第28話 生きていた想い
当たり前のように存在する、エギルの正体とはいったい何なのでしょう?
生きていた想い
どうぞ。
「シロガネ……カガミ? 変わった名だね——」
この世界にあまり干渉するつもりはなかったが、ヨヨにだけは、俺の正体を隠す事を躊躇わなかった。
(以前少し話したけど、俺は違う世界で命を落とし、この世界に転生した——俺がよく知る書物に記されていた、この世界に……)
首を傾げながらも、彼女は俺の言葉を一つずつ飲み込もうとする。
「異世界からの……転生者といったところかね。——それより、この世界の事が書いてある予言書みたいなものがあったのかい?」
(ああ——この世界の全てが描かれた、お伽話のようなものかな。他所者の俺が“法王ヨヨ”を知っていたのはその為だ。他にも“エクサル”や“リンギル”、“レイス”の事だって、全部知っている)
彼らの名前を聞いたヨヨは、目を見開き、驚きを隠せない様子。
「そんな事まで、書いているのかい……」
しばらく彼女は、言葉を失っていた。
流石の法王様にも、理解し難い事実ばかりだったのだろう。
(本当に、変な話だろう? 自分のエギルだけがこの世界に飛んでくるなんて、俺も信じられないよ——それからは、偶然居合わせたルミナ達にくっついてきたんだ)
これが、俺の今までの経緯だった。
頭を抱えていたヨヨも、ようやく落ち着きを取り戻し、何とか俺の存在を受け入れる。
——そして、目を瞑った彼女は、ようやく口を開いた。
「これも、エギルのなせる技か——」
この世の全ての生物が持つ光——エギル。
それは、異世界からやってきた俺にも例外なく内在していた。
転生を果たし付与されたものなのか、はたまた、俺が元から持っていた何かなのか。
(エギルって——一体何なんだろうな……)
ただの生命力だと何となく理解し、当たり前のようにあった不思議な存在に、俺は初めて疑問を抱いた。
「エギルかい……?」
その言葉を拾い上げたヨヨは、静かに言った。
「エギルとはね——人の想いそのもの。そういう風にも言われてるよ」
俺はこの瞬間、この世界の謎に大きく一歩踏み込めた気がした。
(なるほど、人の想いか……ありがとう——ヨヨ)
……確かにその通りかもしれない。
死んだ人間のエギルがしばらくこの世に漂ったり、戦いの中で、自分よりも大きな力を持つ者に打ち勝ったり。
どれも強い想いがあってこそなせる事だ。
人間の心が何かに直結し、強さに変わる。
俺が描きたかった世界そのものじゃないか……。
「はぁー……私は熱が出そうだよ。今日はこれくらいにして、またゆっくり話そうじゃないか」
難しい話に付き合ってくれたヨヨは、少し疲れた様子で息を大きく吐く。
(ごめんな、ヨヨ。じゃあまた——)
感謝しかなかった俺は、言う通りにし、この場を締めようとするが——彼女はふと呟いた。
「そうだ——あんた、マリラって知ってるかい?」
その言葉に、隣にいた本人はピクリと動く。
(……ああ、知っているよ)
もちろん、よく知っていた。
彼女は強い想いを残し、ずっと存在していたから。
しばらく沈黙が続いていたその場に、やり切れない思いがこぼれた。
「私はね、あの子がまだ近くにいる気がするんだよ」
(それは……)
やがて立ち上がったヨヨは、俯くマリラの横を通り過ぎ、窓の外から空を見上げた。
「いいんだよ。それ以上は答えなくても……ここからはババアの独り言だと思って、聞き流しておくれ」
彼女の声は、すでに悔しさで震えていた。
「あの子はきっと、想いを残して死んでいったんじゃないかな。でもね、私はあの子を救いたかった——」
そして、嘆くように、詫びるように、言葉を並べるヨヨ。
「できる事なら、レオンと一緒に幸せになってほしかったのに、私は救えなかった……。私はね、あの子の想いも——命も、本当に……本当に救ってあげたかったんだよぉ……」
今にも崩れそうな彼女の背中は、何よりも脆く見えた。
わかるよヨヨ……。
いなくなってしまった人を思って、俺も何度空に向かって嘆いた事か。
言葉が返ってくるわけないってわかっていながらも、そうせずにはいられない気持ち。
でもなヨヨ——あんたは違う。
(マリラの心は——ちゃんと救われているよ)
俺は死んでいたマリラの心を、生きているヨヨにそっと繋いだ。
(レオンには最後会えなかったけど、ルミナが彼を救ってくれて、今もきっと前を向けている。間違ってもヨヨの事を恨んだりしていないし——すごく感謝しているよ)
そして、そこには震える彼女の肩を抱きしめ、決して伝わる事のない言葉を囁く、マリラのエギルがあった。
『泣かないで……ヨヨ婆様。私は、大丈夫だから——』
ヨヨがそれに気づく事はなかったが、彼女は温もりに包まれた自分の肩に優しく手を添え、ようやく微笑んだ。
「……ありがとうね。あんたのその言葉、本当だと信じる事にするよ——」
もしかしたら彼女は、既にマリラのマナを感じ取り、ここにいる事を予感していたのかもしれない。
——俺はこれ以上の言葉を返さなかった。
彼女の想いがここで生きている現実を、伝える事はしなかった。
近くにいるのに会えない……そんな辛い思いをするより、心の中でその人を想う事の方が大事だって、きっと彼女もそう思ってるはずだから。
* * *
——昼下がり。
無事話を終え、帰宅したヨヨを見送った俺とマリラは、がらんとした教室に残っていた。
『ありがとうカガミさん……本当に優しいのね』
(当然だ——ヨヨはこの物語に登場する人物の一人。俺は心から愛している)
もちろん、他のみんなだって……だが、マリラに面と向かって愛しているなんてのは、恥ずかしくてとても言えない——。
しかし、俺の言葉を聞いた彼女は、クスクスと笑い始めた。
『ヨヨ婆様が好みだったなんて、さすがカガミさんはお目が高いわ! ふふっ……これはラキにも報告しなくちゃ——』
(待て待て! そういう意味で言ったんじゃない。あいつに言ったら騒ぐからやめてくれ)
マリラは俺を見て、嬉しそうに頬を押さえる。
するとその瞬間——。
俺の体は、ある感覚によって急に静止した。
(——っ⁉︎)
そのまま空へと舞い上がり、俺は屋根の上からその方向を見据えていた。
『カガミさん……一体どうしたっていうの?』
それは、間違いなくその方向だった——。
(ああ——この気配だよ)
懐かしい——ある男の、エギルの気配。
(よかった……本当によかった。これでルミナも——)
俺は、ホッと胸を撫で下ろした。
そして、隣で首を傾げていたマリラに、俺の口からその気配の正体を告げた。
(マルクが——生きていたんだ)
エギルとは人の想いそのもの。
そして、彼のエギルも生きていました。
お次は火曜日!
いよいよ第三章もクライマックス⁉︎




