第9話 愛の在り方
今回は少し長めの設定です。
答えがあるものではありませんが、これも一つの答えです。
愛の在り方
どうぞ。
——ヨヨ。
この大陸で、最高位の魔法使いに与えられる、“法王”の称号を手にした人物。
女神の一族以外で、唯一この称号を得た実績を持つ彼女は、現在この街で医者をやりながら、魔法使いの養育に務めている。
そして、女神族だったアリシアは、かつて母の師でもあったヨヨの存在を聞いた事があった——。
「——何があったか、話してみな。……アリシア」
ヨヨの後ろでその名を聞いたマリラは、ピクリと反応し、彼女の方を見た。
『アリシアって……まさか、ルミナさんが?』
噂でしか聞かなかった女神族の存在を前に、彼女の背負う宿命の重さを知るマリラ。
「隠したってわかるさ。小さい頃のアリステラにそっくりだ」
震わせた唇を頑なに閉じるルミナに、母の名を呼び、安心させるように微笑みかけるヨヨ。
「大丈夫。今は、誰も聞いちゃいないさ。それに——たまには吐き出さないと、辛いだけだよ?」
——彼女の言葉で、吹っ切れたルミナ。
やがて、辛い現実と宿命に限界を迎えた彼女の口から、思いの丈がこぼれていく。
「——私は……ただ、マルクの力になりたかった。彼の為に、なんでもしてあげたかった。……でも私は、ただ……守られてばかりで……何の力にもなれなかった」
最後に見たマルクの背中を思い出し、彼女はどうしようもない気持ちを搾り出す。
「あの人の事……好きで、好きで……でも、あんなことになるくらいなら……好きになんて……ならなければよかった」
再び嗚咽を漏らすルミナ。
彼女が、バルナ王国での戦いに巻き込まれた事をアバンから聞いていたヨヨは、マルクと呼ばれる人物とルミナの間に、何があったのかを察した。
「マルクはきっと、愛するあんたを守る為、戦ったんだね——」
その言葉は、ルミナの胸に突き刺さった。マルクが、彼女の背負う宿命を守る為に戦っている事を、知っていたからだ。
——だがヨヨの言葉は、さらにルミナの心を深く抉った。
「でもね、あんたのそれは——愛とは言えないねぇ」
「えっ……」
思いもよらぬ叱咤に、ルミナは眉を顰める。
そしてすぐに、沸々とした感情が湧き上がった。
「——ヨヨ婆様に、何がわかるのよ!」
血相を変えた彼女は、抑えの効かないその気持ちを、目の前の老婆にぶつけていた。
「おや? なら愛していたとでも言うのかい? だとすれば、ちゃんちゃらおかしいねぇ——」
彼女の激昂にも、ヨヨは全く動じない。
ルミナは、両手を広げ煽る彼女に、今度は悔し涙を浮かべた。
「こんなに辛くて……こんなに苦しくて、片時だってあの人の事が忘れられない。この気持ちが——嘘なわけないじゃない!」
自分の無力よりも、彼への愛を否定された事に腹を立てるルミナだったが、それでもヨヨは、眉ひとつ動かさない。
「なら——あんたに、私が思う本当の愛ってのを教えてあげよう」
頭に血が昇っていたルミナは、その言葉を買い、彼女に鋭い眼差しを向ける。
「ええ——聞かせてください」
「ひっひ。これはね——この街に、昔住んでいた恋するお嬢様の話さ……」
——すると、静かに見守っていたマリラが何かに気づき、彼女の方へと釘付けになった。
「その子には、愛し合っている男がいたんだ。そして、その男はとうとう、彼女に想いを伝えた——」
立ち上がり、窓際へと歩を進めたヨヨは、何かを思い出すように空を見上げる。
「それは、花火の夜の事。——愛してる、結婚してくれ。男は、溢れる想いを全て伝えた。……でも彼女はそれを受け取らなかった。——こういう話さ」
心当たりがあったマリラは、後ろめたい気持ちを抱え、一人俯いていた。
「どうして? 好きな人の気持ちを受け取らないなんて、どうかしているわ——」
ルミナの放った言葉は、マリラの心にはチクリと刺さるものだったが、それを庇うようにヨヨが囁いた。
「彼女はね——病気だったんだよ」
そう、彼女の命は——永くなかったのだ。
その意味を知ったルミナは、鋭い目をそっと伏せた。
「どれだけ手を施しても、決して治りはしない……残されたのは、わずかな時間だけ……。彼女には、残りの余生を彼と過ごす選択もできた。だけど彼女は、考えちまったんだよ——必ず訪れる、死によって引き裂かれる未来を」
死ぬ事がわかっていた彼女は、あえて彼の気持ちを受け取らなかった。
大切な人を奪われる辛さを知るルミナには、彼女のした選択に納得する事ができた。
そして、ヨヨは再び——愛を問う。
「正しい選択だったかは、誰にもわからない。でも、相手を想い行動する事こそ、本当の愛の在り方じゃないかい? 今のあんたのそれが、果たして、本当の愛なのかねぇ?」
——その言葉を、今一度飲み込んだルミナは、目を瞑りあの時の戦いを思い出す。
皆が覚悟を持って挑む中、残酷な結末に直面してもなお、諦めずに剣を振るマルク。
そして、最期に彼が残した言葉が頭に響き、ルミナは首を横に振った。
「違う……こんなのは、愛じゃない——」
諦めるな——マルクは最期に、そう言った。
残された自分が、下を向いて生きる事なんて彼は望んでいない。
ルミナは、嘆くだけの今の自分の行動が——彼の愛に応える事じゃないと、頭で理解した。
——心の中の何かがひっくり返り、わずかな希望の光を取り戻したルミナの瞳の前には、ヨヨが立っていた。
「さて、どうするんだい? 彼の愛に応えるか、このままダメになっちまうか。——まあ、どうせ忘れられはしないんだ。苦しむなら、上を向いて苦しむ方が得策だと、私は思うがね」
どうにか顔を上げ、それに答えようとするルミナだったが、感情に押し戻された視線が再び伏せられる。
「こんな事、マルクが望んでないのはわかってる。でも、今の私じゃ——」
——現実は、希望のかけらすらも残らない絶望。
立ち上がり戦っても、また仲間を失い、またここに戻されるかもしれない。
結局——彼の気持ちに応える事ができず、そこから動けなかったルミナ。
——すると、部屋を後にしようと腰を上げたヨヨは、一つの希望を言い渡した。
「——私に言えるのはここまでさ。でもね、忘れちゃいけないよ。——あんたが救った命だって、確かにあるってことを」
その言葉がすぐに理解できず、ルミナは唖然とする。
——だがそこに、大きな足音が近づいてきた。
それにいち早く気づいたマリラは、勢いよく開いた扉の方へと振り向き、目を細める。
「——ルミナぁ! よかった……起きたって聞いたから」
息を切らし入ってきたのは、ルキだった。
目の前を通り過ぎる少年にこの場を託したヨヨは、そっと囁き立ち去った。
「……窓から走ってるのが見えたから、そろそろ上がってくる頃だと思ったよ。ひっひ——」
——それに気づく事なく、ルミナは残された目の前の希望を、力一杯抱きしめていた。
「——あぁ、ルキ。あなたは……どこにも行かないでね……」
それは、目覚めてから初めてあげた——安堵の声。
彼女に残されたのは、絶望だけではなかった。
「わかったから……泣くなよ」
ルミナと同じ想いを抱いていたルキも、いつのまにか涙を流し、彼女の震える背中をポンポンと叩いていた。
* * *
『——ヨヨ婆様!』
部屋を後にする彼女をすぐに追いかけたマリラは、廊下へと飛び出し、その背中に言い放った。
『……いつもいつも、ありがとう——』
あの時の 選択に、少し後悔を残していたマリラだったが、魂だけとなった自分の心さえも救ったヨヨに、決して届かない感謝を伝えた。
——だが、ヨヨの足はピタリと止まった。
「——マリラ」
『えっ……?』
自分の名を呼ぶ彼女の確かな行動に、マリラは驚きを隠せなかった——。
そして——次に聞こえてきたのは、ヨヨの独り言だった。
「——あんなに器用に人を愛して……あんたは、本当にそれで良かったのかい? あたしは、あんたが死んでも死に切れないような気がして……」
——自分の幸せを選ばなかったマリラの選択を、背中越しに嘆くヨヨ。
やがて涙を拭った彼女は、立ち尽くすマリラに振り向くこともせず、その場を去っていった。
『ヨヨ婆様? ——待って、ヨヨ婆様ぁ!』
——マリラが何度呼んでも、彼女は二度とその声に反応する事はなかった。
人前では、いつも気丈に振る舞っていたヨヨ。
その裏側を知ってしまったマリラは、あの日の花火の夜空での選択を、振り返っていた。
私的にはお気に入り回でヨヨ婆の魅力が少しだけ引き出せたかなと自分を誉めてある次第です。
っなわけでお次は火曜日!




