怜央
時を遡ること8年前―――
堂嶋宅
窓から淡く差し込む月光は、部屋の奥に座る堂嶋怜央の顔を冷たく照らす。
大学のレポート課題をまとめながら、物思いに耽る怜央は最近の日常に新鮮さが何もなく飽き飽きしていた……
「……もっと……もっと圧倒的な″力″が欲しい……何が足りないんだ?……何が……」
声は低く落ち着き、まるで理性で欲望を抑えているかのようだが、瞳の奥にギラついた炎が隠れていた。
とそこに、黒衣の影が部屋に滑り込み、静かに立つ。
「……おまえの望みは、ただの″力″か?」
怜央は何もなかった空間にいきなり現れたその存在に微かに身を硬くする。
「誰だ!」
「……誰と聞かれてもなあ、ま、死神とかノックスとか好きに呼んでくれよーん」
その声は、軽薄な語尾をまといながらも、耳にまとわりつくような湿り気を帯びていた。
「!!」
「……俺は死ぬのか?」
「いや、気に入ってたんだよーん。おまえが少年を少し前に崖から突き飛ばした時からな。」
「なっ!……」
まさかあの場面を見ていたと言うのか?あそこには誰もいなかったはず……
「安心しろ。オレはおまえを気に入ってると言っただろう?どんな人間なのか興味がある。」
死神の目は怜央の表面をすり抜け、内面に潜む血の渇きと支配欲を捉える。
「……実に面白い。表向きは理性で押さえている。しかし、内なる血の渇きは隠せない」
その声は冷たくも興味深げだ。
「だから、おまえに力をやろう。おまえの欲望を形にする力を」
怜央は机の端に手をかけ、わずかに拳を握りしめる。
「……。人間……ではなさそうだな。
が……見返りはなんだ?」
「うーん……今んとこ無いかなあ。ただの退屈しのぎなんだよねえーん」
死神は低く囁く。
「……おまえの欲望が、この先、世界をどれほど歪めるのかを見たいだけだよーん」
その瞬間、怜央の体に異質な熱が流れ込む。
血の渇きと魂の闇が体を貫き、赤い光が瞳を満たす。
表面の優等生ぶりは微塵も崩れず、しかし心の奥底では怪物が目を覚ました。
死神は影の中で静かに微笑み、囁く。
「……これからが、本当のショーの始まりだよーん」
ふざけた調子に聞こえるはずなのに、言葉の尾だけが長く残響し、怜央の鼓膜にこびりつく。
まるで闇の底から這い上がってきた亡者の囁きのように、消えそうで消えない、不快な余韻を残すのだ。
「ふっ死神に愛される存在とは片腹痛い。」
(弄ぶつもりで近づいたおまえを俺が弄んでやる……)
怜央はその後、本能のまま人を愚弄し、陵辱の限りを尽くし……表では尊敬される人物を作り上げていく……日に日に己のことを死神よりも、崇高な[神]に近い存在だと信じて疑わなくなった。