(セレン)34 幸せ……?
(セレン)
「────フッ!────フッ!」
剣を繰り返し繰り返し振り続けながら、流れ落ちる汗が地面に落ちていくのを何度も見送る。
朝は日の出と共に起床、そしてストレッチから走り込みをし終わった後は、ひたすら剣の鍛錬に励む。
それが私の毎日欠かさない日課だ。
しかし……本日はなんだかソワソワしてしまって、いつもよりも早い時間に目が覚めた。
そのためトレーニングを倍にしてみたのだが、やはりソワソワと落ち着かない気持ちは治まらない。
「……ふぅ。今日はこれくらいにしておくか。」
流れる汗を首元に掛けたタオルで拭いながら、私は木刀を地面に立てて昨日の事を思い出した。
ろくでもないゴロツキの集まりヘビネロ商会。
ソイツらは、ちょこちょこ教会に来てはちょっかいを掛けてくる。
そんな中で昨日、とうとう限界が来て手を出してしまったので、恐らく嫌がらせは加速するだろう。
そのせいでシスターや他の仲間たちの迷惑になる事、それが何より申し訳ないと思った。
「せっかくシスター達が我慢して必死にお金を払ってくれていたのに……私のせいで、台無しだ。
きっと、アイツら今日も来るだろうな。あの、やたら強い黒マントのヤツも……。」
手も足も出なかった黒マントの男の事を思い出し、負けた自分が悔しくてムッ!としてしまう。
あれは別次元の強さ。
本当なら、あのまま私も子供達も殺されていたに違いない────が……。
「…………。」
モワンモワンと浮かんだのは、助けてくれた少年ルークの姿だった。
途端に何故か顔が熱くなってきて、慌ててほっぺをペチペチと叩く。
ルークは更に別次元の強さを持っていて、私の木刀を使ってあの黒マントの男を撃退してくれたのだ。
その剣の型は、非常に難解で複雑な動きをしていて、正直いうと殆どその動きを捉える事はできず、ただただ圧倒されてしまった。
「曲線を描くような動き……それでいて、踏み込む所は躊躇なく踏み込むまっすぐな動きもあって、それに見えているだけでも何十ものフェイントを……。」
ブツブツとつぶやきながら、あの領域に辿り着くには一体何十年……いや、何百年必要なのだろうと考える。
あの剣は、考えられないくらいの多くの実戦経験によって創り上げられた事はなんとなく分かったが、それを一体どこで手にしたのかは分からない。
「……ルークは何者なんだろう?
随分痩せている様に見えたが……今思えば、服は上等なモノだった様な??」
服について詳しくはないが、少なくとも私やこの孤児院の子供達が着ているモノよりは上等なモノだという事だけはなんとなく分かった。
そのチグハグさが、余計にルークという人間を分からなくする。
「……裕福な商人か、はたまた戦闘機関に所属する両親の元に生まれたエリートか……。」
いずれにせよ、かなり砕けた言い方をして別れてしまったが……良かったのだろうか?
『俺はルーク。15歳!同じ歳だから敬語はお互いなしにしよう。気軽にルークって呼んでくれ。じゃあ、また明日な、セレン!』
セレン────セレン────セレン……。
ルークが自分の名前を呼んだ所が、やまびこの様に頭の中でリプレイされると、なんとなく昨日ルークが握っていた木刀部分をキュッ……と握ってしまった。
しかし、直ぐに何をしているんだと、我に返り、首を横にブンブンと振る。
「お、同い年の剣の同志に会えたから嬉しかっただけだ。
それに、ルークは私を戦人として認めてくれた初めての人だし……信念がキッチリあって尊敬に値するし……。」
ブツブツブツブツ…………!
ひたすらつぶやき続けていると、時間はあっという間に過ぎてしまった様で、そろそろシスター達がご飯を作る時間に……。
そのため、慌てて裏手にある井戸の水を全身に浴び、服を絞った後は調理場の方へと向かった。
◇◇
「セレン……また鍛錬をしていたのですか。」
マザーシスターの<ドルマ>が、呆れた様な顔で私に言う。
ドルマは今年で60を越える最年長シスターで、この孤児院の代表を任されている女性だ。
優しげな笑みと時に厳しく叱咤する姿は、世の母親というものを想像させた。
そんなドルマに続き、そのまま他のシスター達もクドクドとその事について苦言を呈してくるが、これは本当に私の事を心配しての事。
それを分かっているから言い返さずに、山積みにされたジャガイモの皮を剥き始めたのだが……今日は中々しつこい。
「貴方はもうすぐこの孤児院を出て、立派な大人として生きて行かなければなりません。せっかく、貴方を雇いたいと言ってくださっているお店が沢山あるのに……。
昨日申し入れに来てくれたパン屋さんは、とても評判なお店でお給料もすごく良い上に、お休みもキチンと貰える良い所なのですよ。今からでもそこに決めたらいかがですか?」
「そうよ〜。セレンは可愛いから、そのまますんごいお金持ちに見初められて、そのまま大富豪の奥様────な〜んて事もあるかもよ!
いいじゃな〜い!なんでも買って貰えて、美味しいものも食べれて、旦那様に愛される夢の様な生活♡」
歳がまだ若いシスター達は、ウットリとした顔であーたこーだと夢を語るが……。
「……その生活は本当に幸せなモノなのだろうか?」




