渇き
佐々木が人として死んで3日後……
夜の山道。
倉田は何度目かの着信に応答するため携帯を耳に当てながら、静かに歩いていた。
「あ、倉田さん、うちの光太が帰ってこないんですが何かあったんでしょうか?」
「………その事なんですが、彼から伝言を頼まれまして……実は私、
月末で会社を辞めると
彼に伝えところ、どうしても僕と働きたい!と聞かなくて……
そこで次の働き口に融通効かせてもらって彼を連れていけるようにしたんです。」
「え?」
「ここから500km離れた会社なのでそちらにはしばらく戻れそうには……」
「……そうなんですね。でも、倉田さんと一緒なら安心しました。」
母親の声は震えていたが、すぐに強い響きに変わった。
「あなたなら信用できますから、よろしくお願いします」
「承知しました」
倉田の声は低く落ち着いている。
一拍おいて、母が言い足す。
「それと――伝言を」
「伝言……」
倉田が眉を動かす。
「光太に言ってください。もう大人なんだから、倉田さんにしっかり指導してもらいなさい!って」
そして畳みかけるように続ける。
「それから、うちに帰ってくるときは必ず嫁を連れてきなさい!そうでないと家には1歩も入れませんから!と。」
受話器の向こうで父が
「おい……」と苦笑混じりに突っ込む声がした。
倉田は、ほんの一瞬だけ言葉を失い――
「……伝えます」
と、淡々と応じて通話を切った。
静寂な山道に、夜風が吹き抜ける。
倉田はふと、携帯を見下ろして小さく溜息をついた。
「……嫁、か」
森を抜けると、ぽつんと現れる廃屋。
扉を開けると、びっしょりと身体中を汗に濡れた佐々木がいた。
その家の左右の梁から繋がった鎖を両手につけられたまま床に座り頭を垂れていた。
「焼けつく……喉が……
体が燃えそうだ!こんな鎖引きちぎってやる!」
鎖がガチガチっと佐々木が動くたび不快な音を鳴らす……
倉田が赤黒い液体をグラスに注ぎテーブルに置く。
「……牛の血?」
佐々木が顔をしかめる。
「慣れろ」
倉田の声は短く、しかし有無を言わせない。
窓を少し開けると、夜風と共に人里からの匂いが流れ込んでくる。
佐々木は喉を押さえ、「ぐうううっ……」と唸りながらも必死に耐える。
倉田はその様子を黙って見つめる。
彼の目に宿るのは、罪悪感しかなかった……
だが、
恨みの籠ったセリフを倉田に吐く佐々木……
「……あんたやっぱり吸血鬼だったんですね。オレは……信じてたのに。信じて…」
「……すまなかった」
「……殺せよ」
声が、ひどく小さくなった。次の瞬間、掠れた怒声が廃屋に炸裂する。
「早く殺せ!!」
その声に、倉田は動揺もせず、ただ静かに首を振った。
「死なせはしない。おまえには、生きていてほしい」
佐々木は目を見開き、爪先に力を込めたまま、顔を歪める。
「頼むから……体がちぎれそうだっ! もう、いいだろう? 母ちゃん……ごめ……」
声は砂のように零れ落ち、やがて止んだ。
意識を忘れたまま床に沈む重みに合わせて、鎖がかすかに呻く。
「すまない……」
毛布をかける。倉田の肩が、ほんの一度だけ震えた。
窓の外を見上げると、
月は三つにぼやけていた。