第8話 幸運の女神
がんばれラキ!
きっとみんな応戦してるぞ!
……失礼しました。
幸運の女神です。
どうぞ。
夜が明ける前——、“神様”に愛想を尽かしたラキは、膨れっ面をさげて谷の付近の空をふわふわと彷徨っていた。
『カガミさんなんて……もう知りません!』
ルミナを助け出す為に、カガミの元を離れたラキだが、一体盗賊のアジトはどこにあるのか?
——行き先もわからないままラキは、目を凝らし辺りを見渡す。
しかし……。
『ううう……森の中は、エギルだらけで何もわかりません……』
森の中には様々なエギルがちらほらあった。
これは、この自然に生息する、動物達が放っているエギルだった。
『せめて“緑色の光”さえ見えればわかりやすいのですが……おや?』
ラキは、とある方向に自分より大きなエギルがたくさん集まる場所を見つけた。
『緑色は見えませんが……行ってみましょう!』
ラキはすぐさま、そのエギルが集まる場所に飛んでいった。すると——!
『この人たちって……』
そこには、いかにも悪事に手を染めていそうな連中が、一仕事を終え無防備に寝息を立てていた。
ついに見つけた——!
ラキは、この連中がルミナを攫った盗賊だと確信し、このアジトらしき場所を散策した。
(ルミナさん……)
ルミナの心配をしつつも片目をこらしラキはついに、洞穴を利用した即席の牢を見つけた。
(あそこだ……!)
ラキはその洞窟の牢の中にこそルミナがいると確信した。
なぜなら、その牢からは以前にも見たことのあるマナとエギルを発していたからだ。
(見つけましたよルミナさん!)
ラキはルミナの発見に浮かれ、すぐに飛んでいく。だが——!
ドンっ!
(ふんぎゃ!)
近くにいる牢番にぶつかってしまった。
幸いな事に、牢番の持つエギルはラキよりも大きいものだった為、“憑依”には至らなかったが……。
「……んあ?」
(起こしちゃったぁ!どうか気づきませんように、気づきませんように)
「んん……ムニャムニャ」
心の祈りが神様に通じたのか、牢番はすぐにまた眠りについた。
(ふぅ……危なかったぁ。それより、ルミナさんを——)
眠る牢番を背にラキは、檻をすり抜けてルミナの元に近寄る。
『ルミナさん! やっぱりここにいた……』
だが、ルミナは元気もなく、うなだれている様子……。
マルク達を信じて待ってはいるが、いつ助けが来てくれるかわからないというこの状況が彼女の精神を蝕んでいた。
『……ルキに“姉さんだと思っていい”って言ってくれたルミナさん。今度は私が、ルミナさんを守らなきゃ……! でも……』
ルミナを助けたい気持ちは、十分にあったが他の盗賊達はラキが憑依するにはエギルが大きすぎた。
『やっぱり、私の力じゃ……もうっ! カガミさんのバカ!』
ルミナを見捨てたカガミを罵倒していると、そこに……。
一匹のウサギが現れた——。
『このウサギは……ようし!』
ラキは、思い切ってそのウサギに向かって飛びついた。
スゥー……。
ラキのエギル体は、そのウサギに吸い込まれる様に消えていった。
そして、何かを確認する様に毛皮に包まれた手足を動かすウサギ。
『……(やった! 成功です!)』
ラキは、そのウサギの憑依に成功し、ルミナのいる牢の中へ忍び込む。
薄暗闇の中、テクテクと近づく毛の塊にようやく気づくルミナ。
「……ウサギ?」
「……(ルミナさん! 元気を出してください!)」
そのウサギの必死の訴えにどうにか勇気を与えられ、心が沈んでいたルミナはなんとか持ち直す。
「……ふふっ。可愛いうさぎさんね。でも、ここにいてはいけないわ。悪い盗賊に食べられちゃう……」
微笑んだルミナの顔を見て少し安心し、ラキは次なる行動に出た。
ガジガジ……。
「……!? あなた……何を?」
なんと、ウサギに憑依したラキがルミナの手を縛る縄を、噛み切ろうと試みている。
——少しずつだが縄に亀裂が入り、腕を縛る力がどんどん弱まる。そしてついに……!
ブチっ!
縄がちぎれ、ルミナは自由となった——。
「解けた!……ありがとう、あなたは幸運の女神様ね」
ルミナの顔にはみるみる生気が蘇り、自分を助けてくれたウサギに感謝し、優しく撫でる。
『(えへへ、やりましたぁ)』
ラキは嬉しかった。
ルミナの力になれた事、その手から感じられる生きた人間の温もりに触れれた事が。
こうしてラキの助けにより手の自由を手に入れ、魔法の使用が可能となったルミナは、自ら脱出の機会を待ち、息を潜める。
——その一方で、盗賊が寝静まっている頃……。
バサッ——!
見張りの一人が、鳥ではない大きな何かが羽ばたく音をとらえ空を見上げると。
「……なんだぁ?」
タッ!
なんと大槍を持った一人の長身の男が、ペガサスから飛び降り颯爽と登場した。
「て、敵襲だぁー!」
「起きな! クズども! 俺が相手してやるぜ!」
アバンだった——。
盗賊達は、突然の敵襲に気付き一斉にアバンに襲いかかろうとする。
(こんな派手な登場をする必要があったのか?)
俺はアバンの横でつぶやいた。
「ああ、いたのか。まあここは俺が目立つ必要があったからな。それに……こっちの方がかっこいいだろ?」
こんな時まで呑気な男だな……、さてと。
流石のアバン、襲いかかる盗賊を次々と倒していく。だが、そうは言いつつも少しずつ数の力に押されていくがここは彼に頑張ってもらわねば。
(任せたぞ)
——一言言い残し俺は、マルクの元へ移動した。
マルクとルキはアバンが暴れている隙に、
裏手からルミナを探す。すると……。
ドゴォーン!
(……!?)
急に洞窟の方から爆炎が吹き出した。
「マルク! あれって、ルミナの!」
「間違いない。行こう」
爆炎を目印に、洞窟の方に向かうマルクとルキ、するとそこから……ルミナが自らの力で牢から脱出してきた。
「マルクっ……!」
「よく無事だったな、ルミナ」
これまた変わった展開だな。ルミナはマルク達が駆けつけるまでは牢の中でお留守番しているはずだったんだが……まあ無事なら問題ないがこれも物語の“ズレ”のひとつなのだろうか?
ようやく合流できた三人。
ルキは、ルミナの傍にくっついていた毛の塊を指差し問う。
「ルミナ……なんだよ?その汚ねえウサギは」
その問いにそのウサギは足をバタバタさせ、怒っている様子でルキに飛びつく。
「いてっ!なんだってんだこのウサギ!」
(……)
暴れるウサギを、ようやく捕まえて持ち上げるルキ。
「ったく、コイツ。食っちまうか?」
ウサギはバタバタするが、そこでルミナが——。
「駄目よ!この子は、私の幸運の女神様なのよ!?」
すぐさまルキからウサギを奪い返し、抱き抱えた。
「幸運の女神?」
マルクの問いにルミナは……。
「この子が縄をかじってくれなきゃ、私は脱出なんてできなかったわ。命の恩人なの……」
そう言うとルミナは、ウサギを野に返す。
「ありがとう。もうこんな危険なとこに来ちゃ駄目よ」
——そして、遠くからアバンの苦しげな叫びが響いた。
「今のは……ちょっと、やばいんじゃないか……!」
「アバンの元へ急ごう」
ルミナと無事合流したマルク達はアバンの元へ急ぎ、それを見送る俺とウサギ……そして。
——ラキ!
スゥ……。
俺は呼び出し、そのウサギに入っていた余分なエギルを引っ張り出した。すると……。
『わわっ!』
ウサギの中から、ラキが姿を現した。
(やっぱりお前だったのか……通りで芸達者なウサギだと思った。もう少しで実の弟に食われるところだったな)
だが、ウサギから出てきたラキは座り込んでそっぽを向いていた。
(ラキ……)
『……これも物語通りですか?よかったですね!』
こちらに向かって、背中で吐き捨てるラキ。
いつもの説教じみた物言いを反省し、俺はラキの背中に語りかけた。
(……悪かったよ)
『……』
(あの後考えたが、物語ばかり考えルミナを見捨てるなんて“人”として俺が間違えてた)
その言葉に少し驚き、少しだけこっちを向くラキ。
『でも……カガミさんの物語が……』
(なんとかなるさ。もうそんなの気にするのはやめだ……俺は俺のやり方でマルク達を導く。今回みたいにラキの力が必要だ)
きっとお前は必死でルミナを助けてくれたんだよな?
『……カガミさん』
(それに……お前がいないと……その、少し寂しい)
『カガミさぁん!』
俺は泣きじゃくるラキを見て胸を撫で下ろす。
やはりこの子がそばにいてくれると俺も安心……おっと、あまり語ると漏れてしまうからこれぐらいにしておこう。
——そしてようやく盗賊を蹴散らしたアバンとマルク一行。
「ひさびさに……本気で、戦ったな」
一人で囮役を担っていたアバンはボロボロになりながら空を見上げマルク達に自分の過去を語りだす。
彼の過去を知り、同じ痛みを知るアバンに対し確かな絆が芽生えていた。
しばしの沈黙のあと、意を決したマルクが口を開く。
「——もう一度、共に戦おう。帝国に太刀打ちするために、君の力が必要だ」
その言葉を受け止め、少し間をおいたアバンは槍を構える。
「……だったら、俺に見せてみろ。お前の“本気”を」
それを見たラキは、慌てふためく。
『なんかまずいですよ!二人とも、もう味方じゃないんですか!?』
(大丈夫だ。物語……いやアバンは、帝国に抗うマルクが本気かどうかを確かめたいんだ)
『……むむむ、しかしエギルの大きさからすると今のアバンさんではマルクさんにコテンパンにやられてしまいますよ?』
ラキは二人のエギルの大きさを測るが、大勢の盗賊を止めるために負傷していたアバンの方を心配していた。
(まあ見ていればわかる。始まるぞ)
——少しの静寂の後、アバンは仕掛けた。
アバンは連撃を叩き込み、空を裂くように槍を振るう。
それはまるで、舞のような槍だった。力任せではない、研ぎ澄まされた技。
『すごい!エギルはマルクさんの方が上なのにアバンさん、あんなにも押している!……あれ?』
ラキはアバンのエギルに対し何かの違和感に気付いた。
(気付いたか? エギルは戦いの中で変化することもある。だから、普段発しているエギルだけで勝ち負けを簡単に判断することはできないんだ)
『なるほど……だとするとここままじゃ体格で勝っているアバンさんが有利!?』
(どうかな)
アバンの槍をひとつひとつを的確に見切るマルクは、受け流す。
そして——!
カキーンッ!
マルクはアバンの槍を払い、剣の先をその首元に突きつける。
一瞬の出来事だった——。
「早っ……見えなかった……」
見事な剣捌きにルキは目を輝かせる。
(やはりマルクか……)
無事マルクが勝利を収め、約束通りアバンはマルクと共闘の約束を交わす。
物語通りか皆の頑張りのおかげか、結果的に味方に加わってくれたアバンの姿を見て俺は安堵した。
——そしてアバンと別行動を取り帝国と戦うことを決め、一時的にマルクと別れる旨を告げた。
そして別れの挨拶をするマルク一行。
「いつかまたどこかで会えたら、力を貸してくれ、アバン」
「こちらこそ……よろしく頼むぜ、マルク」
がっしりと手を取り合う二人。その光景をキラキラした目で見ていたラキ。
『なんだか男の友情って感じで、いいですね!』
(……だな)
そして、アバンは急にこっちを向く——!
「それと……お前もな!」
(……!?)
「……?」
マルク一行は首を傾げるが、アバンはペガサスに乗り颯爽と立ち去る。
やれやれ、相変わらず耳のいい男だ……。
『はて?……アバンさん今、こっちを向いてましたね』
(ああ、偶然もあるもんだな)
俺は適当に誤魔化し、ラキは気にする様子もなく何かを思い出す。
『それにしても、ルミナさん。すっごくいい匂いだったなぁ〜。まるで……』
(……まるで?)
……興味があるわけではないが聞いておこう。
今後の為にな……。
カガミの邪な疑問に気付きこちらを見つめたラキは少し間をおいて……。
『カガミさんには教えませ〜ん!』
(おい! 教えてくれてもいいじゃないか!)
俺をからかいラキの表情からはいつもの笑顔が戻る。怒りつつも二人に戻った以前までの日常に、俺は心から安心していた。
共闘の約束をして、一時は別れたアバンはどうなっていくのでしょう……。
どうか彼を心の隅にとどまらせていただければ幸いです。
次回の話もまたまたラキちゃんが大活躍です!
お楽しみに〜