第7話 頼れる男
誰しもが憧れついていきたくなる存在……そんな人がいたら、神様だって頼っちゃいますよね。
頼れる男です。
どうぞ。
俺の名は、白銀鏡。
エギル体となったラキと共に、マルク一行をアリヴェル復興のために導く存在である——。
『カガミさん!』
(わっ!? 急になんだ?)
ラキの顔が急に目の前に現れる。
『その“俺の名は白銀鏡——”ってやつ何回言うんですか?』
(なっ!?……この語り、ラキに漏れてたのかよ)
彼女には以前から、ちょいちょい俺の声が漏れていたらしい。
これは気を抜けないなぁ。
——ちなみに今マルクたちは、村を出た山道を抜けた先にある、盗賊が出るという噂の谷へと歩を進めていた。
足元も悪くお互いが離れて歩いている中、突然ルミナの足元が崩れ去った。
「あっ……」
その瞬間——!
ビュン!
何かがその場を通り過ぎると同時に、俺もマルク達もルミナの姿を見失ってしまった。
だが一人、その姿を捉えたものがいた。
『あれ! 見てください!』
(……?)
ラキが指差す方向には、天を翔けるペガサスに乗り大槍を携えた長身の男——。
“アバン”がいた。
解説しよう……。
このアバンという男は”旧ギルバディア”という王国出身の騎士である。
過去の戦いにて、ギルバディアが帝国に崩壊寸前まで追い込まれ、新ギルバディアに都を変える際に仲間と共に戦うが、結局はギルバディアを捨て、軍を抜けてしまったさすらいものだ。
『ギルバディアですか!? なら私たち姉弟と同郷ですね!』
(ふんっ……どうせ聞こえてると思ったよ)
だだ漏れだった語りを聞き、アバンが同じ出身だという事に親近感をおぼえるラキ。
それより、この子のイケメンレーダーは侮れないな……。
谷底に落ちそうな少女を救い、ペガサスで空を飛んでいるアバン。
だが……。
「危なかったな。もうすぐで谷底に——」
「放しなさいよ! この盗賊!」
村で盗賊の噂を聞いていたルミナは攫われたと勘違いし、ペガサスの上で必死に抵抗する。
「まてまて! 落ちる!」
予想外の少女の反応にアバンは驚き、必死になだめながらどうにか安全な場所へと向かう。
——マルク達とは離れた場所でルミナを下ろし、アバンは必死に誤解を解いていた。
俺はルミナの元へついていき、状況を確認する事に。
「——全く、あんな突然だとびっくりするじゃない」
「あはは……悪かったな。俺はアバン……今はただの通りすがりだ」
自分が盗賊じゃないと説明するが、思っていた以上に気の強いルミナに、少し押され気味のアバン。
「ルミナよ。助けてもらったことには感謝するわ」
その様子を見ていた俺だったが、アバンに対しツンケンした態度をとるルミナにラキは一人疑問を抱く。
『ルミナさんなぜ怒っているのでしょう?あんな素敵な方に抱き抱えられたら私だったら……』
何を想像してるのか、ラキは恍惚とした表情である。
(……ああ見えてルミナは気の強い女の子だからな。マルクならともかく他の男に体を触られたら、当然こうなる)
そうこうしてる間にも、次なる展開は進んでいく。
モクモクモクっ。
お互いのやり取りに必死だった下の二人はようやく異変に気づく。
『煙!? 今度はなんですか!?』
(ああ、見てればわかる)
間髪入れない突然の煙幕に、アバンとルミナとついでにラキも驚いていた。
「ケホッケホッ」
煙が晴れあたりを見回したアバンだったが、そこにはルミナの姿はなく……。
「……しまった。あいつらか!」
今度は本当に攫われてしまったルミナ。
この谷に巣食う盗賊の存在を知っていたアバンは、すぐに彼らの仕業だと分かった。
どうやら盗賊達は、ずっとどこかからルミナを狙っていたようだ。
——すると遠くから、怒りと共に駆けつける少年がアバンに向かって一直線にやってきた。
「——てめぇぇ、ルミナをどこにやった!!」
ルキはアバンに斬りかかった。
「ま、待て! 落ち着け!」
軽々とルキと攻撃をいなす長身の男、目の前のこの男がルミナを攫った盗賊だと勘違いしていたルキの怒りは収まらない。
「俺はアバン、盗賊じゃあない。むしろ、仲間を攫ったあいつらの動きは把握してる。……アジトの場所もな」
アバンは情報をちらつかせルキをなだめるが……
「……信用できるか!」
「ルキ、やめろ」
遅れて登場したマルクが場を収め、何とか話し合いが始まった。
その光景を上から見物をしている俺だったが、
一方のラキはルミナの失踪に驚きつつも、例のポーズで目の前のイケメン騎士の観察を続けていた。
『緑の光、マナがないところを見ると……アバンさんにはちゃんと“ついてる”ようですね!』
(おいおい……男前設定にしたんだから、ちゃんと“ついてる”に決まってるだろう……それにしても、今回は順調だな)
ルミナがいなくなった事に狼狽える事もせず冷静に答える俺にラキは声を荒げた。
『順調って! ルミナさんが攫われたんですよ! 助けに行きましょう!』
(いや、ここは物語通りになってるから多分問題ない。夜が明ける頃には、マルクとルキとアバンで盗賊のアジトに侵入し、助ける流れになっている)
『物語って、ルミナさんは!? このまま、ほっとくんですか!?』
いつになく感情的になるラキ。
(……落ち着け。このままいけばルミナは死ぬことはないし、盗賊に何かされる前に助け出せる。間違いない)
俺は事実を説明するが、ラキは納得していない様子で話を始めた。
『……ルミナさんは、ルキに「姉さんだとおもっていい」っていってくれました……』
ラキは下を向き語り出す。
『私、死んでこうなっちゃったけど本当はずっと不安でした。…‥一人になったルキが、やっぱり寂しい思いをするんじゃないかって。でもルミナさんのあの言葉で私、安心したんです。——だから!』
ルミナへ感謝の想いをどんどん吐き出すラキ。
いつも弟のルキを想ってくれている彼女を助けたいと、目でこちらに訴える。
(……)
……気持ちはわかるよ。
でもここは俺たちの出る幕じゃないし、第一どうしようもできない。
俺がずっと黙っていると、ラキは突然——。
『もうカガミさんには頼みません! カガミさんのバカ! スケベ! ひとでなし!』
(す、スケベ!?)
カガミを散々罵った挙句、どこかへ飛んでいってしまった。
しかし俺には、今後味方になるアバンとの“共闘”も成立させないといけない。
だが今、盗賊に攫われたルミナが怖い思いをしているのも事実だ。
……確かに、ラキの言っている事だって正しい。
瞬く間に飛んでいったラキだけど、一人で大丈夫だろうか?
まあエギル体なんだから特に何ができるわけでもないしそのうち戻ってくるだろう……。
——とりあえず、俺はマルクたちとアバンの作戦会議に耳を傾け、物語にズレがないかを確認する。
作戦内容は、盗賊のアジトに侵入し、正面からアバンが敵を挑発し引きつけている間に裏から回ったマルクとルキがルミナを助け出した後、アバンと合流して盗賊を一網打尽にする作戦だ。
……間違いない。この谷に住み、地理に詳しいアバンが考えた完璧な作戦だ。
ルキはまだ疑っている様子だったが、今はこの方法が最善だとマルクになだめられ実行を決意する。
——夜。
作戦実行の夜明けまで休む、マルク一行とアバン。
ルキは軽く眠りにつきマルクは座ったまま目を瞑っている。
二人はまだ警戒してか、アバンとは離れた場所で体を休めていた。
一方俺はいつも通り離れ、草葉の陰から彼らを見守る。
そして、ふとラキを思い出した。
……怒ってるだろうな。
あいつにとっては俺がルミナを見捨てたように見えたのかもしれないな。
結果がどうあれ、やはり冷たい言い方だっただろうか?
(……はぁ)
俺はため息をついてしまった。
まあ、この距離ならラキと話していてもマルクたちには全然聞こえないんだけどな。
しかし、油断していた俺は上を見上げると……。
「……誰だ?」
(……!?)
アバンが目の前に立っていた——!
そうか……アバンは耳が良く、人並み以上の視野を持つ設定だったな。
俺のため息を聞き逃さなかった彼は、すぐ近くにいる俺の気配に気づいていた。
(……)
黙ってりゃバレない。はずだ……
「わずかな息遣いが漏れているぞ……出てきな」
……!? おいおいマジかよ!
耳が良いのは知ってたが、ここまでのやつだったのか。
アバンが持っている槍に、徐々に力が入っていく……。
——俺は観念した。
(……隠れていてすまない、俺は敵ではない)
「む?……どこにいる?」
天の声は自ら名乗り出たが、その姿が確認できないアバン。
まあ見えるはずはないんだが……。
俺は混乱を招く為、マルク達の傍を離れアバンにこの世界に転生するまでのある程度の事情を打ち明けることにした。
——数分後、木にもたれかかった状態で腕を組みながら天の声を聞いていたアバンは……。
「はっはっは! そいつは面白い!」
さっきまでの鬼の形相と打って変わって、俺の存在をすぐに受け入れ笑い飛ばす。
(……あまり、信じていないようだな)
「まあ、普通なら信じん話だが……妙に筋は通ってるな」
アバンはおおらかな男。
俺が秘密を打ち明けたのは、その性格をよく知っていたからだった。
「退屈で、良い話相手になった。しかし、何故触れることもできないのにわざわざ出てきた?隠れていれば良かろう」
確かにな……。
さっきの俺はアバンの気に押され、思わず名乗り出てきてしまった。
(……俺も、話し相手が欲しかったのかもしれない)
適当に誤魔化すカガミだったが、半分は本心であった。
「占いだと思って、一つ聞いていいか?……今後この大陸はどうなる?」
さっきまでの気さくな表情とは打って変わって、鋭い目付きになるアバン。
(……基本的に、物語通りに進めば帝国は滅び、大陸は平和になる。心配ないよ)
「……そうか」
占いと言いつつもアバンは、真剣な眼差しで俺の言葉を受け取ってくれた。
その視線にはどこか静かな闘志が込められているように感じられた。
(だけど……俺の知る物語とは多少の“ズレ”があるんだ、このままじゃどうなるか俺にもわからない)
アバンの真剣な眼差しに応え、俺もいつのまにか真剣な悩みを打ち明けていた。
「……なるほどな、まあそう悩むな。人生全て思い通りに進む程甘くはない、むしろ……思い通りにならない事の方が多いもんだ……」
アバンは何やら考え俯く……おそらく、“昔”を思い出しているのだろう。
それでもアバンは、こんな状態の俺を慰めてくれている。
アバンという男は常に周りを見ていて、いつも全体の事を考え行動している。
このおおらかな性格も、全てを受け入れる器を持っている事に他ならない。
だから、皆に慕われ誰もがついていきたくなる、リーダーの素質が誰よりもある。
だが、今は……。
(なぁ、アバン……マルクたちもアリヴェル復興の為に帝国と戦うつもりだ。よかったらマルクたちに力を貸してくれないか?)
「そいつはお断りだな。」
アバンはキッパリ断る。
まあ、…….そうだろうな。
実はアバンは、ギルバディアを捨てたのではなく彼の周りにいた人間こそがギルバディアを捨てたのだ。
アバンは、旧ギルバディアが滅びゆく中でも最後まで戦っていた。だが、周りの人間は帝国の強大な力を前に皆国を捨てて逃げてしまった。
信じていた仲間が、次々と国を捨てる様を見て仲間と共に戦う意味を見失いギルバディアを抜けたというわけだ。
「俺は、一人で好きなようにやらせてもらうよ……じゃあな」
そう言ってアバンは、夜明けの作戦に備え再び休んでいった。
わかっていたが、ダメか……。やはりアバンにはマルク自身が帝国と戦う“本気”の意思を見せる必要があるようだな。
だが、俺は知っているし、何よりも、信じているぞアバン。
ルミナを見捨てなかったその優しさを、この大陸の平和の為に使ってくれる事を——。
「るせー!眠れねえだろーが!」
(ああ、ごめん……)
遠くの方で俺が漏らした天の声を聞き、飛び起きるアバンだった……。
ラキに怒られてしまいました〜
彼女にとって世界の行末を知る神様の対応は冷たく見えたのかもしれません。
次回はラキが頑張りますよ〜