第14話 レオンという男
ついに……ついにマリラの瞳に、あの人物の姿が映ります。
レオンという男
どうぞ。
——翌朝。
ギルバディアの訓練場に、まだ薄暗さが残っていた頃。
(…….ルミナ)
一人夜を明かしながら、俺は空に向かって彼女の名前を呟いていた。
(……ヨヨ婆の言葉で、少し元気を取り戻したと聞いたけど……きっと、君はまだ——)
思わずその場に声を響かせてしまった俺は、ハッとなり体を左右に振る。
(いかんいかん! 俺は、また彼女のことを……いつまでも引きずってたら、ダメなのに)
俺は、最後に見た彼女の泣き顔ばかりを思い浮かべていた。一人で夜を過ごしていると、いつもこうなってしまう。
——やがて、心までも暗くなっていた俺の傍に、軽快な声が響き渡った。
『——やぁ! おはようございまーす!』
掛け声と共に、拳を突き上げ弾け出るラキ。
(ラキ! 今日は早かったな。——それより、もう完全に俺の掛け声なしで、登場できるようになったのか……)
驚きつつも寂しさがあった俺は、彼女の顔を見て高らかな声をあげてしまった。
『えへへ、もう完全に覚えました! 今度は、誰かに自由に出入りできるか、試してあげましょうかぁ?』
ラキはよだれを垂らしながら、目を輝かせている。
(別に構わないが、俺がいる時にしてくれよ。また何かあったら、かなわんからな——)
憑依と解除が自由にできたら、便利なことこの上ないが、そんなものを覚えたら、こいつは一体何をするやら……。
——彼女に疑いの目を向けていると、次に響いたのは、あの優しい声だった。
『——えいっ!』
(マ、マリラ⁉︎ お前まで……)
慣れているラキならともかく、マリラまでが自分のエギルを自由に扱えるなんて……。
『マリラさん、すごいです! もう覚えちゃったなんて……それなら! 今度カガミさんに内緒で、おいしいものでも——』
『ふふ、それはいいわね。でも、憑依はまだ怖いわ……』
良からぬひそひそ話が聞こえたが——そんな事よりも俺は、以前にも増して二人の体に自由が宿っている事に、驚きと胸の高鳴りを覚えていた。
(……この力を上手く使えば、もっとみんなの役に立てるかもしれない)
”何もできないくせに”——助けを求めるように放ったルミナの言葉に、俺は誰よりも応えたかった。
——少しの時間が経ち。
(うっ……!)
付近を漂っていると、俺は遠くを横切る噂の少女の気配を察知し、急に黙り込んだ。
『——あ。あれはルミナさんじゃない。もう大丈夫なのかしら? それに向こうは、医療室…….』
ルミナを見つけたマリラは、彼女が“医療室”と呼ばれる幕屋へと向かっている事を把握し、後をついて行く様に促す。
『ほらほら、カガミさんも一緒に行くんですよ!』
(うぅ……)
彼女との対面を避ける様に、俺はその場にじっとしていたかま、ラキに背中を押されるまま医療室へと体を運ばれる。
——ルミナの力になりたいと思っていても、まだ彼女の前に出るのは気まずい俺だった。
* * *
——医療室にて。
薄布の垂れた簡素な入口を抜けると、そこには複数人の女性が立ち並ぶ中に、一人だけ見覚えのある老婆がいた。
「——やぁ、よく来てくれたね……ルミナ。人手不足だったから、助かるよ」
「ヨヨ婆様——先日は、どうもお世話になりました。微力ながら、私も力になります」
——あれが、ヨヨ婆だったのか……。
彼女を見たのは、以前ルミナと別れ、宿屋の外ですれ違っていた時以来だった。
『人手不足とは、どういうことでしょうか?』
『ここは、おそらく医療室ね——傷ついた兵士の手当てをする為に、お医者様や魔法使いが集まる場所よ』
マリラは、既に散策を終えた城壁内の地理を詳しく知っていた。彼女の説明を聞き、ラキは手のひらにポンと拳を置く。
『なるほど! ルミナさんは、傷ついた方達を癒す為に、お手伝いに来たんですね。しかし——』
何やら疑問を抱いた彼女は、辺りをキョロキョロしていたが——ヨヨ婆が、それに答えるように腕まくりをした。
「——さて、もうそろそろ来る頃だよ。バルナに出向いた、——レオンの部隊がね」
『マ、マリラさんっ⁉︎』
——彼の名前を聞いた途端、すぐに振り返ったマリラは、幕屋の外へと飛び出す。
(俺達も——皆んなを迎えよう)
『は、はい!』
外へ出た俺達は、マリラの背中を追い、城門の方へと目を向けた。
——やがて彼女の耳に、無数の足音が響く。
その足音は徐々に近づき、その方向からやってくるのは、傷つき肩を貸し合う鎧の兵士達。
レオンの部隊——。
『——おお! あれが、バルナ王国の援軍に来てくれた皆さんですね!』
バルナ王国は滅んでしまったが、救われた命も沢山あった。その為に、妖魔と戦い剣を振った彼らは、俺達にとって英雄も同然だった。
(彼らには、感謝の言葉しかないよ——ルミナだって、ルキだって、きっと援軍が来てくれなかったら……)
——二人の命を救ってくれた英雄達の帰還を、歓喜の目で見守る中、マリラは一人飛び回り、彼を探している。
『レオン——一体どこ?』
傷だらけの男達に紛れ、辺りを見回していると、彼女の耳に、あの懐かしい声が聞こえてきた。
「——さぁ、負傷者は医療室へ急げ。傷の浅いものは、肩を貸してやってくれ」
——そこには、部下達に迅速に指示を与えつつも、それを労る、思いやり深い男がいた。
離れた場所から、一際大きなエギルを確認したラキは、この男が”隊長”と呼ばれるに値する男だと理解する。
『あれが、レオンさんですね……』
(ああ。とりあえずは——これで、よかったのかな……)
感極まり、背中を震わせたマリラを見守っていた俺は、ひとまずホッと胸を撫で下ろしていた。
——レオンに会いたい。
最期の願いを、遂に果たすことができたマリラ。
『ずっと……ずっと会いたかったよ、レオン』
彼女から溢れる思いは、決して彼には届かないけれど、それでも——彼が生きて、誰かを守っている姿を見られただけで、マリラの心は十分に救われていた。
とりあえずは、彼女の思いは果たせました。
しかし、声も伝えられない状況で、今後どうなっていくのでしょう。
お次は火曜日!
第二章の、クライマックスシーンが始まります!




