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「金勘定など下賤」と蔑む義母と義姉へ。あなた方の優雅な生活、全て私の『汚れた金』が支えております〜平民公爵夫人の家政改革〜  作者: jnkjnk


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第3話:王家からの招待状

改革の種を撒いてから半年。季節は巡り、ラヴァン公爵領の風景は一変していた。

かつては石ころだらけだった不毛の荒地は、今や見渡す限りの紫と白の絨毯となっていた。ラベンダーとカモミール、そしてミント。風が吹くたびに甘く爽やかな香りが漂い、その香りは遠く離れた街道を行く旅人の足をも止めさせるほどだった。


「素晴らしい出来ですわ、奥様!」


畑の中央で、麦わら帽子を被った少女が満面の笑みで駆け寄ってきた。農民の娘で、今では私の右腕として栽培管理を任せているマリアだ。


「ええ、マリア。あなたたちが毎日丁寧に世話をしてくれたおかげよ」

「とんでもない! 全部、奥様が教えてくださったからです。それに……見てください、あの荷車の列を!」


彼女が指差す先には、収穫されたばかりのハーブを積んだ荷車が列をなし、加工場へと向かっている。加工場では、乾燥、抽出、瓶詰めといった工程を経て、「ラヴァン・ハーブ」というブランド名で商品化される。


これらの商品は、私の実家の商船ルートを使って王都の薬屋や高級サロン、さらには王宮にも納品されていた。品質の高さと、「公爵家謹製」というブランドイメージが相まって、今や王都の貴婦人の間で爆発的なブームとなっているのだ。


公爵家の金庫には、かつて見たこともない速度で金貨が流れ込んでいた。

借金はすべて完済。使用人の給金も上げ、領民の生活も豊かになった。私が屋敷の廊下を歩けば、誰もが深々と頭を下げ、尊敬の眼差しを向けてくる。


……ただし、二人の人間を除いて。


「ちょっと、どういうことなのよ!」


サロンの扉が開け放たれ、義姉のソフィアが金切り声を上げて飛び込んできた。その後ろから、不機嫌そうな顔をした義母のベアトリスも続いてくる。

私が優雅にティーカップを置くと、二人はテーブルの上に一枚の封筒を叩きつけた。


それは、王家の紋章が入った豪奢な招待状だった。


「王宮主催の園遊会への招待状よ! しかも、国王陛下と王妃殿下が主催される、一年で最も重要な会じゃないの!」

「それは光栄なことですわね」

「光栄なこと、じゃないわよ! 見なさい、宛名を! 『ラヴァン公爵夫妻、およびご家族』って書いてあるのよ!」

「ええ、ですから私たち全員が招待されているということでしょう?」

「問題はそこじゃないわ! ドレスよ、ドレス! こんな急な知らせで、新しいドレスなんて間に合うわけないじゃない!」


義母が扇子を激しく仰ぎながら叫ぶ。


「ただでさえ貴女が予算を絞るせいで、私たちはずっと同じドレスを着回しているのよ? このままじゃ、園遊会で笑いものだわ! 今すぐ王都一番の仕立て屋を呼び寄せて、徹夜で作らせなさい! 金ならあるんでしょう!?」

「最近、随分と羽振りがいいそうじゃない。私たちの小遣いはケチるくせに、商売では大儲けしているって噂よ。その汚い金でも、たまには役に立てたらどう?」


義姉が品のない言葉で煽る。

私は静かにため息をついた。半年経っても、この人たちは何も変わっていない。公爵家がどうやって持ち直したのか、領民がどれほど努力したのか、何も知ろうとせず、ただ湧いてくる泉のように金を使い果たすことしか考えていない。


「お義母様、義姉様。残念ながら、新しいドレスを作る時間も、そのための無駄な予算もありません」

「なっ……! 無駄ですって!? 公爵家の体面をなんだと思っているの!」

「体面なら、守る方法はあります」


私は立ち上がり、部屋の隅に控えていた侍女に目配せをした。彼女たちが運んできたのは、二体のトルソーに着せられたドレスだった。

それは新品ではない。義母と義姉が数年前に着ていた、流行遅れのドレスだ。しかし、よく見れば、レースの配置が変えられ、袖の膨らみが現代風に調整され、さらに襟元には我が領地で栽培されたハーブで染められた美しいリボンがあしらわれている。


「これは……私の古いドレス?」

「はい。お二人が『もう着られない』と放置されていたものを、領地のお針子たちにリメイクさせました。生地は最高級のシルクですし、少し手を加えるだけで、十分に輝きを取り戻しましたわ」

「ふざけないでちょうだい! 園遊会に古着を着て行けと言うの!? 貧乏くさい!」

「ソフィアの言う通りよ! 私たちを乞食扱いする気!? こんな恥ずかしい真似、できるわけがないでしょう!」


義母がトルソーを突き飛ばそうとした、その時だった。


「いい加減にしてください!」


怒鳴り声が響き渡り、サロンの空気が凍りついた。

全員が驚いて入り口を見ると、そこには夫のアレクセイが立っていた。普段は温厚で、特に母親には一度も逆らったことのない彼が、顔を真っ赤にして怒りに震えている。


「アレクセイ……?」

「母上、姉上。あなた方は、今の生活が誰のおかげで成り立っていると思っているのですか」


アレクセイは一歩ずつ、二人に詰め寄った。


「エレナが、どれだけ苦労してこの家を立て直したか。泥にまみれ、数字と格闘し、使用人や領民と心を通わせて……その結果が、今の公爵家の繁栄なんです。あなた方が毎日食べている美味しい食事も、温かい部屋も、すべて彼女の努力の賜物なんですよ!」

「な、何を……親に向かって……」

「黙って聞いてください! 彼女は、あなた方を追い出すことだってできたんです。借金のカタに売り飛ばすことだってできた。でも、彼女はそうしなかった。公爵家の名誉を守るために、あなた方の生活を守るために、必死で戦ってくれたんです!」


アレクセイの声は、悲痛な叫びのように響いた。

私は胸が熱くなるのを感じた。彼は、ちゃんと見ていてくれたのだ。私の戦いを、孤独を、すべて理解してくれていた。


「このリメイクドレスもそうです。エレナは、ただ節約のためにこれを提案したんじゃない。古いものを大切にし、手を加えて新たな価値を生み出す……それこそが、今のラヴァン公爵家が示すべき『新しい貴族の形』だと考えたからです。それを貧乏くさいと切り捨てるなら、あなた方に貴族を名乗る資格はない!」


義母と義姉は、ポカンと口を開けてアレクセイを見つめていた。反抗されたことのない息子からの、あまりにも激しい剣幕に、完全に気圧されている。


「……アレクセイ様」


私はそっと彼の腕に手を置いた。彼はハッとして私を見つめ、そしてぎこちなく、しかし力強く頷いた。


「僕は、エレナと共に園遊会へ行きます。母上たちがそのドレスを着るのが嫌なら、欠席されても構いません。ですが、新しいドレスの予算は出しません。一銭たりとも」


アレクセイは言い切ると、私の肩を抱いてサロンを出ようとした。

背後で、義母が震える声で何かを呟いたが、私たちは振り返らなかった。


廊下に出ると、アレクセイは大きなため息をつき、崩れ落ちそうになった。


「はあ……言っちゃった……」

「ふふ、素敵でしたわ、アレクセイ様。まるで物語の騎士様のようでした」

「やめてくれよ、足がガクガクだよ……。でも、スッキリした。ずっと言いたかったんだ」


彼は照れくさそうに笑い、私の手を握りしめた。


「ありがとう、エレナ。君のおかげで、僕も少しは変われた気がする」

「ええ、とても頼もしいです。……でも、お義母様たちはきっと来ますわよ。あのプライドの高さですもの、王家の招待を断るわけがありません」

「ああ、だろうね。あのドレスを着てくるかな?」

「着てくるでしょうね。他に選択肢がないのですから。それに……」


私は悪戯っぽく微笑んだ。


「あのドレスには、ちょっとした『魔法』をかけておきましたの。園遊会で、きっと素晴らしいことが起こりますわ」


数日後、園遊会の当日がやってきた。

王宮の広大な庭園には、色とりどりのドレスを纏った貴族たちが集い、華やかな笑い声が溢れている。


私たちラヴァン公爵家の一行が到着すると、周囲の視線が一斉に集まった。

それは主に、最近話題の「ラヴァン・ハーブ」による経済的成功と、公爵夫人の経営手腕に対する好奇の目だ。


「あれが噂のエレナ夫人か」

「なんと聡明そうな……」

「それに比べて、後ろの……」


私の後ろを歩く義母と義姉は、明らかに不機嫌だった。

結局、彼女たちは私の用意したリメイクドレスを着てきたのだ。

義母は深いワインレッドのドレス、義姉は淡いブルーのドレス。どちらも流行の最先端ではないが、落ち着いた色合いと、ハーブ染めのリボンが上品なアクセントになっており、決して見劣りするものではない。


しかし、当の本人たちは「古着を着せられた」という屈辱感でいっぱいのようで、扇子で顔を隠し、誰とも目を合わせようとしない。周囲が自分たちを嘲笑っていると思い込んでいるのだ。


「見て、あそこの公爵夫人。なんだかデザインが古くない?」

「あら本当。随分と物持ちが良いこと」


遠くからそんな囁き声が聞こえると、義母の肩がピクリと震えた。

彼女にとって、社交界での評価は命よりも重い。今この瞬間、彼女は地獄の釜茹でにされているような気分だろう。


「ほら、言わんこっちゃないわ! やっぱり新しいのを作るべきだったのよ!」

「お母様、もう帰りたい……恥ずかしいわ……」


二人が小声で文句を言い始めた時、ファンファーレが高らかに鳴り響いた。


「国王陛下、王妃殿下の御成り!」


庭園の喧騒が波が引くように静まり返り、全員が最敬礼で王族を迎える。

国王陛下と王妃殿下が、近衛兵を従えてゆっくりと歩いてくる。

その時、私の心臓が早鐘を打った。

ここからが、私の描いたシナリオのクライマックスだ。


王妃殿下は、私たちの前で足を止めた。

優雅な微笑みを浮かべ、真っ直ぐに私を見つめる。


「ラヴァン公爵夫人、エレナですね」

「はい、お初にお目にかかります、王妃殿下」


私は深くカーテシーをした。

王妃殿下は、まるで旧知の友人に語りかけるように、温かい声で続けた。


「そなたの活躍は、王宮でも評判ですよ。荒れ果てた領地をハーブ畑に変え、新たな産業を興したとか。我が国の経済にとっても、喜ばしいことです」

「もったいないお言葉でございます。すべては領民たちの努力と、夫の支えあってのことです」

「謙虚ですね。……そして、そちらは先代公爵夫人と、そのお嬢様ですね」


王妃殿下の視線が、私の後ろで縮こまっている義母と義姉に向けられた。

二人は慌てて頭を下げるが、その顔は蒼白だ。「古着を咎められる」と思っているに違いない。


「お二人のドレス……とても素敵ですね」


王妃殿下の口から出た言葉に、義母と義姉は耳を疑ったように顔を上げた。

周囲の貴族たちもざわめき立つ。


「え……?」

「その深い色合い、そして胸元のリボン。それはラヴァン領のハーブで染められたものでしょう? 古き良き伝統的なデザインを生かしつつ、新しい領地の恵みを取り入れている。まさに『温故知新』。歴史ある公爵家に相応しい、品格のある装いです」


王妃殿下は、さらに声を張り上げて周囲に聞こえるように言った。


「最近は、流行を追うあまり、一度着ただけのドレスを捨ててしまう貴族も多いと聞きます。しかし、真の豊かさとは、物を大切にし、そこに新たな命を吹き込むことにあるのではないでしょうか。ラヴァン公爵家の女性たちは、その手本を示してくれました。私は、この精神に深く感銘を受けます」


その言葉が終わるや否や、会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。

「素晴らしい!」「さすが歴史ある家柄だ」「流行に流されない矜持を感じる」

称賛の声が、さざ波のように広がっていく。


義母と義姉は、何が起きたのか理解できず、ぽかんと口を開けたまま立ち尽くしていた。

自分たちが恥じていた「古着」が、王妃殿下によって「貴族の模範」として絶賛されたのだ。恥辱の象徴だと思っていたものが、最高の栄誉に変わった瞬間だった。


「お、恐れ入ります……」


義母はやっとのことで声を絞り出し、震える膝でカーテシーをした。その顔には、安堵と、そして混乱の色が混じり合っている。


私はそっと息を吐き、口元を緩めた。

もちろん、これは偶然ではない。

私は事前に、実家のコネクションを使って王妃殿下の側近に接触し、献上品として最高級のハーブティーと、活動報告書、そして「今回の園遊会では、質素倹約と伝統の尊重をテーマにした装いで参ります」という手紙を送っていたのだ。


王妃殿下はもともと倹約家で知られており、近年の貴族の浪費癖を憂いていた。私の提案は、まさに王妃殿下の考えと合致し、渡りに船だったというわけだ。


義母と義姉は、何も知らずに私の手のひらの上で踊らされ、そして救われた。

彼女たちのプライドは守られた。だが、それは彼女たちが最も軽蔑していた「平民の知恵」と「節約」によって守られたのだ。


「……エレナ、これは……」


アレクセイが驚きのあまり囁いてくる。私は彼にだけ聞こえる声で答えた。


「『魔法』が効いたようですわね」


園遊会が終わる頃には、義母と義姉はすっかり上機嫌になっていた。

周囲の貴族たちに囲まれ、「いやあ、古いものを大切にするのが我が家の家訓でして」「流行なんて追うのは子供のすることですわ」などと、さっきまでの態度とは180度違うことを吹聴している。


私はそれを、少し離れた場所から冷ややかに眺めていた。

彼女たちは気づいていない。

自分たちが今、どれほど滑稽で、そしてどれほど私に生殺与奪の権を握られているかということに。


「ふふ……さて、仕上げと参りましょうか」


私はグラスに残ったシャンパンを飲み干した。

今日の成功は、彼女たちへの「貸し」だ。巨大で、一生返せないほどの貸し。

そして同時に、彼女たちが二度と私に逆らえないようにするための、最後の布石でもあった。


馬車に乗り込む際、上機嫌な義母が私に声をかけてきた。


「まあ、今日は悪くなかったわね。王妃殿下にお褒めいただけるなんて、私の日頃の行いが良いからだわ。貴女も、少しは役に立ったようね」


どこまでも図太い人だ。私は内心で呆れつつも、淑やかに微笑んでみせた。


「ええ、お義母様。お役に立てて光栄です。……ですが、お忘れなく。その『日頃の行い』を誰が演出し、誰が支えているのかを」

「え?」

「さあ、帰りましょう。明日からはまた、領地の経営が待っています。……今度は、お義母様にも少しお手伝いいただこうかしら?」


義母の顔から、さっと血の気が引いたのが見えた。

そう、王妃殿下に「領地の恵みを取り入れた装い」と褒められた以上、彼女たちは今後、領地の産業を無視することはできない。むしろ、先頭に立ってアピールしなければならない立場になったのだ。


もう、「平民の泥臭い仕事」と馬鹿にすることはできない。

彼女たちは自らの虚栄心によって、私が敷いたレールの上を走り続けるしかなくなったのだから。


馬車が動き出す。

窓の外に流れる王都の夜景は、いつになく美しく輝いて見えた。

私の「復讐」は、誰も傷つけず、誰も不幸にせず、けれど最も残酷な形で完成しようとしていた。

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