1 朝木 太蔵の人生
(太蔵)
西暦2✕✕✕年 地球。
謎の隕石が地球に近づき、世界中の人々が警戒する中、結局その隕石は、ある国の砂漠地帯へと落ちる。
その直後、落ちた隕石を調査すべく国は調査隊を派遣したのだが、その隊が一人残らず全滅した時から、人類にとっての長い長い戦いの歴史が始まった。
その隕石は、未知の生物の卵が無数に集まってできた卵嚢の様なモノで、そこから生まれた生物達が人類を蹂躙し始めたからだ。
体長20mを超える超巨大な体に、爆弾や戦車を使っての攻撃だろうが傷一つつかない硬い外殻。
360度視界全てを一度に視認できる複眼に、空気の振動によって他の生物の動きを察知する事ができる大きく長い二対の触覚らしき器官。
胴体部分についている六本の足は車と同じくらいのスピードで地上を歩行可能かつ、背中に生やした大きな鳥の様な羽により飛行能力まである。
そんな蟻に類似した冗談みたいな化け物が、一瞬で砂漠を埋め尽くすくらいの数が生まれて、あっという間に世界は滅亡の危機に直面した。
しかし、幸い知能の面で勝っていた人類は、科学という力を武器にその化け物と戦い続け、何百年の時を経て人類側の勝利で幕を閉じたのだ。
ちなみに、最後の戦いの舞台は日本。
他国の総攻撃によって追い詰められた奴らは、団体で小さな島国である日本へ向かい、そして────俺達【新日本国軍】が総力を持って迎え撃った。
まさに最後の戦いに相応しい激しい戦闘の末……とうとう最後の一匹を真っ先に前線に出ていた俺が仕留めての勝利!
その時は、生き残っていた仲間たちと共に大泣きして喜んだもんだ。
そうして、沢山の犠牲を出した未知の生物との戦いは、それで終わり。
平和になった事で、やっと犠牲になった沢山の者達のための慰霊塔と呼ばれる建造物が世界中で建てる事ができた。
この爪痕はこれから先何十年、何百年と続いていく。
喜んだのは勝った瞬間だけで、これから先の人生は喪失感との戦いになるだろうと、俺は自分の死んでしまった妻や仲間たちの事を思い出しながら覚悟した。
その後、敵がいなくなった事で俺達軍人は必要なくなり、国の治安を守る新たな機関【新警察】という機関に変わると、どんどんとその実力は劣化していく。
でもそれは悪い事ではなくて、要するに平和になったと言う事だ。
化け物達との激闘を経験している俺達シニア組は、子どものお遊戯の様な動きで犯罪者と戦う後輩達を、微笑ましく見守り……俺は最後、自分の息子と孫娘が見守る平和というモノの中、人生を終えた。
めでたしめでたし〜。ちゃんちゃんっ!♬
「────のはずだったのになぁ?一体どうなってんだ?」
俺は、自室であるというカビ臭い小さな部屋の中で、腕を組んで考え込む。
死んでしまった妻や仲間たちの事を思い浮かべながら、今から俺もそっちに行くぞ〜!と意気揚々と死んだというのに……。
気がつけば全然知らない場所にいて、更に変な外人っぽいおっさんとチビガキ二人に睨まれていたという……ちょっと意味が分からないという状況に陥ってしまった。
「……とりあえず情報が必要だな。そう思って、使用人っぽい奴らに連れられ自室だって場所へ大人しく連れて行かれたが……なんだよココは。」
常に聞こえる雨漏りの音、隙間風は吹き荒れ大合唱だし、壁や床、天井にびっしり生えているコケやカビを見ると、どうみても『部屋』って感じではない。
一応そう認識させてくれる家具らしき物はあるにはあるが、粗末で埃だらけのベッドと殆ど腐っている机のみという……頭が痛くなるモノのみ。
「これが俺の自室……ねぇ?」
ハァ……とため息をついた後、さっきまでいた場所────どっかの豪邸のエントランスみたいな場所の事を思い出し、日本というよりは、ヨーロッパ諸国によく見られるデザインの様だと思った。
しかし、現代を感じないというか、どこか科学の気配がしない感じというか……。
要するに遥か昔に資料で見た中世と呼ばれる時代のモノを感じてしまい、思わず首を傾げる。
とりあえず不安になるくらいお粗末なそのベッドに座り込んで、自分の頭をボリボリと掻いた。
「さっき言っていた内容からして、さっきのおっさんは俺の父親で、ガキ二人は俺の兄って感じか……。
あの様子からも、随分な扱いを受けているのは間違いないし、使用人達も悪意がある。それで、俺の待遇はそれで十分わかったが……一番の疑問は俺が誰だと言う事だ。
確かあの男は<ルーク>と言っていたから、それが俺の名前っぽいけど……ルークねぇ?
日本人の名前じゃねぇし、そもそも俺の手もジジイの手じゃねぇよな。」
俺はシワ一つない手を見つめ確信を得て、自分の身体のチェックをし始める。
「ふ〜む……。随分と痩せている身体だな、こりゃ。極度の栄養不足に無数の打撲痕……酷いもんだ。目線の高さからするに……成人にはなってなさそうだな。」
体中を触って確認していると、フッ……とさっきのおっさんとガキ二人に対して、どこかで見たような気がしたのだ。
三人揃って金髪でツリ目でそっくりな顔をしていて、底意地の悪そうな面だったが、それなりに整っている顔だった。
「……一体どこでだったかな?」
思い出そうとしたが思い出せずに、更に考え込んだその時────……。
「────っ!!グッ!!!」
突然頭が割れそうなくらいの頭痛が起きて、頭を抱えた。
そして凄まじい量の記憶の欠片達が、頭の中に流れ込んできたのだ。
『正妻が産んだ子供のくせに無能とか……ギャハハっかわいそ〜!!』
『父様が言ってたぜ?お前の死んだ母親は地味で何にもできない女だったんだってな!』
さっき見た時より幼い姿のガキ二人が、俺を指差しゲラゲラ笑う。
そしてそんな二人を見てニヤニヤ笑っているのが、美人だがやたら派手で露出の高いドレスを着ている若い女とさっき見た父親らしき男性だ。
『あらあら、私が産んだ子たちにはグリード家に相応しい才能ギフトがあったのに……正妻が産んだアンタは恵まれなかったのね。可哀想!
フフッ!一応アンタの母親も戦闘系の才能ギフト持ちだったから、伯爵家グリード家に嫁いだらしいのに、生まれた子供が無能とか……なんのための結婚か分からないじゃな〜い。』
『全くだ。ブスで役に立つ才能ギフトを持つ子供すら産めないとは……。もっと早くライアーとスティーブの才能ギフトがわかっていれば、結婚などしなかったのに、とんだ時間を無駄にしたもんだ。』
父は女の腰を抱き、俺を見ながら笑い合った。
『俺』は涙を浮かべて下を向き、その場を逃げ出すと……心身共に疲れて床に伏せている母親の事を思い出す。
母は優しい人で、戦う事を選ばない人だった。
だからこそその才能を活かせず、結婚という道を選んだのだが……そこでも戦いが待っていた様だ。
結婚しても全く帰ってこずに、愛人と共に過ごす父。
既に愛人との子供である俺の兄二人がいて、母は心を痛めていた。
そして子供である俺が生まれても父は変わる事がなく……そのままアッサリと風邪程度の病気で死んでしまったのだ。
自分の『悲しい』で一杯一杯な『俺』。
でも……俺は戦いを好まない母と同じで、その悲しみも怒りも全て自分の中に閉じ込め、ひたすら酷い扱いに耐え続ける。
当主である父が俺に対し酷い扱いをすれば、使用人達はこぞって俺を馬鹿にし、世話などしてもらった事はない。
食事はいつも冷めたスープを乱暴に机に叩きつけられ、パンもわざと落とされてまともに食べれず、服もいつもボロボロの物を着させられた。
グリード家は、戦闘の実力に置いて全ての価値が決まる家。
だから戦う才能に恵まれず、更に攻撃的思考を持たない俺には────……。
『価値がないんだ。』
「……は?…………あ、あれ……??」
頭の痛みが突然引いたため、顔を上げれば、そこは真っ暗な闇の中で────目の前には、下を向いている子供がいた。
驚き周囲を見回したが、本当に真っ暗なだけの空間で、見えるのは目の前にいる子供だけであった。
「……あ〜少年、名前は言えるかな〜?」
突然起こった不思議な現象に心底驚いてはいるが、とりあえず目の前の少年に話しかけてみる。
見た所10代に入ったくらいの小さくてやせっぽっちの少年で、ボロボロの服を着ているのが気になるし、何より見えている手や足には痣が沢山ついていたため、心配になったからだ。
そして続けて大丈夫かと気遣う声を掛ける前に、その少年はオドオドしながら顔を上げた。
まだ子供特有の可愛らしさはあるが、多分大人になったらあまり記憶に残らないだろう平凡な顔の作りに、ダークブラウンの髪。
俺の子供の頃にちょっと似ている系統の顔だ。
そんなどこにでもいそうな普通少年の、ちょっと普通ではなさそうな痛々しい姿と怯える様子が気になり、ここがどこだという質問はすっ飛ばして、手を握ってやった。
「とりあえず、随分痛そうだが大丈夫なのか?平和な時代になってから、こんなの久しぶりに見たぞ。」
自分が小さい時は、対化け物のための戦闘訓練しかしてこなかったため、痣なんて消える事はなかったものだが、化け物が倒されてからは喧嘩での痣一つでも新警察が動く時代になった。
だから、本当に久しぶりに見た気がして、ちょっと懐かしくて痣を労る様に撫でると……その少年はボロボロと泣き出してしまう。




