第12話 ジーンという女
短く切り揃えた髪に、マナの光を持たない剣士。
一見男のようなこの人物は……。
ジーンという女。
どうぞ。
——ジーン。
マリラの親友の一人で、唯一彼女の死に目に会う事のできた人物。
彼女の丁寧な挨拶に、訓練場の空気が少し締まり、一人の訓練兵が親しげに声をかけた。
「今日は——珍しく遅かったな。ジーン」
「ええ、友人に花を手向けていたので。では、早速どなたか——」
友人の視線を草葉の陰から浴びながら、彼女は腰に差した剣に手を掛け、訓練相手を探す。
だが、その様子を観察していたラキだけは、その変わった格好を見て首を傾げていた。
『なかなかのエギルですが、男の方がなぜあのような細身の剣を?』
ラキが注目していたのは、“レイピア”とも呼ばれる針のような剣。それは、彼女が今まで見た戦士の中で初めて見る武装だった。
——しかし、彼女の勘違いにマリラは声を荒げる。
『何を言ってるの⁉︎ ジーンは女の子よ——』
『ええっ⁉︎ ——女ぁ⁉︎』
ラキは驚きを隠せなかった。
華奢な体ではあったが、常に鎧をまとい、主に女性にのみ潜在するはずのマナ反応も一切感じられない。
その人物が女だなど、考えてもみなかった。
『——まさか、女性だったとは。通りで綺麗な方だと思いました……しかし、女性なのに剣士なのですね——』
——その禁句に、驚くように目を見開くマリラだったが、今度は俺の方から釘を刺した。
(おいおい。そんなことを言ったら、ジーンは怒るぞ? ——”女が戦士になれるわけがない”。その常識と、彼女はいつも戦っているんだからな)
俺の隣で何度も頷くマリラ。その仕草だけで、彼女がジーンの葛藤を察していることが伝わってきた。
——訓練を始めるべく、既に一人の男と立ち合っていたジーン。
「言っておきますが——手加減は無しですからね」
剣を強く握り締めた彼女は、その切っ先を地に突き立てるようにして、向かいに立つ男の兵士へと言い放つ。
——女だから。
そんな理由で力を緩められることなど、彼女にとっては敗北と同義。彼女が求めているのは、最初から最後までの真剣勝負のみだった。
『大丈夫でしょうか? あんなことを言っちゃって……』
自分よりも、はるかに大きい体躯を持つ男に対し啖呵を切るその姿に、ラキは冷や汗をかいていた。
『……ジーン。怪我しなければいいけど』
マリラもその横で、いつでも治療を始めれるようにと、その手にマナの光を灯す。
——だが、ジーンの裏側を知っていた俺は、不安がる彼女に言葉をかけた。
(……そうか。マリラはジーンの戦いを見たことがないんだな。でも大丈夫——むしろ心配をするのは、あの男の方だ)
『……カガミさん』
俺の発言に、彼女がこちらに目を向けた——ほんの一瞬の出来事だった。
カキーン——ッ!
——男の持っていた剣が、サクリと地面に突き刺さる。
『えっ……?』
マリラが視線を戻すと、そこには針のような剣先を、男の体に突き立てたまま静止するジーンの姿。
何が起きたのか理解できず、言葉を失っていると、その隣では目を輝かせたラキだけが歓声をあげていた。
『——すごい! すごいですよ今の! 一瞬で剣を弾いて、まるで剣が、何本もあるみたいでした!』
マリラがほんの一瞬、視線を逸らした隙に、ジーンはすでに男の剣を弾き落としていたらしい。
『あんなに早く、そしてあんなに正確に攻撃を加えるなんて! ジーンさんって、あんなに強かったんですね!』
その早技に興奮するラキと、ポカンと口を開けているマリラに、俺はようやく解説の場を預かる事ができた。
(ジーンはな……毎日、誰にも見えないところで剣を振り続けてきたんだ。あの剣の速さと正確さは——才能じゃない。積み重ねてきた覚悟そのものだ)
自分が知らない友人の努力を知り、マリラは息を呑む。
『ジーン……あなた、こんなにも——』
ふと考えると、彼女は鎧姿以外のジーンを、ほとんど見たことがなかった。
訓練が忙しい中、その合間を縫ってまでも彼女は、疲れなども見せずに、マリラに会いに来ていたのだ。
——やがて、ジーンが下げた剣により、その場に決着の空気が流れる。
「——また腕を上げたなジーン! おっといけない、“副隊長様”だったな」
群衆の中の一人の兵士が、彼女へ賞賛の声を上げた。
「おや? もう聞いていたのですね……」
——しかし、その言葉に最も驚いたのはマリラだった。
『副隊長⁉︎ ——ジーンが?』
三つの隊に配属される隊長および副隊長、計六名は、“上位六騎士”として正式に認められる。
この称号に選ばれることは、この国における剣士にとって、最高位の名誉とされていた。
「俺たち同期の中では、今その噂で持ちきりだ。——全く、鼻が高いぜ」
やがてジーンの周りには、彼女の功績を喜んでくれる仲間で溢れていた。
「おめでとう。正直、ここまでやれるとは思ってなかったよ」
「お前、一番頑張ってたもんな」
拍手喝采に包まれる中、彼女との立ち会いに敗れた男も頭を掻いている。
「副隊長様が相手ともなれば、致し方ない」
次々と集まる激励の言葉に、ジーンは深々と頭を下げ、さらに向上の意を述べるばかりであった。
「——本当に、皆さんのおかげです。ですが、私はまだまだですので、こんな立場でも遠慮なさらず指導してください」
いち早く昇格の道へと進んでも、謙虚な心だけは捨てないジーンに、皆はさらに持ち上げる。
「ご冗談。遠慮などしていたら、こっちの方が怪我をしちまうぜ」
「ははは」
「言えてるぜ」
訓練場に笑い声が響き、ようやく和らいだ訓練場の空気に、恥ずかしそうな表情で微笑むジーン。
——そして、和気藹々としていたのは訓練兵だけではなかった。
『すごいわジーン! あんなに強くて、しかも副隊長に昇格したなんて——』
マリラが飛び上がるように手を挙げている横で、ラキは何度も頷きこちらに顔を近づける。
『うんうん! このギルバディアに、あんなに強い人が他にもいるなんて——これなら、あの帝国なんて目じゃありませんねカガミさん!』
(ふふ——その通りだな)
無邪気に笑う彼女に対し、誇らしげに言葉を返す俺は、ふとマリラの方へと視線を向けた。
いつも落ち着いてる彼女が、あんなにも感情を表に出すなんて……。
(マリラ、そんなに嬉しかったか?)
『あっ! ええ。とっても——』
その言葉に、照れたように目を伏せたマリラは、やがて静かに語り出した。
『あの子、悔しがっていたわ。“女は強い戦士なれない”って散々言われてたから……。だから、いつか絶対に、みんなを見返してやるって』
——潤んだ目を、ジーンの方へと向けるマリラ。
そこには、長年の努力が実り、それを仲間から称えられている友人の姿があった。
『あんなに頑張ってた友達が、報われたんだもの。……こんなに、嬉しい事は無いわ』
マリラが拭った涙は、心に満ちていた深い悲しみを洗い流すには、十分なほどに温かいものだった。
——俺は、マリラを見るたびに考えていた事があった。
自分の死を目の当たりにさせてまで彼女を復活させた事が、本当に正しかったのかと。
だが、彼女が初めて見せた生きた笑顔が、俺の心のわだかまりを少しだけ解いてくれた。
白銀鏡のお気に入りキャラの登場回になりました。
語り出すと止まらなくなるので、是非今後の彼女の活躍にご期待ください。
お次は火曜日に!




