第24話 英雄の名は
勝者だけが英雄とは限りません。
彼こそが、本当の英雄だったのです。
英雄の名は
どうぞ。
——ある日、俺はラキとマリラを連れ、城下町から離れた森へと足を運んでいた。
そこで行っていたのは——とある実験。
(おっ——あそこにいたぞ、ラキ!)
『よぉし! では、いきますよ——とりゃ!』
空を羽ばたく小鳥に、ぶつかるようにして飛び込んだラキは、例の如くその体を乗っ取った。
『すごい! ラキの憑依って、動物にもできるのね』
(ああ。この世界では、小動物や虫にもエギルが存在するみたいだからな。ただし条件として——自分より大きなエギルを持つものには、憑依ができない)
マリラに説明を施す俺の前に、先ほどの小鳥が翼をバタつかせやってくる。
そして——。
『——やぁ!』
小鳥の体から、再びラキのエギルが飛び出した。
なんと、俺の掛け声もなしに、彼女は自分の力だけで憑依を解除する事ができたのだ——。
(ラキ! やったじゃないか。自分で出てこれるなんて)
『えへへ……意外と簡単でした——』
実験は、成功だった。
これから、俺が近くにいなくても——動物への出入りが自由にできる。そうなれば、今後何かの役に立つかも知れない……。
——新たな希望に心を躍らせていると、彼女は溢れる笑いを抑えるように口を隠す。
『これで色んな事が——むふふ』
(こっそりおいしいもんでも食べようってんだろう?)
背中をビクリと反応させた彼女は、恐る恐るこちらを見る。
(やっぱりそんなことか……まぁ、憑依解除できるようにもなったし構わないが。だけど、あまり人様に迷惑をかけない程度にやってくれよ——)
普段から頑張ってくれている事もあるし、それぐらいの自由は与えてもいいだろう……。
そんなつもりで放った俺の言葉に、彼女は飛び上がった。
『やったぁ! では早速、マリラさんもご一緒に——』
その言葉をご褒美と捉え、調子に乗ったラキは、マリラの背中をぐいぐいと押す。
『待ってよラキ。私、憑依は怖いわ……』
(こらこら。嫌がってるじゃないか……ん?)
じゃれつくラキを注意していると——俺は、遠くの方で目覚める、ある気配を感じ取った。
(……すまん、二人とも——俺はちょっと、野暮用ができた)
『『野暮用?』』
二人を置いて、すぐにそこを飛び立った俺は、その気配のする方へ向かって行くのだった。
* * *
——俺が到着したのは、以前訪れた、怪我人が運ばれる宿屋だった。
(ここだな——よし)
俺は扉をすり抜ける。
そこに見えたのは、無数の包帯に巻かれ、窓の外を虚ろな瞳で見つめる男。
(……マール)
その重症患者の正体は、俺もよく知る人物——元バルナ王国の騎士長マールだった。
「——誰ですか?」
振り返ったマールは扉の方へと目を向けるが、隠れるつもりもなかった俺は——もう一度その名を呼んだ。
(——マール。落ち着いて聞いてくれ、俺は……転生者と言うやつだ)
「——っ⁉︎ あなたは……あの時の、“天の声”ですね?」
一瞬その細い目を見開くが、俺の声を一度だけ聞いていた彼は、俺の存在を疑う事もせずにすぐに受け入れてくれた。
「……どうか教えてください。転生者と呼ばれた、あなたの事を——」
(……わかった)
——俺は、あの時に至るまでの行動や出来事を、彼に語った。
俺は命を落とし、この世界に転生した事。
この大陸で起きることを知り、共に旅する三人に助言をし、先の戦いにて戦況を操作していた事。
そして——バルナ国王の、最後を看取った事を。
「——そうだったんですか。……あれは、あなたの助言だったのですね。通りでルミナさんとルキくんのあの時の行動には——迷いがなかった」
半妖を恐れず、一度は結界の策を破った二人の妙な活躍ぶりに、マールも違和感を覚えていた。
そして、皇帝が言い放った転生者という異質な存在に、改めて納得する。
(本当は、バルナの皆んなにも伝えるべきだったんだけど——混乱を避ける為、あえてそうしなかった。……すまない)
結果的に皆を救えず、迷惑をかけてしまったと詫びをいれるが——マールは薄く微笑んだ。
「……いいえ。懸命な判断です」
国も仲間も全て失ってしまったのに、辛いはずなのに……それでも人を責めない彼の姿勢に、俺は胸の奥が締め付けられた。
(……俺のせいで、苦しんだ人がいるのに)
「皆、覚悟を持って戦場に臨んでいました。今更、誰を恨むなどとは言いません——」
彼は最後の最後まで、一人でも多くの人間を生かそうと奮闘し、彼についてきた部下達も誰一人逃げなかった。
マールの騎士長としての教えが、行き届いてる証拠だ。
(マールは紛れもなく、バルナの英雄だよ……)
慰めにならない事なんてわかっていたが、俺は彼の勇姿を讃えずにはいられなかった。
——しかし、思わず失笑し首を横に振るマール。
「——それは違います。バルナの地を平定し、ならず者の私をここまで育て上げた。本当の英雄は、あの方以外にはいません……」
(バルナ、国王か……?)
彼は嬉しそうな表情を見せ、大きく頷いた。
——豊かとは言えなかった小さな国で、人々の笑顔を支えていた国王。優しい王様だった彼に、国民は皆心を寄せ、健気に生きていた。
(……そうかもしれないな)
たった数日の彼の行いを振り返った俺は、マールの言葉を疑わなかった。
最期の瞬間まで、彼は英雄と呼ばれるに相応しい人物だったからだ——。
(あっ……! そろそろ俺は——)
彼については、まだまだ知りたいこともあったが、あいつらの気配を察知した俺は、その場を離れようと体を動かした。
「——おや? もう、どこかに行かれるのですか?」
マールもずっと、彼の話を続けたかったのだろうか——別れを告げた俺の背中に、名残惜しそうに手を伸ばす。
(ああ。もうじきここも、騒がしくなるからな。——そうだっ!)
俺は彼に、一番大事な事を聞いていなかった。
(バルナ国王——彼の名前を、教えてくれないか?)
「国王様の……?」
英雄の名を問う声に、マールは一瞬だけ言葉を失うが——やがてその口は、誇らしげに開いた。
「バリィ——。あの方のお名前は、バリィ様です」
(……バリィ)
「どうか……お見知りおきを」
(……ああ。忘れないよ——)
そう言い残した俺は、微笑む彼に背を向け、その部屋を後にした。
——そして、二つの影が俺を横切り、その扉を勢いよく開く。
「——マールさん! よかった、もう目を覚まさねぇと思ったぜ……」
声と共に、マールの胸に飛び込んだのは、ルキだった。
「うぐっ! ルキくん……離れてください——」
「こらルキっ! マールさんは、まだ怪我人なんだから!」
息を切らしながら彼を注意するルミナだったが、二人の登場に、部屋を包む空気は一気に軽くなった。
既に部屋を離れる俺の耳には、苦痛に歪むマールの声が、どこか嬉しそうにも聞こえるのだった。
——それにしても、バリィと言うのか……。
俺の本来の物語に——バルナ敗北の出来事は、記されていた。
帝国の脅威を示す為の材料として、彼の死をただ一人の人間の死として扱っていた。
しかし、物語で知る事はなかった本当の英雄の名を知った俺は、その名を深く心に刻んだ。
英雄の名は、バリィでした。
今後の物語で、彼を掘り下げる事も考えております。
カガミ同様、彼は執筆しているうちに好きになったキャラの一人です。
どうかお見知り置きをm(_ _)m
お次は火曜日!




