第23話 転生者の謎
ヨヨは何かを知っている……。
果たしてカガミは、真実を得られるのでしょうか。
転生者の謎
どうぞ。
——アリステラ。
俺の方を見て、ヨヨはその名をはっきりと口にした。
以前、皇帝も同じような事を言っていたし、ルミナは俺を母と誤認したこともあった。
だが、これだけは言える——俺は女神アリステラではない。
(え、えっと……)
見当違いな名指しに言葉を詰まらせていると、ヨヨはゆっくりと俺に近づいた。
「やっぱり——やっぱり、そこにいたんだね……」
俺を見つめる瞳には、緑色の光が映る。
やはり彼女には、俺のマナが見えているようだ。
「あんた……辛かったねぇ。散々追い回されて、挙句の果てに——こんな姿に……私はあんたが、不憫で不憫で」
ヨヨは彼女を労わるように、震えた手で俺のマナへと触れる。
——しかし、目の前で涙する彼女を見かねた俺は、事実と共に俺の声を聞かせた。
(……あの、落ち着いて聞いてくれ——俺は、アリステラじゃない。なぜかよく勘違いされるが、異世界からやってきた人間なんだ——)
「——なんだって……?」
男と思しき俺の声を確認し、ヨヨは不思議そうに目を丸めたが——それでも彼女は、俺の中の何かを見つめていた。
「確かに、声が全然違うようだけど——おかしいねぇ。それに異世界って、何を言ってるんだい……」
(俺も、何が何だかわからなくて……藁にもすがる思いで、ヨヨに会いに来た。訳あって、あんたの存在を知っていたから——)
その手を離したヨヨは、よろめきながら近くに腰掛け、ぶつぶつと何かを呟き始める。
(混乱させてごめんよ。でも、もうここしか頼れなくて——)
「……これには、何やら——深い訳がありそうだね」
——大きなため息をついた彼女は、教室を出ようと俺に背を向けた。
(ヨ、ヨヨ? ——どこに行くんだ⁉︎)
「——今日は診察もあるし、今度時間がある時にでも話そう。これについては、どうも立ち話で終わりそうにないからね……悪いけど、また来ておくれ」
彼女の言う通りだった。俺自身、謎だらけのこの状態を、十分、二十分の話で説明がつくとは思えない。
その言葉に納得した俺は、彼女の背中を黙って見送った。
『ヨヨ婆様……カガミさんが見えるなんて——』
(——さすがは法王様だな。ってなわけで、今日はもう他で時間を潰そう)
俺を視認するヨヨにマリラは驚くが、一方で俺は、変わらない様子で、次の目的地へと体を進める。
だが——。
『ちょっとカガミさん……一体どこに?』
(どこって——ルミナのいる寮だよ)
俺の発言に、彼女は珍しく声を荒げた。
『だめよ! 男のカガミさんが、女の子ばかりの寮に入るなんて、いけないことだわ!』
(それは、そうだけど……)
ただの様子見のつもり言ったのだが、彼女の耳にはそうは聞こえず、やがて睨むような目で俺を抑止した。
『やっぱりカガミさんは、ラキが言った通り——スケベな人だったのね!』
(なにっ⁉︎)
彼女は突然、あらぬ言葉で俺を責め立てる。
下心もなく適当に決めた目的地だと言うのに、心外に思った俺も声を上げた。
(違うよ! それはただの誤解だ! 覗きに行こうなんて……本当に思っちゃいないよ——)
同じ女として、俺の行動を不埒と取ったマリラは、一歩も引かなかった。
『それなら決まりね。ルミナさんの様子は、私が見に行くから——それに、カガミさんの声がうっかり漏れちゃったら、大変でしょう?』
——確かに……相手は、魔法使いの少女ばかりだ。
男の声が聞こえ、見られていると知ったら、あの時のルミナみたいな大爆発が起こりかねない。
腑に落ちない気持ちを残しつつ、彼女の言うことにも一理あった俺は、その場に背中を向ける。
(それなら、そっちの事は頼むよ——俺はルキのところにでも行っとくから、何かあったら次会った時にでも言ってくれ)
寮の情報についてはマリラに任せ、俺は彼の気配を探りあて、その方向へと飛んでいった。
* * *
——たどり着いたのは、今朝見た訓練場から少し離れた場所にある、兵舎の中庭だった。
(えらく寂れた場所だな……あいつ、こんな時間まで外に出てるのか——)
気配をたどっていくとそこには、影から彼を見守るラキの姿があった。
『ふぁ? カガミさん……来てたんですねぇ』
(まだ起きてたのか。ルキはまだ、ここにいるんだろう?)
彼女は目を擦り、うとうととしながら、大の字になって空を見上げるルキを指差す。
『仲間の子達は、もう帰ったって言うのに、ルキってば、こんな時間にまで剣を振ってるんですよぉ——』
(そうか。あいつも、頑張ってるんだな……)
黙ってルキを見つめていると、彼は顔を顰めながら、ふと呟いた。
「今度は——絶対負けねぇ……」
彼がここまで自分を追い込む理由。それはやはり、あの日の敗北だった。
それよりも——。
(俺の……せいかもな——)
歯を食いしばる彼の姿を見て、俺もその敗北に責任を感じていた。
それに、あの日以来一言も喋っていない彼が、今どう思っているのか、俺は知っておくべきだと思った。
『カガミさぁん。私はそろそろ、寝ますね……』
(ああ。俺はちょっと、ルキと話してくるよ——)
大きく体を伸ばしたラキは一言だけ言い残し、倒れ込むようにして姿を消す。
『あまり遅くならないように言っておいてくださいねぇ——』
そして俺は、ルキの元へと体を進めていった——。
「——畜生……!」
ギュッと目を瞑る彼は、瞼の裏にあの時の景色を見ていた。
ああ動けばよかった……こう考えればよかった。そんなことばかりを、ずっと繰り返し考える。
そこに——。
(……よう、ルキ——久しぶりだな)
「——わっ! まさか⁉︎ 声のやつか……?」
ガバッと起き上がり、こちらを見つめるルキ。
毎回訪れるこの不便な登場に、俺は気の毒に思っていたが、彼は気にせず続けた。
「最近声がしねぇと思ってたけど、いたんなら声かけろよな——」
(え? ああ、すまん。——そんな事より、ルキは怒ってないのか?)
怒るどころか、心配するような様子を見せる彼の反応に、俺は戸惑っていた。
「怒る……? なんで俺が怒るんだよ?」
(——ほら、俺の後押しのせいで、お前たちを危険な目に合わせてしまっただろう? それに、マルクだって……)
彼の名を聞いたルキは、顔を俯かせ拳を強く握る。
——やっぱり、怒っただろうな……。
気まずくなった俺は、彼と一緒になり黙っていたが、胸の中の罪悪感がそれを許さなかった。
(……本当に、すまなかった——偉そうに神だのと名乗りを上げて、その結果、俺は……何の力にもなれなかった)
その言葉を——ルキは黙って受け取める。
もちろん、いくら悔やんだって、死んでしまった人達は帰ってこない。
本当はちゃんと目の前に現れて、ぶん殴られたい気分だったけど、今の俺にはこうする事しか出来ないのが、本当に歯痒かった。
——しかし。
「別に……怒ってねーよ」
彼は俺を言葉で殴りつける事をせず、むしろ笑みすら見せた。
「——へへっ。神様とか言って、色々知ってるみたいだったけど、俺は半信半疑だったからな」
(は、はは——そうか)
姉貴譲りの前向きな性格で、俺の不安を笑い飛ばすルキ。
彼らの笑顔は——本当に、救いになる。
(強いんだな……ルキは——)
ただの取り越し苦労だと、俺は胸を撫で下ろすが——彼は今、別の懸念を抱いていた。
「それよりも、皇帝が言った転生者ってやつの事なんだけどよぉ——」
ルキの表情から——笑顔が消える。
彼自身も、あの時空に向かって放つ皇帝の不可解な言葉に、未だ違和感を感じていた。
「あいつ……透明人間のお前が、あそこにいるって事を知ってたみたいだし——お前、本当は神様なんかじゃないんだろう? それに、もしお前が転生者ってやつなら、それって一体何なんだ?」
俺の事など気にも止めていないと思っていたが、彼は中々に鋭い指摘を見せる。
——そして、それに観念した俺は、ここにきて一つの事実を伝えた。
(——その通りだよ、ルキ。実は俺は、一度死んでこの世界にやってきた、ただの人間だ)
「死んだ⁉︎ そんじゃあ、ただの幽霊って事かぁ……? 噂でも聞いた事あったけど、本当にそんなやついるんだなぁ。インチキくさい理由が、やっとわかったぜ」
その言葉に俺はムッとなったが、彼の言う通りだった。俺はこの世界のことを少し知っているだけで、神様なんて大層な存在ではない。
(それと——転生者については、俺もあまりよくわかっていないんだ。だから俺なりに色々調べて、また二人の前に現れるよ。——約束する)
「……そっか」
俺の誠意が伝わったのだろうか、ルキはもう一度笑ってくれた。
「よくわかんねえけど、頼んだぜ。特にルミナのやつは——お前を、不審がってると思うから。」
そして、ルミナの中の不安を見抜いていた事を明かすルキ。
彼女が、俺を疑うのも仕方がない。一度は信用させた彼女を、裏切ってしまったわけだから。
それに、俺に対し——アリステラと呼んだ皇帝の言葉も、彼女は聞いていたはずだ。
(ルキ……お前、なんだかんだ言って——ルミナの事を心配してるんだな)
照れくさそうに鼻を掻いたルキは、それを誤魔化すかのように立ち上がった。
「そりゃぁ——姉ちゃんみたいなもんだからな」
……そうだったな。
一人になったルキが、寂しい思いをせずに済んでいるのは、傍にいてくれたルミナのおかげだもんな。
その言葉は、あいつに直接聞かせてやりたかったよ。
「——とにかく、そういう事だからよ。俺はもう寝るぜ」
(ああ——またな)
託すような言葉を言い残した彼は、あくびをしながらこの場を後にする。
——俺は、彼と腹を割って話せた事で、この世界が徐々に俺を受け入れてくれたように思えた。
その喜びを得た俺は、彼らを守りたい理由が、また一つ増えるのだった。
このお話は、次回に持ち越されます。
どうやら、ややこしい話のようです。
お次は金曜日!
“あの男”の登場です。




