72 白鳥のとまり木
(ルーク)
「……例えば、人が実際に住んでいる家って、どんなに綺麗にしても絶対に汚れていくでしょ?
それって住んでいれば当然の事なんだけど……この街って、綺麗過ぎる気がするんだよね。」
「気にしすぎだろう。街の人が努力して良い街にしようとしているだけに決まっている。」
みかん飴を即座に噛み砕き、今度はアッシュに噛みつき出すセレンだったが、アッシュはそんなセレンを鼻で笑った。
「それと俺が気になったのは、ちょこちょこ耳に入る話かな。
『街人の一人になれて良かった。』……これって、つまりモンスターと契約できなかったら街に住めないって聞こえる。」
アッシュは俺の方へ意味深な視線を向けて軽く首を傾げたので、俺は親指をグッと立てて、その意見に同調する。
「流石はアッシュ。鋭いヤツめ!確かにちょっと違和感がある街だよな。
確かこの街を治めているのは……男爵家の【シリンズ家】だったか?
代替わりした新当主は、結構強力なモンスターと契約したって聞いたような……?」
ポワ〜ンと浮かぶのは、なんちゃって程度の貴族知識。
基本貴族は、元々強力な力を先祖代々受け継ぎ、更に政略結婚によって強めてきた家であるため、平民より強いのは勿論、身分が高い程強くなっていくのが常識だ。
そんな貴族の中で、男爵家は貴族の中で一番下。
つまり『じゃあ、貴族の中では一番弱いね!』と思われるが、実は全てがそういうわけでもない。
男爵家は、元々平民の血筋だった者達が、何か凄い功績を残したとか、もしくは突然変異に近い力を手に入れたとか……そういった理由で国から地位を貰っている場合もあるため、男爵だから1番弱いというのは大間違い。
やたら強かったり、特殊性に優れていたりと、下手な高位貴族より強い場合もある。
この街を治めているシリンズ家は、まさにそんな家に該当し、代々モンスターとの契約が成功しやすい家系ではあったが、最近就任した当主が随分と強力なモンスターと契約できたため、男爵家の中でも実力的には上位に食い込む可能性があるんだとか。
「……確かに実力はあるのかもしれないけど、ちょっときな臭いよな〜。」
何故かショックを受けているセレンと、すっかり警戒モードになっているアッシュの首に腕を回すと、二人を引き寄せヒソヒソと話しかけた。
「まぁ、街は治める領主によって色んな法律があって、街の外の人間から見たらちょっと変な法律でも、全てが間違いだとも言えないもんだ。
何事もバランスが大事って事。
だから、どんなに違和感が目立ったとしても、早とちりして暴れない様にな〜。
まずは報告。特にアッシュ。」
また固まったセレンは置いておいて、俺は腕を外した後、アッシュの鼻をブスッと指す。
すると「痛っ!」と呟いたアッシュは、一瞬面白くない顔をしたが、すぐにハァとため息をついた。
「……ハ〜イ。ちゃんと分かってるよ、ご主人様。」
「うむ!よろしい!じゃあ、一旦今日泊まる宿屋に行ってみようぜ!」
俺は真っ赤な顔で固まってしまったセレンの背を押しながら、本日泊まる宿屋【白鳥のとまり木】へと歩いていった。
◇◇◇
「おお〜……これは中々。」
本日泊まる予定の宿屋の前で、そのご立派な建物を見上げ、感動に息を漏らす。
外見はまるで旧日本を思わせる大きな木造の平屋。
それに提灯の様な物が建物の至るところに吊るされていて、ちょっとした不思議空間に紛れ込んじゃったのかと思う程。
これまた凄い高級宿屋を……。
セブンの粋な計らいに、俺は密かに拳を握った。
なんてったって俺が若い頃など、めちゃくちゃになった世界の再建のため、大した金も貰えず放流されたから、金持ち……つまりセレブな生活など一度もしたことなし。
だからルークになってラッキーな事の上位にランクインしているのは、豪華な部屋と豪華な食事を体験できている事だったりする。
「……クククッ、とうとう俺もセレブの仲間入り!いいぞいいぞ〜!」
喜びを抑えきれずにテンション高く手を上げ下げしていると、突然その宿屋の扉が開き、中から女将さん風の美しい40代前半女性が出てきた。
「ようこそおいで下さいました。本日ご予約されていいるルーク様一行様で間違いございませんか?」
格好は落ち着いた藍色の着物の様な服装。
髪はキッチリ上に纏めらていて、清潔感がただよう東洋系美人なその女性は、深々と頭を下げてきた。
ありありのめちゃあり!!
どストライクの美女!
ギラッ!と目を輝かせた俺は、気をつけの姿勢で負けじと頭を下げる。
「はい!俺達がルーク一行です!本日はよろしくお願いしまーす!!
そして、これからもよき関係を築けたらと思う次第で────!!」
「…………。」
「…………。」
アッシュからは呆れた様な雰囲気が、そしてセレンからは痴漢を目の前で見たかの様な?とにかくショックを受けている様な雰囲気が漂った。
いいじゃんいいじゃん!
今の俺、独身なんだしぃ〜!
言い訳する様に心の中で叫んだのは、全身武装した元妻の千代が準備運動している姿が頭の中に過ったから。
ちょっとでも欲望を覗かせると、一生元奥さんにフルボッコされる人生!
結局、体が変わっても心が変わらない限り新しい人生は無理って事か……。
「そんなぁ〜……。」
想像の中の元奥さんの強烈なストレートを喰らい涙を堪えていると、女将さん風美女はコロコロと笑った。
「とても丁寧な挨拶ありがとうございます。
私はこの【白鳥のとまり木】の女将を務めさせて頂いてます<ハク>と申します。
どうぞ中へ。本日お泊りの部屋まで案内いたしますわね。」
ハクさんがそう言うと、突然ポンッと音を立てて一匹のモンスターが姿を表す。
手のひらサイズの白い鳥の姿によく似たモンスター────<ピリン>だ。
<ピリン>
体長10cm程の鳥型Gランクモンスター
光属性のモンスターであり、灯りを灯すなど光を操る事を得意とする
ただし戦闘用としては適していない
「光属性のモンスターか!」
「はい、モンスターの事をよくご存知ですね。
この宿屋の灯りは全てこの子が宿してくれているんです。ピリン、今日もよろしくお願い。」
《ルルルル〜♬》
ピリンがご機嫌で鳴き声を上げると、控えめな灯りだった宿屋は突然パッ!と色とりどりの光によって光り輝く。
それはまるで一斉に花が咲いた様にも見えて、一瞬ココが人が住む街の中だと忘れそうになった。
「これは……凄い。」
「へぇ〜綺麗だね。やるじゃん。」
セレンとアッシュも俺と同じ様に思ったらしく、目を輝かせて喜んでいる様だ。
「ここはモンスターと良い関係を築けている街なんだな。凄い事だと思うよ。」
「……そうですね。」
軽い感じでこの街を褒めると、一瞬だけハクさんが言葉に詰まっていたのに気付いたが……気づかない振りをして、案内を始めるハクさんに大人しくついて行く事にした。




