金』が支えております〜平民公爵夫人の家政改革〜  作者: jnkjnk


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第4話:品位の値段、誇りの在処

王宮からの帰路、馬車の中は異様な高揚感に包まれていた。

車輪が石畳を叩く規則的な音に混じって、義母ベアトリスの上機嫌な声が響き渡る。


「あの方の顔、見た? 以前は私のことを『落ちぶれた』と陰口を叩いていたくせに、王妃殿下にお言葉をいただいた途端、手のひらを返して擦り寄ってきて……本当に滑稽だわ!」


義母は扇子で口元を隠しながら、勝ち誇ったように高笑いした。その隣で、義姉のソフィアも頬を紅潮させて頷いている。


「ええ、お母様。それに、あの伯爵令嬢ったら、『その素敵なリボンはどこで手に入るのですか?』なんて聞いてきたのよ。私が適当に『領地の特別な工房で作らせたものですわ』と答えたら、羨望の眼差しで見つめられちゃった」


二人はまるで、自分たちの手柄で勝利を勝ち取ったかのように振る舞っている。数時間前まで、「古着なんて着たくない」とダダをこねていたことなど、すっかり記憶の彼方に追いやっているようだ。


私は向かいの席で、窓の外を流れる王都の夜景を眺めながら、静かにその様子を観察していた。隣に座る夫のアレクセイは、呆れたような、それでいて少し安堵したような複雑な表情をしている。彼は私の膝の上で固く握られた手を見て、そっと自分の手を重ねてきた。


「……疲れただろう、エレナ」

「いいえ、心地よい疲れですわ。これほど完璧に舞台が整うとは思いませんでしたから」


私が小声で答えると、アレクセイは苦笑した。


「母上たちは、まだ事の重大さに気づいていないみたいだね」

「ええ。夢見心地のまま、屋敷まで帰して差し上げましょう。現実に戻るのは、明日からで十分です」


私は視線を義母たちに戻した。彼女たちは今、人生で最も輝かしい瞬間を味わっている。だが、その輝きこそが、彼女たちを逃げ場のない檻へと閉じ込める鍵なのだ。


翌朝、いつものように食堂へ向かうと、そこには既に義母と義姉が座っていた。以前のような陰鬱な空気はなく、どこか浮ついた、期待に満ちた空気が漂っている。


「おはよう、エレナ。今朝の紅茶は香りがいいわね」


義母が珍しく私に声をかけてきた。机の上には、領地で作った最高級のハーブティーが湯気を立てている。以前なら「草の臭いがする」と突き返していたものだ。


「おはようございます、お義母様。お気に召したようで何よりです」

「それでね、相談があるのだけれど」


義母は焼きたてのパンにバターを塗りながら、本題を切り出した。


「昨日の園遊会で、来月のティーパーティーにお招きされたのよ。当然、お返しとして我が家でもサロンを開かなければならないわ。王妃殿下にお褒めいただいた以上、みすぼらしい真似はできないでしょう?」

「ですから、サロンの予算を少し増やしてちょうだい。新しい食器も揃えたいし、お客様にお出しするお菓子も、王都で一番のパティシエに注文したいの」


ソフィアも身を乗り出してくる。

彼女たちの思考回路は、驚くほど単純だった。「褒められた」=「地位が回復した」=「また贅沢ができる」と考えているのだ。王妃殿下が褒めたのは「倹約と工夫」であって、「公爵家の財力」ではないというのに。


私はゆっくりとティーカップを置き、居住まいを正した。


「お義母様、義姉様。大変申し上げにくいのですが、サロンの予算を増やすことはできません。むしろ、今まで以上に引き締めなければなりませんわ」

「はあ? 何を言っているの? 昨日あれほど成功したじゃない! 貴族たちが我が家に注目しているのよ? ここで金を使わなくてどうするの!」


義母の声が跳ね上がる。私は冷静に、諭すように言葉を紡いだ。


「注目されているからこそ、です。王妃殿下はなんとおっしゃいましたか? 『物を大切にし、古いものに新たな価値を与える精神』に感銘を受けた、とおっしゃいましたね?」


二人は顔を見合わせ、頷いた。


「ええ、そうよ。だから何?」

「つまり、今のラヴァン公爵家に求められているのは、豪華絢爛な新品の食器や、高価なパティシエのお菓子ではないのです。使い込まれた銀食器を丁寧に磨き上げ、領地で採れたハーブや果物を使った手作りのお菓子でおもてなしをする……それこそが、王家が認め、貴族たちが期待している『ラヴァン流』なのです」

「え……」

「もしここで、以前のように湯水のごとく金を使って新しいものを買い揃えれば、どうなると思いますか? 周囲はこう思うでしょう。『ラヴァン公爵夫人は、王妃殿下の言葉を理解していない』『あの日の装いはただのポーズだったのか』と。それは王妃殿下の顔に泥を塗る行為であり、公爵家の信用を一瞬で地に落とすことになります」


私の言葉に、義母の顔からサーッと血の気が引いていくのが見えた。

彼女は「王家の不興を買う」という事態を何よりも恐れている。私が作り上げた「清貧で高潔な公爵家」という虚像を守り続けること以外に、彼女たちが社交界で生き残る道は残されていないのだ。


「そ、そんな……じゃあ、新しいドレスも、宝石も買えないっていうの?」

「買う必要がないのです。王妃殿下のお墨付きを頂いた『リメイクドレス』があるのですから。あれこそが今の流行の最先端であり、最高のブランドです。次回のサロンでも、ぜひあのドレスをお召しになってください。皆様、それを期待していらっしゃいますよ」


私はにっこりと微笑んだ。それは、逃げ道を塞ぐための釘だった。


「そ、そんな……ずっと同じドレスを着ろと言うの……?」

「工夫次第でいくらでも印象は変えられます。リボンの色を変える、レースを足す……それをご自身で考えることこそ、貴族の嗜みと褒められたではありませんか」


ソフィアが絶望的な顔で頭を抱えた。

金さえ出せば職人が何とかしてくれる世界から、自らの知恵と手間を使わなければ評価されない世界へ。彼女たちにとって、それは拷問にも等しい苦行だろう。


だが、私の要求はそれだけでは終わらなかった。


「それと、もう一つ重要なお話があります」


私は懐から、分厚い手紙の束を取り出した。


「これらは今朝届いた、貴族の方々からの問い合わせの手紙です。内容はすべて、『ラヴァン領のハーブ事業について教えてほしい』『ぜひ視察に行きたい』というものです」

「そ、それが私たちと何の関係があるのよ」

「大いにありますわ。公爵家の女性として、お客様に領地の特産品について説明できなくては恥をかきます。つきましては……」


私はパチンと指を鳴らした。

控えていた使用人が、分厚い資料の束を義母と義姉の目の前に積み上げた。それは、ハーブの種類、効能、栽培方法、加工プロセスなどを詳細に記した勉強用テキストだった。


「今日から毎日、この資料を勉強していただきます。来週には、領地の加工場への視察にも同行していただきますからね」

「はあ!? 私たちが、あんな泥臭い場所に!?」

「泥臭い場所ではありません。あなた方が着ているドレスのリボンを染め、毎日飲んでいる紅茶を生み出している、神聖な場所です。それに、お客様に『現場を見たこともない』なんて言えば、それこそ『飾りだけの人形』だと笑われますよ?」

「嫌よ! 絶対に嫌! 私は公爵夫人よ! なんでそんな使用人のような真似を!」


義母が叫び、テーブルを叩いて立ち上がった。

堪忍袋の緒が切れたのだろう。彼女は鬼のような形相で私を睨みつけた。


「いい加減にしなさい、エレナ! 調子に乗るのも大概にするのよ! 誰のおかげでこの家にいられると思っているの! 平民の分際で、私たちに指図するなんて百万年早いわ!」


食堂の空気が凍りついた。使用人たちが息を呑む気配がする。

義母は興奮のあまり肩で息をし、私の前まで歩み寄ってきた。


「勘違いしないでちょうだい。貴女はただの財布よ。金さえ出せばいいの。貴族の流儀に口を出すな!」


その手が振り上げられ、私の頬を打とうとした――その瞬間。


「お義母様」


私は一歩も動かず、ただ冷徹な声で彼女を制した。

その声の圧力に、義母の手が空中でピタリと止まる。私はゆっくりと立ち上がり、彼女の目を真正面から見据えた。私の瞳には、もはや慈悲も遠慮もなかった。あるのは、事実という名の冷たい刃だけ。


「『ただの財布』……ええ、そうかもしれませんね。ですが、その財布の中身が空っぽだった時、誰がそれを満たしたのですか?」


私はテーブルの上に置いてあった帳簿を手に取り、パラパラと捲った。


「見てください。このページの、この数字を」


無理やり帳簿を突きつけると、義母は嫌々ながら視線を落とした。


「……何よ、ただの数字じゃない」

「これは、先月お義母様が購入された靴の代金です。そしてこちらは、屋根の修繕費。こちらは、今日の朝食の食材費。……これらすべての支払いが、どこから出ているかご存知ですか?」


私は帳簿の右側、収入の欄を指差した。


「『ハーブ事業収益』。これだけです。領地の農民たちが泥にまみれて育て、私が駆けずり回って販路を開拓し、売って得た利益。あなた方が『泥臭い』『汚らわしい』と蔑んだ、あの商売の利益だけが、今のこの屋敷のすべてを支えているのです」

「っ……」

「父の持参金はとうに使い果たされました。領地の税収だけでは、借金の利子すら払えません。つまり、今お義母様が着ているそのドレスも、喉を潤したその紅茶も、夜眠るベッドも、すべて私が稼いだ『汚れた金』で贖われているのですよ」


私は一歩踏み出した。義母がよろめくように後ずさる。


「貴族の流儀? 公爵家の誇り? 結構なことです。ですが、その誇りを守るための『金』を稼ぐ能力がないのなら、大人しく養われている身分をわきまえていただきたい」

「な、何を……無礼な……」

「無礼ではありません。これは契約の話です。私は全権を委任されています。もし私のやり方がお気に召さないのなら、どうぞ出て行ってください。ドレス一枚、宝石一つ持たずに、身一つで。そうすれば、私の『汚い金』のお世話にならずに済みますわ」


義母は唇をわななかせ、何か言い返そうとしたが、言葉が出てこない。

出て行けるわけがないのだ。彼女には生活力など皆無であり、実家も没落している。この屋敷を出れば、その日のうちに路頭に迷うことは明白だった。


「……できないでしょう?」


私は声を潜め、優しく、しかし残酷に囁いた。


「だって、お義母様は、私がいないと生きていけないのですから」


その言葉は、決定的な楔として彼女の心に突き刺さったようだった。

義母の肩から力が抜け、その場に崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。プライドという名の鎧が剥がれ落ち、ただの無力な老婆のような姿がそこにあった。


後ろで見ていたソフィアも、青ざめた顔で震えている。彼女も理解したのだ。自分たちの生殺与奪の権が、完全に私の手の中にあることを。


「……分かり、ました……」


義母は消え入りそうな声で呟いた。


「勉強……します。視察にも、行きます……」

「賢明なご判断です」


私はニッコリと微笑み、帳簿を閉じた。


「それでは、朝食の続きをいただきましょうか。冷めてしまっては、せっかくのハーブティーが台無しですわ」


私は席に戻り、何事もなかったかのようにナイフとフォークを手に取った。

アレクセイが、尊敬と、少しの畏怖を含んだ眼差しで私を見ている。私は彼にウィンクを一つ送った。


それからの日々は、ラヴァン公爵家にとって激動、かつ滑稽な日々となった。


かつては昼まで寝ていた義母と義姉が、朝早くから起きてハーブの図鑑を読み込み、ブツブツと学名を暗記している。

週に一度は、私が用意した実用的なドレス(もちろんリメイク品だ)を着て、領地の加工場へ視察に向かう。最初は鼻をつまんで歩いていた彼女たちも、労働者たちから「さすが奥様!」「勉強熱心で素晴らしい!」とおだてられるうちに、満更でもない顔をするようになった。


社交界では、「ラヴァン公爵家の女性たちは、領地経営に真摯に取り組む貴族の鑑」として称賛されている。その称賛を維持するために、彼女たちは必死で私の敷いたレールの上を走り続けなければならない。


浪費をする暇などない。新しいドレスをねだる気力もない。

ただひたすらに、公爵家の「広告塔」として働き続ける日々。それは彼女たちにとって地獄かもしれないが、公爵家にとっては黄金の時代への入り口だった。


数ヶ月後のある日。

私は執務室で、大幅に黒字となった決算書を眺めていた。

窓の外からは、庭園で茶会を開いている義母たちの声が聞こえてくる。


「皆様、このクッキーは我が領地のカモミールを使っておりまして……ええ、乾燥の工程にこだわりがあるのです」

「リラックス効果がありますのよ。ぜひお試しになって」


すっかり専門家気取りで説明する義母の声に、私は思わず吹き出してしまった。

あんなに嫌がっていた「平民の商売」を、今では自分の手柄のように語っている。まあ、それも悪くはない。彼女たちが働けば働くほど、商品は売れ、領地は潤うのだから。


「エレナ、ここに入ってもいいかい?」


ノックと共に、アレクセイが入ってきた。その顔は明るく、自信に満ちている。かつて両親の顔色を伺っていた気弱な青年の面影はない。


「ええ、どうぞ。良いニュースですか?」

「ああ。王家から、勲章の授与が決まったよ。『地域産業の振興と、貴族社会への意識改革』の功績だそうだ」

「まあ、それは素晴らしいですわ」

「君のおかげだ、エレナ。君が僕を、そしてこの家を変えてくれた」


アレクセイは私の手を取り、甲に口づけをした。


「母上たちも、なんだかんだ言って生き生きしているように見えるよ。以前のような、何かに飢えたような目じゃなくなった」

「人間、役割があるというのは幸せなことですから」


私は窓の外に視線をやった。

庭園では、義母が客に向かって高笑いをしている。その横顔は、以前の意地悪なものではなく、どこか道化じみた、しかし充実した表情に見えなくもなかった。


彼女たちは一生、私の掌の上だ。

私が稼ぐ金で生き、私が作ったシナリオを演じ、私の理想とする公爵家の一部として機能し続ける。

それは復讐であり、同時に救済でもあった。


「……さて、そろそろ私も顔を出しましょうか」

「一緒に行こう。僕の自慢の妻を紹介したいからね」


アレクセイのエスコートで、私は光あふれる庭園へと向かう。

「金勘定など下賤」と蔑まれた私が、今やこの家の中心にいる。

その事実は、どんな宝石よりも私を輝かせていた。


義母が私に気づき、一瞬だけ複雑な顔をした後、すぐに営業用の笑顔を貼り付けて手招きした。


「あら、エレナ。いらっしゃい。皆様が、このハーブティーのブレンドについて詳しく聞きたいそうよ」

「はい、お義母様。すぐに参ります」


私は優雅に微笑み、一歩を踏み出した。

「泥臭い真似」のおかげで守られた、この輝かしい檻の中で。

私たちの奇妙で、完璧な共犯関係は、これからも続いていくのだ。

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