58 笑いあえる日
(ルーク)
「……初日から飛ばしすぎたかな。」
俺はぐっ!ぐっ!と腕を伸ばしながら、気絶して倒れている二人を見下ろす。
とりあえず最初は身体能力の把握を目的としているため、気絶するまでやらせてみたわけだが、前世ならこれより前の時点で才能のない奴らはリタイア。
つまりここまでついてきた二人は、戦いの才能があるって事だが……あとは精神力の問題だ。
「最初からキツイと、大体のやつは折れる。
これが毎日続くんだと分かると……まぁ、まともな奴は別の道を探すよな。」
フッと笑いながら、二人の服についている泥を叩くと、よっこらせっと両肩に担ぐ。
そしてそのまま屋敷の方へ連れてってやると、最初に目を覚ましたのは、アッシュの方だった。
「……クソっ。……明日は……絶対に一発入れてやる……。」
アッシュはブルブル体を震わせながら、悔しそうに呟く。
それを聞いた俺は、なんだか嬉しくなって、思わず笑ってしまった。
全然精神折れてねぇ〜じゃん!面白い!
「ハハッ!頑張りたまえ、護衛2号くん。」
そのままご機嫌でスキップし始めると、その振動でフッと意識を戻したらしいセレンは、白目を向いたままブツブツと呟き出す。
「……左からの攻撃……踏み込み……しゃがみ込んで────……。」
こっちはこっちで、気絶した後も戦いは続いている様だ。
若き日の頃、クソ強い上官連中の訓練を受けて手も足も出ず、こうして仲間全員倒れてしまい、悔しくて意識半分で不満や改善点を言い合った。
ただ懐かしい……。
そしてまた、そんな奴らと会えた事に感謝した。
「うんうん!これからの生活が楽しみだな〜!二人とも頑張れ!」
とりあえず侍女のサリーにセレンを預けて風呂に入れてもらうと、アッシュの方は俺がそのまま風呂へと持っていってやる。
そしてすぐに泥だらけの服を豪快に脱がすと、そのまま風呂場の豪勢な金色がメイン床に転がして、泡立てた泡で力強く洗った。
そして白の泡が真っ黒に染まったのを見届けると、そのまま洗い流して、風呂場にドボン!
アッシュは半分寝たまま、笹舟の様に浮かんでいた。
「よ〜し!俺もは〜いろっ!」
濡れてしまった服を脱いで自分の体を洗いながら、本日の二人の実力とこれからの方向性について考える。
「とりあえずセレンの訓練は、基礎ステータスを一気に上げたいよな〜。アッシュはもう既にステータス的にはかなり強いから、個性をあげていきたい。
二人ともスピード型だからそれを活かして……。」
ブツブツと呟きながら、風呂の中央に設置されているおっさんの像を見上げ、汗を掻く。
まるで銭湯の様な巨大風呂の中央に立っているのは、金でできた水瓶を持つルークの父ルストンの像だ。
その水瓶からは絶えず暖かい湯が流れ落ちていた。
「……あれも魔道具か。本当に色々なモノに使われてるんだな。
これも魔力とやらで動いているらしいが、原理がサッパリ分からん。」
俺のいた世界では、物質の核を再生する際に発生したエネルギーを利用した『エネルギー・コア』というモノが、万能のエネルギー源であった。
それにより様々な武器生産や生活用エネルギーの取得が可能となったのだが、それと基本は同じという扱いで良さそうだ。
俺は自分の手をフッと見下ろし、不思議なパワーである魔力の存在を感じようと集中してみたが……歳を取ってイメージが貧困なせいか、抽象的なパワーを想像するのが難しかった。
「少なくとも、魔法を使って後方でバンバン!……はできなさそうだ。」
早々に魔法については諦め、まずはこの世界の知識を得る事から始めようと誓う。
そして少しの間考え、その後はおっさんの像の下で溺れかかっているアッシュを回収して風呂を出た。
◇◇
「さて、確か俺の母親の方の部屋がセレンで、義理母の方の部屋がアッシュだったっけ?
────はい、どっこいしょ〜!」
順番に部屋のドアを開けてベッドに放り込んでやり、俺は自分の部屋のベッドにダイブ!
侍女達が綺麗に洗ってくれたフカフカの枕に顔を埋めて、やっと一息ついた。
「試験まで約半年しかない。身体の鍛錬の他にも筆記テスト用の勉強が必要だな……。
家庭教師の手配でもするか……。」
うう〜ん……。
引き続き今後の事を考えながら、ボンヤリと屋敷の中の魔力反応達を感じていると、突然今まで全く動く気配を見せなかった父、ルストンに動きが見えた。
「?あれ?なんかし始めたな、アイツ。」
どうしたのかと思いその動きを追っていると、ルストンは何回か屋敷の外と自室を行き来して、その後は自分の妻であるフルートの部屋、そして子供達であるライアーとスティーブの部屋へと行く。
そこら辺でやろうとしている事に気付いたが、ちょうど良いと思ったので、そのまま行動を許す事にした。
「はは〜ん?とうとうこの屋敷を逃げる事にしたって事か。大方場所は、叔父の所かな?」
父ルストンには、他の子爵家に婿入りした弟<ナイル>という男がいる。
ナイルは父と共に、悪事を働いていた小悪党であるため、恐らく父を匿う手伝いをするはずだ。
「下手に兄を切り捨てれば、追い詰められた兄が今までの悪事を暴露するかもしれないもんな。恐らく手を貸し続けるはず。────うん、ちょうど良いな。
今度何か仕掛けてきたら、ナイルの家ごと一網打尽にしてやろう。楽しみだな〜。」
思わずクっクっクっ〜!と悪い笑みを浮かべると、外に待機していた馬車が出発したのか、父と母、兄達の反応はどんどんと遠くへ行き────そのまま消えていった。
やっと面倒なのがいなくなったと、なんだか部屋の断捨離をした時と同じ様な開放感というか……スッキリした気持ちでいると、今度は隣にいるアッシュの気配がベッドから起き上がったのを感じる。
「……?アイツ起きたのか?」
仰向けにゴロンッとして、アッシュの部屋に続くドアを見つめると、すぐにアッシュは部屋のドアの前に立ち、そのまま静かに俺の部屋へと入ってきた。
そしてややフラフラしている足取りでベッドまで近づいてくると、そのまま野生の猫の様に、ど真ん中で横たわる俺から大きく離れた端っこへと身体を横たえる。
「…………?」
いや、何で来た???
汗を掻きながら、チラッとアッシュへ視線を向けると、死ぬほど疲れているはずなのに半分起きているのに気づき、やっとその行動を理解した。
「悪くない寝心地だろう?」
「……まぁ、そうだね。」
暗闇の中で話し掛けると、少しの沈黙の後返事が返ってくる。
俺は寝込んだまま、両手を上に上げて身体を大きく伸ばすと、そのまま手を頭の後ろに組んだ。
「俺はお前より強いし?何かが来たらお前より早く起きるからさ。せっかくだから、熟睡ってヤツを経験してみたら?」
「…………。」
アッシュからは息を飲むような音が聞こえたが、あえてそれを無視してやる。
アッシュの環境については詳しく知らないが、少なくとも俺は睡眠に関しての訓練は完璧に訓練されている。
一番奇襲を受けて命を落とす可能性が高いのは、睡眠時。
だから、他者の気配によってすぐに起きて自動的に攻撃する様に体は覚えている。
アッシュも多分その訓練を受けていて、今まで熟睡したことがないんじゃないかと思ったのだが、これはビンゴだった様だ。
いろんな奴がいるこの屋敷の中で、多分本能的にこの部屋が安全だと判断したんだろう。
だって、自分よりも強い俺が、わざわざ寝ている所を狙う必要ないから。
「……熟睡……できるかな。」
「────さぁ?とりあえず目閉じてりゃ、そのうちできんじゃね?」
俺もしたことないけど。
とりあえず適当に答えたというのに、アッシュからは嬉しそうな気配がしたため罪悪感を感じた瞬間、今度はセレンの方に動きがあった。
「……今度はセレンか。」
セレンはアッシュと同様にフラフラとおぼつかない足取りで、俺の部屋に繋がるドアの前に立つと……そのままバンッ!と思い切りドアを開けてくる。
堂々たるその行動に多少驚いたが、セレンの方を見ると、なんと目を閉じていた!
寝ぼけている……。
呆れながらセレンの動きを見守ると、セレンはフラフラベッドに近づいてくると、そのまままたしても堂々たる様子でベッドの中に潜り込んでくる。
そしてモゾモゾ動きながら、アッシュとは逆方向から真隣までくると、俺の胸あたりをぽんぽんと叩いた。
「セレンねぇちゃんがここにいるから大丈夫ぅ〜……。
『ある街に、困難に負けない貧しい家庭で生まれ育った女の子がいました……ある日その女の子が────……。』」
セレンは、ぽんぽんと一定のリズムで俺の胸を叩きながら、夢現でどこかで知ったらしい物語を語り始める。
俺、寝かしつけをされている……。孫より若い女の子に……。
セレンから一旦視線を外し、反対の隣を見ると、アッシュが口元を押さえてフルフルと震えていた。
セレンの方はというと、こっちはこっちで別の意味で熟睡を経験せずに生きてきたらしい。
……まぁ、孤児院だと沢山子供がいるし、精神的不安定な子供達が交代で起きて泣いていたんだろうな。
とりあえず今まで頑張って子供達をあやしてきたセレンの頭を、いい子いい子と撫でてやると、そのまま嬉しそうに笑って寝てしまった。
「……可愛い寝顔しちゃって。明日から地獄の訓練だからな〜。」
ボソボソと耳元で呟いてやると、聞こえてないだろうにグットタイミングで眉を寄せて魘されていたので、小さく吹き出してしまう。
そんなセレンを見て気が抜けたのか、アッシュが省エネモードになったのを確認すると、俺も静かに目を閉じた。
頭の中では、苦しくても辛くても、一緒に前に進んでいった前世の仲間たちと笑いあった日の事を思い浮かべて……。




