第26話 背負う者(後編)
前回に続いての今回は、“法王”の血筋を背負って戦う者のお話。
背負う者(後編)
どうぞ。
——昼下がりの魔法実践訓練場。
そこには今日も、朱い光、蒼い輝き、黄色い閃光が空間を満たしていた。
「——さぁ、今日はこのぐらいにしておこうかねぇ。後は自由時間だけど、過度なマナの消耗は命取りになるから程々にね」
パンパンと手を叩いたヨヨ。
魔法使い見習い達の、合同訓練が締められる合図だ。
兵士の訓練に比べ早い時間の終了だったが、各自が自分の適性に合わせた魔法訓練を行える様、彼女達にはある程度の自由な時間が与えられていた。
「——はぁ、はぁ」
皆がそれぞれの訓練に勤しむ中、広場で膝を突き、息を切らす一人の少女。
その目と鼻の先には、白銀の魔法使いの背中が見える。
「こんなことでは……ダメ」
高く燃え上がる豪炎、刃物のように鋭い氷塊、全てを置き去りにし走り抜ける雷光——。
優れた能力を持つニーテも、全てを上回る魔法の数々を見せられ、心に焦りを募らせていた。
「風の魔法だって、地の魔法だって、これから覚えなきゃいけないのに……」
足りないものばかりに目を向け、唇を噛み締めていると——そんな彼女の元に、優しい声が添えられる。
「ニーテ、あまり無理しちゃだめだよ」
「そ、そうだよ。最近あなた疲れた顔してるわ」
それは、魔導院生の仲間達。
彼女達の柔らかな笑顔が、ニーテの周りの張り詰めた空気を包み込んだ。
だが——。
「ほっといてよ! あなた達には関係ないでしょう!」
「ニ、ニーテ……」
今の彼女には、その優しさを受け取る余裕はなかった。
そして、その柔らかい空気に耐えることができなかった彼女は、その場から逃げる様にして去っていった——。
* * *
——辺りもすっかり暗くなった頃、ルミナは寮の廊下を駆けていた。
「いけないいけない——もうこんな時間だわ」
自由を与えられた院生だったが、寮の食堂だけには門限があった。
図書室の魔導書を読み漁っていたルミナは、今日もギリギリの時間に食堂に駆け込む——。
「——おっ、来たね。またあんたが最後だよ……ほら」
声をかけてきたのは、魔導院の寮長クレア。彼女は小慣れた手つきで配膳を済ませ、お盆を差し出した。
「今日もご苦労さん。終わったら、いつものとこに置いといてくれよ。そんじゃ——」
「クレアさん——いつも、ありがとうございます」
割烹着を脱ぎ食堂を後にするクレアから、お盆を受け取ったルミナは、後ろに並び立つ長机の方へと振り返る。
そこには、既に食事を終え談笑している数人の院生の奥で、一人ポツンと食事をするニーテの姿。
彼女はボロボロになった手で、ちぎれたパンを淡々と口へ運ぶ。それは、食事というよりも——ただの摂取とも言える光景だった。
「あ、ルミナ。お疲れ——」
「ええ。お疲れ様……」
ルミナに軽い挨拶を交わし、部屋へと戻っていく他の院生達。そして彼女は、背後から聞こえた言葉で、遠く離れた彼女との距離の意味を理解した。
「私達は心配して言ってるのにさぁ——」
「ヨヨ婆様の、お孫さんだからって……」
——それは、誰か突き離すには十分な内容だった。
居ても立っても居られなくなったルミナは、彼女の方へと足早に歩を進める。
「ここ——座っていいかしら?」
「……どうぞ」
少し上を向き、目線をまた元の位置に戻したニーテは、再び摂取を続けた。
* * *
二人だけの寂しい食堂に、ルミナの声が独り言のように響く。
「そのルキってのが、生意気なやつでさぁ——」
「……そうですか」
なんとか明るい空気を作ろうとするルミナだったが、ニーテはただ目を伏せ、適当な相槌を返すだけだった。
「——まぁ、少しは可愛いとこもあるんだけどねぇ……はは」
やがて、その会話にも限界が訪れ、ついにルミナが言葉を詰まらせていると、そこで——。
「——同情のおつもりですか?」
口に含んだパンを飲み込んだニーテが、彼女の方へと視線を上げた。
「お気持ちはありがたいのですが、こういうのは慣れっこですし——私は本当に、大丈夫ですから」
——彼女にとっての暗い食卓は、これが初めてではなかった。周りの人間の瞳に嫌悪の色が混じりつつある事など、彼女自身もうすうす気づいていた。
「私の目標は“法王”の称号だけ。それ以外は、何の必要もありません——」
法王——祖母であるヨヨが持つ、最高位の魔法使いの称号。彼女が放ったこの言葉にだけは、強い意志が感じられた。
「……そっかぁ。そんな夢が、あったのね——」
コクリと頷いたニーテは、再びパンを手に取り、かすかな声で囁く——。
「それさえあれば、皆んなだって……あっ!」
どこか辛そうな声色を見せたが、すぐにそれを隠す様に目を瞑り、再びパンを頬張った。
敵視していた相手に弱みを見せる事など、彼女には耐えられなかったのだろう。
——すると、それを聞き逃さなかったルミナは、まるで彼女を支えるように言葉を添えた。
「今日のあなたの魔法——炎の動きが、良くなっていたわ」
「んぐっ。……はい?」
突然の褒め言葉に虚をつかれ、思わずパンを飲み込むニーテ。
「——氷の魔法だって、すごく鋭かった。ちゃんと温度が落ちていた証拠ね」
「……やめてくださいよ」
だんだんと眉を顰め、その慰め言葉に惨めさを覚える彼女は、ぎゅっとパンを握る。
「暴れるように跳ねていた雷も、今は制御が効いている。素晴らしいわ——」
——その瞬間、机を叩く音が響き渡った。
「いい加減にしてください!」
彼女の言葉を、嫌味の数々と受け取ったニーテは——震えた両手を机に置いていた。
「一体どういうつもりなんですか⁉︎ 何の目的があって、ここまで私を追い詰めるんですか!」
ルミナを睨みつけ、顔を真っ赤にしていた彼女は思っていた——きっと、目の前にいるこの人は、法王の孫娘である自分の血筋を恐れているんだ。
だから、こうやって余裕を見せつけ、執拗に自分を傷つけるんだと。
しかし、それでもルミナは引かなかった。
「そうじゃないわよ——数日前の頃を、思い出して」
「……数日前?」
彼女の言葉を少し飲み込んだニーテは、ここ最近の激動の日々を思い出す。
——自分の全てを超えた存在が、突然目の前に現れ、初めて悔しさを覚えた彼女は、今まで以上に魔法というものに向き合い修行に励んだ。
自分でも、確かな手応えを感じるほどに……。
「たった数日で、あなたかなり成長してたじゃない。それはまぎれもなく——あなた自身の力なのよ」
そう——ルミナは、本人しか気づいていないと思っていた成長にも、気づいていた。
「ちゃんと……見てたんですね……」
自分の心を理解するその言葉に、ニーテの胸の中に抱いていた敵意は薄れていく——。
今まで彼女は、法王の背中を必死に追いかけていた。それはまるで、何かから逃げるようでもあり——何かを求めているようでもあった。
——だが、今彼女は自分が本当に求めていた何かに、もう気がついていた。
「ヨヨ婆様の孫だとか、法王の血筋だとか、そんな事は関係ない——あなたは一人の魔法使い、ニーテ。……そうでしょう?」
「私は……私……」
優しく微笑む彼女に、ニーテは言葉を失う。
そして彼女は、今まで胸にのしかかっていた重荷を、ようやく下ろす事ができた。
「もっと自分を褒めなきゃ——ふふ……大丈夫よ。みんなもきっと、ニーテが頑張ってる事ぐらいわかってるわ」
——彼女が欲しかったのは、祖母が持つ称号などではなかった。
法王の孫娘ではない、一人の人間として、誰かにただ認められたい……それだけだった。
やがてニーテの胸いっぱいに、熱い何かが広がっていく。
そして、それは静かに——溢れ出した。
「うっ……うぐっ……」
それが“嬉しい”という感情なのだと、ニーテは後になって知る事になる。
初めて味わうその感情に、自分がどんな顔をしているのかもわからなかった。
ただ、かじっていたパンの味が、やけにしょっぱかった事だけは——彼女は、きっと忘れないだろう。
偉大な血筋とは、時には足枷にもなるものですね。
さて、そろそろ第三章もクライマックス……?
お次は火曜日に会いましょう!




