第13話 私じゃなくても
先の無いマリラには、この先の彼を癒すことはできません。だからこその、彼女の選択です。
私じゃなくても
どうぞ。
——訓練場に、終業の鐘が鳴り響く。
業務を終えた兵士達は、その疲れを癒すべく各々の兵舎へと戻っていった。
「はぁ……はぁ、まだまだ!」
薄暗くなった訓練場には人気もなくなり、そこにはただ一人で剣を振るジーンの姿があった。
『あんなにいっぱい訓練したのに、まだまだ頑張るんですね——』
(自分に厳しい性格をしているからな——きっと今頃、次の目標に目を向けているだろうさ)
苦労して勝ち得た名誉な肩書に、あぐらをかくこともせずさらに自分を追い込むジーン。
——するとラキは、それを微笑み見守るマリラに問いかけた。
『そういえば——マリラさんのお友達の”隊長さん”って、どんな方だったんですか?』
『隊長……? あぁ、レオンのことね』
友人の方ばかりに目を向けていたマリラのすぐ横には、物欲しそうな笑みを向けるラキの姿があった。
『——むふふ、レオンさんって言うんですね。その方は恋人が何かで?』
『恋人って……そんな』
彼女の言葉に反応したマリラは、頬を赤く実らせる。
そして彼女の圧に観念し、おもむろに彼との出会いを語り出す。
『レオンとはね——彼が私の担当医だったヨヨ婆様の付き人だった頃に出会ったの』
——男でありながらマナを発現させる特異体質を持ったレオンには、魔法使いヨヨの付き人として働いていた時代があった。
『これは、初めて会った日の事。ヨヨ婆様がちょうど席を外した時に、私は熱を出してしまったの。……医学の知識がなかった彼は、とても慌てていたわ。でもそんな時、彼は濡れた手ぬぐいをそっと変えてくれたり、手を握って、何度も大丈夫だって言ってくれた——』
それを聞いていたラキは、続きを促すように頷いている。
『ずっと薄目で見ていた彼の必死な姿が——すっごく心強くて、かっこよくて……。それから仲良くなって——彼はずっと、私のそばにいてくれた』
真っ赤にした頬を抑えながら目を閉じるマリラだったが、ラキは恥じらう彼女を逃がさない。
『それでそれで! 結局二人は、どこまでいったんですか⁉︎』
(その辺で…….もう、いいんじゃないか?)
俺は無理に結末を聞こうとするラキを宥めるが、それでもマリラは答えた。
『花火が上がる祭りの夜、とうとう彼は私に言ってくれたの。——好きだ、結婚してくれ。ってね』
レオンの口から出た情熱的な言葉の数々に、ついにラキの血潮は最高潮に達する。
『キャーーー‼︎』
彼女は、マリラが見せた切なげな表情に気づかないまま、一人のたうち回る様に舞っていた。
『恋人からの熱い思い——もちろんマリラさんは、お受けしたんですよね⁉︎』
——期待が絶頂にまで上ったラキだったが、マリラはそれには応えられなかった。
『いいえ。——彼の気持ちは、受け取らなかった』
彼女は、少し後悔が混じった表情で続けた。
『ありがとう。……そう伝えて、彼には諦めてもらったわ』
『そんなぁ、どうして……』
好きな人と一緒にならなかった選択を理解できないラキだったが、マリラにはそれを納得させる理由があった。
『その時既に——私の余命宣告は、なされていたから……』
マリラが語った悲しい真実に、ラキは思い出す。
彼女が病気で痩せ細り、なすすべもなく命を終えたあの日の事を。
『——嬉しかった、本当に嬉しかった。短い間でも、彼の隣にいれるなら幸せだと思った。だけど私は、近いうちにこの世を去ってしまう。残された彼はきっと、もっと悲しむことになる』
『マリラさん……レオンさんの為に』
——これこそが、マリラが望んだ結末だった。幸せになるのは簡単だったが、それよりも彼女は、彼を傷つけない事の方が大事だったようだ。
『……ぐすん』
悲しくも意外な結末を聞いたラキは、先程まで踊らせていた肩をガックシと落とした。
(おい……どうするんだよ)
俺は静かにつぶやき、沈んだ空気を作ってしまった彼女に詰め寄るが、マリラは決してそんな様子を見せなかった。
『本当はね、すごく後悔してた。ずっと会いたくて、伝えたくて。でも、私の想いは今こうして生きている』
胸の中の温もりを確かめるように、優しく握った手を当てるマリラ。
『これからも、彼を見守ることができる。——だから今は、その選択を選んでよかったって、本気で思ってるの。だって、もっと深く傷つく彼を見なくてすんだもの……』
申し訳なさそうな顔で涙ぐんだラキの頭を、マリラは優しく撫でている。
(強いんだな。マリラは…….)
その言葉に彼女はコクリとうなずき、こちらに微笑みを向けた。
『やっぱり、カガミさんは知っていたの? 私とレオンの物語を——』
俺は当然、この悲しい結末を知っていた。
だが、彼女が抱いていたこんな想いまでは知らなかった。
(ああ、花火の日の事ぐらいはな。だけど、二人にとって、それでよかったのだろうか…….)
彼らを描いた俺にとっても、何が正解かはわからない。
それでも彼女は今、胸を張っている。
『仕方なかったのよ。レオンだって、いつかきっとわかってくれるわ。それに——』
マリラは再び訓練上のほうに目を向け、一人孤独に剣を振る友を見据える。
『私じゃない誰かが、きっとレオンを幸せにしてくれるって、信じてるから——』
大切なレオンをこれから癒すものは自分じゃないと、託す様にジーンを見つめるマリラ。
——自分の気持ちを押し殺したその選択は、きっと彼女にとっても辛かったと思う。
それでもなお前を向くマリラの背中は、この時の俺には、誰よりも強く、美しく映っていた。
第9話 愛の在り方
のお話ですね。
まだ正解は分かりません。
いつか、わかるかもしれません。
お次は金曜日!




