第8話 ヨヨ婆
新キャラクター登場になります。
マリラもみんなも信頼する魔法使いさんです。
ヨヨ婆
どうぞ。
興奮冷めやらぬ様子のルミナを部屋に残し、俺はマリラに連れられ窓から外へと飛び出した。
「——おや?」
途中——横切った老婆がこちらを見た気がしたが、そのまま屋外にある長椅子に腰掛ける。
『——カガミさん。あまり気にしてはダメよ?』
強かに振る舞い、やさしく手を添えるマリラだったが、俺はため息を吐く。
(はぁ、本当にあれでよかったのかな? ルミナのやつ、傷ついたよな……)
『すごく、傷ついたでしょうねぇ——』
(そんな……)
遠慮なしに、さらっと言い放つマリラ。
気休めの言葉の一つも期待していた俺は、虚をつかれ言葉を失う。
——するとマリラは、幼い頃から体も弱く、一人孤独に闘病していた日々を語り始めた。
『……私もね、不治の病に侵されてから、色んな人からの気休めの言葉をもらったわ——』
俯いた彼女の瞳は、何もかも吸い込んでしまいそうなぐらい暗く澱んでいる。
『大丈夫。いつか治るって……。でも、そんな言葉をいくら重ねたって、辛くなるだけで——何の薬にもならなかった』
たくさんの医者からの言葉で希望を持たされたが、それが無意味だったと知った彼女の悲しみを、その瞳の闇が物語っていた。
『でもね、そんな中——一人の魔法使いのお医者様が言ってくれたの。……“あんたの命はもうわずか”だって』
(……辛くなかったのか?)
俺の愚問に対し、マリラは嫌な顔をせずに答える。
『——辛くないって言ったら嘘になるけど。間違いなく、あの言葉で前には進めたわ』
彼女の言っている事を、頭で理解するのは簡単だった。気休めは誤魔化しはなんの意味もない。
さっきは、例えルミナが傷ついても、真実を話すべきだったと。
だがそれでも、それを止めてしまいたい自分もいた。
(——俺の……人を傷つけたくないという考えは、甘いのか?)
その気持ちすらも察したマリラは、今度は微笑み首を横に振る。
『大丈夫よ、女の子は強いんだから。——それより、ルミナさんの事、大切に思ってるのね』
(ああ……そうだな)
俺にとっては、当然の感情だった。
彼女は俺が思い描いた理想のヒロイン。俺の娘みたいなものだ。
——すると、マリラは立ち上がり、再び宿屋の方と体を進めていく。
(どこへ——行くんだ?)
『カガミさんはここにいて。私には少し、心当たりがあるから』
何かをあてに、再びルミナの元へと戻ろうとするマリラを、俺は追うこともせず、ただ黙って見送っていた——。
(俺に、戦う力があればなぁ……)
”何もできないくせに”……ルミナが言い放ったその言葉がいつまでも刺さり、俺は自分の無力さを呪うばかりだった。
——ため息をついていると、遠くから別の娘の声が響いてくる。
『カガミさ〜ん! ——あれ? マリラさんは……』
相変わらずの笑顔で、こちらに手を振り飛んでくるラキ。
(ああ。今は席を外してる。それよりルキはどうだ?)
『もう大丈夫です! それより、河原で誰に会ったと思いますぅ⁉︎』
(……さぁ? 一体誰にあったんだ?)
物語の中で、ルキがあの子に会う運命を知りつつも、俺はあえて聞いた。
『なんと! なんとあのナナちゃんが、ギルバディアに来てたんですよ!』
(ナナが? それで?)
長い話になりそうだったが、俺は最後まで聞く事にした。
この世界のことを全てわかっているようでいて、俺は実際、何一つわかっていないのだから。
* * *
——宿屋の一室にて。そこには以前の静けさが戻っていた。
「いや……もう、何の声も聞きたくない」
震えた体を赤子のように丸め床に伏すルミナ。耳を抑える手からは、いつのまにか血が流れていた。
『ルミナさん——しっかり』
そこに再びやってきたマリラは、彼女の体を撫でるようにして、小さな傷に癒しを施す。
『大丈夫よ。心の方も——きっとすぐに和らげてみせるから……』
ルミナには決して届く事はなかったが、その声には確かな自信があった。
——するとそこに、マリラにとって聞き覚えのある、ゆっくりとした足音が部屋に近づいてきた。
「——入るよう」
扉がゆっくりと二回叩かれ、やがて一人の老婆が入ってきた。
——紺色のローブを纏い、少し曲がった腰を支えるように杖をつき、薄紫色の髪を両脇に結い下ろした、静かな風格を備えた女性。
『——ヨヨ婆様。また会えた……』
自分がよく知るその名を呼んだマリラは、その姿を見て目を潤ませる。
「派手に、暴れたね」
老婆が軽く手をかざすと、あたりに散乱したものが、風と共に舞い上がり、元の場所へ帰って行く。
「風……魔法?」
囁くような優しい風に、ようやく気づいたルミナは、その老婆を不思議そうに見つめる。
「傷は——ないようだね」
頬に触れた柔らかなマナの感触に、どこか懐かしさを覚えつつも、ルミナは尋ねた。
「あなたは、誰ですか? 以前、どこかで——?」
両手で杖をつき、近椅子に腰掛けた彼女は、おもむろに口を開く——。
「私はヨヨ。——ヨヨ婆と、みんな呼んでるよ」
その名を聞いた瞬間、ルミナの胸に、縋りたいほどの安堵が込み上げた。
堪えていた涙が、再び静かに頬を伝う。
「ヨヨ……婆様ぁ」
ヨヨ——この女性の正体は、母アリステラが最も信頼を寄せていた人物。
その事実を、ルミナは確かに覚えていた。
「”もう一つの傷”……見せてくれるかい?」
微笑む彼女の言葉に全てを預けるように、ルミナは静かに頷く。
『ヨヨ婆様なら、きっとルミナさんを——』
——それを見守るマリラもまた、安心していた。
かつて自分の心を救ってくれたヨヨ婆。彼女なら、今のルミナの心の傷を癒してくれるだろうと。
傷つけまいとする事だけが愛ではありませんね。
一度傷つけてしまう事も愛の形だと思った回です。
お次は金曜日。
お待ちしております!




