第25話 背負う者(前編)
今回は、女神族としての宿命を背負った者のお話。
始まりはあの忌まわしき記憶から……。
背負う者(前編)
どうぞ。
「——あ、熱い……ここは……?」
息苦しいほどの熱気に包まれていたのは、ルミナ。
目が覚めた彼女の足元には、見覚えのある真紅の絨毯が見えていた。
「王……宮? それに、あれは——」
辺りには火が放たれ、真っ赤に染められた景色の中心には、黒甲冑の兵に囲まれた——最愛の人。
「マルク……! マルクなの⁉︎ 待ってて——今助けるから!」
既に傷だらけになっていた彼は、もはや立っているのもやっとの状態……。
すぐに手を伸ばそうとするが、彼女の前に、あの壁が立ちはだかる。
「これって……まさか⁉︎」
それは、氷のように冷たく、全ての力を遮断する程に分厚い、忌まわしき結界。
——そして。
「うぐぐ……げふっ!」
瞬く間に、無数の白骨の触手によって締め上げられた彼は、体中から血という血が搾り出される。
「そんな……待って! マルク——!」
こんなにも近くにいるのに、手も届かない、触れる事も出来ない、彼女に出来るのは、ただ無力な自分を呪う事だけ……。
そして、その苦痛に追い打ちをかけるように——血まみれの彼は、首だけを振り向かせ、パクパクと唇を動かす。
「助けて……くれ。ル……ミナ——」
「いや……いやだよ、こんなの——マルク……マルクーっ!」
——しかし、その叫びが響いたのは、バルナの王宮でなく、とある部屋の一室だった。
「はぁ……はぁ」
青い天井の模様で、すぐさまそれが悪夢だったことに気づく。本当は、夢などでは無いのだが——。
「まただわ——」
こんな目覚めを経験したのは、一度や二度ではなかった……。
すぐに起き上がり、涙を拭った彼女は、いつものようにローブを羽織り、魔導院の寮を後にした——。
* * *
——魔導院の実践訓練場にて。
日の光もささない空を照らすように、炎が舞い上がる。
「うん、今日も悪くない。次は——」
心のモヤを消し去るように、無心で訓練に励むルミナ。そこに——。
「こんなに早起きしちゃって、歳でも取ったのかい?」
燃え盛る豪炎の光に当てられやってきたのは、ヨヨだった。
「ごめんなさい。こんなに朝早くから……」
「いいんだよ。それより——」
彼女は、その細めた目で、恐怖に震えるルミナの手を見据えていた。
「また、怖い夢でも見たんだろう?」
「いえ、これは……」
——ヨヨは知っていた。
彼女がここ数日間、早朝から訓練に励んでいた事。それに、傷ついた心は簡単には修復しない事を。
「しばらくは——痛いままだろう? 隠さなくたっていいさ……」
ルミナの顔からは、自然と笑みが溢れていた。
何でもお見通しのヨヨなら、全てをさらけ出しても受け止めてくれる——そんな気がしたから。
——すると、さらに目を細めたヨヨは、ある話を始めた。
「ひっひ。一つ、面白い話を聞かせてやろう。なんと、女神アリステラ様の、恋話さ——」
「お母様の——恋話⁉︎」
彼女しか知り得ないであろうとっておきの情報に、ルミナは胸をときめかせる。
「——お母様が、どんな恋をしたのか……ぜひ聞きたいです。そういう話、私には全然教えてくれなかったから……」
娘には見せなかった、母の女としての顔……。
ヨヨは早速——その経緯を語り始めた。
——かつて、アリヴェル王国の女王だった、“アリエル”の元に生まれたアリステラは、女神としての英才教育により、幼少期から魔法のいろはを叩き込まれていた。
その師に当たるのが、後に法王の称号を得る、ヨヨだった。
魔法だけではなく、身の回りの世話役も買っていた彼女は、度々アリステラの相談相手となっていた。
「——彼女はよく、勉強をサボってね……。王族だからって、なぜこんなことばかりしなくちゃいけないんだと、よく文句を垂れていたよ」
「あの……お母様が」
母の意外な一面を知り、目を丸くするルミナだったが、ヨヨは次に悲しそうな顔を見せた。
「——自分の運命を嘆きながらも時は進み、ついに戦いの中で、あの子は囚われの身となってしまった……」
——いつの時代も同じだった。人々の希望となっていた女神の力は、戦争の引き金となり、それを恐れた他国はその力を欲した。
「そんな時さ——彼女の前に、白馬の王子様が現れたのは」
「王子様? 名前はなんていうの?」
「そやつの名は、レイス——」
それを聞いたルミナは——首を傾げていた。
彼女が想像していたその名は——父のものではなかったからだ。
* * *
——ある日の夜、王都から離れた森の廃寺に幽閉されていたアリステラ。
『こんな運命なら、もうどうでもいい……好きにして……』
狙われたのは“女神の系譜”を受けた、アリステラの力。縛られた彼女は、抵抗もせずただ壁にもたれていた。そこに——。
『アリステラ様!』
扉の破壊音と共に現れる青年。
剣を背に、泥にまみれた白い外套を携えた彼に、彼女は虚ろな目を向けていた。
『誰……?』
『アリヴェル騎士団、レイスです。——お迎えにあがりました』
青髪の青年騎士は、レイスと名乗った。だが、せっかくの助け舟に、彼女は乗り気ではない様子を見せる。
『今すぐ帰って。……私は助けを求めてなんかいない——』
白銀の髪の間から覗かせる、彼女の瞳は——今にも沈んでしまいそうなぐらい暗く澱んでいた。
『女神の力なんて持たなければ、誰も死ななくて済んだのに……こんな血筋は、もううんざり——』
——すると、ゆっくりと歩み寄るレイスは、彼女の言葉に、ため息を吐くように答えた。
『私も……うんざりです』
『——えっ?』
それは——予想だにしない反応。
今までアリステラが見てきた、姫だ女神だと言った鬱陶しいぐらいの羨望の眼差しが、この男にはなかった。
『ですが、今はここを脱出しましょう——失礼っ!』
彼の剣が、手足を縛る縄を切り捨てる。
だが、先ほど漏らした彼の不満に——今度は腹を立てるアリステラ。
『やめてよっ! 私なんか、迷惑だと思ってるんでしょう? それなら、ここに置いていけばいいじゃない!』
『——そんな事を言っている場合ではありません! さあ早く!』
逆上する彼女を、無理やり背負うようにしてその場を後にするレイス。
そして、揺れる背中の温もりに当てられながら——彼女は呟く。
『なんで……なんでよ』
アリステラの熱い涙を背中で受けるレイスは、それを拭うように言葉をかけた。
『——あなたが、女神族だからではありません。あなたが国を思い、愛してくれているのは皆もわかっています。だから、そんなアリステラ様を——皆も愛しているのですよ……』
『皆んなが、私を……?』
女神族ではなく、ただの人間としての自分の行いを、皆が見てくれていると言ったレイス。
——すると彼女は、彼の背中から、何かを感じ取った。
『そんな血筋が無ければ、私もあなたと……』
それは、密かに高鳴る彼の鼓動——。
その先の言葉を、ただの騎士であるレイスには答える事は出来なかったが、アリステラは彼の背中の温もりに顔を埋め、熱く胸を焦がすのだった——。
* * *
「——それから彼女は、レイスにぞっこんさ。決して結ばれる事はなかった恋だけど、あの時の彼の言葉のおかげで、自分は愛されてる事に気づくことができたって、あの子は喜んでいたよ……」
「お母様……だから私に、話してくれなかったのね」
ルミナは理解した。
母がずっとひた隠しにしていたのは、これが禁断の恋だったからだと。
「夜中に兵舎に忍び込んだりもして、何だ私が言い訳したか……まあ、今では懐かしい思い出さ。ひっひ——少しは気分が晴れたかい」
「お母様ったら——なんて、はしたない真似を……」
いつのまにか、暗い顔をしていた彼女は、自然と笑みをこぼしていた。
それにつられた朝の光も、辺りを包み込んでいく。
——すると、遠くの方から、ある少女の声が聞こえてきた。
「あれ? お婆様に……ルミナさん⁉︎ なぜここに——」
魔導書を片手に歩いてきたのはニーテだった。
どこか不満げな表情で近づく彼女に——ヨヨは笑いかける。
「朝の訓練だよ……あんたと同じさ」
朝を越されたのがよっぽど悔しかったのだろうか、彼女は歯噛みをしながら、ルミナから顔を背けた。
「くっ……絶対に、負けませんから!」
そう言い残し、訓練場の隅の方へと足を向けるニーテ。
そして、対抗心に燃えるその背中を見送っていたルミナに——ヨヨが小さく呟いた。
「背負うものも多いだろうけどさ……あんたは、自分の運命に負けちゃいけないよ——アリシア」
——まるで、懇願するかのような彼女の瞳に、ルミナはあの“晒し首”を思い出す。
しかし彼女は、力強く握った拳を胸に当て言い放った。
「わかっています……私は最後の希望。ですが、一人の人間として、皆の希望になってみせます。私は私——ルミナですから」
女神アリステラと、騎士レイスの禁断の恋物語でした。
この日のお話はもう少し続きます。
後半もどうぞ〜
お次は金曜日!




