第4話 同じ痛みを背負って
第一章の完結になります。
その人の痛みがわかるなら、もう仲間です。
同じ痛みを持つ者
どうぞ。
『この世界の為……?』
俺の突然の提案にマリラは戸惑うが、彼女は疑問を投げかける。
『さっきあなたは、神様と呼ばれていたけど、一体何者なの?』
ただの“光の塊”にしか見えない俺を見つめるマリラだったが、今度はラキが割って入ってきた。
『そうそう! カガミさんはすごいんですよ! ちょっとスケベだけど、この世界の事をなんでも——』
(——引っ込め)
次々と言葉を並べていたラキが、一瞬にして消えた。それを見て、驚きを隠せないマリラ。
『また消えた⁉︎ ラキはどこに……?』
(まあ気にするな。後で説明する——)
——うるさいラキを引っ込め、噴水広場の一角にある家の屋根に移動した俺は、今までの経緯を少しずつ語りはじめた。
(初めに、俺の正体だが——俺は元々別の世界の人間で、命を落としこの世界にやってきた“転生者”と呼ばれる存在だ)
『……転、生? べ、別の世界?』
耳慣れない言葉が並び、マリラの思考は追いつかない。ただ呆然と口を動かすしかなかった。
(転生者という言葉は最近知ったがな……そして驚く事にこの世界は、俺のよく知る物語の世界なんだ)
『物語——おとぎ話のようなものかしら?』
(まあ……そんなところだ)
俺は言葉を濁した。本当のことは言えない。
——この世界が、俺の描いた小説そのものだなんて。
それを口にした瞬間、マリラを殺したのは俺自身だと認めることになるから。
それに、この世界はもはや俺の知る物語ではない。
『信じられないわ……その話にも、ギルバディアや帝国、女神の伝説が、存在していたというの?』
(その通りだ。それにもっと驚くことに、この世界で起きる出来事も、登場する人物も、全てがその物語と同じなんだ——)
様々な思考を巡らせ、なんとか俺の言葉を飲み込んだマリラだったが、彼女には今一番気になっている事があった。
『——だとしたら、この世界はいずれどうなっていくの? 帝国は? ギルバディアは? あなたは、全て知っているの⁉︎』
やはりこの世界の人間は、どこの国であれ皆、帝国の恐怖に怯えているらしい。
心配そうにするマリラに、俺は、本来の物語の結末を告げる。
(……帝国は滅び、この世界はちゃんと平和になる。女神アリステラの力によってな——)
『え……?』
幸せな結末と聞き一瞬だけ安堵するマリラだったが、おかしな情報に気づく。
『アリステラ様って……確か』
(ああ、帝国に——殺された)
皇帝により命を奪われ、その首を晒された為に、アリステラの死の情報はこの国にまで行き届いていた。
——女神の晒し首。
本来、世界を救うはずだった存在が無残に殺されている。この事実が、物語が描く平和な未来を曇らせた。
『それが本当なら、ギルバディアの皆んなは……』
帝国を止める術がないと察したマリラは、故郷を想い俯いた。
(俺は、この物語を愛する者として、大陸を平和に導きたいと思っている。——その為に、君の癒しの力は、きっと役に立つと思う)
その言葉を聞いた瞬間、マリラの表情がわずかに揺れた。
だがそれは希望ではなく——別の感情だった。
『……あなたが欲しかったのは、私の“力”だったのね』
静かな声だった。
しかし、その奥にあるのは、明確な怒りと、深い傷つきだった。
『勝手に私を甦らせて……死んだ自分を見せつけて……
全部、“私が治癒魔法を使えるから”なの?』
彼女の瞳は、涙で揺れていた。
それは、生き返った喜びでも、希望でもない。
マリラは、俺から一歩距離を取るように目をそらした。
——しかし俺は、彼女の物語をなぞって見せた。
(君の存在は——実は知っていた。若くして、病気でこの世を去ってしまう事も……)
自分の事ですら、その物語に記されていた事に驚きつつも、やっぱり。と少しため息をつくマリラ。
(だが、本当の理由はそうじゃない)
顔を上げた彼女に、俺は答える。
(マリラにはまだ、会いたい人がいるだろう? そう思う君が、ほっとけなかった)
最期の時に、愛する人に会えずに終わる彼女の無念を俺は知っていた。
それを聞いたマリラはギュッと拳を握り、その名を呼ぶ。
『レオン……』
(ラキだってそうさ。最期の瞬間、唯一の家族だった弟に会う事が出来なかった。その思いが残り……今ここにいる)
明るく笑うラキが、辛くも同じ痛みを背負っている事が信じられない様子のマリラ。
だが、彼女にはまだ、同じ境遇の二人を蘇らせた俺の行動が理解できなかった。
『関係ないあなたが、なぜそこまでするの?』
俺はマリラに、二人と同じ過去がある事を明かした。
(俺も同じなんだ——家族と死に別れて、後悔したことがある)
疑いの目を向けていた彼女だったが、同じ痛みを背負う俺の過去を聞き、頑なな心が徐々にほころんでいく。
(大切な人の死に目に会えず、何も伝えられない悲しみは、俺もわかっているつもりだ、だから——)
ひそめた眉をゆっくり解いていくマリラ。
彼女の中の何かが変わっていく中——横から突然、音と共にラキが勝手に飛び出してきた。
『——お話は終わりましたか⁉︎ 全く、急に引っ込めるんだから……』
(ラキ⁉︎ お前、いつの間に出てこれるようになったんだよ……)
自分から姿を現す術を覚えたラキに驚く俺だったが、ラキは腕を組み鼻高らかに目を細める。
『だんだんコツがわかってきましたよ——これからは、私も好き放題できますね……むふふ』
(お前なぁ……変な気を起こすんじゃないぞ)
俺が彼女に気を取られていると、その後ろからハッキリとした答えが返ってきた。
『——会いたい』
同じ痛みを背負い支え合う二人を見て、背中を押されたのだろうか。
マリラは、胸の中に残っていた希望をようやく絞り出した。
『声なんか届かなくたって、私は——あの人に会いたい。それから力になれるか分からないけど、私も二人に——ついていきたい』
俺の言葉を待つようにして、こちらを見つめるマリラ。
(——もちろんだ! 決意をしてくれて、感謝するよ)
断る理由なんてない。
それに、良かれと思って蘇らせた彼女が上を向いてくれるのは、俺にとっては何よりも救われる事だ。
『ええ! 仲間が増えて、私も嬉しいです!』
二つ返事をした俺の横で、満面の笑みを浮かべながら拳を握るラキ。
『ありがとう。——そういえば、あなたの名前は?』
新たな仲間に紹介を預かった俺は、ようやく名乗る。
(俺の生前の名は——白銀鏡。どう呼んでくれても構わないよ)
『ふふっ。変わった名前ね』
嬉しそうにクスリと笑ったマリラ。
そして彼女は一歩下がり、少しスカートをたくしあげ、そっと胸に手を置き会釈を始めた。
『改めまして、私、マリラと申します。——カガミさん。ラキ。どうかこれからも、よろしくお願いします』
(あ、ああ。よろしく——)
お上品な彼女の振る舞いに、俺は少したじろぐが、すぐにラキの笑顔が包み込んだ。
『よろしくお願いします! これから三人で、楽しくやりましょう!』
——こうして、ギルバディアに生まれ育ったお嬢様マリラは、新たな仲間として加わった。
伝えられなかった痛みを胸に背負った三人は、静かに、確かに、前へと歩き始めた。




