巽(たつみ)
それから半年。
佐々木は、もう人里に下りても恐れることなく、買い物のついでに店員と軽口を交わせるくらいになっていた。
衝動は完全に消えたわけではないが、倉田の課した訓練のおかげで理性で押さえ込めるようになったのだ。
その夜、廃屋の外で。
「……だいぶ、人間らしくなったな」
背後から低い声がした。
佐々木はびくりと振り向く。
闇の中に、黒い毛並みの見覚えのある猫――
巽が座っていた。
佐々木「……え? おい、今……喋った……?」
佐々木は思わず後ずさる。
巽はのそりと尻尾を揺らし、鋭い目を向ける。
巽「喋れるとも。私は巽。倉田の古い戦友だ」
佐々木の目がまん丸になる。
佐々木「……戦友!? 猫が!? ていうか、倉田さんが言ってた夜勤仲間って……
え――――――!!!
なんかカッコイイ!!」
倉田は廃屋の扉に凭れ、憂鬱そうな顔をする。
倉田「……」
佐々木「普通もっと説明とかあるでしょ!? 何十?いや何百年も一緒にいたんすか!?」
佐々木の声が裏返る。
巽は、口元を緩めるように小さく「ふっ」と笑った。
巽「驚くのも無理はない。だが半年でここまで人と関われるようになったとはな……
おまえのほうが、よほど驚きだ。」
佐々木は固まったまま、倉田と巽を交互に見る。
佐々木「……いやいやいや……倉田さんの存在だけでもキャパオーバーなのに……」
倉田は僅かに目を伏せる。
倉田「……巽は、昔……私の呪いを肩代わりしてこの姿になった……大事な存在だ」
巽「……まあ恩人には優しくしてもらわないとな」
その言葉の重みに、佐々木は息を飲んだ。
自分が知らなかった倉田の過去と、猫の巽の存在――
次から次へと疑問が湧き上がり倉田へ質問しようと佐々木が口を開きかけた時
、
倉田の携帯が静まった山中に響き渡る……
倉田は通話ボタンを押したことを後悔した。
電話越しにあのクソガキの忌々しい家族の声を聞く。
「あーなんかー施設から連絡あってー陽翔がいなくなったらしいんだけど、なんか知らない?」
「……」
「とにかく見つけたら施設戻れって伝えといて。頼んだわよ!」
あいつ抜け出したのか……
何も無ければいいが……
倉田は佐々木と巽にクソガキが行方不明ということを話し、山を下りることを伝える。
倉田(巽、ここをまかせる。)
巽が何かを察して嫌そうに
ニャー。と一声鳴いた……