第7話 壊れそうな心
死闘を終えたルミナの目覚めを、マリラと共に見守る回です。
体の傷は問題ないのですが……。
壊れそうな心
どうぞ。
——とある宿屋の一室。
緑色の光を帯びた手が、ベッドで眠る銀髪の少女に添えられていた。
(どうだ? ——ルミナの傷は)
『大きな負傷は無いわ。目を覚まさないのは、おそらく疲労などが原因じゃないかしら』
マリラは、癒しの光を放つその手をそっと離した。
(問題は、心の方か……)
『——心?』
こちらを振り返るマリラに、俺はその傷について——おもむろに話す。
(さっき話してた、俺の仲間の事なんだけど——)
『ええ。ラキの弟ルキくんと、ここにいるルミナさんに、もう一人は確か……“マルクさん”って、人の事よね?』
——俺はここに来る道中、この世界で目覚めて出会った三人の仲間と、バルナ王国での壮絶な戦いに臨み敗北してしまった過去を、マリラに話していた。
(——今ここにいないマルクってのは、ルミナの……恋人なんだ)
『恋人……』
大切な人との仲を引き裂かれてしまう。マリラは、自分がよく知るその痛みを思い出し、顔をしかめる。
『……それで、マルクさんは今どこに?』
彼女の言葉に俺は、今一度謎の力で彼の気配を探す。
だが、いつも感じていたあの大きな力が、今はかけらも感じ取れなかった。
(——何度やっても、見つからない……帝国に囚われてしまったのか、もしくは…… もう彼とは、会えないのかもしれない)
情けなくも不安ばかりを募らせる俺に、マリラは声を発する事なくただ黙していた。
——すると、枕元で聞こえる声にピクリと反応したルミナが、ゆっくりと目を開けた。
「……ん。誰か、そこに?」
(——ルミナ!)
彼女は起き上がり、朦朧とした意識のまま声の主を探していた。
(こっちだ、俺はここにいるぞ)
「——その声、神……様? ここは?」
状況が理解できぬまま、俺の存在をようやく確認し、あたりを見回す。
(ここは、ギルバディアだよ。アバンに助けられ——君はここに、運ばれたんだ)
「痛っ……!」
極限状態の疲労による頭痛が、ルミナを襲った。そして、その痛みを抑えるように頭を抱え、彼女は徐々に記憶を巻き戻していく——。
「アバンに助けられた……? 確かあれは、国境の森……。バルナの王宮から、逃げ出した……何から?」
しかし、蘇る記憶のたどり着く先は——王宮での、あの忌まわしき壁だった。
「……結界」
——さらに、その先の彼の背中を思い出した彼女は、大きく目を見開きながら、声を震わせる。
「マルク! ……マルクは⁉︎」
(そ、それは……)
顔をどんどん歪めていくルミナ。
壊れてしまいそうなぐらい脆く見えた彼女の表情に、俺は答えることができなかった。
——すると、沈黙していた俺に手を添えたマリラが、まっすぐとこちらを覗き込む。
『——言ってあげて、何もかも。気持ちはわかるけど、彼女はきっと気休めなんか求めていない……』
俺の隣で、悲しく囁き首を横に振るマリラ。
彼女の言う通り、ここでルミナの気持ちをごまかしても何の意味もない。
そう思った俺は、断腸の思いで——言葉を並べた。
(——マルクは……ここにはいない。いつも感じる彼の気配も今は感じない。帝国に囚われているか、もしかしたら、もう彼は……)
これが紛れもない真実。ルミナもこの結果を、どこか予感していただろう。
しかし、受け止めるには重すぎるそれは、彼女の心を静かに壊し始めた。
「——はぁ……はぁ」
胸の高鳴りは止むことはなく、張り裂けそうなぐらいに大きくなっていく。
だが、そうはさせまいと両手でその胸を押さえながら、口をパクパクとさせ、言葉にならない言葉を詰まらせているルミナ。
「——あう……あ」
(ルミナ……)
——そして彼女は、俺の声に反発するように吐き出した。
「——てってよ」
(なん……だって?)
その一言をきっかけに、つっかえていた言葉が、感情の波に流されて次々と俺へ襲う。
「出てってよ! 何が神様よ! あなたを信じた私が馬鹿だった! 何もできないなら、もう私の前に現れないでよ!」
言葉や感情をいくら吐き出しても収まらないルミナは、花瓶や杯など、その部屋にある何もかもまで投げ散らかす。
突然の彼女の奇行に、マリラも思わず声を上げ、後ろへと身を屈めた。
『——キャッ!』
俺は、ルミナが投げかけた言葉に何も言い返せず、ただ動けずにいた。
散開する物の数々は、俺の体をすり抜けても、彼女が放った言葉はすり抜けてくれない。
「まだそこにいるんでしょ⁉︎ 早くどこかへ消えてよぉ!」
——矢も盾もたまらなくなったマリラは、こちらを振り向き、俺の体を引く。
『カガミさん、今ここにいても埒があかないわ。ここは一旦、一人にしましょう!』
俺はマリラに連れられるまま、ルミナを一人にすべく、窓からその身を飛び出した。
何の力にもならない言葉だけを残して——。
(俺、行くよ。ごめん——何もできなくて……)
いくら謝ったって、今の彼女の心にそれが届くとは思えない。
それでも——そうわかっていても、ルミナの言葉に打ちのめされた俺の心を保つ為には、そうするしかなかった。
力になりたいのになれないって本当に辛いですよね。
情けなくて自分ばかりを責めたり、相手ばかりを責めたり、そうせずにはいられません。
お次は火曜日!
壊れた心をちょっとずつ修復していきますよ!




