(アッシュ)78 地獄へようこそ
(アッシュ)
ジョアンとは多分さっきの少年の事だろう。
拳を強く握るローレンを見て────俺は吹き出してしまった。
「あのさ、これは俺もつい最近まで知らなかった事なんだけど、その『ために』がつくと、結局前に『自分の』がつくみたいだよ。
全部ぜ〜んぶ『自分のため』。
アナタのために私は我慢してます、頑張ってますよ〜っていう一方的に投げつけられる重たい重たい自己アピール何だよ、それ。」
「な……なな…………なっ……?!」
指を指されて笑う俺を呆然と見つめるローレン。
しかし俺の目に映るのは、そんなローレンの姿ではなく……『お前のためだ!』と怒鳴りながら、俺を怒鳴って殴りつける父と呼んでいたモノと、何も言わずに道を見せてくれたルークの姿だった。
「アンタはさ、戦いたくないんでしょ?怖いからかな?
だから戦わなくていい理由に、子供を使っているだけだよね?」
「そ……そんなことないっ……!!」
怒りか動揺か……ブルブル震えているローレンを見て、俺は大きなため息をつく。
「あのさ〜。あの子供からしたら、アンタも加害者なんだって。
『アンタのために我慢している』、な〜んて言われて、母親が痛めつけられる姿を毎日見せつけられるんだよ?
心の中は復讐心で一杯だ。
あぁ、それとも『母親が盾になってくれてラッキー!』って思う様になるのかな?
どっちにしろ歪むよね。
その歪みを作ったのは、アホで無能な父親と悲劇のヒロインごっこに悦っている母親だ。」
「……っ!!あ、あなたに何が分かるのっ!!」
ローレンは激昂したのか、突然怒鳴りだした。
「圧倒的な『力』を持っている相手に、どうやって戦えばいいのよ!
ただでさえ力が劣る女性が男性相手に戦うのがどんなに怖い事か……そんなのアンタには分からないでしょうね!
私さえ我慢していれば、あの子に被害はいかない……だから私が我慢するしかないの。
私が……私が……。」
最後は両手で自分の身を守る様に抱きしめたローレンを見て、俺はもう一度ため息をついた。
「『戦い方は一つじゃない』らしいよ。どう戦うかは人それぞれ。
でも、生きる事っていうのは戦う事からは逃げられないって言ってたな。
目を閉じて従い続けるのはアンタの自由だけど、そんな死人みたいな生き方に子供を巻き込むのは止めた方がいいんじゃない?
本当にその子供のためを思うなら、そのまま一人で進みなよ。
多分そこには地獄が広がっているから。」
「────っ!」
今度は震え始めるローレンに、少しだけ昔の自分が重なる。
『圧倒的な力』によって理不尽に虐げられ、押さえつけられた日々は、自分をそこに縛り付け、別の道へ進む事に恐怖を与える。
別の道に進もうとする足を止めるのは、自分自身。
自分はこんなに辛い目にあってきた。
だから光輝く道へ行く事は、今まで耐えてきた自分を可哀想で惨めにするモノ。
だから、その場所を出ようとすればするほど、輝く周囲を見れば見るほど、どんどんと『ある気持ち』が大きく育っていくのだ。
何も苦労せずに、最初から幸せに暮らしている奴ら全部が憎い。
ズルい、ズルい、ズルい!
自分が辛かった分、誰かを同じ道へ引きずり込んでやる。
沢山沢山傷つけて、自分が得られなかった欲しいモノごと全てをぶっ壊してやる────って。
目を瞑って流され続けた先には、怒りと憎しみしか存在しない。
「断言するけど、このまま進めば全てを呪う化物の様になるよ。アンタとアンタの子供。
自分が押さえてきた怒りと苦しみは、いつか無関係な奴らに向く。
そうしたらアンタも子供も、晴れて何もしていないのに自分たちを虐げてきた父親と同じモノだ。おめでとう。」
パチパチと拍手をすると────ローレンは下を向いたまま動かなくなってしまった。
恐らく心の中には色々な感情が渦巻いているのだと思うが……これ以上特に何も言うつもりはない。
結局誰かに引っ張られる形で進んだ所で、元の道に戻されるだけ。
きっかけだけ貰ったら、あとは自分の足で進むしかないんだよ、自分の人生なんだから。
「────さ〜てと。」
調査を続けようと、俺が窓から外へと出ようとしたその時────「待って!」とローレンは俺を呼び止めた。
めんどくさいな〜……。
うんざりしながら後ろを振り向くと、ローレンの瞳の奥には今までになかった『決意』がある様に見えた。
「……恐らく全ての事情を知っている者がいるわ。
名前は<サンド>
シリンズ家は元々私の生家で、ゲリーはモンスター契約の素質を見込まれて来た入り婿なんだけど、サンドは最初からゲリーと一緒にやってきた専属護衛だった男よ。
まずはその者に話を聞いてみましょう。
でも……一筋縄ではいかない男だと思うわ。彼の契約したモンスターもかなり強力なモノだから。」
「へぇ?それは随分と話が分かりそうな男だね。
────で?助かるけど、どういう風の吹き回し?得体の知れない俺を、突然連れて行くなんてさ。」
誂う様に尋ねると、ローレンは少なくとも正義の味方に見えない笑みを浮かべる。
「だってアナタ、この家に忍び込んできた『敵』なんでしょう?
今のシリンズ家にとって悪いモノなら好都合。
戦い方は一つじゃないなら、私は利用できるモノはなんでも使って戦おうと思っただけよ。」
気丈に振る舞う姿には、先程とは違い生気の様なモノを感じた。
足が密かに震えている事から、きっと100%ゲリーへの恐怖から抜け出せてはいないとは思うが、多分そこから一歩、進み出たのだと思う。
俺はフッと笑いながら、ついてくるよう指示するローレンの影の中に入り込んだ。




